魔王は1000年後の未来に転生しました。   作:かり~む

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6話:神に祝福された者たち

「………お前。痛みを感じないのか?」

 

 グレン・ディスライトが驚愕に染まった表情でローランを見ていた。

 それに対して、ローランは薄く笑って応える。

 

「言ったろ?僕には魔法式が読める。魔法の種類、数、規模、ルート、全てが僕には予めわかるんだ。だったら話は簡単だよ。……一番威力の薄そうな部分に、自分から当たりに行けばいい」

 

 

 グレンの身体を覆うほどの莫大な『魔法式』を見た瞬間、彼は理解した。

 

 この攻撃は避けきれない、と。

 いくら『魔法式』を解析することによって、直後にやってくる魔法を判別できたとしても、ローラン・レインダースは只の劣等生だ。その身体能力は凡人の域を出ないし、防御のための魔法も使えない。

 

 だから、彼は無傷で避ける事を諦めた。

 壁のように押し寄せた魔法の奔流を見据えて、一番威力が薄いであろう場所に自分の身体を移動させた。

 

 

「前もって当たる覚悟さえできてれば、我慢できるもんなんだよ。………意外と人は頑丈にできている」

 

 そう語るローランの身体はボロボロだった。

 全身を鋭く尖った岩石に切り裂かれ、至る所に裂傷ができている。立つことすら辛いのだろう、身体はゆらゆらと左右に揺れ、その度に傷口からぽたぽたを血の水滴が落ちて、真っ赤な水たまりを作っていく。こうなるくらいならば、まとも魔法を食らって気絶した方が遥かにましだと思える程の傷だった。

 

「……はっ」

 

 そんな少年の姿を見て、グレン・ディスライトは笑った。

 ローランの言っていることは理屈では理解ができた。

 だが、到底納得はできなかった。

 

「は、ははははは!さいっっこうだよッッ!お前ッッ!」

 

 グレンの身体を『魔法式』が覆った。

 先ほどと同じような、回避不能の大質量による攻撃。

 それと同時に、ローランも前に駆けだした。

 

「《ロック・ショット》ォォオッッ!!」

 

 咆哮と共に、縦横無尽ばら撒かれた岩の弾丸がローランを襲う。ローランは『魔法式』から、一番威力の弱い部分を見極め、そこに迷いなく飛び込んだ。

 

 額を切り裂かれ鮮血が舞った。

 左肩からは枯れ枝が折れるような、嫌な音が響いた。

 

 それでも、倒れる事は決してしなかった。

 気づけばローランの眼と鼻の先に、グレンの顔があった。

 

 ついに『無能者』は、魔法使いを捉えた。

 

 

「ッ!そうくるよなあッッ!ローランッッ!」

 

 しかし、グレンはローランを信じていた。

 この男ならば、必ず己の繰り出した魔法を超えて来る筈だと確信していた。

 

 故にグレンは己の元まで駆けてきたローランを向かい打つ形で、右の拳を繰り出す。予め用意していた体重を乗せた全力の一撃。

 

 それを前にして。

 ローランはグレンの右腕に自身の腕を絡ませるようにして、右のストレートを放った。

 

(カウンター……、だと!?)

 

 グレンがローランを信じていたのと同様に、ローランもまたグレンを信用していた。そして、ローランはグレンの一手先を読んでいた。

 

 まずい、そうグレンが思考した瞬間には、血まみれのローランの拳がグレンの頬にめり込んでいた。

 

 

「が、はァァッッ!?」

 

 グレンの身体が空中に浮かびあがり、その後、重力に従って地面に叩きつけられる。数メートルの距離を吹っ飛んだグレンをローランは追いかけ、その腹を蹴り上げた。衝撃でごろごろと床を転がっていくグレンに更なる追撃を加えるため、ローランは床を蹴った。

 

(このまま押し切る。魔法を使わせる暇なんて、もう与えはしない!)

