非科学的な世界で(略)追い詰められるが良い! 作:たたっきり測
深夜、誰もいない談話室。にもかかわらず、ひとりでに聞こえてくる足音。
わたしは読んでいた本、『戦闘用魔道具についての研究』を閉じて、椅子から立ち上がると、宙に尋ねた。
「こんばんわ、ハリー。こんな真夜中に出歩くとは。もしかして、鏡を見に行くのか?」
足音が一瞬身動ぎした。そして、虚空から、まるで流れる水のような、何とも言えない色合いのマントを持ったハリーが突然現れた。
「何?君まで僕を止めようっていうの?」
「いやいや。ロンから聞いてな、そんな面白い鏡があるなら、わたしも…」
言いかけて、思わず言葉が詰まった。
ああ、苛々する。なぜわたしがこんなことをしなくてはならないんだ。『戦闘用魔道具についての研究』の続きをはやく読みたいのに。そうだ、いますぐハリーに失神呪文をかけようか。そうする方が有意義だ…。
途端、ハリーがぐいっとわたしの手を引いた。わたしは我に返った。とっさの考えは同時に引っ込んだ。
「まあ、いいけど。でも、はやく行こう。パパとママに会いたい」
ハリーはそう言ってわたしをマントのなかに引きずり込むと、言葉通り、本当に
彼は、自身の足音にも、ドアを開け閉めする音にも、そして、イレギュラーの同伴人であるわたしにも、全く注意を払っていなかった。そういえば、彼はわたしが声をかけるまで、談話室に誰かがいると気がついていなかったようだった。もうマントを使っての外出には慣れているのだろうか。
彼があんまり速く歩くものだから、何度かマントからわたしの手や足が飛び出た。しかし、誰にも会わなかったのでなんともなかった。幸いだが、しかしまあ、透明になっている実感は薄い。窓の反射や月明かりが生み出す影を確認する限り、確かに透明になってはいるのだが。
いくつもの廊下を抜けた後、部屋に入った。どうやら、昔使われていた教室のようで、机と椅子が壁際に積み上げられていた。
ハリーはそこで立ち止まった。どうやらここが目的の部屋らしかった。わたしは教室を見回して、この教室にそぐわない、目的のものを見つけた。鏡だ。
鏡の背は天井まで届くほど高かった。金の装飾が見事な枠に、二本の鍵づめ上の脚が緩やかな曲線で繋がっていた。わたしは鏡をてっぺんから爪先まで、爪先からてっぺんまでと見回すうちに、上の方に文字を見つけた。
『すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ』
「――わたしは あなたの かお ではなく あなたの こころの のぞみ をうつす――人の望みをうつす鏡か」
なるほど、それならば、ハリーとロンがこの鏡に違うものを見たというのにも納得がいく。
わたしが文字を読む間、ハリーはぼんやりと鏡を眺めていた。そのうち鏡に近寄って、座り込んだ。そのときに透明マントはハリーの方にいってしまったので、わたしは透明でなくなってしまった。
わたしはハリーの後ろに立ってみた。しかし、座っているハリーが見えるだけだ。どうやら、複数人がうつりこんでも作用はしないらしい。
「なあ、ハリー。わたしにも見せてくれ」
そう言うと、ハリーは心底嫌そうな顔をして、しぶしぶ鏡を譲ってくれた。よほどいいものが見えているのだろう。死んだ両親だったか。
さて、望みか。
わたしは鏡を見た。
鏡には、わたしと、たくさんの人が映っていた。わたし以外の人間の顔はぼやけていたが、誰が誰を指しているのかは何となくわかった。
整列した人々は徐々に分散して、日々の営みを再開した。
出世した。社員賞を手渡されたあと上司に肩を叩かれ、君は模範的な社員だと言われた。結婚した。しばらくして、娘が生まれた。彼女が成長して、結婚して、孫が生まれた。そのうち、わたしは老いて、退職、安定した老後、理想の後に、幸せな長い年月を経て、安らかにその人生に幕を閉じた。
「――今さらこんなものを見せて、どういうつもりですか?」
わたしは鏡に目をやった。昔のわたしと、ぼやけた人々が、並んで突っ立っているだけだ。先程見た光景は鏡によるものではない。ならば――
「汝が自らの業で命を落とさなければ、あり得たかもしれない未来だ」
