魔王は1000年後の未来に転生しました。   作:かり~む

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5話:魔法の始祖

 オールズホール学園の普通科と魔法科は授業内容が異なる。

 合同で一つの教室に集まって講義もあるにはあるものの、やはりそんな科目は少数で、二科の間に接点は殆どないと言っていい。故に、ローランとグレンの道は、本来は交わる筈もなかった。

 

 グレン・ディスライトと名乗る銀髪の美しい少年は、一年前にオールズホール学園に転入してきた。彼は入学初日から、その美貌で一部の生徒たちの噂となり、入学二日目にしてその実力から学園の殆どの生徒たちの注目の的となった。それは、学内の流行に詳しくはなく、そもそも大して興味もないローランの耳にも、彼の話は何度も届くほどだった。

 

 魔法科の首席候補と、普通科の落ちこぼれ。

 少女のような美貌をもつ転入生と、平凡な容姿の劣等生。

 彼らの間には、共通点もなければ、接点も無いだろう。

 

 だけど、結果として彼らは友人となった。放課後は2人で露天のケバブを買い食いし、休日には共に劇場に演劇を見に出かけたこともあった。今日の朝には、ローランがレイトンたちに恐喝されていた時に、助っ人にきてくれた。

 

 別に、グレンの全てを知っていた訳じゃないことは、ローランにだって分かっている。グレンがローランに明かしていない秘密はあるだろうし、ローランだって自身の前世の事については、グレンに黙っていた。人間だれしも、他人には見せない顔を持つ筈だ。そんな事は理解している。

 

 だけど。

 ローランは目の前に佇む友人の顔をした男が、本当に自分の知るグレンなのか、自信が持てなかった。

 

「………どうして、君が、ホワイトを……」

「あん?……ああ、お前。『コレ』と知り合いなのか?マジか」

 

 

 グレンの言葉を聞き終わる前に、ホワイトに向かって足を踏み出す。

 胸を貫かれて、血を流す彼女はどう考えても、危険な状態だ。或いは、考えたくもない事だが、既に命はないのかもしれない。それを確かめる為、彼は歩きだそうとして。

 

「ああ、こっちには来ないでくれよ?」

 

 そう言いながら、グレンは掌をローランに向けた。それを横に振るう。

 『魔法式』が輝き、幾つかの球状の炎が発射された。

 

 狙いはローラン、その足元。

 ローランはとっさに背後に跳躍し、それを躱す。炎が着弾し、床を焦がした。ローランとグレンの間に黒々とした、一本の線が引かれた。まるでこちらとあちらを分ける境界線の如く。

 

「悪いな。ローラン。こっちはお前が入っていい、領分じゃないんだ」

 

 そうしてグレンは、俯きながら頭を左右に振り、最後には盛大にため息を吐いた。

 この事態は自分でも不本意で仕方がない、とでもいうかのように。

 

「今すぐ帰ってゆっくり風呂にでも入って、しっかり歯磨きして、そして寝ろ。今日見たことは忘れるんだ。………そうすりゃ、明日からまた同じような、生活を送れる」

 

 グレンは、そう言いながら顔を上げる。

 

「君は、一体……?」

 

 そこには、ローランの知らないグレンがいた。

 顔は仮面のように無表情で、だけど灰色の瞳には、ぞっとするほどの殺意を宿していた。

 

「ああ、仕方ねえな。分かりやすいように言ってやる」

 

 ずらりと並んだ銀のナイフを背に突きつけられたような、そんな錯覚をローランは覚える。

 

「----、一般人は殺したくないんだ。………なるべくな。なるべくってことは、つまり最悪殺してもいいってことだぜ?」

 

 膝から崩れ落ちそうになるのを、ローランは耐える。

 冷汗が頬を滴り落ち、喉がからからに乾いた。

 

 足元にひかれた黒線に視線を移す。

 ローランは否が応でも理解した。目の前のこの男は、自分がこの黒い線を超えた瞬間、何の躊躇も見せず、殺すであろうことを。

 

「お前と『コレ』がどんな関係なのかは知らないけどよ。多分、お前が守るほどの価値はねーぞ。別に、『コレ』と幼馴染だとか、前世からの運命の糸で、結ばれてるとか。そんなんじゃねーんだろ?というか、報告ではそんなんあり得ねえ筈だし。それに『コレ』はこんな簡単に死ぬような奴じゃねーよ」

