魔王は1000年後の未来に転生しました。   作:かり~む

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4話:少女を斬り裂きし銀の刃

 ブレンサムとホワイトの2人は、背の高い倉庫が立ち並ぶ湾岸地帯を並んで歩いていた。海からやってくる潮風が顔を叩く。強風にはためくジャケットをブレンサムは抑えながら、ポケットから懐中時計を取り出し、満足そうに頷いた。目当ての船の出航時間には、なんとか間に合いそうだ。

 

「ローラン……」

 

 ぽつり、と傍らを歩くホワイトが呟いた。

 ブレンサムは顔を少女に向ける。

 

「さっきのパン屋で働いていた少年のこと、だな。……どうしたホワイト、あの少年が気になるのか?」

「分からない。ただ」

「ただ?」

「前に会ったことがあるのかも」

 

 黄金の瞳を揺らしながら、自信なさげにホワイトは言う。ブレンサムは遠慮がちに答えた。

 

「……それは………、きっと気のせいだ。あの少年は見たところ十代半ばだ」

「うん。理解している」

 

 確かな理由は分からない。たが、先ほどパン屋で出会った少年のことがホワイトは気になるようだ。その感情がどういった類のものであれ、彼女が誰かに興味を持ったことを、ブレンサムは素直に嬉しく思う。

 

「……大丈夫。また、会えるさ」

 

 それが叶う確率は低い。

 気休めにも等しい事を承知して、ブレンサムはその台詞を口にした。

 今から2人は、このラケンハイルから、いや王国から、出ようとしている。

 

 だけど。

 生きていれば、ふとした拍子に再び出会うこともあるだろう。

  

 未来は分からない。

 今の自分がホワイトを連れ出して船を待っていると、10年前の自分に告げても、決して信じようとはしない筈だ。

 

 生きている限り、予想のつかない人生は続いていく。

 そんな事を考えながら歩くブレンサムたちの視界が、ふいに開けた。湾岸地帯の倉庫街を抜けたのだ。

 

 その先に広がっていたのは、どこまでも広く大海原海。果ては見えない。太陽は半ばまで地平線の向こう側まで沈み、純白の少女ごと、世界を橙色に染め上げる。世界全てが、オレンジ色に輝いているようだった。

 

「…………………………………………、すごい」

 

 ブレンサムの頬は思わず緩んだ。

 

「……これが海?本で読んだのとは、全く違う。……海は青色なのでは?」

「今は夕方だからね。昼間は青いさ。……海は良いよ。海の幸は美味いし、泳ぐのはいいストレスの解消になる」

 

 それに、とブレンサムは続ける。

 

「海だけじゃない。世界は、いつでも姿を変えて、違う表情を私たちに見せてくれる。君はこれから沢山人と景色に出会って、別れて、再会するんだ」

 

 それは半ばに自身にも言った言葉だった。

 なんとしてでも、ホワイトがそんな人生を贈れるように、自分はこれからの命を使おう。そう、己に誓う言葉だった。

 

 ブレンサムの視線は海をなぞり、やがて一隻の船で止まる。

 これから自分たちが乗る予定の客船だった。

 

「さて、そろそろ……」

 

 いい加減、急がなければ、船に送れる。そうホワイトを、ブレンサムは急かそうとする。

 

 そのとき。

 

「……ッ!?」

 

 ふいに、ブレンサムの背筋に悪寒が奔った。

 氷の塊を首に当てられたような、或いは死神の鎌が首にかけられたような、そんな感覚。悪寒の発生源は一秒ごとに、自分たちに近づいている。

 

 ブレンサムは、自分たちが乗り込むはずだった船を名残惜しそうに数秒見つめた。だが、結局諦めたように、ラケンハイルの街並みに目を移し、苦々しく笑う。今日でこの街とはおさらばする予定だったが、もう少し長い付き合いになりそうだ。

 