 

 そんなローランの思考は、左太ももに突如奔った激痛によって中断された。

 糸の切れた人形のように、ローランは床に倒れこむ。

 

「………もう、手加減は止めだ。お前は強者だ。俺の敵に値する」

 

 同じように床に倒れた付すグレンは、ローランに向かって手を掲げていた。

 

 顔面が汗びっしょりになったローランは、己の太股に視線をゆっくりと移す。

 そこには、月光をうけて輝く銀色の棘が深々と突き刺さっていた。

 

「………どうして。魔法式は見えなかった」

 

 グレンは立ち上がりながら、ローランの疑問に答えた。

 

「ああ、これは魔法じゃない『祝福(スキル)』さ。身体から鉄を精製する。それが俺の『祝福(スキル)』。『錬鉄(れんてつ)』なんて呼ぶ奴もいるよ」

 

 グレンは掌を掲げた。

 バキバキバキ、という音と共に彼の皮膚から銀色の棒が生み出されていく。

 

 人体から鉄が生える、正にそうとしか言い表せない光景だった。『魔法式』は表れない。つまりそれは、彼の『錬鉄』はかつてローランが生み出した魔法とは、別の体系の力であることの証明だった。

 

 数秒後、彼の手には一メートルほどの鉄の棒が握られていた。

 

「君は……、『神子』だったのか?」

 

 『魔法式』に頼らずとも、魔力を現象として外界に起こすことができるものを、『神子(かみこ)』と呼ぶ。『神子』は神に奇跡を扱う特権を与えられた人間とも言われ、非常に希少で、その割合は万人に一人ともいわれている。

 

 彼らは一つの『祝福』につき一つの能力しか使えないが、その分能力に応用が利く。

 また、『祝福(スキル)』を使う際には、空中に『魔法式』が浮かばないため、直前まで相手に攻撃を悟られないという利点もあった。

 

 本来、魔法は『祝福』なしでも魔力で奇跡を起こそうという考えの元、開発されたものだ。 

 魔法が万人の為のものならば、『祝福』は選ばれしものに授けられた特権だろう。

 

 そんな『神子』であるグレン・ディスライトは、コンコンと床を叩いて、自身が生み出した鉄の棒の感触を確かめがら、グレンはローランに近づいていく。

 

「ああ。俺はどうやら、生まれながらにして神に奇跡を使う資格を与えられた人間らしい。……神さまに祈った経験なんてねえけど。……ともかく、俺は『魔法式』なしでも外界に魔力を目に見える形で顕現できる。鉄を生み出すって形で、なァッ!」

 

 グレンは握りしめた鉄の棒をローランの腹に向かって勢いよく振るう。

 

「が、はッッ!?」

 

 ローランは床を何度も転がり、最後には倉庫の壁に叩きつけられた。そんなローランの後を追うように、銀色の棘がグレンの手から射出される。それはローランの右の手の平ごと壁を貫き、そこにローランを縫い留めた。

 

「………凄いよ、お前。本当に凄い。魔法使い相手に、相手に武器も持たずに拳で挑んで。そもそも俺は近接戦闘の訓練も受けてんだぜ。そんな俺に、傷だらけの身体で立ち向かって……、一撃食らわせて」

 

 鉄の棒を床に放り投げ、グレンは頬を指でなぞった。

 彼の左頬は真っ赤に腫れ、唇からは血が零れていた。

 

 灰色の瞳がローランを見据えていた。

 その眼には掛け値なしの称賛があった。

 

「安心しろ。命はとらねえ。……だけど、腕の一本貰う。恐怖を目に見える形で、後にも分かる形で刻みつけさせてもらう。……言葉で言っても無駄だろう?お前はそうでもしねえと、止まらねえ奴だと分かったよ」

 

 バキバキバキ、とグレンの手のひらに銀色の刃が形成されていく。

 掌を斜めに振るう。

 

「じゃあな。ローラン。お前との学生生活、俺は結構好きだったよ」

 

 銀の刃がローランの腕を断ち切らんと、飛来する。

 

 そして。

 ローランの瞳は、刃と自分の間に割って入る白い影を映していた。

 

 

 

 ◆

 

 ホワイトがローランに抱き着くような形で、覆いかぶさっていた。女性の身体の柔らかな感触が胸元に伝わってくるが、今のローランにはそれに気を留めるような余裕はない。

 

 ホワイトの背には、銀の刃が深々と突き刺さっていた。

 ローランを守るため、彼女は自身の身体を盾にしたのだ。

 

