週に一度の土曜の日‥この日はねこやの扉が地球とは異なる世界に扉が現れる。
その扉を潜って異世界の住人達はねこやを訪れ、店主の料理に舌鼓をうつ。
この日は、平日のランチタイムよりも忙しい。
店主は厨房に缶詰め状態となり、そして店のウェイトレス達も店内を忙しそうに駆けまわる。
そんな中、ねこやの常連客の一人である照り焼きチキンこと、タツゴロウがふとある事に気づいた。
「おや?今日は、チトは居らんのか?」
店内を駆け回るウェイトレス達の中にチトの姿がなかったのだ。
今日のフロアに居たウェイトレス達はアレッタ、クロ、ユーリの三人だけだった。
「ふむ、何かあったのか?」
同じく常連客の一人、ロースカツこと、アルトリウスもチトの事が気になって店主にチトの事を尋ねる。
彼ら年配の男性客にとって、ウェイトレス達の中で一番背が小さいチトは娘か孫のように思えるのだろう。
まぁ、ウェイトレス達の中で背が小さいせいでチトが一番幼く見えるのは常連客共通の認識であった。
「チトは今日、別の所にヘルプへ回っていましてね、来週には居ますので、ご安心を」
と、店主はアルトリウスとタツゴロウにチトが今日は、ねこやに居ない理由を教えた。
「そうか‥‥」
タツゴロウとアルトリウスは店主の話を聞いて納得した様子。
「しかし、お主もやはり、チトの事をちゃんと思っているようだの」
アルトリウスは店主に声をかける。
「はい?」
「アレッタやユーリから聞いたのだが、お主、チトに料理を教えているようではないか」
「え、ええ‥まぁ‥‥」
「ならば、チトはいわばお主の弟子じゃな」
「チトが弟子‥ですか‥‥?」
「うむ、儂もヴィクトリアを弟子に持った手前、物事を教える師として、敢えて他所に出して見聞を広め、視野を広く持つようにしたことがある。今回のチトの件もそれと同じではないかのう?」
「‥‥そう‥かもしれませんね」
「ふむ、チトが弟子か‥‥ならば、ねこやは当分は安泰よのう」
「‥‥」
タツゴロウが頷きながら言う。
店主はまだ30代半ばと若いが今のところ交際している異性はいない。
それに店主の両親は事故で他界している。
人生一寸先に何があるのかわからない。
継承できる素晴らしい技術は後世に残すべき財宝だ。
実際に七色の覇王の二柱、異世界の王族さえも虜にしているのだから、ねこやの料理はまさにそれに当てはまる。
それはこの異世界食堂を訪れるお客の願いでもある。
店主に万が一のことがあれば、例え七色の覇王だろうと、賢者であろうと、王族であろうと万金を積んでもねこやの料理を食べることは出来ない。
そんな中、チトは今、必死に店主と同じ道を歩もうとしている。
ならば、店主にできることは、可能な限り、自分が先代である祖父から受け継いだ料理の腕を後世に‥チトに教え後世に残すことだ。
アルトリウスの何気ないこの一言で店主はチトを自分の弟子として意識し始めたが、チトの意志もあるので、チトが帰ってきたら彼女と話をしてみるかと思う店主だった。
その頃、そのチト本人は昨日の夜、店主から木組みの家と石畳の街で喫茶店をしている知り合いから厨房のヘルプが欲しいと言う話を聞いてチトに料理修行の一環としてそのヘルプに行ってみないかと提案された。
料理修行‥店主の様な料理人を目指すチトにとって、それは料理人になる為、避けては通れないし、自分にとっていい経験になる。
そう思ったチトは店主の話を了承し、店主の知り合いが経営している喫茶店がある木組みの家と石畳の街へと向かっていた。
目的地である木組みの家と石畳の街へチトはバイクで向かった。
この世界へ来た時、この世界にもあの世界で愛車だったケッテンクラートがかつて存在し、名前も同じケッテンクラートだったことには驚いた。
まぁ、同じ地球と言うカテゴリーに当てはめたら当然なのだろうと納得した。
しかし、一つ意外だったのは自分達の世界では当時、現役だったケッテンクラートは国によってはまだ使用されている所もあるが、この世界では、半世紀前の骨董品だったことだ。
自分達の世界では西暦3000年代‥‥そして、今住んでいるこの世界は西暦2000年代‥‥自分とユーリは1000年前の過去の地球にいる事になるが、世界中にある武器とかを見ると、この世界で引退した骨董品が自分達の居たあの世界では現役の兵器だったりした‥‥こうして技術の差の歴史の違いから、同じ地球と言ってもこの世界と、あの世界の地球はやはり別のモノ‥異世界だったのかもしれない。
流石にこの世界でケッテンクラートは手に入らなかったので、チトはそれに似たバイクの免許を取得し、こうしてバイクにまたがり、遠出をしている。
形は変わってもハンドルの形はバイクとケッテンクラートは似ている。
こうしてハンドルを握るとケッテンクラートを操縦していたあの頃を思い出す。
