~クロSide~
私が異世界の日本にあると言うこの異世界食堂で七日に一度の割合で働いていると、
チリン、チリン
何時ものように扉のベルが鳴り、来客を知らせる。
でも、今日この日、異世界食堂に一番に来たお客さんの姿を見て私は驚いた。
今日の最初のお客さんは今まで見た事の無いお客さん‥新しいお客さんだった。
新しいお客さんは二人‥緑の長い服に鉄で出来た帽子を被ったアレッタと同じ位の年頃の人間のお客さんだった。
この扉はいろんな世界のいろんな場所に突然現れる。
私の時もそうだった。
きっとまた何処かの世界に新しい扉が現れたのだろう。
それ自体に驚くことはない。
私が驚いたのはこの二人のお客さんが今まで来たどのお客さんよりも『死』に近い存在だったからだ。
この異世界食堂に来るお客さんは大抵空腹状態でやって来て、店主の料理を食べ、生きる力と空腹を満たして帰って行く。
でも、このお客さんが纏っている気配は尋常ではない。
極度の空腹‥‥孤独‥‥絶望‥‥不安‥‥そして、確実に『死』に近づいている臭い‥‥
それがあまりにも強い。
此処で働いてもう100日以上経っているが、こんなお客さんは初めてだ。
三万年前、共に戦い、この異世界食堂の常連であり、異世界さえも自らの縄張りにしてしまう実力者である『赤』は地上の生命も少なからず成長し、店主の作る食事で生命力がみなぎっているから、私から漏れる『死』の気配ぐらいではそう簡単には死なないと言っていた。
確かに私が地上から月へと渡り住んでから長い時間‥長い年月が経った。
その間に地上の生き物達は『赤』の言うように、私の知らない間に強くなった。
でも、この二人は例外だ。
店主の作った食事を食べれば、生命力が戻るかもしれないが、それまではあまりこの二人には近づかないようにしなければ‥‥
でないと‥‥でないと、私から漏れる『死』の気配で死んでしまうかもしれないから‥‥
(アレッタ‥‥)
私は仕事の同僚であるアレッタに声をかける。
「はい?何ですか?クロさん」
(あの二人の接客を任せてもいい?他のお客さんのオーダーは私がやるから)
「はぁ~いいですけど‥‥」
アレッタは首を傾げながらも了承してくれた。
良かった‥。
『赤』に言われ、この店を守護する様に言われた私が店に来た無害なお客さんを殺すわけにはいかないから‥‥
私はチラッとあの二人のお客さんの様子を覗いながら、今日も七日に一度のチキンカレーの為、人間の言う仕事と言うモノに勤しんだ。
チトとユーリがアレッタに注文をしてから少しして、
「お待たせしました。ご注文のクリームソーダとコーラフロートです」
まず、最初にクリームソーダとコーラフロートが届いた。
「おおぉー」
「‥‥」
ガラスの器の中に満たされている緑色の水と茶色い水。
その一番上には雪の様な白いモノが乗っかっている。
びうと違い、色と雲の様な泡がたっていないが、それ以外はガラスの器の中にはびうと同じく下から上に向かって小さな泡が昇っている。
当初は上に乗っかっている白いモノがこの飲み物を冷やす役割があるのかと思ったが、ガラスの器を手に取った瞬間、このガラスの器は既に冷たかった。
では、この上に乗っかっている白いモノは何のために乗っかっているのだろうか?