 ローランの服に生暖かい真っ赤な液体が染み渡る。

 刃はホワイトの左胸、つまりは心臓に抉りこんでいた。

 

(この傷では……、もう)

 ローランは頭をゆっくりと振りながら、震える唇を動かす。

 

「………そ、んな。どうして?」

「人が死ぬのは、いけない事。……私は、そう理解して、いる。本で読んだ……、から」

 

 ホワイトが息も絶え絶えに言う。

 

「だからって」

「……大丈夫」

 

 黄金の瞳が黒色の瞳を見つめ返した。

 ローランを安心させるように、ホワイトの唇は笑みを形作った。

 

「……私は、大丈夫」

 

 その言葉と共にホワイトは目を瞑る。

 

 背に刺さった刃が抜け、床に落ちてカランカランと甲高い音を立てた。

 そして、理解できない現象が始まった。

 

「傷がなおって、る?」

 

 そこだけ時間が逆に流れているかのように、ホワイトの背中の傷がみるみるうちに治っていく。『魔法式』は見当たらず、魔法を使った形跡はない。

 

「……………、はあっ」

 

 息を吐きながら、ホワイトが瞼を開ける。

 

「……ホワイト。君は一体?」

 

 自身にしな垂れかかるホワイトの顔をローランは覗き込んだ。

 それに対して、ホワイトは目線を逸らすことで応えた。彼女の口からは、語りたくないのだろう。

 

 胸元を見れば、真っ赤に染まったワンピースの切り口の間から、病的に白い肌が覗いて見えた。グレンに貫かれた筈の傷は、何処にも見当たらなかった。

 

「……ほらな。言ったろ。そいつには守るような価値はないって」

「グレン、この子は……」

「そういう『祝福(スキル)』……、じゃねえぞ。まあ、傷が治る『祝福』もあるにはあるがな。……アレで致命傷は治せねえよ。心臓を壊されたら終わりだ」

 

 ローランの予想をグレンは切って捨てた。

 バキバキバキ、と『祝福』で銀色の剣を形成しながらグレンは言う。

 

「『不死女王(ノーライフ・クイーン)』」

 

 その言葉と共に、ホワイトの肩が小さく震えるのをローランは見た。

 

「そんな名前で巷では呼ばれてる。人間じゃなねぇ。人に害を為すモンスターなんだよ、そいつは」

 

 グレンはトントンと自分の首を指で叩いた。

 ローランはその動作でホワイトの首元を見やる。

 

 そこには嵌められた宝石が妖しい輝きを放つ首輪があった。

 

「今でこそ、そんな人らしいナリをしてるがな。そりゃ、首輪で本来の人格やら力やらを、抑え込んでるだけさ。そいつに飲み込まれた村の数は十や二十じゃきかない。俺は研究所から逃げ出したモンスターを捕まえにきただんだよ。……仕事なんだ。給料分は働かなきゃならなねえ。だから、とっとと」

 

 『ソイツを渡せ』。

 

 そんな言葉が本来は続いたのだろう。

 しかし、グレンの唇はその続きを紡ぐことはなかった。

 

 

「----彼女は、モンスターなんかじゃない」

 

 第三者の声が響いた。

 

「命と魂を持った、れっきとした人間だ」

 

 パチパチパチと、冬場にマフラーをこすり合わせたような音が鳴り、グレンの周囲を赤色の火花が取り囲む。

 

「しまッーーーー」

 

 グレンは慌てたように叫び、咄嗟にその場から逃げようとするがもう遅い。

 

「だから、ホワイトから離れろ。チンピラめ」

 

 直後、爆炎が灰色の少年を飲み込んだ。

 それは一度ではない。倒れこんだ少年を逃がさないように、何度も何度も爆破していく。『魔法式』は見当たらな。それはつまり、彼も神に選ばれた『神子』であることの証明だった。

 

「……ブレンサム、さん」

 

 ローランは倉庫の入口に立つ、自分たちの窮地を救った男の名を呟く。

 

 柳のように細く長い身体。

 栗色の髪は眉の上で奇麗に切りそろえられている。

 眼鏡の奥の神経質そうな瞳は、傷だらけのローランの姿を映すと、痛ましげに細められた。

 

