宇宙は大空を包む   作:キョロ

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厳密に言えば、それは白ではないのだけれど。


07、白の光は終わりを告げる

 どうしたもんだか。緊張のせいか頬を濡らした汗をスーツの袖で強引に拭い取る。……だーっ! 暑い! 裾を捲りたいところだけど、あんまり肌を晒したくはない。よって暑さに耐えるしかない。たどり着いた結論にため息をつくしかない。

 現在、二階部分で潜伏しているオレは柱を陰にしてリモーネの出方を窺っている。一階はリモーネが最初に仕掛けていたらしい毒ガスで充満してしまっているので、既に使える見込みはない。リモーネの奴、オレに接近戦挑んでくる前後でばら撒くための装置をこっそり設置してたらしい。抜かりない奴だ。

 

 オレはまだ武器を使っていない。つまり手の内を晒していないわけだが、それは向こうも一緒だろう。結局、オレたちは最初以外姿を見ていないわけだから。

 そうなると困ってくるのはオレのほうだ。リモーネは罠を使う。こうしている間に何個の罠を設置していて、それがどんな種類なのか。それを考えるとゾッとしてくるが、迂闊に攻撃に移ってしまえばそれもまたオレにとって不利になることに変わりはない。

 考えたくはないが、アドバンテージはとっくのとうにリモーネに握られてしまっているのだ。

 

「広いし制限時間も設けられてないし。……オレ、疲れちゃうよ?」

 

「おじさん臭いこと言ってるー、きっもちわるーい」

 

 独り言のつもりで吐いた言葉に応じる声。位置を割り出そうとするも周囲に彼女の気配は認められない。先の段階で盗聴器が仕掛けらた可能性を考えて頭が痛くなる。最近の子供って、怖いね……!

 と、ふざけているのもここまでだ。相手が直接姿を見せない以上、オレが動かないと状況は変えられない。それなりにぶっ壊れてくれているおかげで、蒜頭骨朶も心置きなく振り回せるのが唯一の救いだ。その分、オレのせいで壊れたとこは弁償しないとね……。お金なら、たぶんある!

 ふー……、と深く息を吐いて蒜頭骨朶を取り出すとオレはその場を動くために走り出す。超直感を働かせて「ここは危ないぞ」と思う部分を踏み抜かないように丁寧に避けて、リモーネを探すために視線を動かす。上手く陰に溶け込んでいるのかどう頑張っても視認することが出来ない。

 気配も見つけられないし、ひょっとしたら三階以上にいるのだろうか。

 

「ぬおぅっ!?」

 

 方向転換するために踏み出した右足が何かに捕らわれて掬われる。ぐるりと俺の身体が百八十度回転して宙ぶらりんに吊し上げられた。ぶ、ブービートラップ!? 超直感が反応しなかっただと……。

 舌打ちをしながら俺に向かって放たれた数本の矢を、懐から取り出したナイフを投げることで叩き落とし事なきを得る。それにしても超直感が反応しなかったことが気になるな。オレの超直感はまだ完全じゃないって事なのか?

 内心で首を傾げながらも、足を捕らえたものをロープだと判断し、ナイフでそれを断ち切って宙ぶらりん状態から元に戻る。頭に血が上っちゃって敵わないな。

 

「なあんだ、案外たいしたことないの? がっかりだよ、私」

 

「煩いな、オレだって頑張ってんの」

 

「頑張ってそれなの? ならさっさと死んじゃいなよ」

 

「辛辣だ」

 

 相変わらずリモーネの姿は見当たらない。声が四方から聞こえてくるんだが、まさかスピーカーを設置したとかそういうわけじゃないよな? さすがにそれは、なあ……。

 やはり罠を解除して回るよりもリモーネを探し出して直接オレを認めさせるしかないだろうか。そう考えて、ふとカサカサと何かが動くような音を拾い上げる。……蟻でもいるのか? いや、蟻の足音なんて早々聞けるものじゃないし、聞こえるということはそれが大きいか群をなしているかのどちらかだ。

 それにここは、今は戦闘区域となっていたとしても、一応校舎内だ。階を繋いでいるあの大穴以外は損傷はなさそうだし、蟻が入ってこれるはずがない。例え入ってきたとしてもここに餌となるようなものはないはずだから行列を作ることもない。