このガラスの器に入っているという事はこの白いモノも食べられる筈。
チトとユーリはガラスの器と共にアレッタが持って来た長いスプーンを使い、上に乗っている白いモノを一掬いして口へと運ぶ。
「冷たっ!!」
「うん‥‥」
白いモノはその見た目同様、雪の様に冷たかった。
でも‥‥
「ん?でも、何か甘いね」
「うん‥甘い‥‥」
何の味もしない雪とは違い、この白いモノは冷たいが甘かった。
「この雪みたいなモノは雪と同じ白くて冷たいのにどうして甘いんだろう?」
「さあ‥‥?」
「‥‥雪に砂糖をかけて食べたらコレと同じ味になるかな?」
「いや、無理だろう」
ユーリの疑問をチトはあっさりと否定する。
確かに色と冷たいと言う点ではこの白いモノと雪は同じだが、以前イシイに教えてもらった食糧生産施設で舐めた砂糖とこの白いモノの甘さは別モノだった。
だから、ユーリの言うように雪に砂糖をかけてもこの白いモノと同じ味になるとは思えなかった。
その後、二人は無言のまま白く冷たいモノ‥アイスクリームを食べる。
上に乗っているアイスを粗方食べた後、ユーリはソーダを‥チトはコーラを口にする。
口に広がるのはびうと同じシュワシュワとする爽快感。
ソレと共にびうとは異なる刺激的な甘み。
「おおぉーこれは間違いなくシュワシュワだ」
ソーダを一口飲んだユーリはその感想を述べる。
「うん‥たしかにシュワシュワだ‥‥でも、こっちのはびうと違って甘い味がする」
びうは苦みがあるシュワシュワであるが、クリームソーダ、コーラフロートは甘みのあるシュワシュワ。
二人にとってこれも初めての経験であったが、決して飲めないモノではなく、むしろ今まで甘い物と無縁だった二人にとっては好感が持てる甘さだった。
「そうだね。でも、これはこれで美味しいね」
「‥そうだな」
「むぅ~」
すると、ユーリはガラスの器の中のクリームソーダをジッと見つめる。
「どうした?」
「この白いヤツとこの緑色の水のシュワシュワの水‥一緒に飲んだらどんな味がするだろうか?」
ユーリはアイスクリームをスプーンに一匙掬い、そこにソーダを浸して口へと運ぶ。
アイスクリームを冷たい甘さとソーダの刺激的な甘さがミックスされ、一つの調和を生み出す。
「おおぉー!!中々刺激的な味‥‥ちーちゃんもやってみなよ」
「いや、別にそんな理屈っぽい食べ方をしなくてもこのままでも十分に美味しいだろう?」
「もう、ちーちゃんはロマンがないなぁ~美味しいものを食べてこその人生だよ」
「うるさい」
チトは不貞腐れるような感じでコーラフロートを飲み干した。
二人がフロートなる飲み物を飲み干した時、
「お待たせしました。マグロのカルパッチョです。此方は付け合わせのパンとスープです。残りのご注文の品も出来次第お持ちいたしいたします。パンとスープはおかわり自由ですので、お申し付けください」
ユーリが頼んだカルパッチョなる料理と付け合わせのパンとスープが運ばれて来た。
お皿の上には赤い長方形のモノが置かれており、自分の知る魚の姿ではなく、どちらかと言うとレーションを赤くして潰した感じだ。
その上に白い三日月の様なモノが乗っかっている。
アレッタの話ではこれは生魚を切った料理らしい。
「これが魚‥‥」
「生で食べると聞いていたが‥‥」
初めて生魚の切り身を見た二人はジッと観察するかのようにカルパッチョを見る。
「と、とにかく食べてみよう」
パンとスープも気になったが、ユーリとチノはまずこの見慣れないカルパッチョなる未知の料理の方が気になった。
ユーリがフォークを使い、魚の切り身を突き刺して持ち上げる。
「むぅ‥‥」
「‥‥」
最初に食べた魚は死んでいたので焼いて食べた。
その次に見た魚は生きていたが、食べる事は出来なかった。
その後、魚を食べる機会はあったが、全て缶詰として調理加工されていたものばかりで、ユーリが生魚を食べるのはこれが初めてであった。
「あーむ‥‥もぐもぐもぐ‥‥」
「どう?」
チトは心配そうにユーリにカルパッチョの味を尋ねる。
「ムグムグ‥‥」
ユーリが食べたカルパッチョなる生魚の料理は旨みが凝縮されていた。
噛み締めるたびに、旨みがあふれ出す。
この料理の味付けに使われている汁の独特の塩気と上に乗っていた白い三日月の様なモノ‥オニオンスライスから出る辛味と混ざり合い、それが生魚と調和する。
少し酸っぱくて、しゃきしゃきとして辛くそれらをすべて包み込むこの魚独特汚の旨みが口の中に広がる。
「‥‥美味しい」
