非科学的な世界で(略)追い詰められるが良い!   作:たたっきり測

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〇3.スクールライフ

 わたしは、陽が遠い地平線をほんのり染めたころ、いちばん朝早くに起床した。

 すやすやと寝息をたてる同級生たちを起こさないよう着替える。それから、今日使う教科書、羊皮紙、羽ペンをまとめて鞄に入れ、最後に髪を結う。

 それから誰もいない談話室におりて、椅子に座って教科書をめくる。今日の授業の予習だ。眠い夜無理やりやるより、朝にやる方がこの身体にはあっている。

 しばらくすると、パーシーがおりてきた。

 

「おはよう、ターニャ」

「おはようございます」

「朝早くから、今日の授業の予習かい?」

「はい。朝型なもので」

 

 それから、パーシーと授業の内容について話した。授業内容以外にも、最初のうちは道に迷って苦労するだろうということがわかった。

 わたしが、教室に迷わず行くにはどうすれば良いのか尋ねたら、パーシーは顔をしかめて、

 

「そういうのは、双子の弟たちの得意分野だよ」

 

 と言った。

 

「おはようターニャ……朝早いね」

「ああ、おはよう」

 

 続々と生徒が談話室に集まるなか、ハリーとロンも、あくびをしながらおりてきた。

 目も覚めたし、お腹もすいてきた。わたしはそろそろ大広間に行くことにした。

 

「あ、ターニャ、待ってよ…」

 

 ハリーとロンも一緒に来ることにしたらしい。

 ひとりぼっちだったハリーと昼食を食べるのは慣例だったが、ロンまでついてくるとは。わたしはなにか、彼に気に入られるようなことは……ああ、マルフォイの件か。

 うむ、どうしたものかな。マルフォイは汽車で相当怒っていた。直接話しに行っても、聞いてもらえるかどうか。

 これから朝ごはんなのに、胃が痛くなってきた。

 

 ハリーとロンと三人で、あっちじゃないこっちじゃないと、少し道に迷ったりしながらも、大広間にたどり着いた。迷っている途中で、フレッドとジョージに会えたのは幸運だった。彼らは親切に、分かりやすく道を教えてくれた。…当の本人たちは、朝食の時間を犠牲にしてまで、『新考案』のイタズラを試していたが。

 大広間に着いてしばらくすると、たくさんの伝書ふくろうがなだれ込むように大広間へやって来た。聞けば、新聞だったり、手紙だったり、食事時にそういうものが運ばれてくるのは日常風景らしい。

 わたしはトーストをかじりながら、名案を思い付いた。マルフォイに直接言いづらいのなら、手紙を書けば良いではないか。

 早速文面を考えながら、ママレードのジャムをトーストにたっぷり塗った。

 

 

 それから一週間、ホグワーツでの生活は『忙しい』、この一言につきた。

 まず、道がわからない。パーシーに忠告されて、それで予想していたよりも遥かに酷い。ウィーズリーの双子いわく、わかっているだけでも約一四〇ほどの階段があるとのことだった。それも、種類が多い。普通の階段はもちろん、狭くてすれ違うどころか身を横にしなければ入れない階段はまだいいほうで、真ん中あたりの一段が必ず消える階段、手すりを強くつかむと登っている人間を落とそうとする階段、いつも昼時に波打っている階段などは、新入生の悩みの種だった。

 扉も階段と同じように種類があり、丁寧にお願いしないと開かない扉、一定の箇所をくすぐらないと開かない扉、扉のふりをした壁もあるし、絵画のふりをした扉もあるのでややこしいことこの上ない。

 グリフィンドールのゴーストの『ほとんど首なしニック』は親切に道を教えてくれたが、その時は、二回も鍵のかかった扉に出くわし、ついでにピーブズにひどい妨害を受けた。

 話に聞いていた通り、ピーブズは、厄介で、迷惑で、きーきーうるさいポルターガイストだった。一度、やつに鼻をもぐ勢いで掴まれたので、条件反射で全力の拳をお見舞いしたら、わたしにはちょっかいは出さなくなったが。

