「バトラーさん、転生者ってどうしてこっちにくるんです?」
腕時計を見れば十一時を少し過ぎた頃、オレは気を遣って様子を見に来てくれたバトラーさんにそう訊ねた。なんにせよオレはもうすぐで解放されるのだろうが如何せん暇で仕方がないのだ。オレがこの冥界で与えられたのは最低限生活が可能である一室だけで娯楽という物がない。……いや、冥界には娯楽という文化がないのかもしれない。
そういうわけで大層暇だったオレはせめて話し相手に、とバトラーさんに気になっていた話題を振ってみた、というわけだ。
この前メイちゃんから教えてもらった三種類の人間について、だ。イレギュラーと転生者は似ているようで違うもの。それはなんとなく理解出来たつもりだが、やはりオレとしてはその“転生者”という三文字に心惹かれるものがあるのだ。
バトラーさんはそんな質問をされるとは思っていなかったのか、きょとんとしばらく動作を止めてオレを見ていた。
「あ、た、例えば、神様のミスで死んじゃって、それで転生させてあげる、とかー」
「それは有り得ません。断言します。そんな馬鹿な話がありますか」
「だ、だよね……」
「……まあ確かに、一部の方はそういったものを期待の籠った目で質問されますね」
そういえば、冥界は次の生の準備のために死んだ魂を管理しているんだった。次の生(つまり来世)が決まるまで前世での魂の汚れを取り除く。記憶を消すのは来世が決まってすぐらしいから、その魂の奢れを取り除く間に聞かれる事なのだろう。バトラーさんも大変そうだ。
それにしてもどうやら転生者とはオレが知っている典型的な転生ではないらしい。これはちょっとした発見だ。
「綱重さんが仰ったことはあり得ません。人を随分“うっかりと”殺して“代わりの生をやるから”許して、なんてその人は喜ぶかもしれませんが他の神が許すわけないし、そんなのに神が務まるわけがない。魂消滅の刑ですね」
「まあ、そんなやつに命の管理なんて恐ろしくて任せてられないな」
「そういうことです。態々破滅を選ぶような馬鹿神はこの世界にも他の世界にもいません」
「この世界にも神がいるの?」
「はい。神様は冥界の監視や命の調整などをしています。来世を決めたりしてくれるのが神様。我々はあくまで死んだ魂を預かって浄化するのがお仕事です」
「なんか、大変そう……」
「慣れるとそうでもないですよ?」
オレのイメージしてた神様の仕事をメイちゃんたちがやっていたから、この世界に神様っていう存在はいないのかと思っていた。どうやら役割分担がされているようだ。「神様は愉快な方々が多いです。この世に興味を持って降りてくる酔狂な神様もいますし」何そいつ性格悪そう。
「話を戻します。前に転生者は“何らかの事故”でこちらにくると言いましたが、大体パターンは一緒です」
「パターンとかあるんだ」
「そう、ライトノベルの神様が簡単に人を殺して転生させるみたいに、こっちにはこっちの典型があります。イレギュラーと一緒で“世界の歪み”が関係するのですが……」
バトラーさんは一度口を閉ざして言葉を探すように視線を彷徨わせてから、また口を開いた。
「とりあえず、世界はたくさん存在してその世界には必ず生を管理する神界、魂を管理する冥界、その他生物が生きるこの世がセットで世界という前提でお話します」
「この世は人界とでも呼ぶのかと思った」
「まさか。人間が常に一番であると思わないでください」
「ごめんなさい」
バトラーさんの目線が冷たくて痛い……。メイちゃんの気持ちがなんとなく分かった気がするよ。こんなにも心が傷付くものなんだね。
「死んだら生き物は魂だけとなって冥界に送られるのですが……。このシステムが時々世界の歪みでバグを起こしてしまいます。これが原因で他世界に送られるのです」
「……ん?でも記憶は冥界で次の生を与えられるとき消されるんでしょう?」
「その場合は構いません。我々が転生者と呼んでるのはそれに巻き込まれた方です。例えば交通事故で友達が目の前で亡くなって、そのとき歪みでふっと……」
「それは辛いな……」
「親しい人が死んだから、とは限りませんが。とにかく巻き込まれた人は別の世界に行っても肉体がある。死んでいないのならこの世に送られる。転生者は突然変わった景色にポカン……というわけです」
「あ、はい。質問です」
手を挙げると「なんでしょう?」とバトラーさんが応える。そういえばこの前の世界の話の時に、リモーネがメイちゃんと似たようなことをしていたっけ、と思い出して苦笑した。
ちなみにリモーネは普通に雲の守護者戦を見に行っている。あいつだけズルいよな。
「それがどうして厄介なんですか?」
「ある程度時間が過ぎればその世界がフィクションであると気づくかもしれません。彼らの世界ではフィクションでもこれは現実。荒らす力は言葉や、あるいは世界を渡ったときに偶然手に入った力もあります」
「じゃあ、もう一つ。どんな世界からもこれるんですか?」
「うーん……」
顎に手を当てて考え込むバトラーさん。どうやら説明するのは難しいらしいようだ。