「ブレンサム?」

「見つかった、ようだ。………多分本職だ。奴ら、本気をだしてきたね。今日の便は、諦めるべきだろう。………すまない、君を船に乗せる約束はもう少し先になりそうだ」

「ブレンサム……」

「そんな顔をしなくていい。見たいと思ったんだろう?外の世界を」

「………うん」

 

 ブレンサムは笑った。

 強がりでも、それでも笑った。

 

「だったら、私が見せるよ。これから先も」

 

 

 

 

 アルバイトを終えたローランは、一人寮への帰路に着いていた。

 ふいに空を向くと、ラケンハイルを見下ろす霊峰から、ぎらぎらと輝く月が覗いていた。

 霊峰の名を『シャガナル山』といい、魔王に関する、つまりローランについての伝説が残されていた。

 

 

 暴虐を働いた魔王が、勇者に討たれた数年後のこと。

 一国を覆うほどの巨大な邪竜が突如現れたという。

 

 魔王は死の間際に、転生の魔法を使い、後の世により強大になって蘇ることを、勇者に告げたらしい。そして、魔王が転生した姿こそが、その邪龍だった。

 

 その咆哮は大陸全土を揺らし、その吐き出した黒い息は海を毒で染めた。

 世界を漆黒に染める、人類の敵こそが、その邪龍だった。

 

 かつて率いた魔族たちでさえも見栄えなく、魔王は殺しつくしたらしい。

 世界は着実に終わりに向かっていた。それは魔王と勇者の戦いとは規模が違う。民族間、国家間の戦争ではなく、種としての存亡の危機。滅ぶのは村や町といった小さな単位ではない。大陸の全ての国々が死に瀕していた。

 

 しかし、勇者の呼びかけの下、ついに邪龍討伐の軍が編成される。それは国と種族の買値を超えた、歴史上初めての軍だった。かつて魔王を討ち取った勇者以外に、その役目を果たせる人間はいなかっただろう。

 

 その集団の中には、かつて魔王に与した魔族の姿もあった。

 そして、彼らの尊い犠牲の元、邪龍は討ち果たされたのだという。

 『シャガナル山』は、そんな魔王の生まれ変わりである、邪龍の躯が眠る山だという。

 

 

「----そんな記憶ないけどね」

 

 月に照らされた『シャガナル山』を見つめながら、ローランは苦笑した。

 

 自分が死んだことをいい事に、後世の人間が好き勝手に後付けしたのだろう。悪い事が起きれば、それは全て魔王の仕業。そうした方が、『色々と都合がいい』事もある。『シャガナル山』の邪龍だけではなく、魔王の仕業とされる事例は王国を中心に、大陸全土に残っていた。

 

 例えば、大陸南部を襲ったとされる大干ばつ。

 例えば、北部の森に顕れ近隣の村々の住民を貪り食ったとされる巨大な猪のモンスター。

 例えば、突如乱心して城にいた親族の殆どを皆殺しにした温厚で知られていた亡国の王子。

 例えば、例えば、例えば。

 

 

 それらの伝説は数えるときりがなく、同時にその殆どが、ローランの記憶には無かった。

 

 そもそも、邪龍の存在にしたって、どこまでが創作なのかは分からない。

 一国を覆う程に巨大な龍がいたなんて、ローランは正直半信半疑だった。

 

 実際1000年も前の事となれば、文献も殆ど残っておらず、その精度もあやふやだ。長命種のエルフも、その寿命は300年ほどで、とっくに世代交代が終わっている。当時の時代を直に見て記憶している者はいない。近年では、魔王は複数人の逸話を一つに纏めたものだとか、そもそも魔王という存在すら創作の類だ、という学説すら存在するのだ。 

 

 そんな事を考えながら、沿岸部の倉庫地帯を歩くローランは、ふと立ち止まり、路地の奥を視線を移した。

 

「……この感じ」

 

 

 闇は濃く、その先を確認することはできない。

 まるで、獣が大口を開けて待ち構えているような、近寄りがたい気配があった。

 

