非科学的な世界で(略)追い詰められるが良い! 作:たたっきり測
「はあ……」
「ターニャ、大丈夫?」
「ああ、平気だ……」
平気じゃない。
新入生たちは、木が鬱蒼と生い茂った道を進む。道はなかなかに険しく、時々飛び出た木の枝にローブを引っかけそうになる。ローブに気をとられると、今度は足を滑らせて転びそうになる。
先導している大男は慣れているのか、生徒たちが苦戦している間にも、ひょいひょい先へ行ってしまう。そのため、歩くのに必死で、汽車を降りてすぐのプラットホームでの、
「あれ、ハグリッドだよ」
というハリーの言葉を最後に、わたしたち三人の間に会話らしい会話はなくなっていた。それは周りも同じようで、息切れする声や、足を滑らせ転んだ呻き声などしか聞こえない。
しかし、わたしが気にしているのはそんな小さなことではない。
やらかした。
「…わたしは男だろうがド畜生が!!!!!」
わたしはひとり、コンパートメントで絶叫した。
まさか異性に、いやちがう!(元)同性に女性として気遣われてしまうとは、そしてそれを当然かのように受け取ってしまうとは!!存在Xめ、まさかわたしの精神を洗脳したのか!!奴は、わたしに女性だという認識を植え付け、奴が言う世界に引きずり込もうとしているのだ!!災いあれ、災いあれ、災いあれ!!!
『た、ターニャ?!大丈夫?』
ハリーの声が聞こえて、わたしは我に帰った。
「え、あ、その、うん。すまない。どこかで見た呪文を急に試したくなってしまった」
『呪文にしては汚いね』
ロンの声が聞こえて、コンパートメントの外は静かになった。
ああ、わたしとしたことが、まさか声に出してしまうとは。そして、いまだに平然と女性扱いされていた自分へのショックが止まらない……
わたしはがっくりとうなだれながら、とぼとぼ着替えた。シャツを脱ぎ、今は貧相なこの身体もいつかは女らしくなるのかと思うと、泣きたくなるような思いと、今の身体じゃそれが普通という考えが混じりあって訳がわからなくなった。ああ、自身の性別についてこんなに深く嘆くのは、物心ついたころに、自身の息子がなくなったと改めて認識した時以来だ。
指定のシャツを着て、スカートを履く。なんだか妙な感じだ。スカート、スカートか。今までは着用を避けてきたが、こうなっては仕方ない。
しかし、スースーして落ち着かないな。下にタイツでも履いておこうか。
最後に、気合いを入れるために髪をひとつに結わいた。よし、これで完璧だ。
その時、急に外が騒がしくなったので、何事かと急いでドアを開ける。
「…一体なんの騒ぎだ?」
そこでは、ハリーとロンが、青白い顔の男子と、体格の良い男子二人と取っ組み合いをしていた。
なぜか、ハリーと青白い男子から、ものすごく視線を感じる。まさか、制服の着方がどこかおかしいのだろうか。
青白い男子は、咳払いをして、言った。
「君も、付き合う仲間は選んだ方がいいんじゃないか?こっちのコンパートメントに来なよ」
「黙れ。君は、珍しいおもちゃで遊びたいだけだろう」
わたしはハリーの言葉に首をかしげた。
…ああ、エレニウム九五式のことか。どうやらこれは目立つようだ。そのせいで、妙に馴れ馴れしいやつに目をつけられてしまったし。
「別にそういう訳じゃないさ。ただ、彼女の為を思ってね。そんな逸品を持っているような人間が、礼儀知らずと赤毛のネズミのコンパートメントじゃ釣り合わないと思ってね」
「お前!」
「ロン!」
好き勝手言う青白い男子に、ロンは憤慨して、飛びかかろうとした。
しかし、すんでのところで止める。まだ学校に着いてすらいないのに、暴力沙汰に巻き込まれてたまるか。
そして、分かるのは、ハリーもロンもこの男子を好ましく思っていない、ということだ。ならば、彼らの味方をしてやろう。報酬は出世とコネだ。
「誰だか存じないが、わたしの友に向かって随分な侮辱だな。誰がお前のコンパートメントなど行くものか、去れ」
わたしがそう言うと、彼は青白い顔を真っ赤に染めて顔を歪ませた。
「君もずいぶんな礼儀知らずだな。ハリー・ポッターと、純血の面汚しであるウィーズリーを選ぶとは!」
「マルフォイ!」
は?