 だとしたら、この足音の主はなんだ? リモーネ自身の足音ではないだろうが、こうなったのはリモーネの仕業であることには違いない。一気に警戒レベルを跳ね上げ、蒜頭骨朶を一度大きく振って伸ばした。

 

「それじゃあ、私の今できる全力でお相手してあげるねっ」

 

「……嘘だろオイ……」

 

 数十分ぶりにオレの前に姿を現したリモーネは暗がりながら、ニコニコと笑顔を浮かべていることが分かる。口調もどことなく楽しげで、語尾には星マークがつきそうだ。

 しかし、笑えない。オレにとっては笑う要素なんて一つもない。ピクピクと頬が引き攣るのを感じ、背中を見せてもいいから全力で逃げだしたいという気持ちに駆られる。大人げないと思われても構わない。とにかく目の前の光景から目を背けたくなる。

 必死に「今は戦闘中、今は戦闘中」と呟くことで弱気な心を落ち着かせた。

 

「それがお前の最高傑作って訳か」

 

「そうだよ。ま、“今の段階では”っていう括りだけどね」

 

 オレの目の前には、数えたくない程大量の、大きな(アリ)を模した機械がカチカチと大あごを鳴らしてオレを警戒していた。で、でかい……。今は真正面しか見えないけど、高さはバトラーさんと同じくらいか? だとしたら身体はどれだけ長いんだ……考えたくない。

 後ろに三体、横に一体ずつ、前に後ろと同じく三体。すっかり包囲されたオレを蟻の一匹の上に乗ったリモーネは面白そうに眺めている。どうしよう、虫には強い方だと思ってたんだけど蟻だけは限定で嫌いになってくるくらい今の状況が怖い。機械で作られた無機質な身体が更にオレの恐怖を煽ってくるようで少し腹立たしい。

 こんな馬鹿でかい物をどこに隠していたのかは知らないが、とにかく全体壊すしかない。これがリモーネの最高傑作ということは、これさえ壊せば認めてくれる……と信じる。

 

「お兄さんは知ってるかな。蟻ってね、(ハチ)の親戚なんだよ」

 

 リモーネが何か喋っているようだが気にしないことにする。今は排除で手いっぱいだ。

 手始めとして後方にいた蟻三匹の触角を叩き壊した。こいつらが本物の蟻とそっくりに作られていると仮定するならば触角と目、オレを感知するために必要不可欠な器官を破壊すれば無力化できたも同然だ。

 明確な弱点が情報がないせいで分からないことが惜しいが、目を破壊するついでに頭も吹き飛ばせば動きが止まったので、恐らく頭に動くための何かが搭載されているのだと思う。

 左横にいた一体が噛み砕こうと前進してきたのを、逆にオレも前進しその真下を滑り抜けることで回避した。とても長いですね! それなりに勢いをつけておいてよかったとホッとする。

 

「蜂と同じく針を持ってる子もいて、毒を持ってる子もいるんだ」

 

「っとお!?」

 

 先程突進してきた蟻が向きを変えずに、そのままオレに向かって突進してきた。

 “毒”というリモーネの言葉にゾッとし、踏み潰されたくないという思いも混じって慌てて避ける。蟻も大きくなればその巨体自体が凶器だ。なかなか馬鹿にできない。

 今更ながらとんでもない物を作りやがった。二度と敵に回すものかと愚痴を吐き捨て、その蟻の頭部を蒜頭骨朶に恨みを乗せて叩き潰す。つまり針に触れるな注意ってことだな、腹部は毒が漏れたら困るから破壊しない方がよさそうだな。

 右横で待機していた一体にも同じ流れで引導を渡し、残り多分三体にまでなった。

 

「可哀想だから良いこと教えてあげるね? お金の都合上、蟻さんは八体しか作れてないの」

 

「お前の財布事情に感謝するしかないな」

 

 俺が最初に視認できていたので全部って事か。それじゃあ残り三体、って確定してもいいだろうな。

 ふっと軽く息を吐いてリモーネの方に顔を向ける。と、横から何か迫ってくる物体を確認、咄嗟に不恰好ながらもその場を飛び退いて回避。反応が遅れたせいもあるのか切れ味の良いそれがオレの左足に切り傷を加えた。痛みにより小さく声が漏れる。