 管理人のアーガス・フィルチと、彼の飼い猫のミセス・ノリスも、厄介な存在だった。規則の違反さえしなければ、彼らは敵にはならないが、一度違反が見つかればどんな言い訳だって聞いてくれない。その上しつこくベラベラとお説教を垂れるので、彼に捕まるのは時間の無駄だ。ミセス・ノリスが廊下で生徒を監視し、そこで罰則が起きると彼女がひと鳴き、二秒後にはフィルチがすっとんでくる。完璧な連携だった。

 

 もちろん、いちばん大変なのは授業だった。

 毎週水曜日は、夜遅くまで起きて天体観測。生徒たちは、あくびを何度も噛み殺しながら、時には友人と協力して星図を製作しなくてはならなかった。

 週三日温室へ行き、不思議で見たことも聞いたこともないような植物やきのこを育てたり、その用途について学ぶスプラウト先生の『薬草学』。

 とにかく単調で退屈で、授業の内容を書き取ることより睡魔と格闘することの方が大変な、ゴーストのビンズ先生が教える『魔法史』。

 妖精やケンタウロスなどの、人間以外の生物がが扱う魔法について学ぶ、背の小さな魔法使い(わたしよりも小さい)フリットウィック先生が担当する『妖精の魔法』。

 クィレル先生担当の、『闇の魔術に対する防衛術』にはがっかりの一言しか出ない。一言一句パーシーに聞いていた通り、にんにくの臭いと教師のおどおど喋りで、全く授業に集中できないのだ。なんでも、ルーマニアで吸血鬼に遭遇してからトラウマになってしまったらしい。授業内容も、実践より座学に寄っていて、わたしが求めていたものではなかった。これに関しては、授業に頼りきりでは不味そうだ。

 それから、マクゴナガル先生の『変身術』。

 変身術の授業は、まずマクゴナガル先生のお説教から始まった。先生は、変身術がどんなに危険なものかを生徒たちによく言って聞かせた後、お手本に教卓を豚に変えた。それから、複雑なノートをたっぷり書いた後、実際に、マッチを針に変える練習をした。

 わたしが、複雑なノートの術式を頭に思い浮かべ、見よう見まねで杖を振ると、マッチは途端に鋭く尖り、見事な銀色になった。

 ようするに、化学にも反応式があるのと一緒で、魔法にも式がある、ということだった。実際にある物質を材料とする化学とは違い、こちらは見えない魔力を使う。

 そこまで考えて、針に糸を通す穴がないことに気がついた。イメージしながら杖を振って、適度な大きさの穴を開ける。

 それを見たマクゴナガル先生が、素晴らしいとわたしに五点、マッチを銀色に尖らせたハーマイオニーに三点をくれた。これで、グリフィンドールに八点の得点だ。

 意外なのは、これができたのは、わたしとハーマイオニーだけだったということだ。そんなに難しいことかな、とわたしは思ったが、肩を落とすハリーたちに、そんなことは尋ねられなかった。

 

 

 金曜日、わたしはいつも通り早起きして、身支度を整えた。それから、談話室におりて、教科書を読む。

 今日の目玉は魔法薬学だ。スリザリンの寮監であるスネイプ先生は、スリザリンをひいきをすることで有名だった。上級生にもさんざん、『魔法薬学には気を付けろ』と言われていた。

 わたしにとっては、あまり興味のないことだ。ひいきの恩恵が受けられないのは残念だが、だからといって、今、スリザリンに入っていたら……わたしは、マルフォイの青白い顔を思い出して、思わず胃の辺りを押さえた。

 

 いや、胃痛に負けている場合ではない。

 わたしは教科書を閉じると、外で拾ってきた小石を談話室の床に並べた。

 それから、懐から杖を取り出す。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

 

 石に向かって杖を振りながらそう唱えると、石はふわりと宙に浮いた。『浮遊呪文』、成功だ。

 わたしはさらに杖を振る。頭に術式を思い浮かべ、鮮明にイメージする。

 

「アクシオ、空飛ぶ石ころ」

 