すでに想定していた声に、わたしはゆっくりと振り返った。鏡を背にして対峙するのは、忌々しい悪魔、存在X。
「それでわたしが幼子のように泣き咽びながら懺悔するとでも?」
わたしは目だけを動かして周りを見た。此処は、全てが褪せている。まるで、時が止まっているようだ。此処で動くモノは、どうやら、わたしと、目の前の悪魔だけだ。
わたしは存在Xを見据えた。しかし、流石神を自称する悪魔、といったところか。奴は臆さない。
「どうだ、福音は。奇跡と魔法を、体感した気分は?」
……。
…………普通に毎日エンジョイしているが、そうは言いたくないので、わたしは教室を見回したまま答えなかった。今は良くても、どうせそのうち戦争が始まるのだ。だったら体感した気分もくそもない、帳消しだ、たぶん。
わたしは存在Xに視線を戻した。始まる、ではない。始める、だ。この悪魔め。
「戦争が起きるとわかっているならば、わたしのようなものに奇跡とやらを授けるよりも、それを食い止めてみては?自作自演は滑稽でしょうが、その方が、よっぽど福音らしい」
存在Xは冷笑の後、わたしを見据える。
「流血は人類成熟の通過儀礼。この魔法界でもそれは変わらん。たとえ汝らを救っても、汝らはすぐに繰り返すであろう。ならば、絶望の中で祈るより他あるまい。おお神よ――と、戦禍はより広範に信心を高めるのだ」
インサイダー取引も真っ青のマッチポンプ。やはり、こいつは最悪の悪魔だ。『死の呪文』でも使えていたら迷わず唱えているが、はたしてこいつに効くかもわからん。
「残念ながら、わたしに信心の芽生えはありませんが」
「汝一人の信心など、何十億のひとつに過ぎん。汝はただ、信仰を広めるがいい」
「ハリー、また来たのかい」
その声で、わたしは我に帰った。
窓から月の光が差し込んでいる。色があるところに戻ってきたようだった。こちらに伸びている影が目に入った。影に沿って視線をあげた。
「――ダンブルドア先生」
「こんばんは。ターニャ、そしてハリー」
ダンブルドアは、たった今現れたように見えた。しかし、ずっと前からそうしていたように、高く積み上がった机のてっぺんに腰かけていた。彼は半月の眼鏡越しにわたしを見て、それから、透明なはずのハリーを見た。
「ぼ、僕――気がつきませんでした」
「透明になるとずいぶん近眼になるようじゃな」
ダンブルドアは、特に咎めるようすもなく静かに笑った。それを見てホッとしたのか、はたまた透明でいるのは失礼だとでも思ったのか、ハリーはマントを脱いだ。その間に、ダンブルドアはふわりと机から床に降り立つと、わたしたちの方へ歩み寄った。視線は鏡にやりながら、彼は静かに語りかけた。
「君だけではない。何百人の人間が同じように、この『みぞの鏡』の虜になった。君には家族を見せ、ロンには首席になった姿を見せ、そして、ターニャ、君は……」
ダンブルドアはそこまで言って、言葉を止めた。半月の向こうの澄んだ瞳がわたしを見ていたが、何となく気まずくて、目を合わすことができなかった。
「どうして、僕やロンが見たものを……」
「わしは、マントがなくても透明になれるのでな」
ダンブルドアは私たちの横を通りすぎると、鏡の正面で立ち止まり、片手を広げてわたしたちに示してみせた。
「それで、この『みぞの鏡』は、わしらになにを見せてくれると思うかね?」
ハリーはしばらく考えたが、やがて首を横に振った。すると、ダンブルドアはわたしに視線をやった。その際目が合ったが、今度は別に目を逸らしたくはならなかった。
「…これは、人の望みを映す鏡です」
ダンブルドアは微笑んで頷いた。
「その通り。鏡が見せてくれるのは、こころの一番深い場所にある『のぞみ』じゃ。しかし、この鏡は知識や真実を示してはくれない。鏡が映す、現実のものか、更にいうなら、可能なものかもわからないものに皆魅入られ、精気を失ったり、狂気に陥る者もおる」
その言葉を聞くうちに、ハリーは首をすくめるようにしてちぢみこまった。
「ハリー、この鏡は明日、違う場所に移す。もうこの鏡を探してはいかん。さすれば、もしもこの鏡に再び出会うことがあっても、もう大丈夫じゃろう。夢に耽ったり、生きることを忘れてしまうのはいいことではない……それを良く覚えてさえいれば。さぁ、そろそろ、そのずはらしいマントで、ベッドに戻ってはいかがかな」
