リング争奪戦が終了した。ツナたちは経験とリングを獲得し、生き長らえた。そして同時に、平穏を取り戻すことが出来たのだ。良きかな良きかな。オレが望むのはいつだってツナの幸せなのだから、できることなら平和が一番いい。
もっとも、今回の件は同盟マフィアに限らずすぐに情報が伝わっていくことだろう。裏には裏の情報網がある。情報規制を敷いたところで最早漏れは防げないはずだ。ツナは次期ボンゴレ十代目としてマフィアに知られてしまう。そうなればオレにできるのはツナの身の安全を守ることしかない。
オレは兄であるのに、無力であるなあと思う。力もある。裏ではそれ相応の立場もある。だがどうしてもツナを守りきるには足りなように思える。そもそも、オレがツナにできる一番のことってなんだろうか。兄らしいこととはなんなのか。家を出るまで、オレがツナに構っていたのは可愛かったのもあるが、自分の中に巣くっていた空虚を少しでも埋めたかったからでもある。今考えるとたまにウザがられていたような気もしなくもないが。
要するに、オレはやり直したいのだ。きちんとした兄と弟の関係になりたいのだ。
「……はあ」
でもどうすればいいんだろう……。どこか遊びに行くべき? 遊びに行くならどこだろう、遊園地? うーん、そういう類は子供っぽいと思い始める時期じゃないだろうか。ああああ、最近までハードな環境にいたわけだからめちゃめちゃ労ってやりたい猫かわいがりしてやりたい! 嫌われそうだからやらんけどな!
そうして悶々としながら数日が過ぎてしまった。鍛錬にも身が入らない。これは、非常に、マズイ。またメイちゃんに嫌味と共に怒られそうだ……。
「あれ?」
今気付いたのだが、そういえばメイちゃんはどこだ?
思い返してみるとリング争奪戦の最終日以来、見かけていないような。祝勝会とかも来そうで来てなかった。リング争奪戦が終わったからその間に溜まっていた歴史まとめの仕事がどっさり来るかな、と身構えていた時期もあったんだけど。リモーネに回っていたりするんだろうか。
あ、リモーネはしばらくヴァリアーに居座るらしい。ヴァリアーは今回の件で謹慎を食らってるんだけど、大人しく一緒になって謹慎しているんだとか。物好きと言うか、なんというか。ヴァリアーの視察に行く手間がリモーネへの連絡一本になって良かったけどね。今度電話してみよう。
それで、そう、メイちゃん。どこ行ったんだろう。いたらいたで面倒くさいけど、いなかったらいなかったで寂しいというか、なんか薄気味悪いわ。いるのかいないのかどっちかにしてほしい。メイちゃんに関しては付き合いが長い割に連絡手段がないのが困りものだ。今度バトラーさんに相談してみようかな。
「兄さん!!」
「うわビックリした!?」
床で胡坐を組んでうーむと考えていたオレであるが、丁度オレの左にあった部屋の扉が勢いよく開かれた。びびび、ビックリした! ノック! ノックしよう我が弟よ! たまに乱入されると困る時とかあるからさ。主に武器の手入れとかね、裏の顔はあんまり見せたくない兄である。
びくびくしているオレを見て焦っていたらしいツナも少し冷静を取り戻したらしく「突然ごめん」と謝られてしまった。やめてくれ、謝らないでくれ。悲しそうな顔は兄ちゃん見たくないな。
「で、そんなに慌ててどうしたんだ?」
「その、オレが出かけている間にリボーン見なかった?」
「……まだ見つからないのか」
「うん。今、獄寺くんとハルにも探してもらってるんだけど……」
ツナが慌てている理由。ズバリそれは、リボーンが失踪したからだ。
昨日ツナがバジルとラウンチさんをお見送りに出かけたときに、ランボの十年バズーカに被弾してしまったらしい。そもそもリボーンがランボの攻撃を受けるということ事態が非常に珍しいのだが……ここで更に非常に非常に珍しい事態が発生した。