わたしは耳を疑って、とっさにロンを見る。ロンは今にも飛びかかりそうだったのをピタリとやめた。
マルフォイ?
マルフォイって、あのマルフォイ?
純血として名高い?名門の?
こいつが??
わたしはロンを見た。それからマルフォイを見た。どちらが純血にふさわしい身なりかなど、見ただけでわかる。マルフォイだ!
「マルフォイ……純血の、面汚し?」
思わず声が震えた。いいや、声だけではない。身体全体がカタカタと震えている。わたしは震えを押さえようとこぶしを握った。
わたしは、やらかした。
媚を売り、恩を売る相手を間違えたのだ。
ああ、なんで気がつかなかったんだ!ロンはいかにも庶民、もしくはそれ以下の身なりだ。しかし、マルフォイはどうだ。小綺麗な格好で、ブロンドの髪も綺麗に撫で付けられている。どこからどうみても彼が魔法界の貴族枠だ!よりによって、なんでこいつがマルフォイなんだ!!!
わたしがジュリエットのような思いでマルフォイを見ると、彼はさっきまで赤くしていたもとから青白い顔をさらに青ざめさせて、体格の良い二人を引き連れてどこかへ行ってしまった。
ああ、見覚えがある。取り巻きを引き連れて逃げるダーズリーそっくりだ。ということは、わたしはまた恐ろしい顔(推定)をしていたのか?!
ああ、待ってくれマルフォイ、カムバーーック!
そのあと、わたしはロンたちに称賛されたが、ちっともいい気分にはならなかった。むしろ最悪な気分だ。
これからどうすれば良いのだろうか。マルフォイに、あのときはあなた様があのマルフォイだったなんて知らなかったんですぅとでも言えば良いのだろうか?とんだ無礼をお許しください、と。ああ、しかし、そうするしかないか。マルフォイの父は、死喰い人の冤罪をかけられたことで有名だが、ホグワーツの理事会に名を連ねていることでも知られている。将来がかかっているどころか、これからの学校生活にも関わって来るだろう。タイミングを見計らって実行しようとわたしは心に誓ったのだった。
「みんな、もうすぐだ。もうすぐ、ホグワーツが見えてくるぞ。この角を曲がったらだ」
大男…ハグリッドがそう言うと、歩き疲れたはずの生徒たちの間から、一気に歓声が湧き起こった。
ハグリッドの言った通り、角を曲がると、急に視界が開け、黒い湖の湖畔に出た。向こう岸、高い山と、そのてっぺんに大きな城が見えた。城というより、均整のとれた塔の集まりと言った方がしっくり来るくらい、大小のたくさんの塔が突き出ている城だった。
「さあ、四人ずつボートに乗って!」
ハリーとロンが乗り、流れ的にわたしもそれに続く。それから、ハーマイオニーがボートに乗った。
「みんな乗ったな?よし、では、進めぇー!」
ハグリッドがそう言ってホグワーツを指差すと、ボートは勝手に動き出した。
湖に映った城は、ボートを中心として生じる波紋によって、ゆらゆらと形を変えた。
「頭、下げぇー!」
言われた通りに頭を下げると、ボートたちは蔦のカーテンを潜り、隠されたように空いている崖下の入り口に滑り込み、地下の船着き場に到着した。
「ほい、これ、お前さんのひきがえるか?」
「トレバー!」
ハグリッドは、汽車でペットのひきがえるを探していた子とそんな会話をしてから、石段を登り、その先にある巨大な木の扉を三回叩いた。
扉が開くと、そこには、エメラルド色のローブを着た、見覚えのある女性が立っていた。
「マクゴナガル先生、イッチ年生を連れてきました」
「ご苦労様、ハグリッド。では、ここからは私が」
それからは、マクゴナガル先生に続いて歩き、そこそこの規模のパーティーが開けそうなほど広い玄関ホールを横切って、ざわざわと騒がしい声の漏れるドアの前の前につくと、先生は振り返った。
「皆さん、ホグワーツ入学おめでとうございます。新入生の歓迎会の前に、大広間で皆さんが座るテーブルを決めなくてはなりません。寮の組分けはとても大切な儀式ですので、真面目に受けるように」
その言葉で、隣のハリーを含めた何人もの生徒が、緊張した表情をさらにこわばらせた。
寮の組分けは、どうやって行うのだろうか。
「寮は四つ。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンです。どの寮も、輝かしい歴史のもとに、素晴らしい魔法使いや魔女が卒業しました。皆さんがホグワーツにいる間、良い行いは寮の得点に、違反の場合は寮の減点になります。学年末には、一番得点の高い寮に、大変名誉ある寮杯が授与されます。皆さん一人一人が、それぞれの寮の誇りとなることを望みます」
それから、マクゴナガル先生は、組分けの儀式が始まる前に身なりを整えておきなさい、と残し、ざわざわ声の聞こえる扉の方へ行ってしまった。
