宇宙は大空を包む   作:キョロ

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今回はリモーネ(未来)視点です。


15、貴方は何処に

「これ……は使える。これも使える。……湿気が無い森って最高ね」

 

 屈んで近くに落ちている木の枝を手早く掻き集める。既に拾っていたものとあわせれば、十分なくらい。一晩を越すための熱源としてきちんと役目を果たしてくれそうだ。最近ここら一帯では雨が降っていないらしい。とても運が良かったと言える。

 これで最後にしようと太めの枝に右手を伸ばして、ふと中指に嵌まっているリングに目がいった。鉛白色の宝石がついた小さなリング。私が私であることの証明書、のような代物である。

 片割れのリングの持ち主は、今どうしているのだろう。どうなっているのだろう。考えれば考えるほど冷静さが失われていくと分かっているのに、考えることを止められない。力がこもりすぎたのか掴んだ枝が音を立てて折れてしまう。……まあ一本くらい無駄にしても困ることはない。

 

「何を考えているのです、リモーネさん」

 

 声をかけられてそちらに視線を向けると、バトラーが立っていた。提げている布袋に入っているのは恐らく砂。万が一の時のために手早く火を消すには水よりも空気を簡単に遮断してくれるこちらのほうがいい。「力仕事を女性にさせるわけにはいきませんから」とバトラーが志願してこの役を買って出たのだ。相も変わらず顔色が悪いくせして、何を言うか。

 リング争奪戦の日以降、バトラーは私の指導係として様々なことを傍で教えてくれている。普段はずっと一緒に過ごすということはないのだけれど……今は事情が違う。事態は思っているよりも深刻なのだ。

 

「また綱重さんのことですか」

 

「ええ、そうよ」

 

「近頃の貴女はその件について思考を始めると判断能力が低下します。止めてくださいと申し上げたはずですが」

 

 「先の戦闘をまさか忘れたわけじゃないですよね」と咎められる。ねちっこく修正点を指摘してくるバトラーは苦手だけれど、いつも私の方に非があるのでどうにも反論できない。ぐうの音も出ない、とはこのことを言うのだろうな、といつも説教が終わってぐったりした頭で思う。

 先の戦闘とは……詳しく話すと少々ややこしいことになるのだが今回の旅(というと大層に聞こえてしまうけれど、実際のところはただ身を潜めながら移動しているに過ぎない)の同行者ラル・ミルチと共に十年前の綱吉君……ツナマヨ君と獄寺君と戦闘した出来事を指す。下手に面識があったせいか、綱重と兄弟であったから面影を見てしまったからか……。あろうことか、私は手を抜いた。挙句出し抜かれ鳩尾に重い一撃を食らった。

 バトラーはあくまで私の指導係。相当な命の危機に陥らない限り助けてはくれない。だから彼は傍観者としてその場にいたのだが、指導係として戦闘中に気を抜くとは何事かと怒られた。現在私たちにとって事態は深刻なのだ。気を抜けば私も死にかねない状況である。だからバトラーは怒っている。

 

「分かっているわ。ちゃんと、頭は冷やす。……でも、仕方ないじゃない」

 

「私とて、心配していない訳ではありません。むしろ心配しすぎなくらいなのですよ」

 

 私とバトラーの共通点をあげるなら、どちらも“部下”であるというところだ。私たちは共に主人に忠誠を誓った身であり、その主人と長期間連絡がとれないとなれば心配したくもなる。

 そう、連絡が取れないのだ。私たちはここしばらく綱重とメイちゃん、双方との連絡がつかなくなっている。そこで冥界のテクノロジーを利用しようにも、それをバトラーが利用できないのだから問題なのだ。バトラーは一週間前、今回の騒動が起こる前にこちらの世界にやってきてから冥界での力が一切使えなくなっていた。冥界へ渡る力もなければ得物を取り出す事もできない。今のバトラーは“そこらのマフィアよりは強い丸腰の人”でしかないのだ。

 

「早く、会えたらいいのですが……」

 

 切実なバトラーの呟きに頷きだけを返す。バトラーにどうして異変が起こったのかは分からないが、彼に起こっているのならばメイちゃんにも異変が起こっている可能性が非常に高い。よりにもよって物騒なこの時に、だ。二人の安否も気になる。私たちは最後の綱重の「ちょっとツナのとこ遊びに行ってくるわ」という連絡だけを頼りに、一番可能性の高い並盛支部に向かっているのだ。この基地の情報は綱重からも伏せられていたので実のところ手の打ちようがなかったのだが、門外顧問に所属しているラル・ミルチが現状の確認のためちょうどそこに向かうという情報を入手したため、同行を頼み込んだ次第である。

 本部にはいなかった。並盛支部も極秘情報であり綱重からその話を少し聞いただけだ。確信も何もないけれど、それに縋る以外に道は残されていなかった。

 

「……そろそろ戻りましょう。ラルさんが水浴びから戻られている頃でしょうから」

 