十年バズーカ。これは被弾すると現在の被弾者と十年後の被弾者を五分の間入れ替えるという効果がある。はずなのだが、十年後リボーンは現れなかった。それどころか五分経っても現在のリボーンも戻ってこなかった。一日跨いだ今日もリボーンはいない。
昨日は九代目に呼ばれたのかと思って連絡し、見当違いだったため、ツナへの新しい課題かと思ってそっとしておいたんだけど、どうにも違うようだ、そもそもオレあたりに事象を話してくれてもいい気がする。というか話してほしい。蚊帳の外とか考えたくない。
「それならオレは情報収集しておこう。ツナは?」
「オレは……ランボに聞いてみる!」
目的ができたらしいツナは部屋から出て行った。すぐに扉の開閉音が聞こえたから自室に戻ったんだろう。ランボがいるとしたらそこかリビング、あとは外だからな。扉の音はもうしなかったので自室にいたのかな。さて、あんまりツナにばかり構っている暇もない。
「メイちゃん。メイちゃーん」
先程メイちゃんとの連絡手段がないと言ったのは、普段なら用がある時こうやって呼べば来てくれるから必要がない、ということもあるからだ。オレが欲しいのは非常時の連絡手段だ。例えばこういう、メイちゃんがまったくオレの呼びかけに応じてくれないときとか。メイちゃんが出ないならバトラーさんに繋がるとありがたいんだけど、オレはバトラーさんを呼び出せない。バトラーさんはリモーネについてるからな。……いざとなったらリモーネ経由で連絡をとるか。
けれど諦めるのはまだ早い。オレにはつい先日できた縁があるからな。ただこの人に聞いて「分からない」と言われたら誰も分からない気がするんだよな。しかし一か八かだ。知っている可能性の方が十分に高いと考えて、呼びかけに答えてくれるか分からないが、いざ!
「イーフェさん! イーフェさーん!」
「呼んだか?」
「ぎゃあ!!」
瞬きをした後、目の前でオレと同じようにイーフェさんが胡坐をかいて座っていた。突然現れるのヤメテ!! 心臓に悪いから! オレの心臓ばっくんばっくんいってるから! 負荷かけるのやめて! 力はあってもオレの身体は人間の域を出ないんだからね!
思わず腰が抜けて胡坐から女の子座りになってしまったオレだが、決してヘタレとかじゃない。戦闘時以外の突発的な出来事にオレは弱いのだ。「そんなんじゃいつか暗殺されちゃうよー?」とメイちゃんによくからかわれる。気が緩み過ぎだと思うから、オレも直したいとは思っているけど。
しばらく心臓を休ませようと深呼吸を繰り返す。そんなオレを不思議そうにイーフェさんは見ていたが、オレの脳内を勝手に覗いたらしい「へえ」だの「ほう」だの呟きを漏らしている。面白そうにニヤニヤと笑みを見せるイーフェさんは完全に他人事でちょっとイライラする。
「言っておくが、オレは教えねーぜ?」
「えぇっ!? この間は助けてくれたじゃないですか!」
「あれは……できれば秘密にしてくれ。ちょっと楽しくなった」
ひゅーひゅー風の音がする口笛を吹き始めた神様。「それにお前程度弄ったって今はまだ大した影響出ねーだろ」と溢すイーフェさん。悪かったな、オレ程度で。
どうにかこうにかイーフェさんを説得しないと情報は手に入らなさそうだ。こうなればさっきの秘密にしてくれって言ったことをリークするぞと脅せば……でも誰にリークするっていうんだ? そこが分からないとこれも交渉のネタにはなりそうにないな。分かっちゃいたけど手札はゼロっぽいな。
こうなったら需要の無い泣き落としでもしようかなと回らない頭で考えていると、ドン、と音がして家が揺れた。地震とは違う。音の発生源は俺の隣室、つまりツナの部屋だ。訳が分からなくて呆然としていたが、すぐに部屋を飛び出した。迷わずツナの部屋を開けて、白煙がオレに襲いかかった。思いきり吸い込んでしまい咳き込みながらパタパタと手で眼前の煙を払い、右足を先に出して障害物にぶつかって転ばないように気を付けながら進む。なんとか窓に辿り着いて鍵を外し窓を開ける。窓から吹き込んだ風がドアの方へと白煙を押しだし、部屋の全貌を俺に見せてくれた。