わたしはローブを整えながら、どうやら試験をするわけではなさそうだなと思った。マクゴナガル先生の口ぶりからして、寮ごとに学力の差があるわけではなさそうだし、面接なんかも時間がかかりすぎる。ざわざわとひっきりなしに声が聞こえているこの部屋の中でやるのだ。なにか、もっとこう、簡単で、絶対のものなのだろう。絶対のもの、というと、なんだろうか。
わたしはオリバンダーの店を思い出した。あのときわたしが杖を振ると、最初に握った杖を振ったら蛙が出てきたが、今わたしの懐に入れられている杖はくるくる空飛ぶ兵隊を出した。しかし、みんながみんなそうなのだろうか?わたしが違う杖を握る度に違う反応が起きたように、個人個人で反応が違うのかも。だとしたら、人によって違う魔力の波のようなものを読み解いて、その結果で入る寮を決めるというやり方もできるかもしれない。
「いったいどうやって寮を決めるんだろう」
「なにかはよくわからないけれど、フレッドたちはものすごく痛いって言ってた」
「まず殴られて、痣の形で寮を決められるとかか?」
わたしのその言葉に、ロンとハリーはうへえという顔をした。もちろん冗談だが、言ったあとで、もしかしたらあり得るかもと思ってしまった。
左隣からは、ハーマイオニーが今まで覚えた呪文を早口でぶつぶつ言う声が聞こえてきて、何となく不安な気持ちにさせられる。
マクゴナガル先生を待つ間、他に変わったことと言えば、半透明のふよふよした人間が現れたことか。ハリーがひっと声をあげて飛び上がり、周りの生徒の何人かが悲鳴をあげた。彼らは、こちらには目もくれず、修道士がどうとか、ピーブズがどうとか、そう言うことを話し合ってから、新入生に挨拶をして、どこかへ行ってしまった。
しばらくして、マクゴナガル先生が戻ってきた。
「それでは皆さん、着いてきてください。一列になって」
ハリーの後ろにロンが並んだので、わたしはそのあとに続く。二重扉を開けると、そこには、先程の玄関ホールや、わたしが知っているどんな建築物をも凌ぐ空間が広がっていた。
何千というろうそくが宙に浮かび、四つの長テーブルを照らしている。そこには、上級生たちが座っていて、テーブルの上には、金色の皿やゴブレットが置いてある。壁の装飾ひとつとっても、不思議で、綺麗なものだ。天井には星空が広がっている。本当の空に見えるように魔法がかけられているのよ、とハーマイオニーは言った。
マクゴナガル先生は、生徒の前に四本足のスツールを置いた。それから、その上にボロボロのとんがり帽子が乗せられる。
すると、帽子が歌い出した。呆然としたが、どうやら歌詞に意味があるようなので、注意深く聞いてみる。
大体の内容は、『寮の組分けにつきましては、この帽子を被ることによって決められます。グリフィンドールは勇気あるものが、ハッフルパフは忍耐強く忠実なものが、レイブンクローは知恵あるものが、スリザリンは目的のためならば手段を選ばないものが入る寮ですよ』というようなものだった。
歌い終わると、大広間に拍手喝采が響き渡った。帽子は、それぞれのテーブルに向かって器用にお辞儀をした。
歌の内容から考えるに、わたしはハッフルパフあたりだろうか?元サラリーマン、ある程度世の酸いも甘いも経験してきた。忍耐には自信がある。それかレイブンクローとか。必要があるならば、勉強するのは嫌いではない。逆に、あり得ないと思うのはグリフィンドールとスリザリンだ。わたしはただの凡人で、勇敢でもないし、ルールを守る善良な市民なので、目的のためならば何をしても構わないという思想を持ち合わせてはいない。
「ABC順に名前を呼ばれたら、前へ出て組分け帽子を被ってください。それでは――アボット・ハンナ!」
呼ばれた女子が緊張しながら、椅子に座り、帽子を被ると、一瞬の沈黙の後、
『ハッフルパフ!』
次の瞬間、右側のテーブルから爆発的な歓声と拍手が上がり、ハンナ・アボットはハッフルパフのテーブルに迎え入れられた。
それから、帽子はひたすらに生徒を組分けしていった。『ハッフルパフ!』『レイブンクロー!』『レイブンクロー!』『グリフィンドール!』『スリザリン!』
「デグレチャフ・ターニャ!」
「では、一足お先に」
緊張で死にそうな顔のハリーとロンにそう言って、組分け帽子を被るために前へ出る。
スツールに座り帽子を被ると、帽子はわたしの頭より大きく、目の前が見えなくなった。
『ふーむ、これは難しいな……忍耐強い、知恵もある。目的のためならば手段を選ばない狡猾さもあるし、大いなるものに抗うことを恐れない……』
上の方から帽子がぶつぶつとなにかを言っているのが聞こえた。
いや、まて。レイブンクローとハッフルパフはわかるが、スリザリンとグリフィンドールはないだろう。
「なぜ、そう思うのかね?」
ん?いや、そりゃあ……
そこで、わたしは声の感じが違うことに気がついた。
「全く、お前は相変わらず進歩していないようだな、ターニャ・デグレチャフよ。」
聞き覚えのある声だ。それに、その、人の神経を逆撫でする憎たらしい喋り方。まさか、存在Xか!