「えっ?」
ユーリが口の中のカルパッチョを喉の奥底に流し込むと、ボソッと呟いた。
「とっても美味しいよ!!ちーちゃん!!」
すると、ユーリは目を輝かせながらカルパッチョが美味しい事を伝える。
「ちーちゃんも食べてみなよ!!」
そしてチトにもカルパッチョを勧める。
「じゃ、じゃあ‥‥」
ユーリに勧められてチトは恐る恐るカルパッチョを口へと運ぶ。
すると、チトの口にも生魚独特の歯ごたえと旨味とオニオンスライの辛味、生魚の上にかけられているバジルオイルの独特な酸味が広がる。
ユーリ同様、今回初めて生魚を食べたチトもこのカルパッチョの味には思わず舌鼓をうつ。
「うん、確かにこれは美味しいな‥‥」
「でしょう?」
二人はまるで機械のようにフォークを動かしてカルパッチョを食べた。
その間、二人の中で会話など無く、会話する暇さえも惜しかった程、料理に夢中になったのだ。
なお、最後の一切れはユーリが食べた。
元々、ユーリが頼んだ料理だったのでチトは文句は言わなかった。
「ふぅ~美味しかった~」
「ああ‥まさか、生の魚があんなに美味しいモノだったなんてな‥‥」
「あそこの魚もこんな味だったのかな?」
ユーリはかつて、あの地下工場で機械が管理・飼育していたあの魚も生で食べればコレと同じ味がするのだろうかと思いを馳せる。
「多分‥違うんじゃないか?料理をするにしても色んな調味料が必要だろう。あそこには調味料なんてなかっただろう?」
「む~そうか‥‥」
カルパッチョを完食した二人は口直しの為にパンとスープを食べる。
「このパン、とっても柔らかい‥‥」
「普段食べているレーションとは大違いだね」
ほんのりと焼かれたバターロールはこれまで食べてきた乾パン状のレーションとは比べられない程、柔らかい。
「昔、おじいさんの所で作ったパンとも違うね」
「使用している原料が違うんだろうな」
レーションはもとより、以前一緒に暮らしていたおじいさんと共に作ったパンとも異なる味がした。
そして次はスープを飲む二人。
ある地下工場から外へ出た時、出られた記念に飲んだ缶詰のコンソメスープも美味しかったが、このスープも格別に美味しかった。
鶏肉と玉ねぎをベースに長時間煮込んだその透明な琥珀色のスープは香りも良く、玉ねぎと肉から出たエキスとコンソメが口の中で踊り出す。
そして豊かな琥珀色のスープはあの時、見た夜空に広がる星空を思い出させる。
「はぁ~おいし~」
「はぁ~」
この食堂と言う所も暖かいが、口の中から胃の中へ流し込まれるスープは身体の中から二人の身体を温める。
「そういえば、パンとスープはおかわり自由ってあの角の人が言っていたよね?」
「そうだな」
「すみませーん!!」
「はい、何でしょう?」
「パンとスープ、おかわりください」
「はい、ただいま」
ユーリは追加のパンとスープをアレッタに注文する。
「あっ、すみません。私にも‥‥」
チトはおかわりするのが少し気まずいのか小声でアレッタに追加のパンとスープを頼む。
「別におかわり自由なんだし、堂々と言えばいいのに‥‥」
「いや、でも‥‥」
ユーリはそんなチトの態度に何故、そんな小声で頼むのか理解できなかった。
そして、おかわりのパンとスープが来たのと同時に、メインであるシーフードフライとチーズチキンカツがやって来た。
「お待たせしました。ご注文のシーフードフライとチーズチキンカツです」
「「おおぉー」」
チトとユーリの二人はの前にそっと置かれた料理をしげしげと眺める。
まず、ユーリが頼んだシーフードフライ。
白い皿の上に盛られたのは、淡い緑の葉野菜の上に乗せられた三種類の揚げ物。
木の葉のような形をした大きめのものと、丸いわっかのようなのが3つ、そして川原の石の様に小さな丸いのが三つ。
「これが魚?」
「さっきのカルパッチョや今まで食べてきた魚のレーション(缶詰め)とは大違いだね」
次にチトが注文したチーズチキンカツ。
串切りにされた黄色い果実に、細く切られた緑色の葉野菜、赤い果実で彩られた白い皿の中心にドンと置かれた大きく茶色い肉料理。
自分達の手のひらよりも大きい一枚肉をそれは十分な熱気をはらみ、プツプツとまるで機械みたいにかすかな音を立てていた。
「チーズってどれなの?」
「この中に入っているみたいだ」
「見えないね」
「食べれば分かる」
「どんな味なのかな?」
「おい、ユー‥ヨダレ‥‥私のチーズの上に落すなよ」
「わ、分かっているよ」
