魔法都市ラケンハイルを襲った未曾有の危機。
シャガナルの復活にまつわる一連の事件。
一般の市民は具体的に何が起こったのを知る由はない。王国の公式の発表はいまだ何もなく、沈黙を続けている。ラケンハイルの上層部も困惑しているのだろう。
世界の再生を担う『シャガナル』の真実については、それこそ王族かそれに連なる高貴な身分を持つ者にしか伝えられていない。他に知っているのは、1000年の時を生きる世界唯一の吸血鬼であり、実際にかつてのシャガナルを目撃した『ティルファング傭兵団』団長くらいのものである。
この一件については、王族から直々にラケンハイルの上層部に向けて『調べるな』とお達しが下った。王族には流石に逆らえない。ちなみにラケンハイルをおさめる貴族は、ハリンドが表向きに掲げていた不老不死の研究に魅入られ、研究のスポンサーとなっていたのだが、他のスポンサーと同じように罪に問われることはなかった。
リンドバード王国の王族はシャガナルに纏わる全てを、なかったことにしたいようだ。ならば、ない罪に問えるはずもない。藪を下手につついて龍が出るのを恐れたのであろう。
そして、一連の騒動から幾つかの夜が明け。
ラケンハイルは平常運転だった。
何も変わっていなかった。
あの日、突如空に幾つもの花火が打ちあがった。
星空に新たな星座を書き加えるような幻想的な景色が作り出された。
人知を超越した魔王と勇者の戦いは、空という大舞台で行われた。
しかし、2人が戦っている事に気づく者は殆どいなかった。
ローランとハリンドは街に被害が出ないように相当の高度で戦っていたため、肉眼で彼らの姿を捉える事はできなかった。人々は結果として、空を見上げてその美しさにだけ酔いしれた。それが戦いによる光だと、大半の者は気づかないまま。
その後、世界を逆行するような重力に逆らう流れ星が現れ、次の瞬間街の空を暗黒の雲が覆った。そしてそれは、街を飲み込む様に落ちてきたが、結局何も起こらなかった。地震が起き、『シャガナル山』が鳴いているような気がしたが、それもすぐに収まった。
被害らしい被害はどこにもでなかった。
翌日、学校や職場ではその話でもちきりとなったが、休校や仕事が休みになる者は何処にもいなかった。
そんなありふれた日常を変わらず送る人々の流れの中に。
その少年はいた。
これといって特徴のない少年である。
服装は何故かボロボロで、それに人は一瞬目を止めるも、すぐに少年のことなど忘れたように日常に戻る。
少年の足は『オールズホール学園』に向かっていた。
その校門付近。
ーーーーそこで少年は、銀色の髪を持つ己の友人と出会う。
「やあ、久しぶり」
「……レイスじゃねえよな」
「まさか。ほら、ちゃんと足もあるだろう?」
「お、マジだ。じゃあほんとにお前なのか……。それにしても…」
「酷い有様だろう?なんとか生き延びる事は出来たんだけど、代償に『色々』失っちゃってね。徒歩で下山することになったんだけど、遭難するわ、崖から落ちるわ、野生のモンスターに襲われるわ、本当に大変だったよ」
「そりゃ、なんつーか、ご愁傷様だな。……じゃあ、今のお前は……」
「そういう事。悲しいことにまた無能者に逆戻りだよ。まあ、仕方ない。今回の人生ではなかったものだからね。流石に名残惜しくはあるけどさ」
「……強いなお前は」
「考えなしの阿呆なだけさ」
「色々聞いたよお前のこと。……婆さ、うちのボスからな。昔のお前の関係者らしい。お前が生きてると知ったら、多分泣いて喜ぶ。あの人も運がないな。今回の件の諸々の処理で、さっきまでこの街にいたんだが、明朝ここを発っちまった。……さっきまで俺はあの人に、こってり絞られてたとこ」
「それは君も災難だったね。了解。その人と会える日を、楽しみにしてる」
「じゃあまたな、学校で。……早くそれ着替えろよ。なんか獣臭いぞ」
「……わかった。また、学校で」
「ああ、待て。忘れるところだった。『アイツ』、うちの学校に通う事になったんだぜ?驚きだろ。今日が転入日だから、向かいにいってやれよ」
そして、少年は学園の寮に向かった。
シャワーを浴びて、学生服に着替える。
ーーーーそこで少年は、学園に住み着くレイスに出会う。
「……なんでいるの?」
「ここは僕の部屋だよ、いて何が悪いんだい。むしろなんでお前がここにいるのさ」
「…いや、そういう事じゃなくてですねぇ。なんで、生きてるのって話」
「いやぁ。ははは」
「ははは、じゃないよ」
「ほら、僕ってあの地下で『魔力袋』を身体に戻して、全盛期に近い力を取り戻したわけじゃない?」
「うんうん」
「だけど、ぶっちゃけた話、『魔力袋』は僕の身体に完全には定着出来てなかったんだよね。まあ、産まれてこの方16年も身体から切り離されてたんだ。いくら元は僕のものだっていっても、そりゃ多少の拒絶反応も出るよ。そのせいか、『魔力袋』からずっと魔力が漏れてて、内心焦った。幸い戦いには、支障はなかったけど」
「なんとーなく、話が読めてきたなぁ」