 石はふわふわとこちらへやって来た。それから、わたしの手のひらの上に収まった。

 ふむ。『呼び寄せ呪文』も、なかなかの精度ではないだろうか。しかし、速度が遅いな。対象を呼び寄せられる便利な呪文だなのだから、もっと、急ぎのときに、バシューンスパーンと来て欲しい。例えば、ティッシュやリモコンが遠くにあるときとか、ああ、トイレットペーパーが切れてしまっているときとか。うん、使用法を考えると、やはり、迅速ではないとだめだ。

 わたしは、談話室の隅に石を放り投げ、再び唱える。

 イメージする。とにかく速く、とにかく疾く。

 

「アクシオ、石ころ」

 

 すると、石は一瞬でわたしの頬を掠め、派手な音を立てて談話室の壁にめり込んだ。

 

「な、なんの音だ?!」

 

 それまでのんびりと階段を降りてきていたであろうパーシーが、慌てた様子で男子寮に続く階段を駆け降りてきた。

 パーシーは、わたしと、ひび割れ、欠けた壁を交互に見た。

 

「ターニャ、今のは…」

「え、あの、えっと……申し訳ございません」

 

 不慮の事故だったとはいえ、言い訳の余地もない。わたしは頭を下げた。

 

「一体何を……?」

「『呼び寄せ呪文』の練習をしていました…」

「呼び寄せ呪文?ずいぶんとまた……ああ、大丈夫だから。ね、顔をあげて。…って、怪我してるじゃないか」

 

 指摘されて、たらり、と顔に垂れるものを感じて、わたしは頬をぬぐった。少し血が出ているようだ。

 

「じっとしてて……エピスキー、癒えよ」

 

 パーシーが唱えると、わたしの頬は熱くなり、それから、急激に冷えた。

 顔を触ってみるが、血の付着はない。

 

「うん、これで大丈夫。――レパロ、直れ」

 

 パーシーは、わたしが破壊した壁に向き直ると、さらに杖を振った。

 すると、壁の欠片がふわりと浮き上がり、次々と収束していく。そして、あっという間に、壁は継ぎ目のひとつもなく、完璧に直った。

 

「…す、すごい……」

 

 わたしは思わず、間抜けな声を出してしまった。

 魔法使いといえば、代償もなくポンポン魔法を扱うイメージだが、実際には、思い浮かべる術式やイメージの正確さと、それを途切れさせない集中力が必要だ。

 その重要性がわかっている今、パーシーが易々と杖を振り、わたしの傷を癒し、壁を修復したということは、わたしにとっては強烈だった。

 

「そんなに誉められることではないさ。監督生としては、当たり前だからね」

 

 そう笑って、パーシーが胸を張る。胸元の監督生バッヂがピカピカと光った。

 ま、眩しい!そして理想的!!優等生兼監督生兼あわよくば首席。これこそまさに、わたしが目指すべき道では……?!

 

「さ、流石です。尊敬します!」

「いやいや、尊敬されるようなことではないさ。監督生だから、当然だよ」

「いえ、凄いです!その、もしよろしければ、魔法のコツなどをご教授いただけないでしょうか?」

「ええ、まあ、監督生である僕の知識なんかでいいのなら…」

「ありがとうございます!」

 

 そのあとは、とても有益な時間を過ごせた。パーシーから、『呼び寄せ呪文』のコツや、魔法史の要点、さらには、少し早いが選択授業についてなど、かなりいい情報を教えてもらったのだ。

 おまけに、初めて迷わず大広間までたどり着くことができた。今日は、なにか良いことが起こりそうだ、と笑顔でトーストをかじる。

 

 しかし、その予感は、見事に外れた。

 ロンがソーセージをかじりながら、嫌そうな顔で言う。

 

「今日、スリザリンの連中と一緒に魔法薬学だってさ。あのマルフォイの野郎と同じ教室で過ごさなきゃいけないなんて、おえっ」

「それは僕たちの台詞だよ、赤ネズミ」

 

 ロンがぎょっとしてわたしの後ろを見た。わたしもその視線につられて振り返る。

 そこには、がたいの良い二人――クラッブとゴイルを引き連れたマルフォイが立っていた。

 

「何の用だ?」

 

 ハリーが警戒したように言った。

 しかし、マルフォイはハリーには目もくれず、わたしに紙を一枚つきだした。

 

「これは、どういう……つもりだい?」

「…?どういうもこういうも、先日の汽車の件についての謝罪文だが?」

「ターニャ」

 

 ハリーが声をあげた。

 

「謝ることなんてないじゃないか」

「落ち着け、ハリー。謝るべきだ、わたしは…」

「さすがターニャ、女の子に泣かされたドラコ坊っちゃんを気遣って、手紙まであげるなんて」

 

 え。

 この手紙って、そういう風に受け取られるのか?