あの世界は嫌いだけど、ケッテンクラートは好きだった。
ケッテンクラートを操縦していた頃の懐かしい思い出を回想しながらチトは安全運転で目的地である木組みの家と石畳の街を目指した。
そのチトが目指している木組みの家と石畳の街にある喫茶店では‥‥
~木組みの家と石畳の街 とある喫茶店side~
「‥‥っと、言う訳で、明日のお祭りの日には、お店の混雑が予想されます。その為、父が知り合いの人に厨房のヘルプを頼んだみたいで、そのヘルプさんは前日入りで今日来る予定となっています」
木組みの家と石畳の街にある喫茶店、ラビットハウス‥その店のオーナーの孫で、看板娘の少女である香風智乃が店のバイト兼ウェイトレスの保登心愛と天々座理世の二人に連絡事項として明日のお祭りによる混雑の為、今日からこの店に一時的に厨房に入るヘルプが来る事を伝える。
何故、チノが二人に態々教えているのかと言うと、ココアが初めてこの店に下宿しに来た時、チノがリゼにその日から下宿人が来る事を伝え忘れ、ココアとリゼは更衣室で鉢合わせ‥ココアはリゼに拳銃を突きつけられた事があったのだ。
なお、この時リゼは下着姿だった‥‥
今回はその様な事態を防ぐため、こうして事前に厨房のヘルプの人が来る前にそれを二人に伝えたのだ。
「お祭りか‥‥もう、そんな季節か‥‥」
この街の出身であるリゼは懐かしむ様に言う。
「確かに去年は凄い人だったからなぁ‥‥」
「へぇ~そんなに凄かったんだ‥‥」
「はい。その為、去年の反省を活かして、今年は厨房にヘルプを呼んだみたいです」
チノの父親が何故、知り合いにヘルプを頼んだのかその訳に思い当たる節がある様子のチノとリゼ。
二人の様子では、去年のお祭りの時にはこの店にも沢山の人が来て、てんやわんやだったみたいだ。
しかも当時、ココアはまだこのラビットハウスには居なかったので、チノとリゼの二人で切り盛りをした。
チノの父親は昼の部の担当ではなく、お店のオーナーであるチノの祖父はこの時、身体を壊して病院に入院中だった‥‥その後、オーナーは回復することなく、この世を去った事になっている。
今年はココアが居るとは言え、料理に専念できる人が居ると居ないとでは大きな違いがある。
「厨房のヘルプさんってどんな人なんだろう?」
「チノは何か聞いていないのか?」
ココアとリゼはチノにどんな人がヘルプに来るのかを尋ねる。
「私も父からは知り合いの人に頼んで、厨房のヘルプの人が来るとしか聞いてなかったので、どんな人が来るかまでは‥‥」
しかし、チノも父からどんな人がヘルプに来るのかを聞いていない様だ。
「どんな人なんだろう?‥‥可愛い子だったらいいなぁ~」
ココアはまだ見ぬヘルプの人がチノや自分の友達の様に可愛い子だったらいいのにと思いをときめかせる。
「いや、チノの親父さんの知り合いなら、ヘルプに来る人も同い年ぐらいの男の人だろう?」
リゼがココアの予想に対して現実的なツッコミをする。
「ええぇー!!そんなぁ~」
リゼの現実的なツッコミを受けて、ココアはがっかりした様子。
「普通はそうだと思います」
チノもリゼと同じ意見の様だ。
「はぁ~折角可愛い子と一緒に働けるかと思ったのになぁ~」
「そこまでがっかりする事なのか!?」
リゼはココアのあまりにもオーバーなリアクションにちょっと引いた。
木組みの家と石畳の街にあるとある喫茶店でその様な会話がなされていたその頃、その店に向かっていたチトは木組みの家と石畳の街へと到着した。
「此処が、木組みの家と石畳の街‥‥」
その街並みは聞いた通り、木組みの家と石畳となっており、此処が本当に二ホンなのかと疑いたくなるような街並みだった。
コンクリートで出来た家だらけの街はあの世界で見慣れていた。
自然がなく、冷たい鉄とコンクリートで出来た街‥‥
人を始めとする生物も自然もなかった為、あの世界の街並みはより一層冷たく感じられた。
だが、この世界は自然があり、人も動物も沢山いる為、温かみが感じられる。
バイクのエンジンをきり、押しながら街並みを見渡す様に歩くチト。
日本離れした街並みの他に、この街にはウサギが沢山住んでいた。
(ユーの奴が居たら、『捕まえて食べよう』とか言い出すかもな‥‥)
街にあふれる野良ウサギ達を見ながら、『今日此処に私の相棒が居なくて助かったなウサギ達』と思いながらバイクを押しながら街を歩くチト。
時々立ち止まり、ポケットからヘルプに入る予定のお店の場所が書かれた地図を見る。
ヘルプに入る予定のお店はねこや同様、店舗と住居が一緒になっているらしい。
今日は其処に一晩泊めてもらい、明日から本格的に厨房に入る。
そのお店には自分とほぼ同い年の子らが居る事も聞いていた。
(暁達の様な子なのかな?)