 

 淡々と、グレンはローランに逃げるための口実を与えていく。

 

「う……ん」

 

 その時。

 ふいに第三者の声が響いた。

 うめき声のような、吐息のような。

 

 胸を貫かれ、壁に縫い留められた状態のホワイトが、意識を取り戻したのだ。

 口から赤い液体を零しながら、黄金の瞳がゆっくりと室内を見渡す。

 

 それは、少年の顔のところで、ぴたりと止まる。

 輝くような色彩がローランを見つめていた。

 

「……………ローラン?」

 

 

 そして、彼女は血に濡れた唇を動かした。

 

「……………………………………逃げて」

 

 その少女の言葉で。

 

「……………ここに、いては危険、だから」

 

 その少女の思いで。

 

 少年の、あらゆる恐怖は霧散した。

 恐怖を超える衝動が胸に灯った。  

 

「やっぱ、しぶといな。………報告通り、四肢でも切り落として動けねえようにしとくか」

 

 グレンが面倒そうに片手をあげた。

 それと同時に。

 

「させるかァッ!!」

 

 そして、ローランは床を、強く、強く、蹴り上げる。

 

 目の前のグレンに向かって駆ける。

 彼がどんな背景を持ってホワイトを害しているのかは、分からない。やむにやまれぬ事情があるのかもしれない。或いは、崇高な目的の為に手を汚しているのかもしれない。

 

 

 だけど。

 そんな事は、ローランには関係なかった。

 

 

「……はあ。忠告はしたぞ」

 

 グレンは自分めがけて駆けてくるローランを灰色の瞳で無感動に見つめた。ホワイトに向けられていた掌を、ローランに向かって振るう。

 

「逃げちまえば良かったんだ。力のない奴が勇気を振り絞ったって、碌な結果にはならねえよ」

 

 『魔法式』が空中に輝く。

 行使した魔法は《ロック・ショット》。

 岩の弾丸がローランの額に向かって発射される。

 

 

「----かもしれない。だけど、それを決めるのは君じゃない」

 

 黒髪の少年はそれにひるむ事はなかった。ただ、飛来する岩の弾丸を冷静に見据えながら、頭を大きく横に傾向ける。直後、ローランの額があった場所を岩の弾丸が通り過ぎた。

 

 

「あん?」

 

 グレンは眉を顰めながらも、次の魔法の準備をする。ローランの勘がいいのは、予め分かっている。彼はレイトンたちとの喧嘩においても、神がかり的な回避を見せていた。

 

「《ロック・ショット》」

 

 岩の弾丸を再度放つ。その数は10。一つ一つの大きさは大したことは無いが、数と速度を優先させた。ほぼ同時に広範囲に渡って高速で飛来してくるそれを、無傷での回避することは、不可能といっていい。

 

 

 だけど。

 それを、ローランは全て回避した。

 身体を半身にして、体勢を低くしながら、最後は床を転がって、岩と岩の隙間を潜り抜ける。

 

 

(どうなってやがる?)

 

 グレンは脳内で疑問の声を上げた。

 

 ローランの回避力は、明らかにおかしい。先ほどの攻撃を避けるなんて、勘が良いでは済まされない。ならば、動体視力が異常に発達しているのか。それもあるだろう。しかし、それだけでは疑問が残る。何故ならば。

 

(俺が魔法を撃つ前から………、回避を始めやがった……!?)

 

 流石に、先ほどの動きは無茶が過ぎたのだろう。ローランは《ロック・ショット》の乱れ撃ちを避けると、その場で息を整えながら、グレンの様子を伺っていた。

 

 再度グレンは《ロック・ショット》を放つ。先ほどの攻撃とは異なり、絶妙な時間差でローランを狙う。だが、やはりそれらをローランは回避する。

 

 ローランの黒色の瞳がグレンを見ていた。

 研究者がフラスコの中の液体を観察するような、そんな瞳。

 

(いや、これは俺を見ているというより……)

 

「----まさか。お前『魔法式』が読めるのかッッ?」

 

 

 

 

