「メイちゃーん、ここどこだよー?」
現在、魔界か! とツッコみたくなるくらい陰険な雰囲気漂うどこかにて。
全体的に暗いお城のような場所の一室にオレはいる。窓から見えた空の色は黒に近い紫で、本当にファンタジー世界なんじゃないかと疑いたくなるほどだった。
だがここにメイちゃんが加われば、あら不思議。簡単にそのファンタジー世界という線は消えるのだ。
そう、つまり今オレがいる場所は冥界なのだ。魔界も惜しいけどな。
メイちゃんに首を絞められてオレが落ちた後、気づいたらこの部屋で寝かされていた。この場所がどこかのお城だと推測した訳は調度品があまりにも豪華であったからだ。
小さいときはこんな豪華な場所に一回くらいはー、なんて思っていた時期もあったけど実際使用してみるとなんだか落ち着かないもので、結局のところ我が家が一番だという結論に辿り着く。
まあ海外行ってるとやたら高級ホテルばっかり泊まることになるから少し慣れちゃったんだけどね……。なんにせよ我が家は最高です。
「メイちゃんってばー? どこにいるんだよー」
「ここにいるよ」
「うわびっくりした!? 背後から現れるなよ、ただでさえ不気味なんだから!」
どこにいても気付けるように、という理由で部屋の中央に立っていたオレの背後からメイちゃん登場。いつからそこにいた……!? 心臓に悪いからやめてよ!
ドキドキと恋をしているわけじゃないけど高鳴る胸を深呼吸で鎮め、なるべくさっきの恥ずかしい態度を挽回するためにキリッとする。今更遅いとか言うなよ、オレだって知ってるから。
「ここは冥界、っていうのは説明しなくてもいいみたいだね」
「ああ、正解だったのか……」
「ちなみにここは私の仮住まいかな。お父さんもここで隠居してるよ」
「待って、メイちゃんのお父さんなんて聞いたことないんだけど」
「だって言ってないし」
こいつ最近そればっかりだな! なんで二年も経ってから新しく情報が更新されていくんだよ。そういうことって会った時に全部話してしまうものだと思うんだけど。
まあ文句を言ったところでニコニコ笑顔で受け流されてしまうんだろうな、現に今だってそうなわけだし。こうなったら何が何でも自分の意志を貫くつもりだからな……。意志を貫くのは大事だけど、ちょっと違うだろそれは。
っと、本題がズレたな。結局のところオレはどうして冥界に連れて来られたんだ? 今まで一度だって訪れたことがないのに、なんでまた急に。
「あっ。……メイちゃん、今、向こうの時間は……?」
「うーん、睡眠薬も使ったから、綱重君が起きていた日を一日跨いで、もうすぐ夜の十一時かな」
「馬鹿野郎おおおお!!」
「私にそれを使うなら、正確には馬鹿女郎じゃないかな?」
そんなに冷静なツッコミを貰ってる場合じゃないんだよ!
え? なんで、そんなに時間経過しちゃってるの? 早くない? いくら睡眠薬使ったからってなんでオレはそんなに長い間寝ちゃっていたの? うおおお、オレの生活リズムがああああ……。
……ん? そういえば、昨日は結局どうなったんだ? オレはあの後完全に落ちたから展開を知らないんだけど。
「そうそう、ツナ君たちは今日からヴァリアー相手にリング争奪戦ですっ」
「なんでそんなにあっさり言ってくれたわけ!? かなり大事なことだよね!?」
「開始時刻は夜の十一時、場所は並盛中学だよー」
「もう間近だった!? ちょ、オレを帰してくれ!」
「それは駄目だよ、綱重君にはやってもらうことがあるんだから」
やってもらうこと? また勝手に決められた感が否めないな。
まずは落ち着かないといけないということで、何度か深呼吸して気持ちを落ち着かせる。なんだろう、この何もしていないのにオレが悪いみたいな感じ……。
大分落ち着いたところで部屋の扉が開き、一人の大男が入ってきた。
「あれ、バトラーさん」
「こんばんは、綱重さん。……メイ様、確認ですが、」
「うん、構わないよ!」
「ちょっと待って、オレを置いて話進めないで」
中心にいるのはオレのはずなのに完全に蚊帳の外とか、これはもう虐め認定していいと思う。
味方のいない悲しさに心の中で泣いていると「では」とバトラーさんが一言呟いて、スーツの内側に手を潜ませる。
「……はい?」
次の瞬間、バトラーさんの手にはその丈と同じほどの長さ、大きさの大剣が握られていた。何あれすごく怖いんですけど。というかそれどこに隠してたし……あれが例の異次元ポケットならぬ異次元スーツか。
重そうな厚めの刀身、そしてそれを振るうための柄。これ以外、特に目立った特徴もなく装飾も見あたらないところは真面目なバトラーさんらしいと言うべきか。それにしてもあんな重そうなの振れるのか?