「人払いの魔法、だよね?まだ残っていたんだ」

 

 だが、その気配はどことなく人工的な匂いがある。

 ローランがもう感じる事はないと考えていた、ある種懐かしい雰囲気だった。

 

 周囲の人の精神に働きかけ、特定の場所に人が集まらないようにする魔法。

 教会に併設された墓地や、明かりが一切ない無音の道など、人が本能的に避けてしまう場所は、確か存在する。人払いの魔法は近寄った者に『なんとなく、ここは気味が悪いから近寄らないでおこう』という感覚を植え付けるのだ。

 

 だが同時に、その魔法は、それを熟知している者にとっては、どうしても違和感を感じさせるものだった。何より、それはかつて魔王と呼ばれた頃のローランが開発したものだ。

 

 教科書には載っておらず、世間一般に認知されていない。

 以前、教師にそれとなく人払いの魔法について尋ねてみたが、彼らも知らないようだった。

 

 1000年の間に失伝したのだろう。

 そういった魔法は調べてみると、珍しくなかった。自分が生み出した多くの魔法が失われ、また多くが独自の進化を遂げていた。少し残念ではあったが、仕方ない。

 

 魔法だけではなく、この時代はかつてローランが生きた時代とは大きく変化している。万人が当たり前のように魔法を使い、かつては魔族と蔑まれていた種族が今は獣族と名を変え、人族と共に暮らしている。蛇口を捻れば、いつでも清潔な水が出てくるし、大地は荒廃しておらず、毎年実りをつける。夜は街灯が街を照らし、こうして安全に歩くことができる。

 

 

「……………」

 

 ローランは一度、路地から視線を外し、自分が帰るべき道を見た。

 魔法の街灯に照らされた石の道路は、明るかった。

 

 このまま帰るべきだろうと、自分の理性は告げている。

 今は夜だ。只でさえ人は少ない。

 にもかかわらず、人払いの魔法を使ったのは、つまり絶対に人には知られたくない何かがある、という事だろう。

 

 

 ごくり、とローランは唾を飲み込みながら、闇の先に足を踏み出した。

 一足ごとに、街灯の明かりが遠ざかっていく。

 

 暫く進むと、路地に地面に何か黒々とした液体がついていることに、ローランは気づいた。それを目印にローランは路地を進む。

 

 路地の奥。

 その先に、一人の男が倒れていた。

 

「貴方は……、確か、ブレンサムさん?」

 

 数時間前、パン屋に現れホワイトの兄を名乗った男。

 かつての妹と同じように、彼は瞑目して、壁にもたれ掛かっていた。

 ローランは彼を駆け寄り、抱きかかえる。

 

 それと同時に、背中に回した掌が暖かい液体でびっしょりと濡れるのをローランは感じた。鉄臭い匂いが、ローランの鼻孔をいっぱいに満たす。ローランは、ブレンサムのシャツを捲る。わき腹に、レイピアのような先が尖った鋭い何かで、貫かれた跡があった。

 

「ッッ!!大丈夫ですか!?意識ありますか!?」

「………………ローラン君?……私は……。ぐ…!?」

 

 ローランの声で意識を取り戻したブレンサムは、手でわき腹を抑えながら、苦悶の声を漏らす。

 

「大丈夫です。今、病院に連れてていきますから……!きっと助かります!」

「……駄目だ。私のことはいい。私は大丈夫だ」

 

 ブレンサムの瞳は左右に揺れていた。

 まるで、何かを探しているようだった。

 

「何、言ってるんですか……!そんな傷で……!」

「……《キュア》」

 

 『魔法式』が瞬いて、次いで淡い緑色の光がブレンサムの傷を包む。

 

「治癒魔法……」

「あまり得意ではないがね。…………行かなければ」

 

 手で患部を抑えて、治癒魔法を自身にかけながら、ブレンサムは立ち上がる。だが、その途中で膝から崩れ落ちた。治癒魔法をかけられている人間は、全身の筋肉が弛緩したように動きずらくなる。それこそ、治癒魔法以外に何の行動もできなくなるくらいに。