「すまない。随分と遅れた。ローラン君……、本当にありがとう」

 

 そしてブレンサムは、小さく笑った。

 

「もう大丈夫だ」

「てめえぇぇッッ!!」

 

 怒号と共に、炎の隙間からグレンの顔が露になる。

 繰り返される爆破を食らっても、驚くべきことにグレンは無傷だった。

 

 彼の顔面は鉄の仮面で覆われていた。

 いや、顔だけではない。まるでおとぎ話に中の騎士の如く、その全身が銀色に輝く鎧で守れていた。

 

 その鎧は爆破される場所に合わせて、生き物のように流動的に形を変える。爆破の瞬間、その部分の装甲を一瞬で厚くすることによって、ダメージを極限まで少なくしていた。

 

 敵に合わせて形状を変え、あらゆる攻撃を防ぎきる完全防御。恐らくこの銀色に輝く騎士の姿こそが、彼の本気なのだろう。

 

「不意打ちごときで、俺がやられるかよッッ!!『炎獄(えんごく)』のブレンサムッッ!!」

「ッ!!こっちだ二人とも!早く!長くは抑え込めない!」

 

 ローランは手の平に刺さった銀の杭を引き抜き、声の方向に歩いていく。

 片足を潰されているため、何度かバランスを崩しそうになるが、そこはホワイトが肩をかして支えた。

 

 ローランは苦笑する。

 これではどちらが助けにきたのか分かったものではない。

 

「悪いね」

「ううん」

 

 ローランの言葉にホワイトは小さく笑いながら答えた。ローランとホワイトは倉庫から遂に脱出する。爛爛と夜空に輝く月が彼らを出迎えた。

 

「逃がすかよォォッッ!!」

 

 背後を見ると、銀の鎧を纏ったグレンがこちらに走ってきていた。鎧の形状は先ほどとは変化しており、右手には大型のモンスターでも一刀両断できそうな、巨大な大剣が生えていた。

 

「いいや、これで終わりだ」

 

 ブレンサムはその言葉とともに『祝福』を発動させる。

 狙いはグレン、ではなく倉庫の柱。

 

 轟音が響く。

 元々が長年使われておらず、ボロボロになっていた倉庫だ。幾つかの支柱を破壊してやるだけで、倉庫は面白いくらい簡単に、呆気なく崩れた。

 

「なっ!?」

 

 驚愕の声を上げるグレンの上から、倒壊した倉庫の破片が次々と落ちていく。そして、グレン・ディスライトはそのまま倉庫の崩壊に飲まれていった。

 

 倉庫の外にいたローラン達は倒壊には巻き込まれない。

 砂埃が宙に舞い、飛んできた倉庫の破片が顔を叩いた。

 

 それらが落ち着き、視界が晴れた時、倉庫は瓦礫の山と化していた。

 グレンの姿は何処にも見当たらない。

 

「……多分、死んでないよ。彼の『祝福(スキル)』はとてつもなくしぶとい。私の『祝福』を完全に防ぎきっていた」

「それは良かった。友達なので」

 

 安心したようにそっと息を吐くローランは、次いでブレンサムを見やった。

 

「貴方、そんなに強かったんですね。『炎獄』、でしたっけ?グレンがそう呼んでましたけど」

「昔の話だ」

 

 ブレンサムは肩をすくめ、自嘲するように小さく笑った。

 

「まずはここを離れよう。君の治療をしたい。酷い傷だよ。……色々と聞きたいこともあるだろう」

「ええ。そうです、ね」

 

 その言葉と共にローランは足を踏み出そうとして、そのまま地面に倒れこむ。

 

「あれ……身体が、動かないな?」

 

 腕に力を込めて立ち上がろうとするも、ローランの身体はうんともすんとも言わなかった。

 単純に、ローランの身体はいい加減、限界だった。むしろ、ここまで持ったこと自体が奇跡と言っていい。

 

 まだ微かに動く眼球を上へ動かすと、大きく見開かれたホワイトの瞳が自分を見下ろしていた。

 

「ロー、ラン?」

「……大丈夫。僕は大丈夫だよ」

 

 その言葉を最後に、ローラン・レインダースの意識は闇の底に沈んでいった。

 

 

 




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