ふとバトラーさんの様子が気になり、オレはバトラーさんに目配らせする。
「今回、私はメイ様の命によりあなたの家庭教師を引き受けることになりました」
「待って待って、いきなりすぎる。話についていけない」
「あなたが今までどのような修羅を潜り抜けてきたのか、私は存じませんが……」
「無視か、無視なのか」
今日のバトラーさん、なんかヤバいぞ……!?
何がヤバいって、さっき見たときのバトラーさんの目が恐ろしいほど冷たかったし、今だって発せられるプレッシャーが半端じゃない。オレの足竦んじゃいそう。
いや、バトラーさんはオレの家庭教師を引き受けてくれたんだ。つまりこれくらいは耐えないと……。
「――少し、私が予想していたレベルより低い修羅を経験したようですね」
「なっ……!?」
気付いた時、オレの身体は腹を横にばっさりと斬られて二つに分けられていた。
お、おいおい……。なんだよこれ、性質の悪い冗談かよ? 不思議と痛みは感じず、妙に冷静な頭が機能している目玉を使って自らに起きた状況を理解するために情報を集め始める。
どうやらオレはバトラーさんに斬られたらしい。冥界のレベルは一味違うってか。確かに、オレが今まで経験してきた戦闘は生半可なものだったかもしれない。けど、これは……。
「さて、今、どんな気分ですか?」
「どんな気分って、死んじゃうのかオレ、みたいな……ん?」
「……いや、まさか今の状況が理解できない、なんて言いませんよね……?」
バトラーさんが大丈夫かこいつとでも言いたげな目でオレを見てくる。居た堪れないから止めてください。
一言で今の状況を言ってしまおう。オレ、生きてます。……うん、冗談じゃない。腹は斬られていないし、オレも二つに分かれるという悲惨なことは起こっていない。
でもさっきまで、確かにオレは死んだと思っていたんだけれど。
「ああ、メイ様の苦労がよく分かりますよ……。幻覚、苦手ですね?」
「うぐっ! た、確かに苦手だけども!」
「その辺は綱重さんもボンゴレの血を引いていますから、超直感で頑張ってもらいましょうか」
「はい……」
オレの弱点がいきなりバトラーさんに露見した。痛い所を突かれたな。
それとなく違いは分かったりするんだけど、幻覚はどうにも苦手だ。メイちゃんの幻覚は別な。一緒にいたからなんとなく癖が分かってきて、メイちゃんのだけは見分けられる。
ただ骸とかになるともう駄目だよね。この前のあれ、現場にいたら多分オレ死んでたんじゃないかな。しかも今回はヴァリアー勢にマーモンがいるわけだし……絶対マーモンは敵に回したくない。
「もう一度聞きます。今、何が起こったか分かりましたか?」
「腹を斬られました」
「そうではなくて……。もういいです、説明しますね」
オレはバトラーさんにとってとても出来の悪い生徒みたいだ。
バトラーさんによると、今のはバトラーさんによって創られた一種の幻想空間での戦闘だったらしい。かなりばっさり要約するならリアルな体験ができるシミュレーションだ。そこでオレは斬られた、と。
バトラーさん自身は幻術を使うことが出来ないらしいが、持っている大剣にそういった能力が付与されているらしい。バトラーさんは「メイ様から賜った大切な得物です」と自慢げに刀身を撫でていた。
今回の強化内容はオレの反射神経の向上みたいだ。バトラーさんの攻撃をとにかく避けまくり、最終的にはバトラーさんを倒すのが目標らしい。さっきのオレの反応速度を考えるとかなり無理な話にしか聞こえない。
更にここに超直感強化も合わさったら、大変な事態になるんじゃないだろうか。というか超直感は本当に勘なんだから、鍛えるのは大変だと思う。
「超直感での攻撃回避は可能ですか?」
「やろうと思えばできるんじゃないか? ツナも幻覚での対応に使ってたみたいだし」
「ではその方針で行きましょう。身体能力もアップしますし、一石二鳥です」
朗らかな笑みを浮かべるバトラーさんが鬼にしか見えないんだけど誰か助けて。
このまま部屋から逃げ出したら、オレは助かるんだろうか。いや、そもそも逃げれるのか?