 

「無茶です……!歩きながらの《キュア》なんて」

 

 倒れた衝撃で、《キュア》が解ける。淡い緑色の燐光が、空気に溶けるように消え去った。

 ブレンサムのわき腹からごぽりと、真っ赤な液体が零れ落ちた。

 

「分かってる。だが、それでもッ。私は……!」

 

 ブレンサムは歯を思いきり食いしばる。

 眼鏡の奥の鋭い瞳が、路地の闇の奥を睨みつけた。

 

「まさか……」

 

 ローランは、血痕がまだ先へと続いているのに気付いた。

 ブレンサムの他にもう一人、逃げ続けている者がいるのだ。

 

 心当たりは、一人しか思いつかなかった。

 

「……ホワイトが、この先に逃げているんですね。誰かに追われて」

「ああ。そうだ。彼女を一人にはしておけない」

 

 ローランはブレンサムの両肩に手を置いた。

 彼の瞳を覗き込む。

 

「………任せて下さい」

「なに?」

「貴方はその傷をまず治して。僕が行きます」

「な……!?君は………、事情も知らないのに………」

 

 ブレンサムは呆けたような顔をして、小さく首を振った。この何も知らない少年を、自分たちの問題に巻き込む、それを躊躇うくらいの良心は彼にだってあった。駄目だ、しかし、ローランに聞こえない位の、小さな声でそう何度か彼は呟いて。

 

 ブレンサムは結局、少年に向かってこう言っていた。

 

「………いいんだな?」

「はい」

「……すまない。すぐに向かう」

「できれば、騎士団も呼んで来て下さい」

「絶対に、無理はしないでくれ。危ないと思ったらすぐに逃げてくれ……」

 

 彼の懇願にローランは答えなかった。

 代わりに無言で笑って返す。

 強がりでも、それでも笑った。

 

 そして彼は、闇の先を再び見据える。

 

 

 

 

 コツコツコツと、早足でローランは路地裏を歩く。

 血の跡は一つの建物に続いていた。

 

 元は倉庫、なのだろう。かなり大きく、家が2件は収まりそうだ。元は様々な建築資材でも保管していたのだろうが、今は使われていないようだった。屋根には穴が開き、柱は歪み、外観はボロボロだ。

 

 扉の前に忍び足で近づく。

 息を殺して、扉の隙間から、中の様子を伺った。

 

 だが。

 

「ーーーーッ!」」

 

 目に飛び込んできた光景に、ローランは反射的に扉を開けた。

 倉庫の中に飛び込む。木材やレンガなどの資材が床に雑多に積まれている。埃っぽく、何年も人の出入りがない事は明白だった。

 

 そんな倉庫の壁に。

 

 ホワイトがいた。

 あらゆる色が拒絶された、汚れを知らない白の少女が。

 だけど、その純白は、いまや深紅に穢されていた。

 

 鈍く銀色に光る巨大な槍。

 それが、彼女の右胸を貫き、壁に縫い留めていた。それは岸壁に咲く花のように見えた。

 

 そして。

 

 彼女を、そんなふうにした犯人は。

 ホワイトの横でぽかんとした顔で佇み、ローランの顔を見ていた。

 

 灰色に長髪に、銀の瞳。

 身体は華奢で、見ようによっては女の子のようだ。

 端正な顔に悪童のような笑みが浮かぶ。

 

 

「よーーーお。ローラン。良い月だなあ」

 

 夜の散歩の最中に、偶然友人に出くわしたかのような気軽さで、彼はそうローランに笑いかける。その男の名をローランは知っていた。

 

 

「ーーーーグレン」

 

 ローランは、震える唇でその名を呟く。

 

 グレン・ディスライトがそこにいた。

 月光を浴びて立つ彼は、まるで銀に輝く刃のようだった。

 




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