「左様。何、そう身構えるな。私は、お前に運命を授けに来た。」
運命だと?ふざけるな!
わたしの人生を傷物にして、その上そんなよくわからないものを受け取ってたまるか。貴様はどれだけわたし一個人の人権を侵害すれば気が済むのだ!
「お前ひとりをどうこうすることが目的ではない。壮大な目標のもとに。」
やめろ、それ以上近寄るな。やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろ!!!
暗闇のなか、青白い手が伸びてくるのが見える。抵抗しようとするが、金縛りのようになって動けない。私は、なにか恐ろしいことが起こる気がして、思わず目を瞑った。
きんきんと耳鳴りがする。胸元が、熱い。
『あなたが誰か存じないが、寮の組分けはわたしの仕事だ。お帰り願おう』
その声で、耳鳴りも、金縛りも、全部無くなった。
『グリフィンドール!』
わあっとくぐもった歓声が聞こえて我に帰った。
わたしは今何を見た?今回は覚えている。あのクソッタレの悪魔だ!
帽子を脱ぐと、歓声がダイレクトに聞こえた。今のわたしにとっては、あまり心地よいものではないが、それでも何事もなかったかのように振る舞う。たくさんの上級生が手招きしているテーブルに向かい、席につく。
次の瞬間、大広間の歓声が遠のいて、わたしはがっくりとテーブルに突っ伏した。
『……殿、大尉殿……』
わたしは、誰かにゆすり起こされた。
む、机で居眠りとは…いくら疲れているとはいえ、よろしくないな。
わたしは、ずきずきと痛む頭を押さえながら起き上がった。
「んぅ……ああ、すまないな副官。わたしとしたことが、眠ってしまっていたようだ……早速書類の処理を頼む……」
「…ターニャ、なに言ってるの?」
は?
頭を押さえていた手をどけてみれば、目の前には、心配そうな顔のハリーがいた。その隣にはロンもいる。
「…………」
「ターニャ?」
…わたしは、今、なにを言った?
いや、まて、落ち着け。最近、確か同じことがあったような。そうだ、マクゴナガル先生が孤児院に来た日だ。あのときもなにかを見て、でもそれがなんなのか思い出せなかった。
何が原因なんだ。あの時はエレニウムが光った。先程も、こいつの耳鳴りが聞こえていた。そして、今回は、存在Xが……
……謀ったな、悪魔め!!