チトは先日知り合った同世代の子である暁達の姿が脳裏を過ぎった。
そして、ようやく着いた目的地であるラビットハウス。
「此処が‥‥ラビットハウス‥‥」
バイクを止めてヘルメットを脱ぎ、今回の修行先であるラビットハウスを見るチト。
「よ、よしっ」
チトは改めて自分に気合を入れ直して、お店のドアノブに手をかけた。
チノがヘルプについての連絡事項をリゼとココアの二人に伝え終えると、ラビットハウスでは普段通りの時間が流れる。
チノが豆を挽き、コーヒーを淹れ、リゼがラテアートをして、ココアが接客をする。
そんないつものラビットハウスの光景が流れていると、来客を知らせる扉の音がした。
これもいつも通りだ。
ただ、この時来たお客は背中に大きなリュックを背負った小柄な女の子のお客さんだった。
「「「いらっしゃいませ」」」
チノ、ココア、リゼの三人が笑顔で来店の挨拶をする。
しかし、次の瞬間、三人の顔は驚愕したモノへ変わる。
「あの、厨房のヘルプに来たものなのですけど‥‥」
リュックを背負った女の子が来店目的を言ったのだが、
「あれ?チノちゃん、なんで腹話術をしているの?」
ココアが首をかしげながらチノを見て尋ねる。
「い、いえ、私は何も‥‥」
「でも、今、確かにチノの声がしたような?」
リゼもチノの方を見る。
「で、ですけど、私は何も‥‥」
「あの‥‥すみませんが‥‥」
すると、リュックを背負った女の子が近づき、声をかけてくる。
「ほら、また」
ココアはやはり、チノの声がすると言う。
「ですから‥‥」
チノがうんざりしたような様子で自分は何も言っていないと言う。
「じゃあ、いったい誰が‥‥」
「あの‥‥」
痺れを切らしたリュックを背負った女の子がリゼの肩を叩いて自己主張する。
リゼは油の切れたロボットの様に恐る恐るリュックを背負った女の子の方へと顔を向ける。
「あの、すみませんが、厨房のヘルプに来た者なんですけど」
リュックを背負った女の子が改めてココア、チノ、リゼの三人に来店目的を言う。
すると、
「チノちゃんの声だ!!」
「ホント、そっくりです」
「ドッペルゲンガーって奴か!?」
ココア、チノ、リゼの三人は当初、目を点にしていたが、しばしの時間をおいて再起動を果たすと思わず声を上げて驚いた。
「えっと‥‥貴女が厨房のヘルプに来た‥‥」
「チトです」
いつまでも驚いているわけにはいかないので、ココア、チノ、リゼの三人は改めてリュックを背負った女の子、チトと話す。
「名前もチノちゃんそっくり」
ココアはチトがチノとそっくりな声以外に名前もそっくりな点にも驚いていた。
「もしかして、チトちゃんってチノちゃんの生き別れた双子の姉妹?」
「「いえ、ちがいます」」
ココアの問いにチノとチトはそろって否定する。
「同じ声だから、どっちが言っているのかよく分らん」
リゼもチノとチトの声の区別がつきにくいと言う。
ココア、チノ、リゼの三人もチトの声に驚いていたが、チト自身も驚いていた。
(以前、ユーにそっくりな声をしている人が居たのには驚いたけど、まさか私にも声が似ている人が居るなんてな‥‥)
「あっ、それで、私バイクで来たんですけど、止められる場所‥教えてもらえますか?」
チトは店の前に止めてあるバイクはあくまでも仮置きなので、止めてもいい場所を教えてくれと言う。
「それでは私が案内します」
チノがチトにバイクを止めてもいい場所を案内するため、チトと共に外へ出て行った。
二人が外へ出ていくと、
「いやぁ~ほんとに驚いたねぇ~」
「ああ、まさかあんなにそっくりだとは‥‥しかも名前も一文字違いだからな‥‥」
店に残ったココアとリゼがチノとチトの声がそっくりだったことにまだ驚いていた。
そして、バイクをラビットハウスのある建物の裏手に止めて戻ってきたチノとチト。
「はじめまして。厨房のヘルプに来たチトです」
チトはココア達に改めて自己紹介をする。
「はじめまして。ラビットハウスで働いているチノです」
「リゼだ。よろしく」
「よろしくね、チトちゃん。私はココアだよ」
「よろしく」
チトがペコっとココア達に一礼すると、
彼女はチノの頭の上の白い毛玉に目が行く。
先程、チノにバイクを止めに行く時も彼女の頭には白い毛玉が乗っかっていた。
(あれは、人形なのか?)
