「っ、つあぁ!」
恐らく首を飛ばすことを目的として振られた大剣を、仰け反るような体勢になりながらも回避。そのまま両手をブリッジの要領で地に付けて重心を集め、後方に跳ね起きる。オレはいつから新体操を習得したんだか。
更にステップを踏んで距離を取り、ポーチから蒜頭骨朶を取り出しつつオレを中心に右回りで円を書くように振るう。当然ながら手応え無し。横から再び迫ってきた大剣を杖の部分で何とか受け止めるものの、力負けして上空に吹き飛ばされる。
だが敵の姿は視認した。
「そぉれえ!!」
瞬時に縮小、それと同時に半回転させ突起の部分を前にして敵に向け投擲。姿勢を多少崩したがそれだけ力も乗ったということだ。数回転して地面に着陸、途中でナイフを数本指に挟んですぐにその場から駆け足で離れる。
投擲した蒜頭骨朶は、やはりというか何に当たるわけでもなく地面に刺さっていた。まあこれで刺さっていたらオレの方が驚く。簡単に回収はさせてもらえそうにないので一度諦め、姿の見えない敵を気配だけで一手二手先を予想してナイフを持つ腕を振るう。
駄目だ、まだ当てることが出来るほどの勘が養えてない。悲しいほど空のみを斬るナイフと自身の腕に対して舌打ちを打つが、それで現状が変わるわけではない。
「――そうやって、すぐ焦る。それが貴方の悪い癖だ」
「、あ」
いとも簡単にオレの首が飛んだ
……ところで白い空間が元の部屋に戻る。何度経験しても慣れることのない死の恐怖に何度目か分からない冷や汗がオレの服をぐしょぐしょに濡らしていった。
バトラーさん強すぎる! しばらくスパルタ的特訓受けてたけど何回やっても勝てやしない。あまりにも勝てないから途中で心が折れそうになった。そういう時は休憩を挟んでくれて軽食を取ったり(普通の食事だと腹が重くて仕方ない)、少しの睡眠を取ったり(寝すぎると今までの事を忘れる気がした)して心を癒していた。他に真面な癒しは得ていない。今ならランボでもオレにとって癒しの対象になれる気がする。
「っはー……、勝てねえ。
「いえ、終了です」
「……ん? え?」
深いため息をついたオレにかけたバトラーさんの言葉に、思わず目が点になる。終了? 何それ?
だってオレは未だにバトラーさんから勝ち星を奪えてないし、それ以前にダメージだって与えることが出来ていないんだぞ? こんなところで終わっていいのかよ。
オレとしては非常に納得がいかない結果だ。一回くらい勝ちたい、だって負けず嫌いだもん。
「なんで? オレ、バトラーさん倒してないよ?」
「今の段階ではこれで十分です。それに、お時間の様ですから」
「時間……って、え?」
少しの浮遊感の後、オレは落ちた。
――――――――――
落ちた先は地獄、……などではなく、変哲もないが久々に見る土の地面だった。
幸い体勢は崩れていなかったので足を痛めないように注意して着地する。こんなことをやるのはあいつしかいないな……。
痛めたところがどこもないか軽く身体を動かしていて、ようやくそこが並盛中の校庭だと気付かされた。理由一、ツナたちがいる。理由二、今の時間帯が夜でありオレの時計だと十一時前だということ。この二点のおかげだ。
「メイちゃん、そんな急に呼び出すの止めてくれよ」
「ごめんごめん! でもさ、今日だったし?」
「それなら余裕のある朝にお願いしたかったな」
「まだ朝の段階では不安だったしねー」
「ぐっ、言い返せない」
悪かったな、まだまだ発展途上で! どうしてもまだ腕は未熟なんだよ!