再び視線を彷徨わせて言葉を探してからバトラーさんが口を開く。
「例えば某ロボットを乗り回して宇宙で戦う世界の人や、某ボールで獣を捕獲して戦わせる世界の人はこの世界には渡れないしこちらにもこれません」
「それかなりアウトです。……それで、なんでですか?」
「類似した世界にしか渡れないんです。世界の歪みはどの世界にもありますが、それが偶然繋がって起きる現象ですので」
ですのでこの世界に来る人がいるとしたら、案外平凡な普通の世界からになりますかね。そう言って笑うバトラーさんは迷惑そうだ。まあ転生者が出た場合監視対象も増えるから面倒くさいってところか。
それにしても意外と複雑な仕組みなんだな? なんとなく理解は出来たけども、それでもなんとなく分からないって言う部分もある。でもこれ以上はオレには分かりそうにない。また疑問に思ったら質問していったらいいかな。
バトラーさんが紅茶の入ったカップをくれた。ふわりと爽やかな、疲れの取れそうな優しい香りがオレの鼻腔をくすぐる。カップを口元まで運び、少し口に含めば香りと同じく優しい味が口内で広がっていった。ここまで美味しい紅茶を飲んだのは初めてかもしれない。
「バトラーさん、ありがとうございま」
「やっほーい! ……あんれ? おい執事! メイはいないのか?」
バトラーさんにお礼を言っている最中、突然オレとバトラーさんの間に知らない男が出現した。穏やかな深緑の髪、深みのある蒼の瞳、燃えるような真紅の服。……なんとも統一感に欠けるファッションをしてらっしゃる。随分とバラバラに見える服装を着ているはずの男性は、しかしその整った顔立ちのおかげなのか不思議なことにあまりおかしいとは思えない。
いや、むしろこの人、……いや人なのか? 何かが違う。オレが昔感じていたものとはまた別だ。この人はオレとは圧倒的に存在感が違う。
バトラーさんは男の登場に少し目を丸くしてからふっとため息をついた。
「私がいる場所にメイ様がいるとは限らないと、毎回仰っているはずですが」
「だってオレ様、他に覚えることが多すぎてそんな細かいこと覚えてらんねーんだもの」
「はあ……。神ともあろうお方がそのようでよろしいのですか?」
「仕事バッチリこなしてるしな! ……ん? お前」
ニコニコと人当たりのよい笑顔を浮かべていた男はふとオレへと視線を向けた。じろじろと全身を見回したあと、ポンと手のひらを叩いて「あぁ!」と感嘆の声をあげる。おぉ? なんだ?
「お前がイレギュラーの綱重か! メイから聞いてるぞ! 馬鹿なんだろ?」
「何この人初対面から酷い」
「綱重さん。こちら、この世界の神の一柱であるイーフェ様です」
「正確にはイーンフェリー・ディーの称号を賜った下界を司る神だぜ!」
えっ……。こんなのが神様なのか……なんかイメージと違う。
オレの中の神様のイメージって、もっと神々しくってオーラがあって――いや、さっき感じ取った存在感の違いがオーラか――何よりこんな乱暴じゃなくて、敬語使ってそうなイメージだ。
「悪かったなー。どうせ胸デカいボンキュッボンな女神想像してたんだろー? 生憎オレ様は男神だ!」
「綱重さん、イーフェ様は見て分かるように少しネジが外れておりますのでご注意願います」
「あー! まただ! メイも馬鹿にしてくるが執事! お前も大概だな!」
「誉め言葉として受け取っておきましょう」
バトラーさんは無表情で難なくイーフェさん……様? の言葉をかわした。
「あ、様とかむず痒いから特別にさん付けを許してやるぞ!」とありがたいお言葉を貰ったのでさん付けをすることにする。神様って案外フレンドリーなんだな。というか、それでいいのか神様。
「そういえば、さっきイーンフェリー・ディーの称号って言ってましたけど、それって神様の名前じゃ……」
「ああ、オレの大元の神様……つまり親みたいなもんだな。全ての世界は管理しきれねーから称号として権限を分けられてんだよ」
「神様も大変なんだな……」
「ま、オレは周りと比べりゃ全然マシだな。じゃなきゃこんなとこ来る余裕ねーし。……オレにとっちゃ、これも仕事なんだけどなー」
がしがしと髪を掻くイーフェさん。こう見えてもきっとかなり優秀なんだろうと思う。でなければ神様なんて務まらないと思うし。
しかし、下界を司る神様、か。下界って言うのは、たぶん“この世”を指しているんだろうな。さっきバトラーさんが言っていた“この世に興味を持つ酔狂な神様”っていうのは、イーフェさんのことなのかもしれない。本人から言わせれば仕事でもあるみたいだけど。
「それで、なんで綱重はこんなとこにいんだ? メイが放っておくはずねえと思うんだけど……おぉ? なんだなんだ? 下界は随分面白そうじゃねえの」
にやにやと意味ありげに笑うイーフェさんはパチン、と指を鳴らしてみせ、オレたちの前にぽっかりと穴を浮かび上がらせた。これは……メイちゃんやバトラーさんが使ってるのと同じものか。向こう側がよく見える。
イーフェさんに促されるままそれを覗き込み、オレはびっくりした。なんでXANXUSと恭弥が戦ってるの? え? 綱重さんわからないよ?