 

「ロン、わたしは断じてそんなつもりは――」

 

 しかし、わたしの否定は、ロンの言葉を聞き付けたグリフィンドール生によるクスクス笑いに遮られた。

 双子のウィーズリーや、その友達のリー・ジョーダンなどは、マルフォイに向かってヤジまで飛ばしている。

 

「そんなつもりはなかった、って言うのかい?」

 

 マルフォイは、頬を赤くして、目をつり上げてわたしを睨んだ。

 わたしは必死でうなずくが、お構いなしに双子とジョーダンはヤジを飛ばすし、クスクス笑いに留まらず、声をあげて笑うものまで現れた。

 そして、とうとうマクゴナガル先生がこちらにやって来た。

 

「ミス・デクレチャフ、ミスター・マルフォイ。これはどういう事態ですか?」

「いえ、ちょっとしたすれ違いといいますか、トラブルといいますか…。あ、おい、マルフォイ!」

 

 マルフォイは、わたしに手紙を投げつけると、マクゴナガル先生にはなにも言わず、くるりと踵を返し、どすどすとスリザリンのテーブルに戻ってしまった。

 全く、何なんですか、とマクゴナガル先生も教員のテーブルに戻る。

 ハリーは、マルフォイが投げつけた手紙を拾って、目を通すと、うわあと声をあげた。

 

「これは…謝罪文というか、煽り文?」

「まさか、至極丁寧な手紙のはずだが」

 

 わたしはとっさに否定したが、ハリーから手紙を受け取ったロンと、そのまわりに集まってきたフレッドとジョージ、ジョーダン、シェーマスにディーンも、一斉に『うわあ』と言った。

 

「これは見事な煽りだな」

「というか、ロンが歓迎会で話してた通りなら、こういう手紙を送ることすら煽りと思われるかも」

「そ、そういうものか?」

「まあ、女子に言い負かされて、それでこんな手紙をもらったら…ね?」

 

 ハリーにそう言われて、わたしは想像してみた。女性に言い負かされるわたし。うん、たしかに、あまり気持ちの良いものではないなって気がつくのが遅すぎだバカヤロウ!!!

 なぜ前世のわたしのものさしでことを測らなかった?!ああ、存在Xの洗脳が進んでいるのだそうにちがいない!あのクソッタレの悪魔め!!

 わたしは、いよいよ取り返しがつかなくなった事態にがっくりとうなだれると、現実逃避でスープをすすった。

 ロンと双子に、『さすがターニャ!』と称賛されたが、嬉しくない。

 

 

 

 そして、悪名高い『魔法薬学』の授業も、スネイプ先生のお説教から始まった。

 先生は、暗く、寒い地下牢の教室で、魔法薬学がどんなに繊細で、芸術的で、素晴らしいものかを生徒たちによく言って聞かせた後、ハリーを見て、

 

「ハリー・ポッター、我らが新しい…――スターだね」

 

 と、ねっとりと言った。

 スリザリン生からくすくすと笑いが起きて、ハリーはうつむいた。

 しかし、それで終わりではなかった。スネイプ先生は、『アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか』だの、『ベアゾール石はどこにあるか』だの、『モンクスフードとウルフスベーンの違い』などの、教科書を丸暗記しなければ答えられないような質問を、ことごとくハリーにぶつけたのだ。

 それぞれの質問に、ハリーが『わかりません』と言うその間、ハーマイオニーが天高く挙手をしていたが、全て無視された。

 

「クラスに来る前に、教科書に眼を通そうとは思わなかったわけか、え?……デグレチャフはどうだ?お友だちは降参だそうだ。お前には分かるかね」

 

 え。

 なぜ、わたしなのだ。もしや、スネイプ先生、貴方には、ついには立ち上がってまで挙手しているハーマイオニーの姿が見えていないのか?