「ねえ、ターニャってば…」
「え、ああ、いや、すまない。少し、寝ぼけてしまった。わたしとしたことが、どうやら気張りすぎたようだな」
なんと説明すればいいのかわからない。というか、説明できたとしてもする気が起きない。入学早々、記憶障害、精神疾患持ちなどというイメージを持たれたくないし。
なので、適当に誤魔化しておく。まだ少し頭が痛いが、それ以外はなんともない、大丈夫だ。
大丈夫ならいいんだけど、と残して、ハリーたちは新入生の男子の集まりに加わりに行った。
わたしが眠っている間に、新入生歓迎会が始まったようで、大広間は様変わりしていた。どの寮でも歌えや踊れやの大騒ぎ。先程見た半透明の人間たちもゆらゆらと踊ったり、歌ったり、生徒と話したりしている。テーブルには、たくさんのご馳走が並べられていた。どれもこれも豪華で、美味しそうで、こんな食事は前世以来だ。
思わず目頭を熱くしていると、隣に座っているハーマイオニーが声をかけてきた。
「ターニャ、無理しない方がいいんじゃない?」
「いいや、平気だ………本当に」
「でもあなた泣いてるじゃない。そんなにどこか痛いの?」
「いいや、泣いてない。本当に」
わたしは感動の涙をコントロールして即座に引っ込めた。こんなご馳走にありつけないでたまるか。
「君、さっきから具合が悪そうだけど、保健室に言った方がいいんじゃないか?」
騒ぎを聞き付けたのか、頭の堅そうな、赤毛の青年がこちらにやって来た。
「いえ、なんともありません。大丈夫です」
「いや、だけど……」
「平気です。ほら、食欲もあります」
そう言って、わたしは豚の丸焼きを取り分けて口一杯ほおばった。
ああ、おいしい…。口のなかに溢れかえる肉の旨味、泣きそうだ……。
赤毛の青年は本当かなあとぼやいた。上級生としても、新入早々倒れられては困るのだろう。大丈夫、わたしは、この体になってから、重い病気はもちろん、風邪だってほとんど引いていない。
「ああ、自己紹介がまだだったかな。僕、パーシー・ウィーズリー。グリフィンドールの監督生だ」
「監督生!」
わたしは思わず声をあげてしまった。なるほど、道理でわたしの心配をしてくれるわけだ。確かに、彼の胸には、監督生である証のバッヂがキラキラと輝いている。
監督生、主席とは別にある枠で、品行方正な生徒が選ばれる。ようは優等生の称号みたいなものだ。わたしはその座を狙っている。わたしの頭では主席は無理かもしれないが、ルールを守ることは得意、むしろ好きだ。
パーシーはそんなわたしの反応に機嫌をよくしたのか、わたしのとなりに座った(椅子がとことこと歩いてきて、パーシーが座るタイミングぴったりに彼のもとに到着した)。
「ターニャ・デグレチャフです。よろしくお願いします」
「ああ。弟のロンと仲良くしてくれているみたいだね。どうもありがとう」
「いえ、こちらこそ、弟さんにはよくしてもらっています」
テーブルの向こう側でわっと笑い声が上がった。ハリーとロンが、他の男子たちと談笑している。
ハーマイオニーがパーシーに話しかけた。どうやら質問があるらしい。わたしはその隙に料理を取り分けることにする。
どれもおいしい。おいしいが、慣れ親しんだ日本食が懐かしい。寿司、だしまきたまご、ラーメン、ビール…
そんなことを思っていると、空の大皿の上に今夢想したビール以外の食べ物がすべて現れた。わたしは歓喜しながら皿をぐいっと引き寄せる。ああ、おいしい…懐かしい…ここは天国だろうか。本当にビールがほしい。というか酒ならなんでもいい、と思っていると、これで我慢しろと言わんばかりに、空のゴブレットがたちまちブドウジュースで満たされた。
わたしがグルメを極めている間に、ハーマイオニーとパーシーは授業についての話をしていた。
「あの、私、変身術に一番興味があるんです。でも、難しいって聞くし……授業って、どんな感じなのかしら」
「まずは簡単なものから試すのさ。例えば、そうだな…マッチを針に変えたりとか」
「へえ、確かに、マッチと針は形が似てますものね……ターニャは、どの授業が楽しみ?」
ハーマイオニーがいきなりこちらに話を振ってきた。わたしは料理の相手で忙しい、それどころではないのだが。
しかし、パーシーも興味深そうにわたしの返答を待っている。わざわざ監督生からの印象を悪くする必要もないだろう。わたしはごくりと口の中の寿司を呑み下した。
「わたしは、闇の魔術に対する防衛術に興味がありますね」
というか、それ目当てでこの学校に来たのだ。
ハーマイオニーもわかるところがあったのか、わたしに共感するようにうなずいたが、パーシーからの反応は芳しくなかった。
「あー…、あれか」
「なにか、問題があるのですか?」