 

「くそっ、今の蟻の大あごか……?」

 

「ご名答(めーとー)! 私だって自分の傑作(子供)を簡単に殺させるわけにいかないのよ」

 

「……いやいや、だからってこれはないぞ」

 

 つうっと一筋の汗が頬を濡らすも、それを拭い取る気にはなれなかった。

 こいつは本当に、オレたちと同じ世界の人間なのか? 宇宙人とかじゃないんだろうか。

 

 

 ――オレが壊したはずの五体が、頭を動かしてオレを睨み付けている

 

 

 全くもってあり得ない状況。受け入れたくないその光景は、もしやオレの夢かはたまた幻術で構成された幻覚なのではないかと疑いたくなる。そんな思考を五体の内一体の大あごについている血が否定した。

 どういうわけかあいつらは復活を遂げ、オレに攻撃を仕掛けてきたらしい。あそこに付着している血液は間違いなくオレの物なのだろう。未だ左足に走る小さな痛みも同時に現実を突きつける。

 

「どういった手品でこんな芸当ができるんだ?」

 

「嫌だなあ、私は奇術師(マジシャン)じゃないよ。面白い技術を詰め込んだらこうなったの」

 

「面倒なことしやがって……」

 

「まあ正直、これはまだまだ未知の技術よ。私も把握し切れてないもの」

 

「なるほど、十分打開策はあるってことだな。それ聞いて安心した」

 

 不死身じゃないことが分かっただけ、まだ救いがあるな。

 とにかく何度も頭を吹き飛ばして相手の様子を見ることにした。なるべく体力を温存するために大きく立ち回ることを避けて、最小限の動きで排除して回る。

 一本道に場所を変えて戦いを挑もうか考えてみたが、そこまで行くための道のりに何かしらの罠があると考えたほうがいいだろう。さすがのリモーネも自分の罠で蟻を壊すことはしないはずだから、少なくともここには罠はない。逆に捉えればここから逃がさないように罠を仕掛けている可能性は極めて高い。

 つまりここで頑張るしかない訳で……。ええい、面倒な!

 

「つーか、お前の異名は滑稽な罠使い(フェイスション・トラッパー)だろ!? 罠使えよ!!」

 

「だってだってー、魔法使いが杖で敵を殴っちゃいけないなんてルールはないでしょ?」

 

「屁理屈! ちくしょう、絶対オレのこと認めさせてやるからな!」

 

「頑張ってね!」

 

 まるで他人事のように話してくれるな、リモーネめ。こうなったら絶対勝ってやるんだ。

 とりあえず報告。なんとなくではあるけれど、蟻の頭部の再生スピードが落ちていっているように感じる。オレの考察だと頭には脳の部分、ケツの方は毒を積んであるんだと思う。真ん中は知らない。

 よって再生能力は真ん中の部分が深く関わっていると思われる。というわけで検証のために一体の真ん中部分を遠心力で攻撃力を増やしてからぶち壊す。二つに分かれた身体は小規模な爆発を起こしてほぼ動作停止、大あごだけが恨めしげにカチカチと音を立てている。ざまーみろ!

 

「これでチェックじゃないか?」

 

「チッ……。まあこれくらい分かって当然か。分かんなかったら馬鹿だもの!」

 

「いちいち煽ってくるな……。それで、どうすんだ? 打つ手なしか?」

 

「打つ手? あるよ、あるある。最終手段ってさ、残しておくものじゃなーい?」

 

 リモーネはどこかで見たことがあるようなスイッチを取り出した。どこで見たんだったか……。そう、例えるならばアニメや漫画などでは極ありがちな自爆スイッチのような……えっ?