 それでも、指されたからには答えることにする。私は起立した。

 

「はい、先生。アスフォルデルとニガヨモギを合わせると、強力な眠り薬…『生ける屍の水薬』ができます。ベアゾール石は山羊の胃から取りだし、だいたいの薬に対する解毒剤となります。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、トリカブトのことです」

 

 どうせいつかは覚えるのだからと、夏休みや空いた時間に勉強しておいてよかった。どうだ、この優等生ぶりは。

 スネイプ先生はフンと鼻をならすと、ハリーの無礼な態度に一点減点し、わたしの全問回答に一点を与えた。

 期待していたよりも少ない。というかこれではプラマイゼロではないか。

 私は席に座り、マルフォイと一部のスリザリン生が、こちらを睨み付けているのに気がついた。わたしが視線をやると、彼らは、なにやらひそひそと話しながら視線を前に向ける。

 なるほど、これは意趣返しだったのか。スネイプ先生のスリザリンひいきは噂に聞いている通りらしい。しかし、いくらひいきをしていても、あの程度のことで動く先生はいないよな。たぶん、マルフォイたちが、あることないこと言ったのだろう。ああ、なんて面倒で、非生産的な連中なのだろう。

 わたしは、これから、自身の身に降りかかるであろう面倒に、心の中で頭を抱えた。

 

 それから、魔法薬学の授業はさんざんなものになった。スネイプ先生は、生徒を二人ずつ組ませて、おできを直す薬を調合させた。最初の授業だけあって、だいたいの作業は材料を計り、大鍋に正しい手順で入れる。それ以外は蛇の牙を適当に細かく砕くだけの、実に簡単なものだった。

 しかし、ネビルの作ったおできを直す薬が教室にこぼれ、騒ぎになったのだ。吹き出した薬は毒々しい緑色をしていて、事前にスネイプ先生が見せてくれた完成品とは違う、失敗作だった。その事を察した生徒たちは、すぐに椅子の上に避難したが、ネビルは失敗作の薬を全身に浴びてしまい、彼の顔や手に真っ赤なおできが吹き出した。

 

「何をやっている、ロングボトム!」

 

 スネイプ先生が杖を一振りすると、こぼれた薬はあっという間に消え去った。

 

「大鍋を火からおろさず、山嵐の針を入れたんだろう……フィネガン、ロングボトムを医務室へつれていきなさい」

 

 スネイプはシェーマスにそう言いつけると、ネビルの隣で作業していたハリーとロン、そして彼らの後ろの席に座っていたわたしを見た。

 

「君たち。ポッターに、デグレチャフ。手順が間違っているとなぜ言わなかった?彼が間違えば、自分の方が良く見えると考えたんだろう。グリフィンドールは二点減点」

 

 自分の作業をしてるのに斜め後ろから他人の鍋を見る暇があるわけないだろうがこんのクソ教師!

 わたしはもちろんそんなことを口にはしない。ハリーはなにか言おうとしたが、ロンがファインプレーで、こっそり彼を小突いて制止したため、彼はそのまま口を閉じた。

 結局、薬の調合はうまくいったが、重苦しい気持ちはぬぐいきれなかった。

 

 授業が終わって、地下牢の階段を登っていると、ペアを組んでいたディーン・トーマスがわたしに声をかけた。

 

「ターニャ、そう落ち込むなよ」

「ありがとう、ディーン。すまないな、貴方にも迷惑をかけてしまった」

「いや、君が謝ることじゃないさ。だって、悪いのは……」

「スネイプだろ?」

 

 突然後ろから昇ってきた声に、わたしとディーンは振り返った。

 そこには、ロンと、苦々しい表情のハリーがいた。

 

「まあ、二人ともそう気を落とすなよ。フレッドとジョージなんか、スネイプから減点されるのなんて日常茶飯事だし…」

 

 おいロン、わたしをあんな問題児(トラブルメーカー)と一緒にしないでほしいのだが?