とりあえず一度落ち着いて、今までのリング線の経過を聞いてみる。どうやら、オレがいない間にそれなりに進んでいたようだ。晴・雷・嵐・雨の順番で勝負が終わったらしい。そしてそのうち、雷と嵐以外勝利、しかし雷の試合時にツナの大空のリングも没収されたとか。なんてこった。
つまりリングの数は向こうの方が一個多いわけか。この後は残りの二人に頑張ってもらうとしよう。
「んで、ステージってのはなんか守護者に見合ったものなんだろ? オレのは?」
「今回の対決は校舎B棟で行います」
「B棟、って……」
「オレがやったとこと同じみてーだな」
ステージが雨の試合と一緒って、どういうことだ? 別に宇宙は雨と関係があるわけじゃない。まあ全体を見る、という面においては一応関係はあるのかもしれないが、むしろ大空のほうが関係がある。歴代守護者も大空とは色んな意味において接点が深い者ばかりだ。
疑問に首を傾げながらも、とにかく校舎B棟に向かう。校内の建物の配置はすっかり忘れていたのでツナたちに案内してもらう形になったが。
「昨日の妙に頑丈な扉がない以外、特に変わりないように見えるね……」
「なんで態々野球馬鹿と一緒の場所なんスかね」
「……」
「メイちゃん黙らないでくれよ、なんか怖いからさ」
そんなにオレの試合に集中しなくてもいいじゃない! プレッシャーが大きすぎて潰れそうなんだけどい、いや、これくらいで潰れるような精神じゃバトラーさんの特訓には耐えられなかったな。よし、頑張らないと。
恐怖とやる気を思い出して気合を入れるように小さく「よし」と呟くと、オレはB棟に入って行った。
「うわあお」
すっごい真っ暗。なんも見えねえ。
後ろを振り返ってみるが既に閉ざされた扉はどこにあるのか視認できない。とにかく今歩くのは少し危険だな。この中学の地理を完全に忘れてるんだからどこに何があるとか覚えてないわけだし。
なんとか目が慣れてきてからもう一度辺りを見回すと、昨日どんだけ戦闘があったんだと言うくらい大破していた。部屋の中央の天井には穴が開いており、全ての階がその大穴でつながっているらしい。階段いらずだなんて便利だな。
雨と言えばスクアーロか。先の戦いで戦死したらしいことなら聞いたけど、さすがのあいつでもここまでの大破は戦闘中にしないだろう。山本が逃げ回ったなら話は別だが、あいつはそんなに無意味なことはしないはずだし。だとしたらこの壊れ具合は雨のステージそのままを使用しているか、それともオレたちの試合のために壊したか、どちらかになる。
「雨のステージを再利用なんて、経費足りなくなっちゃったの? 案外貧乏なのね!」
「……よう、リモーネ」
「久しぶりぃ、お兄さん。元気にしてた? まあその元気をこれからなくすわけだけど」
少し遠くに、リモーネ。今回オレが確実に、なんとしても勝たなければいけない相手……。
リモーネがどんな罠を使ってくるのかは皆目見当がつかないが、何にせよオレはこの試合でベストを尽くすだけだ。それが例え、相手を殺すことになっても。ツナの前ではあまりやりたくない、最終手段だ。
「今回の試合では、相手に負けを認めさせた方の勝ちとなります」
「は? 前の試合まではリングの奪い合いだったじゃん。なんでよ?」
「宇宙のリングは取り外し不可能です。それに、この守護者戦では“認める”という点に意味があります」
「……ふうん、なんかよく分かんないけど、分かんなくていいや! 面倒だし、殺せば一緒だし!」
たぶん、リモーネは今、とてもいい笑顔を浮かべているんだろう。ツナたちと同じような、年相応の可愛らしい笑顔を。殺しを本気で楽しんでいる、狂気の混じった笑顔を。
オレも面倒なことに巻き込まれたもんだ、と頬を掻きながらまたため息。とにかく、死なないこと。これを第一目標掲げて頑張ろうじゃないか。準備運動は既に完了しているしな。
リモーネさえ認めさせることが出来れば殺す必要も生じない。つまりあいつの十八番である罠をどうにかして全て乗り切ることが出来たなら認められたも同然なんじゃないか?