チトのチーズチキンカツを覗き込むユーリの口元にはヨダレが垂れ下がって居り、チトは自分の料理の上に垂らすなと注意する。
「チーズチキンカツの味付けにはそちらの青い瓶に入ったソースをお使いください。それと、そちらの黄色いレモンは絞って汁をかけて食べると美味しいですよ。シーフードフライには此方のタルタルソースをお使いください。それでは、ごゆっくりどうぞ」
アレッタがおすすめの食べ方を説明して厨房へと戻って行く。
シーフードフライ、チーズチキンカツ‥共にパンくずで作った衣を纏わせ、油で揚げた料理らしい。
シーフードフライは葉っぱみたいな形をしたのが魚で、金貨のように丸いモノがホタテと呼ばれる貝で、真ん中に穴が開いているのがイカと呼ばれる生物のフライだと言う。
「じゃあ‥‥」
「ああ‥‥」
「「いただきます」」
二人は互いの料理にフォークを刺して口へと運ぶ。
「あーむ‥‥」
魚のフライを口にしたユーリの口に広がるのは揚げに使われた衣。
油で揚げられたパン粉‥それが胃袋を刺激する匂いと一緒に軽やかに弾けた。
弾けた衣の奥からやってくる魚とは信じられぬような魚の味。
薄く下味をつけられた、魚は熱い熱気と共に口の中に魚の旨みをばらまきながらほっこりと口の中で崩れる。
淡白だがしっかりとした魚の味。
先程食べたカルパッチョとは異なり、生臭さも無ければ度を越した様なしょっぱさも無い。
それが揚げられた、軽い衣の味と混ざりあう。
最初のフライはそのままで食べたが、次にユーリはアレッタの言ったタルタルソースと呼ばれる調味料をフライにかけて食べてみた。
タルタルソースは茹でた卵がたっぷりと入り、それでいてちょっと酸味があるソースらしい‥‥
それが揚げたて熱々の魚フライと絡み合い口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。
その他に青い小瓶に入ったソースと呼ばれる調味料‥こちらもフライには合うと言う。
勿論、ユーリはそのソースを使ってフライを食した。
タルタルソースとはまた異なる味であるが、それでも美味しい事に変わりはなかった。
魚のフライを食い尽くしたユーリは次のフライへと手を伸ばす。
丸いわっかの形に揚げられた、イカとか言うもののフライ。
魚のフライには無かった弾力のある硬さを持つイカのフライ。
噛む度に広がるイカの味‥‥。
ユーリは、彼女にしては珍しくゆっくりと味を楽しむかのように咀嚼しながらイカのフライを食べる。
そして、最後に残ったホタテと呼ばれる貝のフライ。
これも絶品だった。
衣の下から現れた貝の味は、他の二つのフライよりも格段に濃い。
それが噛み締めた瞬間、バラバラとヒモのような形にほぐれ、口の中で崩れていく。
その感触と味と共にこれが一口と比べても小さく終わってしまうことが非常に残念に思える味だった。
一方、チーズチキンカツを注文したチトの方は‥‥
さくりと、軽やかな音を立てて口の中で砕け、良質の油とパンの風味を感じさせる衣。
主役たる鶏肉は念入りに柔らかくし、香辛料と塩で味付けされていて、その身に宿した肉汁が噛むはしから溢れ出す。
そして、淡白な鶏肉に素晴らしい風味を加えているのが肉の間に挟まれたチーズと呼ばれる獣の乳を発酵させた食べ物‥‥
肉とよく合う質のチーズを特に選んでいれたと思しきそのチーズは肉の熱に溶かされて熱くとろけ、肉の間からこぼれトロリと零れ落ちてくる。
そのチーズの、どちらかといえば強い風味が脂に乏しく淡白な胸肉と組み合わさることでお互いに補いあい、高めあっている。
それはまるで自分と相方のユーリの様に‥‥
写真を撮る際の合図でもあり、レーションの味の一つでもあったチーズ‥‥
だが、今チトは本物のチーズをこうして食している。
(これがチーズの味‥‥)
口の中のチーズチキンカツを噛みしめながらチトはチーズの味をゆっくりと味わう。
「はぁ~美味しかった」
「はぁ~」
皿の上の料理はあっという間に平らげたチトとユーリ‥‥
天井を見上げながらしみじみと感傷に浸る。
そして、チトは思い出したかのようにメニューを手に取る。
もう一つの気になる食べ物、チョコレートを頼む為だ。
字は読めないけど、料理を注文する時、アレッタからチョコレートを使った食べ物が乗っているページを聞いていたので、チトはメニューに載っている絵で判断した。
(あの角の人が言うチョコレートを使った食べ物のおすすめはこのチョコレートパフェと妖精たちが食べていたチョコバナナクレープか‥‥)
(よしっ!!)