冷や汗をかきながらじりじりと後退していると、景色が真っ白で何もない空間に変わった。逃げようとしていたのがばれたらしい。バトラーさんが青筋を浮かべてらっしゃるよ。
「どこに行くんですか。まだ始まってもいないじゃないですか」
「い、いやあ……。遠慮したいなー、と」
「私が許すと思います? 第一、私はメイ様から任されているんですよ?」
「だよな……」
「私が家庭教師できなかったら更に厄介事押しつけられるんですよ!?」
「完全に私情混じってるよね」
くっ、メイちゃんは巧みにバトラーさんを操ったというわけか! 卑怯な!
オレにはバトラーさんを操るためのカードがない。駄目だ、詰んだ。
「では始めますよ」
「っ!」
身の危険を感じて回避したものの、虚しくオレの左腕は空を飛んだ。
――――――――――
綱重君、大丈夫かなあ……?
自分で
私は綱重君が真っ二つになったのを見届けてから、冥界からこの世に戻ってきていた。真っ二つと言っても私には幻術は効かないわけだから、薄いイメージとして見えているだけなんだけど。
バトラーは真面目すぎるところがあるし手加減って言葉も知らないんじゃないかな。今更ながらその考えに至ったけど、まあ殺気も混じってたら綱重君の能力アップも早いかな、と思考を完結させる。
とりあえず私から言えることは、頑張ってという棒読みの一言に尽きる。
「さーてと……」
目の前に黒球を二つ出現させ、狂いがなければ今日の主役であるはずの笹川了平、ルッスリーアの二名を映し出す。モードは情報入手ではなく、現状把握。黒曜での様子を見守っていたときのモードはこれに当たる。
ルッスーリアは既に並盛中で待機、対戦相手を待っているみたい。笹川君は他の守護者と合流して、今向っている途中、か。うん、なかなかいい時間に来れたみたい。
綱重君が修行に勤しんでいる間、情報収集と書類まとめくらいなら肩代わりしてあげてもいいかな。後でその分を別の何かで埋めてもらえば良いわけだし。
「んんんー、問題は綱重君の試合がいつかだよねえ……」
綱重君の試合自体は、正直今回のリング争奪戦とは無関係だ。ただ、たまたま今回、同じような舞台があったから組み込まれただけ。つまり宇宙の守護者戦での勝敗はボンゴレリングの争奪戦にはノータッチ。
今回は妙な介入もなさそうだし、順調に進むなら晴・雷・嵐・雨・霧・雲・大空だけど、綱重君はどこの間に入るんだろう。修行もあるから初めの方――晴と雷の間、つまり明日とか――はやめてほしいよね。
「試合結果も変わらないはずだし……。うん、綱重君以外は楽できそう」
元々綱重君をバトラーに預けたのは二つ意味がある。
一つは純粋に強くなってもらうため。今のままでもそれなりに強いけど、それで変な自信を持ったまま挑まれて負けでもしたら困るから、ちょっとした手助けだ。こういったことは以前もしてるし、問題ない。
もう一つは、ただ単に舞台を引っ掻き回されたくなかったから。綱重君は所謂イレギュラーだし何をするか分からないから、遠ざけた。多分、未来からは盛大に変わるはずだから今くらいは楽させてほしい。
それを考えると、今回のリング争奪戦で転生者がいないのは幸いかな。リモーネちゃんはただのイレギュラーみたいだし。
「よし、そろそろ行きますかー」
私は黒球を消すと、有幻覚で大型犬ほどの大きさのケルベロスを創り上げ、それに乗った。目指す先は並盛中学、ツナ君たちの晴れ舞台。
一先ず今は難しいことを考えるのは止めて、物語を見守ろう。そう決めて私はケルベロスを走らせた。