「あ、あの‥‥」
気になったチトはチノの頭の上に乗っている白い毛玉について尋ねた。
「はい?」
「その‥頭の上の白いヤツは‥‥」
「ああ、これですか? これはティッピーです。一応うさぎです」
「‥‥生き物‥‥なんですか?」
「生き物です。なお、非売品です」
「い、いや、いらないけど‥‥」
(生き物‥‥あの白い毛玉が!?この世界にもヌコの様な生物が居たのか‥‥)
チトはウサギには見えないティッピーをこの世界におけるヌコの様な生物なのだと思った。
チトとチノのやり取りを見ていたリゼは、
(同じ声だから、ややこしい‥‥チノが一人芝居をしているようにしか見えない)
そんな事を思っていた。
一方、ココアはチトを見てから何かうずうずしている様子だったのだが我慢できなくなったのか、
「チノちゃんとそっくりの声の子が来るなんて、これはもう偶然を通り越して運命だよ!」
「いきなり運命を感じられた‥‥」
(なんかデジャヴを感じます)
チノは前にもコレと似たような事があった様な気がした。
チノがデジャヴを感じていると、ココアはチトの手を取って、
「私をお姉ちゃんだと思って何でも言って!」
「あ、あの‥‥」
「だからお姉ちゃんって呼んで!!」
「じゃあ、ココア」
「お姉ちゃんって呼んで!!」
「ココア」
「お姉ちゃんって呼んで!!」
(何か前にも似たようなことがあったぞ‥‥)
チノがチトとココアのやり取りを見てデジャヴを感じていたようにチトも最近、こんな事があった気がしていた。
その間にもココアはしつこく自分の事を「お姉ちゃん」と呼んでくれと叫んでいるので、痺れを切らしたチトは、
「お姉ちゃんって呼んで!!」
「‥うるせぇ」
「えっ?‥‥お姉ちゃんって‥‥」
「黙れ」
「「「‥‥」」」
チトの言葉にココア、チノ、リゼは固まる。
チトは無表情でココアにさらっと毒を吐く。
「ち、チノちゃんが反抗期に入っちゃったよぉ~」
「だから、それはチノが言ったんじゃないぞ」
ココアは普段、チノが言わない様な台詞を吐いた事でチノが反抗期に入ったとショックを受け、リゼは先程の言葉はチノではなくチトが言ったんだとココアにツッコミを入れた。
「ご、ごめん…その‥‥あまり、こういうのには慣れていなくて‥‥」
ショックを受けているココアを見て、チトは謝る。
「いえ、ココアさんにはいい薬です」
チノはココアにはいい経験だと言う。
(私もあれぐらい言った方がいいのでしょうか?)