チトはチョコレートパフェかチョコバナナクレープのどちらを注文するか決断を下した。
「すみません」
「はい」
声をかけると、アレッタがパタパタとチト達の座るテーブルへとやって来る。
「このチョコレートパフェを下さい」
「はい」
「ユー、お前はどうする?」
チトはユーリにチョコレートパフェを食べるかを尋ねる。
「勿論もらうぜ」
「じゃあ、チョコレートパフェを二つ下さい」
「はい。マスター!!オーダーです!!チョコレートパフェを二つ!!」
「あいよ」
アレッタからオーダーを聞いた店主は厨房から返答する。
それから暫くして、
「お待たせしました。ご注文のチョコレートパフェです」
二人の前にガラスの器に入ったチョコレートパフェが置かれた。
「それでは、ごゆっくり」
ユーリはさっそく、スプーンを手にし、チョコレートパフェを食べ始める。
反対にチトはまだスプーンを置いたままチョコレートパフェをジッと見つめる。
(す、すごい‥‥これが食べ物‥なのか?)
チトの目にはチョコレートパフェは食べ物ではなく、寺院で見た細工物のように見えた。
「ん?どうしたの?ちーちゃん。食べないの?」
「あっ、いや、食べるぞ」
ユーリに声をかけられて慌ててスプーンを握るチト。
まず食べるのは、山の頂…黒いものがたっぷりとかかった白い山。
コーラフロートの中にあったアイスクリームとはちょっと違う白いモノ‥‥
そこに恐る恐るスプーンを潜り込ませる。
スプーンが入れられたパフェは、まるで雲のように抵抗なくすっと切れる。
たっぷりとした黒いものに覆われた白いソレをそっと口に運ぶ。
(むっ!?これはっ!?)
コーラフロートの中にあったアイスクリームとは別の甘さがチトの口の中に広がる。
かすかにほろ苦くて甘いものがすっと口の中で溶けて消える。
次に来たのは一口大にカットされた緑の円形のモノと赤い三角形の形をしたモノ。
色味が美しいこの二つの食べ物は、甘味はあるが、しっかりと酸味も含んでいた。
それが甘味に慣れた舌を休ませて、更に白と黒の雲の甘さ、美味しさを引き立てる。
白く甘い雲の様なモノに突き刺さっているレーションの様なモノは流石にスプーンでは掬えないので、普段食べているレーションの様に手で食べた。
白いものがついた黒と小麦色に染まったレーションの様なモノはやはり甘さが抑えられていて、パリッと砕ける香ばしさがある。
(ふむ、歯ごたえはレーションに似ているけど、これもちょっと普段食べているレーションとはちょっと違うな‥‥)
食べていくと下層にはコーラフロートの中にあったアイスもあり、そして一番下にチョコレート菓子があった。
それをスッとスプーンで掬い口へと運ぶ。
アレッタが言うにはこのチョコレートパフェの黒い食べ物がチョコレートなのだと言う。
一番上にあった白いモノにかかっていた黒いヤツもチョコレートソースだと言うが、今度のモノはチョコレートそのもの‥‥
チトはまず、スプーンの上にあるチョコレートをジッと見つめ、そして口へと運ぶ。
口の中で甘くほろ苦い味が広がる。
(これがチョコレート‥‥あの時食べたレーションのチョコ味とは全くの別物だな)
と、以前、雪の中に放置された飛行機の中から手に入れたチョコ味のレーションの事を思い出す。
あの時、ユーリは最後の一本を自分に銃を突きつけ奪い、そして本当に食いやがった。
チトとしてはユーリの悪ふざけかと思っていたから、本当にレーションを食べたユーリに思わず怒りが湧いて、そのままユーリをボコボコにした。
今となっては懐かしい思い出だ。
「ねぇ、ちーちゃん」
「なんだ?」
「この食べ物、幾つもの層になっていてまるで私達の世界みたいだね」
「‥‥そう‥だな‥‥」
ユーリに自分達の世界の事を言われ、チトはふと自分達の世界の事を思った。
パフェを食べて口の中が甘くなったので、チトはコーヒーを注文した。
ユーリは他のデザートを注文するみたいでアレッタとメニュー表を見ながら話している。
(私達の世界‥‥)
この異世界食堂には沢山のお客さんが来た。
でも、自分達の世界にはもう人は殆ど‥いや、人以外の生き物はあの機械が飼育・管理していた魚とあの謎の生物?のヌコぐらいだ。
いや、そもそも自分達以外の人間がいるのかも怪しい。
気になったチトはコーヒーを飲みながら、扉へと視線を向ける。
此処に来た当初はやってきたお客さんのインパクトが強すぎて、このお客さん達が何処から来たのかそれを知る手立てを見逃していたが、この異世界食堂に来るお客さんが何処から来るのか?