「はは、元はそっちの不手際だよ。まぁ、つまりはだね。僕の『魔力袋』は普通の人に比べて、凄く不安定で剥がれやすい状態になってたんだ」
「つまりは、『魔力袋』だけを『シャガナル』に捧げた訳か」
「そういう事。正直思いついたのは、食われる本当に直前だったし、土壇場で成功する保証も全くなかった。上手くいって良かったよ」
「なんだか泣いて損したなぁーー」
「え、泣いてくれたの。お前が僕の為に!?マジか!?」
「マジですよー、マジマジ。……貴方は私が死んだら泣いてくれる?」
「そりゃ、勿論。三日三晩はご飯が喉を通らないね!」
「おお、嬉しいことを言ってくれますなぁ。まあ、私はとっくに昔に死んでるわけだけど!ふははは!レイスジョーク」
「何言ってんだい…。じゃあ、僕は行くよ」
「おや、早いね?」
「ちょっと寄るところがあるからね」
「そう。それじゃあ、また会おうね。おかえり、宿敵」
学園にほど近い民家。
ほんの数日まで、買い手がつかなかったその家には今は2人の人間が住んでいる、らしい。
そう少年は友人から聞いた。少年は家のチャイムを鳴らす。魔法的な仕掛けが作動して、甲高い音が鳴り、来客の到来を宿主に告げる。
--ーーそこで少年は、眼鏡をかけた神経質そうな青年に出会う。
「……幽霊、ではないな」
「それ、さっきも言われましたよ。ほら、足あるでしょう」
「あ、ああ。そうだな。すまない。では改めて礼を。君のお陰で本当に助かった」
「いいですよ。……それにしても」
「ん?ああ。すまない。引っ越したばかりでな。散らかっているのだろう?ああ、気にしないでくつろいでくれ。今彼女も呼んでこよう」
「家具や食器より先に、やたらリアルな手のひら大の美少女の人形が棚に並べられてるこの状況を気にするなと言われても…。なんというか、意外な趣味だ。どの世界にもこういう人はいるのか……」
「それはどういう?……ん、おや。おりてきたみたいだ」
◆
何がどうなったか分からないが、ホワイトは学園に通う事になった。
あの少年が通っていた学園の普通科だ。ホワイトはどういった訳か、魔法を上手く扱う事ができなかった。微かに残る、いや蘇った『
恐らく『首輪』で力が制限されていた時の身体を今の自分は基本としているのだろう。あの頃は、抵抗して実験に支障が起こらないように魔法が使えないように調整されていた。
仕方ない。
彼女はホワイトとして、生きると決めたのだ。
ならば、この不自由も自分らしさだと受け入れよう、そう納得する。
そう、生きる。
自分は生きるのだ、この世界で。
あの少年がいなくなった、この世界で。
悲しみは、ある。
初めて感じた喪失感は、まるで胸に大穴が開いたようだ。
いや、実際胸に穴が開いた時の方が楽だったかもしれない。どうせ、傷は治る。
それでも、生きていくのだ。
この痛みを抱えても、自分は世界と向き合うのだ。
誰だってそうしてきた。
そうやって人は前に進んできた。
あの、少年も。ならば、自分もそうしよう。
そんな事を考えて、まだまだ殺風景な自室のドアをホワイトは開ける。
そこから一階のリビングに降りてくる。
そこで少女は思い出す。
少年は最後の瞬間、こう言った。
『君は君の人生を全うしてくれ』
だけど。
こうも言っていたのではなかったか。
『人生って奴はさ。何処で何が報われるか、分からないんだよ』
『だから、諦めてしまったものが、探してたものが、思わない形で君の前に現れる事もあるかもしれない』
そして。
そして。
『これから先の君の世界が、幸多からんことを、
ーーーーーそして少女は少年と出会う。
◆
黄金の瞳に涙をためるホワイトを見て、少年は、ローラン・レインダースは困った様に頬を掻いた。
「どうして……」
「グレンから君が今日、転入日だって聞いてね。うん、制服似合ってるよ」
「どうして生きているの?」
「思い出したからね。…本当にギリギリの状況で、だけど」
「なにを?」
「ともに生きようと僕は君に約束してしまったからね。そして、それに君は頷いた。……うん、いきなり約束を破るのは人としてどうかと思ったんだ」
「…………」
「まあ、それは生きようとした理由の方か。生き残った理由を一から説明しようとすると…。うん、僕の来歴から語らなきゃ、かな。とても……とても、長い話になるからここで話してたら遅刻しちゃうな。道すがら語るよ」
ブレンサムに見送られて、ホワイトとローランは家を出た。
舗装された道路を歩きながら、ローランはまずは何から語ろうか、などと顎に手を当てて唸る。
数秒後、僅かな茶目っ気を出して言う。
「実は僕、魔王なんだよねーーーーーーーーーーーー」
そこから始まるのは、長い長い歴史にも似た物語。
とある一人の少年は、異世界に召喚され魔王として君臨した。
世界を駆け抜け、時代を駆け抜け、『ここ』にたどり着くまでの足跡。
魔力もスキルも持たない少年が、一人の少女と出会うまでの。
そして少女が少年と出会うまでの。
ここで、ひとまず終了!
ここまで拙作を読んで頂き、本当にありがとうございました!
少しでもお気に召して頂けたのなら、嬉しい限りです。