 魔法は魔石を飲み込み、己の血に『魔法式』を刻み込む事で、覚えることができる。

 魔石に頼らない、それ以外の方法で、人は魔法を覚える事はできない。

 

 魔石は、魔法を使う直前の『魔法式』が浮かんだ状態で、その血を特殊な石に染みこませて完成する。そうして石に魔法式を刻み込むのだ。そして、魔石を飲み込んで、その身に『魔法式』を宿した人間が、また新たな魔石を作り、次の魔法使いを生み出す。それを何度も何度も繰り返し、何百年も時間をかけて、魔法は世界に広がっていった。

 

 しかし。

 世界に魔法が浸透しても1000年。

 

 魔法の根幹をなす『魔法式』に何が刻まれているのかは、今なお誰も分かっていない。

 

 

 

「は、はははっ!面白いなァ!流石だぜ、ローラン!」

 

 グレンが吠えた。笑いながら、魔法を次々とローランに打ち込んでいく。しかし、それら全てを黒髪の少年は彼に回避していく。それらの初動は明らかに、グレンは魔法を撃ちだす前、具体的には彼が『魔法式』を浮かべた瞬間から始まっていた。

 

 

 魔法を生み出したのは、1000年前に君臨した魔王だとされる。

 彼は神々が与えた『祝福(スキル)』を模倣して、『祝福』なしでも奇跡を扱おうと考えた。それ以前まで、人々は魔力をその身に宿していも、それを外界に出力する『祝福(スキル)』を持っていなければ、何も為すことができなかった。魔力は殆どの人間にとって、意味のない代物だったのだ。そんなかつての世界を常識を、打ち壊した男こそが魔王だ。

 

 魔王は世界で初めて己の血に、魔法の発動に必要なための『魔法式』を刻み込んだ人間だ。現在世界に広まっている全ての魔法は、元をただせば彼の血に帰結する。しかし、その血に刻まれた『魔法式』は、この世界の原語とは異なる、別の体系の言語でだった。

 

 魔王だけが解読できる、彼のための言語。

 長い歴史の中で無数の人々が『魔法式』の解析をしようとしたが、完璧にそれを為した人間は誰一人としていない。それを解読できるのは、只一人、魔法を生み出した魔王だけだ。

 

 とどのつまり。

 ローラン・レインダースの事だった。

 

 

「そうだ。僕は『魔法式』が読める。君が放つ、魔法の種類、数、規模、ルートを何より雄弁に『魔法式』は教えてくれる」

 

 ローランのそんな言葉を受けて、グレンは笑みを濃くした。

 

 

「はははははッッ!やっぱり俺の眼に狂いはなかった!お前、いっつも、何かを隠してるような、まるで一人だけ違う視点にいるような!そんな眼をしてやがったぜ!」

 

 楽しくて楽しくて仕方がなさそうに、彼は言う。

 

 

「事実、お前は牙を隠してた!馬鹿にされながらも、搾取されながらも!それを見せず、明かさず!切り札として、とっていた!普通の奴はそんなことできねえし、耐えられねえ!それは、強さだ!ローラン、お前の強さだ!」

 

 グレンは着実に自分に迫ってくるローランを見つめながら。

 

「ああ、だけどなぁ………」

 

 両手を掲げた。

 ぎらりと輝く白い歯をむき出しにして、悪鬼のように笑う。

 

「----俺の方が強いッッ!!」

 

 

 ローランは『魔法式』を読んで、魔法使いの常に一手先を読んで行動する。

 

 だったら、対処は簡単だ。

 前もって攻撃を読んだとしても、避けられないほどの攻撃を加えればいい。

 圧倒的な質量で、敵を押しつぶす。

 

 そして。

 

 グレンの『魔法式』が輝いた。

 その量は、先ほどまでの比ではない。身体を覆うほどの煌きが、彼を包んだ。

 

 ローランの動きが急に止まった。

 その表情は驚愕に染まっていた。

 

「《ロック・ショット》」

 

 行使した魔法は先ほどまでと同じ、土属性の基本魔法。

 しかし、規模がそれまでのとは異なっていた。

 

 その弾数。約500。

 隙間なく、広範囲に渡って飛来する岩の弾丸はもはや岩石の壁だろう。

 

 直後、回避も防御もゆるさない、洪水のような魔法の奔流がローランを飲み込んだ。

 

 

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