 ハリーもそう思ったのか、眉を潜めてロンを見る。それで察したのか、ロンは肩をすくめた。

 

「でも、本当に、ロンの言うとおりだよ」

「そうそう。きっとスネイプのやつ、これからどんどん意地悪になるぞ」

 

 励ましなんだか脅しなんだかわからないロンの言葉に、わたしとハリーは顔を見合わせて、深く長いため息をついた。

 

「でも、僕、なんでスネイプ先生にあんなに嫌われてるのかわからない。ターニャは…」

「わたしは、まあ、マルフォイにいろいろと…やってしまったということになっているからな。告げ口でもされたのだろう」

「あいつ、そんなことで!」

 

 ハリーは、信じられないというふうに怒った。

 全くもって同感だ。あの餓鬼……ごほん、失礼。マルフォイ家の一人息子様は、ずいぶん良くできた人間のようだ。将来に是非期待したい。

 

「そういうハリーはどうなんだ?汽車で、取っ組み合いの喧嘩をしていたじゃないか」

「まあ、それはそうなんだけど…」

 

 ハリーは首を横に振った。

 

「新入生歓迎会で、スネイプが物凄い顔で、僕のことを見てたんだ。あの目は、僕を憎んでる目だった…」

「……スネイプに、なにかしたの?」

 

 ディーンの言葉に、ハリーはわからないとまた首を振った。

 

 

 そんなことがあったものだから、『飛行訓練はグリフィンドールとスリザリンの合同で行います』というお知らせを見たとき、わたしたち、特にハリーは気を落とした。

 わたしは、まあ、少々気まずいというか、うっとおしいというか、見ていて不愉快とか、その程度の気持ちなのだが、ハリーは、いよいよ本格的に、マルフォイのことが嫌いらしい。

 ハリーは、飛行訓練はいちばん楽しみにしていた授業なのに、と悲痛に呟いた。

 

 

 飛行訓練は、午後三時半から、立ち入り禁止の『禁じられた森』とは反対側の、平坦な芝生で行われた。

 

「何をぐずくずしてるんです?さあ、ほら、みんな箒のそばに立って。早く」

 

 飛行術を教えるマダム・フーチは、白い短髪の、きびきびした、黄色い鷹のような目の先生だった。

 言われた通りに、箒のそばに立つ。箒は、今に『備品です』と自己紹介をしだしてもおかしくないくらい使い込まれていた。柄の先は少し欠けているし、穂の枝はびょんびょん飛び出している。わたしは不安になった。こんなもので空を飛んでも大丈夫なのだろうか、と。

 

「右手を箒の上に突き出して。そして、『上がれ!』と言う。さあ、やってみて」

 

 みんなが『上がれ!』と言った。

 わたしも言った。

 すると、どうだろう。箒はすぐに飛び上がって、わたしの手にその柄を収めた。なんだ、案外簡単じゃないかと思うと、ネビルやハーマイオニーを含めた何人かはできていなかった。

 次に、マダム・フーチは、箒の握りかた、またがりかたををやってみせ、生徒たちの間をまわって間違いを指摘した。

 全員の間違いを直すと、マダム・フーチは、言った。

 

「では、みなさん。私が合図したら地面を強く蹴ってください。箒はきちんと押さえて、まずは二メートルほどの高さまで上ってみましょう。そうしたら、少し前屈みになってすぐに降りてきてください。では、行きますよ――いち、にの――」

 

 しかし、マダム・フーチが合図をしないうちに飛び上がってしまう者がいた。とんだ不良だな、と思って見上げると、なんと、それはネビルだった。

 戻ってきなさい、とマダム・フーチは大声を出すが、ネビルの様子を見ると、どうやらパニックになっているようだった。先ほどの、少し前屈みになって、と言う先生の言葉をすっかり忘れているのだろう、ネビルはどんどん上に昇っていった。

 彼は悲鳴をあげて、ぐらつき、まっ逆さまに落ちた。そして、芝生にうつ伏せに墜落した。どしゃ、ぼき、というイヤな音をたてて。そのまま動かないから、まるで死んだかのように見えた。

 マダム・フーチもそう思ったのだろう、慌ててネビルに駆け寄った。すると、ネビルがむくりと顔をあげたので、マダム・フーチとグリフィンドール生は安堵の息をついた。

 一方、ネビルが乗っていた箒は、ふらふらと風に流されて、『禁じられた森』方面へ向かっていく。

 ああ、ちょうどいい。この間パーシーにコツも聞いたし、それから練習もして、きちんと制御できるようになった。これは、早速実践のチャンスだ。学校側としても、備品がなくなるのは困るだろう。

 わたしは、懐から杖を出してこっそり振った。

 

「アクシオ、来い――迷える箒」

 

 すると、箒は一直線にこちらへやって来て、わたしの手に収まった。

 よし、成功だ!