「チトさん、今日泊まるお部屋に案内します」
チノはそう思いつつ、チトを部屋へと案内する。
「あっ、うん」
チトは再びチノの案内の下、お世話になる部屋へと向かう。
「この客室を使って下さい」
「ありがとう」
部屋に着き、チトは背中のリュックを下ろす。
そして、リュックの中身をゴソゴソと漁り、
「あっ、コレ‥ウチの店主さんから、このお店の皆さんにって‥‥」
チトはチノにねこやの店主から持って行くように言われたお土産の品を手渡す。
「あっ、どうも」
(どちらが言っているのか儂にも分からん‥‥)
チノの頭の上のティッピーもチノとチトのやり取りは困惑している様子だった。
「今日はとりあえず、私達と同じくフロアスタッフで、明日は厨房に入ってもらっていいですか?」
「はい」
「それじゃあ、制服を持ってきますね」
チノはチトの為、ラビットハウスの制服を取りに行く。
その間にチトは荷物を取り出す。
リュックの中にはチトが毎日書いている日記にねこやの店主がこれまで纏めてきた料理のレシピと自分自身が研究してきた成果が書いてあるレシピノート、筆記道具、そして寝間着や下着、私服などの着替え、そして一つの風呂敷包み。
「‥‥」
チトは風呂敷包みを緊張した面持ちでジッと見つめていた。
「どうぞ‥制服です」
そこへ、チノがチトの為に制服を持って来た。
チトが着た制服はチノの制服で大きさはチノと同じサイズだった。
「‥‥」
自分は多分、チノよりは年上なのだろうが、身長も制服の大きさも年下のチノと同じサイズと言う事で、複雑な心境だった。
普段、ねこやでウェイトレスをしているだけあってチトの接客は手慣れていた。
お客の波がある程度引いた頃、
「ねぇねぇチトちゃん」
「はい?」
ココアが話しかけてきた。
「チトちゃんってラテアートできる?」
「ラテアート‥‥」
「うん、こうやって‥‥」
ココアはチトへの説明も兼ねてチトにラテアートを見せる。
ねこやではコーヒーを出してもラテアートまでは提供していない。
その為、チトにはラテアートが変わったモノに見えた。
「チトちゃんもやってみて」
「じゃ、じゃあ‥‥」
チトはココアがやっていたのと同じようにラテアートを描く。
「出来ました」
チトが描いたラテアートはティッピーを見たせいで、あの世界に居たヌコを強く意識してしまい、描いたのはヌコの絵だった。
「えっと‥‥」
「これは‥‥」
「ヌコ」
「「「ヌコ?」」」
(チノちゃん、ヌコって何?)
(さ、さあ‥‥)
(確か、インターネットの一部で用いられる猫の別称だった筈‥‥)
ココアとチノはヌコの意味が分からなかったが、リゼにはヌコに思いあたる節があった。
「私とチノちゃん、チトちゃんも仲間、仲間」
ココアは自分とチノとチトの絵心が同レベルだと言う。
「他には何か描けないのか?」
リゼがヌコ以外に何か描けないかと尋ねると、チトは次にあの水槽を管理していた小型の四足ロボットを描いた。
(((何コレ?)))
やはり、チトが描いた絵はチノ達には理解出来なかった。
実際にあの世界のモノを見なければ、チトの絵の内容は分からないだろう。
お店の営業時間が終わり、チトはラビットハウスの厨房を見渡していた。
明日はこの厨房に入るのだから、厨房の内部を把握しておく必要がある。
ラビットハウスはあくまで喫茶店なので、メインはコーヒー系のメニューで食べ物に関しては軽食程度なのだが、明日はお祭りと言う事で、この日だけはメニューも増やす予定となっている。
「‥‥」
チトは厨房で一人、明日のシミュレーションをする。
そこへ、チノがやって来る。
「チトさ‥‥」
チノはチトが集中している様子に声がかけづらかった。
(あそこまで集中しているなんて‥‥凄い‥‥)
それから、十五分以上厨房に立っていた。
「あの‥‥チトさん」
流石にずっとこのままでは不味いのでチノは声をかける。
「あっ、ゴメン‥‥明日の事がどうしても気になって‥‥」
チノの声にチトはようやく我に返る。
「‥‥そうですか‥あの、お風呂が出来たので‥‥」
「あっ、うん。ありがとう」
チノから風呂を勧められ、チトは風呂へと向かう。
「ふぅ~」
湯船に身体を沈め、深々と息を吐く。
今日はねこやからこの木組みの家と石畳の街への移動、そしてラビットハウスでのフロアの手伝いで疲れた。
あの世界とは違い、この世界ではほぼ毎日お風呂に入れる。
入浴は身体の疲労回復に効果がある。