「それもそうね。行くわよ」

 

 立ち上がり、バトラーと共に今夜の野営地点まで戻りはじめる。周辺警戒も忘れない。ここは並盛だ。現ボンゴレボス、綱吉の所縁の地。今回の騒動にボンゴレは深く関わっているのだから、この地で警戒しない方がおかしい。初めて訪れたときに感じた平和な空気が吸えないのは非常に残念なことであるけれど。

 

 

 野営地点まで戻ってきたとき、ツナマヨ君と獄寺君が何故か赤面していた。しかも濡れ鼠になっていた。ラル・ミルチと一緒に彼らもまた水浴びをしたのだろうか。

 

 

――――――――――

 

 

 途中、ストゥラオ・モスカとの遭遇もあり私とバトラーで殿を引き受けそうになるというハプニングがあったが、こちらを迎えに来たらしいボンゴレの者……山本に助けられた。彼の案内もあって、私たち一行はどうにかこうにかボンゴレ並盛支部に辿り着くことが出来たのだった。

 ラル・ミルチはこの基地に入った際、非7³線(ノン・トゥリニセッテ)がある外とない中の環境の変化に耐え切れず倒れてしまったので、バトラーがソファーに寝かせて看てくれている。看ると言ってもこればかりは冥界の技術が使えてもどうしようもないことなので、ただ様子を見ているだけなのだが。

 その間に私たちは基地で出迎えてくれた十年前のリボーンとこの時代の山本、二人から今回の騒動、ボンゴレ襲撃事件の詳細を聞いた。ボンゴレ本部が襲撃され交渉の席で綱吉が殺害され、既に二日が経っている。“ボンゴレ狩り”と呼称されるボンゴレに関わった人間が殺害される事案も各地で確認されている。私たちも綱吉とは多少なりとも関わりがあるし、身内である綱重は尚更だ。だから安全を確認したかった。

 

「……あの、すみません。悲しみに暮れているところ、非常に申し訳ないのですが……よろしいですか?」

 

 ツナマヨ君と獄寺君がこの時代の惨状にショックを受けているのを見て、なかなか言い出しにくかったのだろう。気まずそうにバトラーがそろそろと手を挙げて主張することの許可を求めていた。誰に許可を求めているんだろうかと若干呆れていたが、リボーンが「いいぞ」と応えていたのでそういうことにしておく。

 

「こちらの施設に最も詳しいであろう山本さんにお尋ねします」

 

「ん、オレか? いーぜ、なんでも聞いてくれ」

 

「こちらに、……綱重さんはいますか」

 

 最初、メイちゃんの所在を聞こうとしたのだろう。直前で言葉を変えたようだ。基本的に綱重がいるならメイちゃんもいるはずだと踏んだのだ。確かに、メイちゃんがこちらの世界に出てきて、またバトラーのように渡れなくなっているとしたら一緒にいるだろう。

 山本はバトラーの言葉に目を丸くして、それから顔を顰めた。

 

「いるぜ。今は別室に、だけどな」

 

「えっ、兄さんもここにいるの!?」

 

「ああ。宇宙の守護者の……なんつったかな、イーフェってやつと一緒にな」

 

「はっ? あの方が、こちらにいるのですか?」

 

 素っ頓狂な声をあげたバトラーを不思議に思ったのか「ちょうど、二日前の騒動が起きる直前に来たんで、騒動が起きたときは綱重さんの言葉がなかったら怪しんでたぜ」と山本が言葉を付け足した。

 綱重とメイちゃんと連絡がつかなくなったときに私たちが頼ろうと考えていたのが、イーフェだった。しかし普段なら用が無いのに訪ねてくることもあるにもかかわらず、今回は全く音沙汰がなかったのでそちらも何かあったのだろうかと少しだけ気にかけていたのだ。だというのに、まさか一緒にいるとは思わなかった。あの神のことであるから、きっとこちらからの呼びかけに気付いていて無視していたに違いない。趣味の悪いことだ。

 

「正直助かったんだ。綱重さんは今回のことで酷く取り乱して、手が付けられなくてな」

 

「今はイーフェが介抱している、そういうこと?」

 

「いや、監禁している」

 

「「は……はああああ!?」」

 

 今度は私とツナマヨ君が素っ頓狂な声をあげてしまった。「オレも初耳だぞ」リボーンも知らないとは、そんなこともあるのか。

 だが、しかし、何故、そうなった。訳が分からなくて混乱する私たちに山本は苦笑いしながらその部屋に案内してくれた。バトラーはそわそわしていたものの、ラルが起きたときに一人では困るだろうとのことでその場に残ることになった。メイちゃんのことも気になるだろうに、申し訳ない。

 

「今は下手に誰かと接触しない方がいいって言われてな。面会謝絶状態だったんだ」

 

「そう……。いや、でも、監禁する必要はあるの?」

 