「あの、先生……」
「何かね?」
「先生は、この鏡で何が見えるんですか」
ハリーの質問に、ダンブルドアは顎髭を触り、しかし迷繕ったりする様子はなく、今まで通り穏やかに笑った。
「わしは、厚手のウールの靴下を一足、手に持っておるのが見える。靴下は、いくつあってもいいものじゃしな……まあ、今年のクリスマスには一足ももらえんかったがの」
ダンブルドアが静かに、しかし今度は声を上げて笑うのを見て、ハリーは目をぱちぱちとさせていた。
どうやらダンブルドアの説得が効いたらしく、ハリーは翌日から鏡を見に行くことも、探すこともなくなった。しかし、今度は夢見が悪くなり、毎晩、高笑いと、緑の光線、消える両親の夢を見ているらしい。ロンはハリーの話を聞いて、やっぱり見た人の気をおかしくする鏡だったんだよ、と言った。
色々と
「ニコラス・フラメル!そうよ、ああ、この本で調べることさえ思い付いていれば!」
ハーマイオニーは、自室から持ってきた巨大な古い本をパラパラとめくり、ロンからの情報をぶつぶつと呟きながら確認した。
しかし、ハリーはひとりポカンとしている。
「ニコラス・フラメル?正体がわかったの?」
わたしとロンは顔を見合わせて、ため息をついた。そういえばあのとき、ハリーは鏡の虜になっていたのだった。……だからといって、まさかあのときの会話が頭に入っていないとは思わなかったが。もう一度説明するのかとうんざりしていたところで、ハーマイオニーがニコラス・フラメル、そして『賢者の石』について、意気揚々とハリーに説明しだした。
わたしたちは、背後からこっそりと彼女を拝んだ。
しかし、ニコラス・フラメルについては、名前が止まったところで進展が止まった。
新学期は忙しかった。そろそろ一年も慣れてきた時だと教師たちは授業のスピードをあげ、ハリーは特に、クィディッチの練習でニコラス・フラメルについて構ってなんかいられなくなった。シーズンもいよいよ大詰め、気張らなくてはいけない時期だ。
だというのに、ハリーは沈んでいた。仕方ないことだ。なんでも、次回クィディッチの対ハッフルパフ戦で、スネイプが審判を務めるらしいのだ。固い表情のハリーの隣で、ここさえとれればグリフィンドールは寮杯を射程圏内に捉えられるのに、とロンはぶつぶつ文句を言った。
ロンとハーマイオニーは、試合に出るな、仮病しろ、骨折したことにしろ(いっそ本当に足を折ってしまえ、とも)など色々とハリーに言ったが、結局ハリーは試合に出ることになった。なんでも、シーカーの補欠がおらず、ハリーが出ないとグリフィンドールはプレイすらできないのだとか。
しかしまあ、それは建前的なものだろう。ここでもしハリーが試合に出なかったら、スリザリン生の手によって、スネイプ先生が審判をやるからポッターの奴ビビって逃げたんだぜ、という大変不名誉な噂がたってしまう。スネイプは一学期よりも、特にハリーには辛く当たるように見えた。『賢者の石』について知った、このタイミングで。
試合当日、不安そうな顔のハリーを送り出してから、わたしたちは観戦席へと向かった。
「いい?足縛りの呪文は…」
「ロコモーター・モルティス、だろ?ガミガミ言わなくてももう覚えたってば」
「ターニャ…」
「分かってる分かってる」
「ホントに?」
「ああ。それに、わたしたちがどうこうする必要はないだろう。ほれ、見てみろ」
ハーマイオニーが訝しげにわたしを見るので、腕で方向を指し示してやる。
「ウソ、校長先生?!」
「ワオ、これじゃあ、スネイプは指一本、呪文ひとつハリーにかけることもできないってわけだ」
途端、わあっとスタンドが騒がしくなった。選手たちが入場してきたのだ。ハッフルパフももちろんだが、グリフィンドールの選手は特に真剣な表情でグラウンドへ入ってきた。ハリーはダンブルドアが試合を見に来ていることに気がついたのか、先程別れたときよりも顔色は優れていた。
「わあ、見ろよあのスネイプの顔。今までにないくらい意地悪だぜ……アイタッ!」