改めてねこやのあの扉、そしてねこやの店主さんには感謝してもしきれない。
「‥‥」
ブクブク‥‥
身体を更に湯船の中に沈めると、
「チトちゃーん!!一緒にお風呂入ろう~ココア風呂だよぉ~」
「‥‥ぬー」
そこへ、ココアは入ってきた。
(ココア風呂!?なんか、甘ったるくて粘着性がありそうなんだけど‥‥)
香風家の湯船は大きく、二人が入っても全く問題がなかった。
チトはあの世界でもユーリとよくお風呂に入っていたので、誰かと一緒に入る事に関して別に苦ではなかったが相手がココアだと何かされるのではないかと警戒してしまう。
しかし、予想に反してココアはチトに何もしなかった。
「ねぇ、チトちゃん。今日は一緒に寝ない?」
「えっ?」
チトにとってココアからの提案はある意味ありがたかった。
この世界に来てもチトとユーリは共に寝ている。
これまでずっと一緒に寝てきたので、一人で眠ると言う行為にやや不安があった。
そう思うとユーリは今日明日大丈夫だろうか?とねこやに居るユーリの事が心配になった。
そのねこやでは‥‥
「ねぇ、アレッタ」
「はい?」
「今日、泊まっていかない?」
ユーリはアレッタに今日はねこやに泊まっていかないかと言う。
「えっ?でも‥‥」
アレッタはチラッとねこやの店主を見る。
「ん?ああ、別に構わないぞ。今日はチトが居ないからな、ユーリも寂しいんだろう」
店主はアレッタが泊まる事にOKを出す。
来るのは土曜に一度だけど、帰るのは何時でも帰るので問題はなかった。
向こうの世界の仕事先のサラ・ゴールドはトレジャーハンターの仕事で長期出張中なので、向こうの世界の仕事も暫くの間は休みとなっているので、その点も問題はなかった。
こうして、ユーリの方も寝る事に関して問題は解消した。
一方、ラビットハウスの方では‥‥
「わ、分かりました」
チトとしても一人で眠る事に不安があった為、彼女はココアの提案を受け入れた。
そして、チトとココアがお風呂から出るとチノが夕食の準備をしていた。
「私も手伝おうか?」
チトが夕食の準備の手伝いをするかと言うが、
「いえ、大丈夫です。チトさんは今日、色々あって疲れているでしょうし‥‥」
「じゃあ、明日の朝ご飯は私が作ろう。本番前の練習になるし」
「分かりました」
明日の朝ご飯はチトが作るとこになった。
尚、この時、ココアはこの場には居なかった。
彼女の知らぬ間に密かに事は進んでいた。
そして、夕食となり、
「今日は、チトちゃんと一緒に寝るんだけど、チノちゃんも一緒に寝ない?」
夕食の最中、ココアは今日、この後、チトと一緒に寝る事をチノに伝え、彼女にも一緒に寝ないかと誘う。
チノは当初、迷っていたが、
「まぁ、親睦を深める事は大事なので‥‥」
と、チノもココアとチトと一緒に寝る事にした。
理由としてはなんだが自分だけがハブられているように思えたからだ。
それから、時間が経ち、チノがチトの居る客室へと行くと、チトは客室のテーブルにノートを広げてそれを何度も確認するかのように見ていた。
「チトさん?」
「ん?ああ、チノか」
「何を見ているんですか?」
「ん?これか?これは、料理のレシピノート。明日は、料理を作るから、今の内に予習をしておこうと思って」
「そ、そこまで思い詰める必要はないと思いますけど‥‥」
「でも、お客さんに出すからには妥協は出来ない。チノも此処で働いて、コーヒーを淹れているならこだわりがあるんじゃないか?」
「え、ええ‥‥まぁ‥‥」
「それと同じだよ。ただ、チノはコーヒー、私は料理‥その違いだから」
「はぁ‥‥」
「でも、そろそろ寝ないと、明日に響くから、今日はこれぐらいにしておこう」
チトはそう言ってレシピノートを閉じると、次に日記帳をだして、日記を書き始める。
「それは何ですか?」
「ん?これは日記だよ」
「日記‥‥毎日書いているんですか?」
「そうだよ‥‥この日記が有れば、私が死んでもこの日記が私と言う人間が存在していた事を証明する証になるから」
(チトさん、ココアさん達とほとんど変わらない年齢なのに、どうしてそんな考えに‥‥)
チノにはチトの考えがよく分からなかった。
何故、ココア達と変わらない年齢でそんな考えを持つのだろう?
彼女は『死』を身近で感じた事があるのだろうか?
チノがそんな事を思っていると、ココアがやって来た。
チノの疑問が解消される前にこの日はチトが泊まる部屋に敷かれた大きな布団に三人はチトを真ん中にして川の字で眠った。