「雲雀恭弥はゴーラ・モスカを倒しXANXUSに喧嘩を売った。……お前に未来を教えてやろう、この後ゴーラ・モスカは暴走し並中を大破させる」
「なっ……イーフェ様!! 未来に関する発言は許されないことですよ!?」
「執事は黙ってな。……さあどうする綱重?」
「……どうする、って?」
オレに、未来を教えていいのか? いやしかしそれが嘘だと言う可能性も……ないか。「あぁ、本当にあなたは厄介なことを……」ってバトラーさんが嘆いているわけだし。きっとバトラーさんはそれを知っていた、メイちゃんもだ。だからメイちゃんは命令を出し、バトラーさんは従ったのだろう。オレが変な真似をしないように。前に変に正史を変えすぎれば世界が壊れるっていってたしな。
だが聞いてしまった以上、オレは何かできることをしたい。並中はオレの母校でもある。直るから、なんて問題では片付けられない。それに並中を大破させる程の力だ。それが人に向かえばどうなるか。考えただけでゾッとする。
「オレ様は他の神と違って簡単に下界に降りれる。代わりに手は出せねーけど……お前ならすこぉしだけ手助けしてやってもいいぜ?」
「イーフェ様いい加減にしてください! 何を企んでいるのですか!」
「大丈夫だ、執事。オレ様には先が見えてる。……それも、綱重がいる未来がな」
「ぐっ……!」
「なあんにも問題はねえよ。オレ様を信じろ。オレ様、嘘は嫌いだからな」
「……ああ、本当に貴方というお方は……どうなっても知りませんよ」
バトラーさんは片手で頭を押さえながら部屋から出ていってしまった。ここから先はなにも言わない、知らないということか。ありがたい。
でも、なんでイーフェさんはオレがいる未来が見えているんだろう? イレギュラーであるオレは正史にはいなかったはずの存在だ。どうやらバトラーさんは正史しか見えないようだけど、イーフェさんは見えている。……神様の力だろうか。
イーフェさんに視線を向けると「どうする?」と視線だけで尋ねられる。そんなの聞かれるまでもない。オレの考えは決まってる。
「お願いします」
「よっし! それなら綱重、お前さんの力も少し思い出させてやろう。こいつは必要不可欠だ」
「え? 力? なんのことです?」
「とぼけんな。お前さんはそれを小さいときから知って……誰かが記憶をロックしたのか? メイも関わってるな……他にも……九代目、か? むむ……」
オレの額に右手の人差し指を押し付けてイーフェさんは何事かを呟いている。難しそうな顔をしているけど……。というか、記憶の操作なんて可能なのか?