「あー、結局さ、なんでこんなに暗いんだ? 明かりくらいあっても……」
「宇宙の守護者の使命は『事象を見定め、見守る宇宙』。つまりこれくらいの環境下でも“見定めて”貰わなければ困るのです」
「ほうほう、なんだか随分無茶苦茶な理論を振りかざすんだな」
「どう思おうが貴方の勝手です」
この使命自体がオレのやっている活動を現している。“見定める”だの“見守る”だの大層なことを言っている割には、オレはこの二つはメイちゃんの補助なしではこなすことが出来ない。これを本当に初代が一人でやっていたのだとしたら、オレは一生の人生を賭けてでも尊敬するだろう。
さて、そんなことより早めに試合を始めたほうがよさそうだな。リモーネが暇そうに地面を転がり始めた。そんなことしたら汚れが……。あ、今日はヴァリアーの制服着てるんだな。今更だが。
「そんなに暇か」
「暇って言うより、興奮が抑えきれない感じ!」
「興奮?」
「そう! お兄さんを倒したら弟のボスさんはどんな顔すんだろってね!」
「……そうか」
碌でもないこと考えやがって。オレはツナの兄なのだ、兄は弟を守って喜ばせるために存在しているのであり、決して悲しませるために存在しているわけではないのだ。
だからこそ、こんなところでオレは死ぬわけにはいかないんだよ。今のツナは自分のことで、仲間のことで手いっぱいに違いない。そこで更にオレが心配をかけるようなことをしたら迷惑だ、そんなことは絶対に出来ないししたくもない。
オレはツナの先に立って、あいつを見守ってやりたいんだから。
「お前相手なら、オレもそれなりに頑張れそうだ」
「それなり、じゃ死ぬよ? 全力で、って言わないと!」
実に楽しそうに喉を鳴らしたリモーネはオレにとてつもない勢いで迫ってきた。
――――――――――
今回の戦いは貴重な機会だね。今回の宇宙候補に出会うのも早かったし、ここでどういう子なのかちゃんと見極めておかないと。まあ戦闘狂なんて力でねじ伏せればどうとでもなると思うんだけど。そう思いながら昨日の夜にも使ったモニターを見る。赤外線でも使っているのか、二人の姿は私たちには結構鮮明に見える。
小さなナイフを取り出したリモーネちゃんは綱重君に攻め寄る。なかなか、というか常人には出せないスピードだけど甘いね。バトラーによって速さには慣れた綱重君は必要最低限の動きでそれを回避、リモーネちゃんの素早い切り返しにもよけてから腹パンのカウンターを入れる余裕ぶり。やっぱりバトラーを家庭教師につけて正解だったかな。
リモーネちゃんはこれを想定済みだったようで、口の端に笑みを貼り付けるとバックステップで暗がりに消えて行った。元々リモーネちゃんは近接職には向いていなさそうだしね、これからが本番だって言うべきかな。むしろこれくらいで変な自信を持っちゃってるようなら、綱重君は死んじゃうかもね。
「兄さん、大丈夫かなあ……」
「大丈夫ですって! あの黄色女の攻撃、簡単に対処してましたよ!」
「そうなのな。心配いらねーと思うぜ、ツナ」
「……そうだよね、オレが信じないと」
ふふ、ツナ君ってば素直だなー。まだ少し不安そうだけど、さっきよりは晴れやかな顔になってる。仲間がいるっていうのは実に素晴らしいことだよね! うん!
この中でまだ渋面を浮かべているのは私とリボーンとディーノ君かな。まあむしろ納得の面子って言うべきかもしれないけども。まあ私は渋面よりも期待の方が大きいかな。リモーネちゃんはどんな罠を作るんだろう。結構有名なものばっかり作ってそうだなー。
リモーネちゃんは完全にヴァリアーに入るって決めたわけじゃなさそうだし、それを考えたらよほどのことでも起こらない限り奥の手を見せてはくれない気がする。そこはあれだね、綱重君に頑張ってもらおっか!
「やけに楽しそうだな、メイ」
「楽しいよ、リボーン君! 私は二人の宇宙候補を見るのが嬉しいんだもの!」
「片方が死ぬかもしれねーってのに、またメイちゃんはすげーこと言うな」
「ディーノ君、ノンノン。分かってないなあ。二人が本当にリングにふさわしいなら、死ぬことは無いんだよ」
だって、リングはもう一つあるんだもの。
心の中でそう呟いて、私はやはりニコニコとモニターを眺めていた。
「ふふふー」と声が漏れていたことで、少しツナ君を怖がらせてしまったことは綱重君には秘密にしてほしい所だね。
戦闘に、入りたかった。入れなかった。