パーシーは、うーんと唸って、『まだ授業は始まってないから、なんとも言えないんだけど』と前置きしたあと、ひそひそ声で言った。
「今年から、防衛術の教授はクィレル先生なんだけどね――ほら、あそこにいる、頭にターバンを巻いてる先生。昔、ルーマニアで吸血鬼に遭って、それが相当トラウマになっているみたいで……先生は授業中でもいつもビクビクしてるんだ。なにより、教室がにんにく臭くて、授業どころではないっていう評判だ」
「へえ……今年から、ですか」
「ああ。それまではマグル学を教えてたんだ」
ふむ、なんとも運が悪いような気がする。パーシーが、まるで励ますかのようにわたしの肩を叩くのも、その予感を助長させた。
しかし、今年からということは、防衛術の授業で、新たな才を見せるという可能性も残っている。まだがっかりするのは早いだろう。
それに、無能な教師に鉢合わせるのは、これが初めてではない。そういうときどうしていたかというと、授業で足りない分は自習で補っていた。もっとも、この学校で、そんなに時間があるのかはわからないが。
腹が一通り満たされると、今度はテーブルの上の皿が一斉に綺麗になって、デザートで一杯になった。どこを見ても、糖分、糖分、糖分。
わたしはまた歓喜しながら食べ進めていく。糖蜜パイに、アイスクリーム、エクレア、いちご、パイナップル、チョコレート……あと、わたしのそばだけに、なぜか大福があった。もちろん食べる。ああ、うまい。舌がうまいうまいと脳に訴えている。
はて、わたしは前世、こんなに甘党だっただろうか?まあ、美味しいからなんでもいいか。
「あの、あそこでクィレル先生と話している先生はどなたですか」
ハリーがパーシーに尋ねた。
「ああ、スネイプ先生だよ。道理でクィレルがおどおどしてるわけだ。スネイプはクィレル先生の座を狙ってるって噂なんだ。闇の魔術に対する防衛術の教授の座を。スネイプは、かなり防衛術に詳しいという話も聞くし」
ハリーはそうですか、と言うと、じっとスネイプ先生を見つめていた。
とうとう皿の上のデザートも全部片付けられ、お開きの時間になった。最後に、校長のアルバス・ダンブルドアが立ち上がる。
「えー、全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、一言、二言、連絡事項を。一年生全員と、一部の上級生に注意しておきますが、校内にある森は立ち入り禁止です」
ダンブルドア先生は、グリフィンドールのテーブルについている赤毛の双子を見た。
「それから、管理人のフィルチさんから、授業の合間に廊下で魔法を使わないようにとのことです……それと、今学期は二週目にクィディッチの予選があります、寮のチームに参加したい人はマダム・フーチに申し出るように。最後に、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入らないこと」
「真面目に言ってるんじゃないよね?」
ハリーがパーシーに小声で言った。わたしは、彼が、そうだよと笑ってくれるのを期待したのだが、パーシーは頭を横に振った。
「大真面目さ。でも、おかしい。いつもなら、どうして立ち入り禁止かの理由も説明してくれるんだけど……」
「では、寝る前に、校歌斉唱!」
ダンブルドア先生がそう言って杖を振ると、金色のリボンが飛び出て歌詞になった。
いや、歌詞だけ提示されても、困るのだが。
「みんな自分の好きなメロディーで、さん、はい!」
え。
わたしは戸惑い、仕方がないので適当に歌った。どうやら周りもそうしているらしい。用意周到なのはフレッドとジョージだけで、ものすごくゆっくりな葬送行進曲のリズムで最後まで歌っていた。
そのあと、一年生はパーシーに続いて、グリフィンドールの談話室まで向かった。途中でピーブズ、という迷惑なポルターガイストに出会った以外は、特になにもなかった(ピーブズには気を付けた方がいいということがわかった)。
「合言葉は?」
「カプ~ト・ドラゴニス」
廊下の突き当たりの、ピンクのドレス姿の太った
肖像画に合言葉、隠し部屋とは、なんともロマンがあるが、合言葉を忘れてしまったら大変だ。
それから、パーシーの指示にしたがって、一年生は就寝ということになった。女子寮に続くドアから、螺旋階段を上ったてっぺんに、深紅のカーテンの、天蓋ベッドがおいてある部屋があった。
トランクが届いていたので、そこから寝巻きを出して着替える。
「ターニャ、もう寝るの?明日の予習は?」
おいおい冗談だろうハーマイオニー。思わずそう口に出しそうになる。
この身体は眠気に抗えない。わたしはもう眠い。
「わたしは遠慮しておく。おやすみ」
ハーマイオニーに有無を言わさぬよう、布団を高速で被って、わたしは眠りについた。