突然ロンが短く叫んだが、プレイボールに伴う歓声で掻き消された。彼が後頭部を押さえて後ろの席を振り返るので、つられて見てみれば、そこにはクラッブとゴイルを連れたマルフォイがいた。
「ああごめんウィーズリー。気がつかなかったよ」
マルフォイのあんまり心のこもっていない謝罪に、後ろの二人がくすくすと笑った。
「ポッター、今回はどのくらい箒の上に乗ってられるだろうね?」
ロンは若干顔を歪めたが、すぐに試合に視線を戻した。試合は、ハッフルパフに与えたペナルティ・シュート(ジョージがスネイプの方にブラッジャーを打ったというのが理由)が打たれるところだった。ハリーは上空を旋回している。この前とは違い飛行に問題はなさそうだったが、ハーマイオニーは祈りながら、目を見開いて彼をじっと見つめていた。
わたしはというと、ぼんやり試合を眺めながら、ローブの下でエレニウムを撫でていた。なかなか、肝心なことが載っている本がないのだ。
しばらくして、スネイプがまた些細なことでハッフルパフにペナルティ・シュートを与えた頃、マルフォイは誰にでもなく、聞こえよがしに言った。
「グリフィンドールの選手がどんな風に選ばれてるか知ってるかい?かわいそうな人が選ばれてるんだよ。ポッターは両親がいないし、ウィーズリーはお金がないし……デグレチャフ、君もどうだい、来年、チームに入るっていうのは」
「そうだな。いいかもしれんな」
わたしの適当な返事に、マルフォイの冷笑が若干苛立ちに崩れた。が、すぐに持ち直し、今度はネビルに絡みはじめた。
しかし、ふむ。クィディッチ選手か。それは調査書に反映されるのだろうか?そうなったとしたら、将来的にはクィディッチ選手で優等生で監督生(あわよくば首席)……思わずにやりとしてしまうくらい肩書きが華やかだ。いやまて、わたしにクィディッチと勉強の両立ができるだろうか。いやできないことはないが、ハリーの忙しさを見る限り、どちらかが疎かになってしまうのでは。それは困る。二兎を追う者は一兎をも得ずなんてこと担ってしまっては本末転倒だし……
ウオオオオオオ!と突然スタンドから歓声があがったので、わたしは驚いて勢いよく顔を上げた。見れば、ハリーがフルスピードで急降下している。スニッチを見つけたらしい。横を見ると、ハーマイオニーが椅子の上で『行けっ、ハリー!頑張れ!!』と声を張り上げ、そして後ろでは、なぜかロンとネビルがマルフォイたちと取っ組み合いの喧嘩を始めていた。
ハリーは勢いよくスネイプの方に飛んでいき、そして横を掠めて今までで一番の急降下の後、ふわりと箒を引き上げ、黄金に輝く片手を掲げた。スニッチを捕ったのだ。
瞬間、スタンドからボカーーンと、爆発のような歓声があがった。ハーマイオニーは椅子の上で跳び跳ね、隣の席のわたしもその振動でガタガタと揺れた。
「グリフィンドールがついに首位をとったわ!ターニャ、ほら、見て、ハリーが!!」
「わ、わかったわかった。ちゃんと見てる、見てるから」
ハリーはグラウンドを大きく、緩急をつけて一周し、最後は地上三十センチのところからぴょんと飛び降りた。そして、降りてきた仲間たちと勢いよくハイタッチした。
「ロン、ロンはどこ?やったのよ、グリフィンドールが勝ったのよ!」
「ああ、やったな!ざまあみろスネイプ、ざまあみろスリザリン!」
突然、鼻血を流したロンがいきなり足元からすっくと起き上がったので、ハーマイオニーは軽く悲鳴を上げた。どうやら、スタンドの地面、椅子の下を転がりながら取っ組み合っていたらしい。なんでそんなことになってるのよ、というハーマイオニー叫びを聞きながら、ロンの血まみれの顔から目を離してグラウンドを眺めると、スネイプが苦々しげに唾を吐くのが見えた。
夕食の後、グリフィンドール生は、選手たちが帰って来るのを待ち構えて、盛大に祝った。厨房の屋敷しもべ妖精からもらってきたお菓子を並べ、クラッカーを鳴らした。選手は讃えられ、皆一様に喜んだが、肝心のハリーの姿が見えないことに皆首をかしげた。
もしかしたらまだ箒置き場や控え室あたりにいるのかもしれない、とウッドが言うので、ロンとハーマイオニーと、その二人に半ば連行される形になったわたしは探しに行くことになった。しかし、ハリーは案外はやく見つかった。彼は、談話室のすぐそばの廊下を、なにやら難しい表情でひとり歩いていた。