 はっとしてリモーネの姿を探してみれば既に奴の姿はない。逃げた! 頭の中で最大音量の警戒音が鳴り響き、即座に撤退を開始する。邪魔してくる蟻は足止めになればいいので足の部分を破壊して、走るスピードは緩めずに流れ作業で片付ける。

 残り時間はどれくらいあるのだろう。あのスイッチは押したらすぐに爆発するものなのか、それとも数秒の時間制限が設けられているものなのか。開発者であるリモーネしか分からないシステムに頭を捻りながらも懸命に足を動かす。

 

「っ、やば――!?」

 

 逃げるために踏みしめた床に違和感を感じて、走ることを止めてそのまま前に思い切り跳躍する。

 その僅か一秒にも満たない後、オレの視界は真っ白に染まった。

 

 

――――――――――

 

 

 盛大な爆発音が、その場を支配していた。

 あらかじめ設置しておいたロープを使って最上階まで避難した私は、崩れる足場をロープに掴まることでどうにかやり過ごす。ちょ、ちょっと派手にやりすぎたかな……。天井に固定しておいて助かった。

 あちこちに仕掛けておいた地雷がいい誘爆材になったらしい。だけどそのせいで二階は全壊したし、影響は建物を支える柱にも及んでほとんどの床は崩れ落ちてしまった。

 ……随分今更なんだけど、これって殺しちゃっても認めるの内に入るよね? 入らないって言われたらすごく困るよ。心臓マッサージから人口呼吸まで至れり尽くせりしちゃうよ。

 

「……あれ、」

 

 そういえば、今までは対戦相手が倒れたりしたらチェルベッロが戦闘不能かどうか確かめに来てたような。今回に限って確かめにこないっておかしくない? 職務怠慢なの?

 不安に思って一階に毒ガスを浄化するための装置を数個ばら撒いてから五分後、私は一階に降り立った。ええっとぉー、お兄さんはどこにいるのかなー……?

 ぐるりとそこらを見回して、瓦礫の一箇所が白っぽく(正確に言えば、純粋な白じゃないんだけど)光っていることに気づき小首を傾げる。むむ? ここに明かりなんて、最初見たときはなかったはずなんだけど。

 

「もしかして、お兄さん? お兄さーん、貴方の殺し屋、リモーネですよーっと」

 

 お兄さんに呼びかけてみるけど、応答がない。死んでる……のかなあ? だとしたらあの炎はいったい何だって言うの? 私には理解できない……。

 

「ほの、お?」

 

 なんで私、あの明かりが炎だって分かったの。

 この前の戦いで、つ……つな……ツナマヨ君の額の炎を見たから、かな? あのときのエネルギーと、今目の前にあるあの白い光はとてもよく似ている。色が違う、ただその一点だけを除けば。

 近づいてはいけない、逃げなければならない。何故かそう思ったときには私の身体から力が抜けていた。足を支える力も不自然なほどにふにゃりと抜けて、ぺたりとその場に尻餅をつく。

 

「――よお、リモーネ」

 

 ドカン! と大きな音を立てて瓦礫が吹き飛ばされる。後退りすらする気になれず、ただぼんやりと私は事を見守る。砂埃の中、ふわりと現れるシルエットはどこか狂気的で、それでいて頼もしさを感じて。

 白い炎をそこら中に漂わせたお兄さん、沢田綱重が血を流しながらも不敵な笑みで私を見ていた。

 

「ど、してぇ? だって、あんな爆発に瓦礫じゃ、死んだも、同然じゃ」

 

「ははっ、どーしてだろうなあ? オレにも分かんねーんだな、これが」

 

「……変なお兄さんだなあ」

 

 ふらふらと覚束ない足取りでこちらに歩いてくるお兄さん。

 ほとんど無傷の私、身体のほとんどに怪我を負ったお兄さん。きっと私が今、何か行動を起こせばお兄さんは死ぬ。そして私は殺すべきだ。それがプロの殺し屋だから。情なんて邪魔なだけだから。

 でも……本当に殺していいのかな? お兄さんには可能性があるし、あの爆発で生き残ることができる不思議な力もある。もっと知りたい、それを知らないうちに殺しちゃうなんて勿体無い。

 お兄さんは、私が知らないものを見せてくれるはず。それは私にとって大きく有利であるもの。だから、私は負けていない。これは降伏じゃなくて、交換条件。

 

「オレの勝ちで、異論はないよな?」

 

「お兄さんの意見に、賛成(さんせー)します!」

 

 私が高らかにそう宣言したとき、お兄さんの右手にあったリングが輝いた。




ツナマヨツナマヨ。私はマヨが嫌いだから食べたことない。
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