そこにあったのはいつものツナの部屋。ただしこの場にいる筈の部屋主の姿はどこにもなく、ただ十年バズーカを持って唖然としているランボがいた。それだけで全ての事情を察して、オレは崩れ落ちた。ツナがリボーンと同じ方法で失踪してしまった。現実が事実を無情にもオレに教える。
「貸してくれ」
「な、何するだもんね!?」
「ちょっと借りるだけだ。な、すぐ返すよ」
ランボのアフロを探り、十年バズーカの弾を探り当て引きずり出すと十年バズーカも拝借して、それにセットする。バズーカはそれほど取り扱ったことはないけど、たぶんこれで使える筈だろ。オレは被弾経験がないし、至近距離で当たっても何ともないのかどうかは……ランボがその身を以てオレに教えてくれたからな。大丈夫なはずだ。怪我は問題じゃない。問題はオレの行きたい場所に行けるかどうか、それだけだ。
「駄目だもんね! ボスに使うなって言われて言われてるだもんね!」
「そっか。じゃあオレが今度機会があったら謝っておくよ」
「だからごめんな」遺言の代わりに、というわけじゃないけども。万が一のことがあったら困るので、オレの足に縋っていたランボを掴むとツナのベッドにポイと放った。ランボがリング争奪戦で被弾した時、十年バズーカが現在に残っていたから巻き添えの心配はないと思うが、オレは無事を確認することが出来ないだろうから、先に不安の種は詰んでおくに限る。
そうしてランボが駆け寄って来る前に、オレは十年バズーカの口を自分の胸辺りにくっつけると迷いなく引き金を引いた。ドッと衝撃を感じ――やっぱり胸は失敗だった。めちゃくちゃ痛い――後ろに押し出され、尻餅をついて悶えた。胸と尻にダメージとか、やめろよ……! 痛すぎてごろごろ転がる気力もないわ。
そんなことをしているうちにスッと身体が引っ張られた。その感覚に抗う理由もなかったので身を任せる。なんとなく身体が揺れて気分が悪く感じ、目を閉じた。
揺れが引いて周囲の空気が変わったのを肌で感じた。オレはどうやら椅子に座っているらしい。小さな個室……だろうか。中央にオレがいて、物はオレが座っている椅子以外なさそうだ。気配はオレ以外に一人。武器を構えようとして、部屋に装備一式忘れてきたことに気付いて焦ったが、ふと気配が独特なものであることに気付く。ふう、と息を吐いてゆっくりと目を開ける。
「来たか、綱重」
「さっきぶり……。いえ、お久しぶり、というべきですか?」
「そーだな。その姿のお前は、ま、久しぶりってとこか」
ニヤニヤと笑う姿は先程のやり取りを思い起こすようで、やっぱりちょっとイラッとくる。確か未来視が出来たはずだからオレがここに来ることも予測済みだったということだろう。それを踏まえてここにいたのだろうか。そうやってオレをからかおうとしたのだろうか。十年越しのからかいとか、嫌だなあ。
よし、じゃあまずは何について話すべきだろうか。考えるまでもないな、ツナのことだ。ツナの現在地を教えてもらわないと。いやそれ以前にオレとツナは同じ時代に来ているのだろうか。時間のズレで何かおかしなことが起こっていないか、確認しなくちゃならない。
「イーフェさん」
オレを待ち受けていたイーフェさんは、ただ笑みを浮かべていただけだった。いつもなら。
軽やかにオレの前へと移動したイーフェさんはオレに対して向き直ると右手をオレの眼前に掲げた。行動に意味を見つけられず、言いたかった言葉も全て引っ込めてイーフェさんの顔と右手を交互に見る。
「不安そうな顔しなくていいぜ」
あくまで優しく、諭すようにイーフェさんはオレに告げた。
右手がそっとオレの頭の上に乗せられて、子供をあやすように撫でられる。
「ちょっとオレに付き合ってくれ」
そしてオレは混沌した。この神様、やっぱり最悪だ。