「ハリー!おめでとう。どこに行ってたのよ」
「よくやったな。みんなが君を待ってるぜ」
「待って。それどころじゃないんだ」
駆け寄ってきたロンとハーマイオニーに、ハリーは鋭くそう言った。それから、そばの教室のドアを開け、誰もいないことを確認してから、わたしたちを手招いた。
「…僕たちは正しかった。やっぱり、あの廊下に隠されているものは『賢者の石』だったんだ。スネイプがクィレルを脅してたんだ、フラッフィーを出し抜く方法を知っているかどうかって……それと、クィレルの『あやしげなまやかし』について………多分だけど、フラッフィー以外にも石を守っているものがあるんだと思う。きっと、人を惑わせるような魔法なんかが沢山かけてあるんだ。クィレルが闇の魔術に対抗する呪文をかけて、スネイプがそれを破らなくちゃいけないのかも……」
ハリーの話を聞き終えたハーマイオニーが、真剣な表情で言った。
「じゃあ、『賢者の石』が安全なのは、クィレルがスネイプに抵抗している間だけってことになるわね」
「それじゃ三日ともたないよ。石はすぐに無くなっちまうだろうさ」と、ロンが返した。
しかし、ロンの言葉通りにはならなかった。クィレルは予想以上の粘りを見せた。
ハリーたちは四階の廊下前を通る度に扉に耳をつけ、フラッフィーの唸り声がまだ聞こえるかを確認していた。ハリーはクィレルになにかと親切にし、ロンはクィレルのどもりをからかう連中を窘めはじめた。
しかしまあ、スネイプを警戒することも大事だが、十週間後のテストに向けて、そろそろ対策を始めなくてはならない。
ハーマイオニーは綿密に計画を立て、そしてしきりにハリーとロンにも同じことをするよう勧めた。二人は心底嫌そうな顔をしたが、先生方もハーマイオニーと同意見らしく、
「ダメだ……こんなの、覚えきれないよ…」
「ここはほぼ確実にテストに出るぞ。それに、押さえておかないと他の応用問題にも支障が出る」
「外はこんなにお天気なのに、なんで勉強なわけ…?」
ロンは羽ペンを投げ出すと、恨めしそうに、夏の気配が近づく青空を、図書室の窓越しに見た。わたしもつられて外を見たが、それよりも、窓に反射する人影が気になった。それはロンも同じだったらしく、振り返ってその人物に声をかけた。
「ハグリッド!こんなところで何してるんだい?」
ロンの声に、杖を振る練習をしていたハーマイオニーと、本に目を戻していたハリーが顔を上げた。
その視線の先には、図書室にはなんとも場違いな男、ハグリッドが立っていた。彼は持っていた本を勢いよく自分の背中に隠すと、ごまかすような笑みを浮かべた。
「そ、そういうお前さんたちこそ、何をしてるんだ。まさか、まだニコラス・フラメルについて調べちょるんじゃないだろな?」
「そんなの、とっくの昔に終わったよ。『賢者の――』」
ロンはそのあともがもがと言うだけになってしまった。ハグリッドが右手で彼の口を塞いだのだ。
「あ、そうだハグリッド。聞きたいんだけど、フラッフィー以外にあの石も守ってるものは何なの――」
ハグリッドは今度は左手でハリーの口を塞がなくてなさはならなかった。その時、後ろの棚に一旦本を置いたので、何となくタイトルを盗み見た――『趣味と実益を兼ねたドラゴンの育て方』?
「シーッ!その事はあんまり大声で話しちゃあダメだ。後で小屋に来てくれ。教えるなんて約束はできんが、とにかく、ここで話すのはダメだ」
ハグリッドはそう言って、もがもが言う二人の口から手を離すと、後ろに置いた本を素早く持ち、そそくさと図書室を去った。
ハーマイオニーが、その背中を眺めながら言った。
「ハグリッドってば、なにか本を隠してたわよね?何の本かしら」
「『趣味と実益を兼ねたドラゴンの育て方』」
わたしがタイトルを言うと、ロンが首をかしげた。
「ドラゴンの飼い方?でも、ドラゴンの飼育は法律違反だよ」
「じゃあ、ハグリッドは何を考えているんだろう?」
…おいおい。なにやら、また面倒事の臭いがするぞ。
三人が考え込むのをよそに、わたしは魔法薬学の参考書を開いた。