そして何処へ帰って行くのかを見極めようとした。
「‥‥」
そして、扉を見て分かった事が有る。
お客によって扉の向こう側の風景がお客さんによって違うのだ。
その現象こそが、此処が異世界食堂と呼ばれる由縁なのだろう。
ならば、自分達が再びあの扉を開けると目の前にはあの終末の世界が広がっているのだろう。
「‥‥」
チトはそれを考えていると‥‥
此処にいたお客さん達も店主の料理を食べ終わり、次々と自分達の世界へと帰って行く。
何の戸惑いもなく‥‥
でも、それは自分達の世界がまだ希望があり、大勢の人間が生きており、普通に食べ物が存在しているからだろう。
自分達の世界は人も食べ物もない、孤独と絶望が支配する終末の世界‥‥
そして‥‥
「さて、ちーちゃん。私達も行こうか?」
食事を終えたので、ユーリがチトにあの世界へ戻ろうと言う。
(あの世界に戻る?)
(あの何もない世界に‥‥?)
(あの絶望しかない世界に?)
(嫌だ‥‥嫌だ‥‥嫌だ‥‥そんなの嫌だ‥‥)
「行く?」
「うん、そうだよ」
「何処へ?それにどうして?」
「『どうして?』って‥‥」
ユーリはチトに何か違和感を覚える。
チトの目は何だか虚ろに見えるからだ。
異世界食堂の料理を食べ、暖かい環境、人が沢山いる状況下でチトに変化が生じた。
潜水艦の中では、人が沢山いる映像は見たが、此処では違う。
映像や写真ではなく、生きた人が目の前で呼吸をして、料理を食べて、会話をしている。
手で触れれば触る事だって出来る。
そんな所に来たのに、また誰も居ない世界に戻る。
チトにとってそれは悪夢以外の何物でもなかった。
そりゃ、当初は上層部の都市を目指した。
でも、あの頃とは状況が何もかもが異なる。
愛車だったケッテンクラートを失い、大切にして来た本も日記も失ったチトにとってこの異世界食堂の環境は暖かすぎた。
「ユー‥‥お前はまたあの世界に戻りたいのか?」
「えっ?」
「何もない‥あの世界に‥‥?」
「ちーちゃん?」
「イヤだ!!私はイヤだ!!」
チトは俯きながら声を荒げ、あの世界には戻りたくないと言う。
「ちーちゃん。ちょっと落ち着いて‥‥そりゃまぁ、確かに下層には何もなかったけど、上に行けば‥‥」
「人は絶対に居るのか!?食べ物は絶対にあるのか!?」
「え、えっと‥‥多分‥‥」
チトは俯いていた顔を上げて、鬼気迫るような顔でユーリに上層の状況を尋ねる。
そんなチトに対してユーリは視線を泳がせながら答える。
「多分?そんな曖昧な事で済まされることなのか!?私達にはもう、食べ物もない、暖を取る為の本も燃料もない、車両も‥銃も‥‥ない‥‥」
「‥‥」
「そんな状況でこれ以上、上を目指すのか?それで上に着けなかったら?上に行けたとしても其処に人が居なかったら?食べ物が無かったら?」
「‥‥」
チトはこれまでの絶望的な状況からあの世界に戻っても希望がない事、
そして、溜まるに溜まった不安と確実に迫っている死への恐怖を全部吐きだす。
「お前だって薄々分かっているんじゃないか!?あの世界にはもう、絶望しかないって事が‥‥」
「そ、それは‥‥」
ユーリはチトから視線を逸らす。
チトが言うようにユーリも分かっていた。
でも、自分達はあの世界に戻るしか選択肢はない。
それ以外の選択肢などないじゃないか。
「「‥‥」」
チトとユーリの間に気まずい空気が流れる。
チトはユーリを睨みつけるように見て、ユーリは気まずそうにチトから目を逸らす。
