その世界は終わりに向かっていた。
別に世界を滅ぼす邪悪な魔王が出現したわけではない。
別に世界を飲み込むような巨大な災害があったわけでもない。
そんな明確で分かりやすい終焉ではなかった。もっとゆっくりとした、足元に忍び寄るような、だけど着実に訪れる世界の破滅。
去年よりも少しばかり作物の実りが悪かった。
どいう訳か海から魚が減り不漁が続く。
昨日まで元気だった隣人が何故か良く寝込むようになった。
最初はその程度の認識だった。
だけど、それが何年も何十年も続けばどうだろうか。
大地は荒廃し、海は荒れ、やがて原因不明の病が世界中に蔓延した。人は飢えと病に苦しみ、希望の見えない日々が延々と続く。原因は誰にも分からず、抗う事は誰にもできない。まるで世界が寿命を迎えたようだった。
そんな世界のとある都市。
そのスラムに少年は気づけば立っていた。
ほんの一瞬前まで、彼は全く違う世界の全く違う国で平穏と暮らしていた筈なのに。
因果も理由もわからないまま、彼はたった一人、孤独に世界に放り込まれた。
スラムに暮らす人々は、少年が元居た世界の人間とは異なる見た目をしていた。ある者は猫のような耳を頭部に生やしていた。ある者は犬のような尻尾が腰から伸びていた。
獣の特徴をその身に宿した人々。
彼らは世間から魔族と呼ばれる少数民族であり、人々から迫害を受けていた。
往々にして少数派は排斥される。世界に余裕のない時代ならば尚さらだ。世界が荒廃する原因は、魔族が邪神に魂を売ったからで、獣のような見た目はその証拠だと真面目に語る者すらいた。
魔族の多くは奴隷として作物の実らない荒れた畑を耕しつづけ、そうでない者も社会から弾かれスラムに流れた。実際、スラムの住人の殆どは魔族だった。
終わりかけた世界の、更に終わった最底辺。
そんな場所に少年はいた。
だけど。
そんな世界にも、善意はあった。
気づけば、寝床に一欠けらのパンが放り込まれている事があった。
使わなくなった毛布を譲ってくれる老いた魔族がいた。
勿論、与えられるよりも奪われることの方が遥かに多かった。何度も暴漢に憂さ晴らしのリンチにあった。必死の思いで手に入れた食料を強奪された回数は数えきれない。
それでも、悪意だけが蔓延っていたわけでは決してなかった。
悪人もいたが善人だって当然いたのだ。
そんな彼らの優しによって、少年は生き永らることができた。
だから。
だから。
彼は、拳を握った。
人族の男に襲われる魔族の少女を目の前にして、彼は逃げ出すことをしなかった。
逃げ出せるわけがなかった。ただ、彼のうちに湧き上がる衝動の儘、駆けだしていた。
それこそが、後に魔王と呼ばれる少年の始まり。
世界に挑み、やがて敗れたとある少年の原点だった。