「あの老いぼれ……メイの提案に乗ったのか。……あっ、ばーさんも関わってるのか? オレ様、あいつ苦手なんだよな……」
「あのー……」
「おっと悪かったな! ロックの解除してやる! あいつらはオレ様から見りゃあ未熟者だしな!」
メイちゃんや九代目を未熟者って言い切るとは……やっぱりイーフェさんすごい神様なんだな。“ばーさん”が誰なのかはちょっと分かりそうにないけど。
ふわっと暖かく優しい光がイーフェさんの指先に灯り、まるでオレの額に吸い込まれるようにして消えていった。どことなく懐かしいと思えるのはイーフェさんが下界の神様だからだろうか。
「いいか、よく聞け。使い方を教えてやる。……力と一緒に記憶も思い出したろうが、変に使われちゃ困るからな。昔と同じと思うんじゃねーぞ」
「は、はい!」
オレの返事にイーフェさんは「いい返事だ」と笑いかけてくれた。
――――――――――
ああ、始まる。
ヒバリ君の背後に落ちているゴーラ・モスカに視線を向けて、私はため息をついた。これは仕方ないこと。だって、正史だから。分かっていてもやりきれない。
「メイちゃん、大丈夫? 気分悪そうだけど」
「だいじょーぶだよ、リモーネちゃん。ありがと」
無力、とはこのことを言うのだと思う。
未来が分かるとは、見ようによってはとても素敵な能力だと思う。しかし私は立場上、正史への介入を許されていない。そこに手を加えてはいけないのだ。だからどれだけ細かく未来が分かっていたとしても、私は何もできない。もどかしい思いが胸いっぱいに広がる。
……こんなとき、彼ならなんと言ったろうか。彼はなんでも抱え込む癖があった。所謂、自己犠牲というものだ。自分が犠牲になって他が幸せになれば。その優しさは眩しいけれど、その幸せの対象に彼が入っていないのは、少し寂しい。
チカリ、とゴーラ・モスカのゴーグルが光ったように思えた。見ていられなくなって、ギュッと目を閉じる。
「っ、なんだ!?」
「ヒバリ!! 大丈夫か!?」
……ん、少し、違う? いや、いくら正史でも多少は狂うことはある。リモーネちゃんがこの場にいるからかもしれない。気になって目を開けて、愕然とした。
雲雀恭弥が、怪我をしていない。
「な、なんで……どうしてぇ?」
ヒバリ君も驚いているところを見ると、確かにゴーラ・モスカは攻撃を仕掛けたはずだ。それは周りからの反応を見れば一目瞭然。それでも怪我だけはしていないのだ。
焦った脳に、耳が拾い上げたミサイルの音が伝わり、上方を見る。ここは正史と変わりがない。変わりがないはずなのに、何が起こっているって言うの。
ふと目の前に白い靄のようなものが広がる。そして次の瞬間、それがまるで屋根のように私たちの上で固形化した。ミサイルはそれに遮られ、爆発する。地面に着弾し、爆風を生むはずだったのに。またズレた。それにこの力には見覚えがある。
「よおしっ、でかした!! なかなかいいじゃねーの」
「ちょっ、黙っててくださいよ。集中力いるんですから!」
聞いたことのある馬鹿な声が二つ。校舎だ。校舎の上に人がいる。
「何してるの綱重君! それにイーフェも!!」
「よお、メイ! オレ様、会いたくなって来ちまったぜ!」
「そう言うことじゃない! なんてことしてくれてるの!?」
「まーたフラれちまったよ。あいつ初恋引き摺りすぎだと思わないか、綱重?」
「オレに振らないでくださいって! 何の話かさっぱりすぎます!!」
とりあえず、バトラーには後できつい仕事押しつけよう。バトラーがちゃんと綱重君見張ってないのが悪いんだもん!!
今回のことで綱重君が力を思い出してメチャクチャにしてくれる可能性があったから、態々冥界に押し込んだって言うのに。イーフェはあろうことかここに連れてきて、力まで解放させちゃった。なんですごくいいタイミングで出てくるの? 堕ちちゃえばいいのに。
「とりあえず後は校舎守れ! 人はちょこまかしすぎでおめーじゃ無理だ」
「ぐっ、否定できない!」
ここから向こうの距離は遠い。でも私には一つ、自信を持って言えることがある。今の綱重君の目はツナ君と一緒、つまり超死ぬ気モードになっているはずだ。そうでもないとあの力は使えない。
綱重君のリングから鉛白色の炎が漏れ出し、並中の校舎を覆ってまるでバリアのように壁を作り上げた。そこにゴーラ・モスカのミサイルや圧縮粒子砲の攻撃が飛んでいくが、それらはすべてそれに防がれている。さすがにまだ耐久力はそれほどでもないのか、穴が開くが校舎は無傷。すぐさまその穴も塞がれる。
「“校舎を守れ”か……。他はノータッチってことね」
また面白半分に首を突っ込んでるんじゃないよね……? もしそうなら、イーフェだってとことん巻き込んでやるんだから。仕事増やしてやる。
もうこうなりゃどうにでもなれ!! 半ば自暴自棄にリモーネちゃんを守るための鎧騎士を有幻覚で創りだしながら、とりあえず主要人物が危なさそうなら助けようかな、と私は思うのだった。
〇イーフェ
下界を司る神イーンフェリー・ディーに創られた神。この世界においての下界を司る神としての権利を与えられている。
メイのことが好きらしくちょくちょく冥界に訪れている。たまにこの世を歩いているが容姿と服装が周りの目を引くため穏便に歩けないことが悩み。浮きすぎだ。
唯一イレギュラーがいる未来を見ることが出来る。