「正確には監視、だな。綱重さん、すぐに命を絶つ勢いだったから」

 

「兄さん……」

 

「さ、着いたぜ」

 

 山本が一つの扉の前で立ち止まる。扉の横に備え付けられていたインターホンを押すと『誰だ?』と声が聞こえてきた。聞き間違えようがない。この腹が立つ声は、イーフェのものだ。思わず「馬鹿」と呟いた声を拾ったらしいイーフェが『リモーネか? ……おお、随分と大所帯で』と応える。扉で遮られていようとこちらの様子が見えるとは、そこらへんはさすが神様、と言うべきなのだろうか。

 

『んで、そうか、綱重に会いにきたのか。……よっと。ロック解除したから、入って良いぜ』

 

「軽っ!? え、面会謝絶じゃなかったんですか?」

 

『前はな。今は押さえてるし、全然問題ねーよ、遠慮すんな弟くん。さ、安心してどーぞ』

 

 言われてもふんぎりがつかないらしい。オロオロと迷っているような様子を見せているツナマヨ君を小突く。獄寺君に睨まれたような気がしたけれど、気にしない。ツナマヨ君がこうして心配しているように、私だって心配してきた。今だって生きた心地がしないのだ。ようやく会えるというのに、お預けを食らい続けるのは好かない。この場に身内であるツナマヨ君がいないなら私はすぐにだってこの扉を壊す勢いで開いてやるのに。

 小突いた私の表情を見て、何かしら察してくれたらしい。ツナマヨ君は不安そうな顔から一転、真剣な表情にすると扉を開いた。

 

「え……」

 

 「よう」と入口の脇にいたイーフェが片手をあげてくるけど知ったことじゃなかった。

 その部屋は実に殺風景だった。イーフェの他にはスーツを着た茶髪の男性が一人、中央で簡易な椅子に座らされていただけだった。それが綱重だと理解するのに、数秒の時間がかかった。綱重は後ろ手に拘束され、足もがっちり椅子に縛りつけられて項垂れていたからだ。

 慌てて近寄り顔を上げる。茶色の瞳に光はなく、酷く濁りきっていた。口はハンカチらしき白い布が無造作に突っ込まれ塞がれていた。後ろ手に拘束された腕も確認する。普通のロープの他に、何か特殊な拘束が成されていることが分かった。様子を見るに、これが綱重の意識を奪っている原因だと考えられる。

 

「綱重に……綱重に何をしたの!?」

 

「自決の予防だっての。ここまでしないと、宇宙の炎の力面倒くさいもんだから」

 

「っ、だからって! ここまでやらなくても……!」

 

「――違う」

 

 今まで何のアクションも起こさなかったツナマヨ君が呟く。

 何が“違う”のか。それが分からず唖然とする私たち。「ほう? さすが、十年前とは言え弟君だな」ただ一人イーフェだけが口角を釣り上げて不敵な表情を見せる。

 

「違う? 違うって?」

 

「そこにいるのは、兄さんじゃないけど、兄さんだ」

 

「……意味が分からないわ。説明して頂戴」

 

「え、えっと、だからですね。リモーネ……さんみたいな感じがしなくて、なんというか……」

 

 私みたいな感じがしない? ますます訳が分からなくなった。ツナマヨ君の背後にいる獄寺君と山本に視線を滑らせてみるが、二人もツナマヨ君の言葉を飲み込むことが出来ていないようで困惑している。

 「アッハハハ!! 正解、正解! 大正解だぜ、ビンゴだぜ!」突然何が面白かったのかイーフェが腹を抱えて笑いだす。全員がぎょっとし、私は呆れた。そして、ようやく得心がいき、「ああ」と言葉を漏らす。なるほど、つまりこれはイーフェの悪戯だったのだ。

 

「部下のくせに気付くのおせーよ、リモーネ。ま、ご褒美だ。残りの奴にも種明かししてやる」

 

 イーフェが指を鳴らすと、綱重に施されていた拘束の類いが椅子ごと消え去った。支えを失くして地面に倒れ込む前に綱重を受け止める。ゆっくりと降りていった瞼が、またゆっくりと持ち上がる。今度は先程と違って光が見られる、とても綺麗な瞳だった。同時に実感する。なるほど、これは私にとっての綱重ではない。

 

「……もしかして、リモーネ……なのか? って、ツ、ツナ! 良かった、お前と同じ時代に来れて……」

 

 安心してたのか、お兄さんは気を失ってしまった。再度慌てはじめるツナマヨ君に命に別状はないことを伝えれば、心底ほっとしたような表情になった。よく見れば泣きそうな顔をしている。先程まで実兄のあんな姿をみせられていたのだから、当然と言えば当然かもしれない。それにしては冷静な判断を下せていたが。

 それにしても、どうしたものか。無意識に重いため息が漏れてしまった。

 

 

 これは綱重ではない。昔の、恐らくツナマヨ君と同じ時代の綱重(お兄さん)だ。

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