その様子を見ていたクロが、
(マスター‥‥)
厨房の奥に居る店主に声をかける。
「ん?どうした?クロ」
(実は‥‥)
クロは店主にチトとユーリの事情を話す。
店主もあの二人が終末した世界から来ているのは知っていたから気になると言えば気になっていた。
それでも異世界の住人の事情に深くは踏み込めなかった。
アレッタの時は、自分が魔族でありながらも彼女は希望をまだ自分の世界に抱いていた。
最近ではこの異世界食堂のウェイトレスの仕事以外にメンチカツ二世こと、サラ・ゴールドの家の家政婦と言う向こうの世界でもちゃんとした仕事を見つけている。
でも、今回は状況が異なる。
あの二人の世界は既に何もかもが終わっている世界‥‥
希望もなく、あるのは絶望と死のみ‥‥
ならば、年長者として出来る事は‥‥
「お嬢ちゃん達‥‥」
気まずい空気の中、店主がチトとユーリの二人に声をかける。
二人は店主に声をかけられて身体をビクッと震わせる。
大声をだしたせいで怒られるのかと思ったのだ。
「その‥‥二人の事は粗方聞いた‥‥もし、自分達の世界に戻りたくないのであれば、その‥‥此処に住むか?」
「「えっ?」」
なんと店主はチトとユーリの二人にこの世界に残らないかと提案してきた。
「いいんですか?」
チトが店主に恐る恐る尋ねる。
「ああ‥お嬢ちゃん達の世界には誰も居ないんだろう?なら、こっちに残って新しい事を見つけて始めたりした方がいいんじゃないか?それが見つかるまで、ウチに居てこの世界の事を知って自分の目標を立てるのはどうだ?」
店主の提案にチトは真っ先に乗る。
ユーリは現状についていけず、あたふたしている。
「ユー、お前はどうするんだ?」
「どうって‥‥」
「あの何もない世界に残るのか?それとも別の世界でやりたい事を見つけるか?」
「‥‥」
チトの言葉にユーリも決断を下す。
「私も此処に‥‥ちーちゃんと一緒に居る!!」
二人はこのままこの異世界‥日本に残ることにした。
戸籍等の問題に関しては、店主の祖母も元は異世界人であり、太平洋戦争の終わり‥終戦の混乱期に培った裏世界とのコネクションはまだ生きており、そこからチトとユーリは日本戸籍を手に入れる事が出来た。
そして、七日に一度‥ねこやが異世界食堂となった時、異世界の住人らがねこやを訪れると、
「「「いらっしゃいませ」」」
(いらっしゃいませ)
「らっしゃい」
異世界食堂には紺色のメイド服風のウェイトレス服を纏ったアレッタ、同じデザインで漆黒のウェイトレス服を着たクロ。
そして‥‥二人と同じデザインで深緑色のウェイトレス服を着たチトとワインレッドのウェイトレス服を着たユーリの姿がそこにあった。
その後の二人は‥‥
チトは自分達を絶望から救ってくれた異世界食堂の料理と店主に憧れ、調理師の専門学校へと進学し卒業後は、店主と共に今日もねこやを訪れるお客さんや異世界の住人達の舌を唸らせ、そしてお客さんに希望と元気を与える料理を作るコックとなった。
ユーリはこの世界に住んだ当初は文字の読み書きに悪戦苦闘したが、そんな中、彼女は音楽の才能を伸ばした。
文字もこの世界にあふれる歌の歌詞で覚えたぐらいだ。
彼女は今日も音楽を通じて人々に元気と癒しを今でも与えている。
ただ音楽活動が忙しくても七日に一度はねこやでウェイトレスをしている。
そして、今日も七日に一度、異世界へ通ずる扉が開かれる。
「「「「「いらっしゃいませ。ようこそ、異世界食堂へ!!」」」」」