 マダム・フーチは、一瞬、ネビルのことなんか忘れてしまったように、わたしと箒を見比べて、黄色い目をぱちぱちさせた。

 

「……今のは、ミス・デグレチャフが?」

 

 わたしは、控えめにこくりとうなずいた。

 

「素晴らしいです。グリフィンドールに五点」

「ありがとうございます」

 

 思わず弾む声が出た。

 マダム・フーチはネビルに向き直り、彼の身体を起こす。

 

「…手首が折れてるわね。さあ、大丈夫よネビル。医務室に行きましょう。――みなさん、私が医務室から帰ってくるまで、絶対に動いてはいけませんよ。箒で飛ぶのももちろん許しません。さもないと、クィディッチの『ク』を言う前に、ホグワーツを去ることになりますからね」

 

 マダム・フーチは、そう忠告すると、涙と泥で顔がぐちゃぐちゃになったネビルを連れて、城の方へ歩いていった。

 その二人の姿が遠くなったところで、マルフォイは声をあげて笑いだした。

 

「あの大間抜けの顔を見たか?」

 

 他のスリザリン生たちも笑った。

 マルフォイは、なにか見つけたかのように草むらへ飛び出した。

 

「ほら、見ろよ。これ、ロングボトムのバカ玉だ」

 

 それは、いつの日か、朝食の時にネビルのおばあさんからネビルへ送られてきた『思い出し玉』だった。白いもやのようなものが閉じ込められたビー玉で、使用者がなにか忘れている時にそれを握ると、もやが赤く光るのだとネビルは教えてくれた。

 

「マルフォイ、それをこっちに渡してもらおう」

 

 すると、ハリーが強い口調でマルフォイにそう言った。

 ああ、とわたしは思う。これは、ハリーの悪い癖のようなもので、ダーズリーたちにいじめられているときもそうだった。ハリーは、かないっこないとわかっているはずなのに、なにかとダーズリーに反抗したり、色々言ったりした。放っておけばいいのに、とわたしはいつも思っていたが、ハリーは絶対にそれはしなかった。

 

「それじゃ、ロングボトムがあとで取りに来れるような場所に置いておくよ…木の上なんてどうだい?」

「こっちに渡せ!」

 

 マルフォイは箒にまたがり、飛び上がった。マルフォイは空高く浮上し、そこからハリーに呼び掛けた。

 

「ほら、ここまで取りに来いよ、ポッター」

 

 ハリーはすぐさま箒に『上がれ』と言った。

 

「ダメ。あなた、フーチ先生がおっしゃっていたことを聞いていなかったの?あなたの軽率な行動で、私たち全員に迷惑がかかるのよ」

 

 ハーマイオニーが止めるが、ハリーは聞く耳持たずで箒にまたがろうとする。

 わたしは口を開いた。

 

「ハリー、ハーマイオニーの言うとおりだ。やめておけ」

「じゃあターニャは放っておけって言うの?悪いけど、僕にはできないよ」

「しかし…」

 

 ハリーは早口でそう言うと、また口を開きかけたわたしを無視して、空高く飛び上がった。

 わたしは驚いた。ハリーは、箒が得意だといつも自慢しているマルフォイと同じくらい、いや、もしかしたら、彼よりもうまく飛び上がったように見えたからだ。

 

「うわー、すっげえ!よし、やれ、ハリー!突き落としてやれ!」

「おい、ロン…」

「だってそうだろう?マルフォイをやっつける、またとないチャンスだ」

 

 ロンは、ハリーから目をそらさずに、小声で付け足した。

 

「まあ、まさか君があのハーマイオニーの肩を持つとは思わなかったけど」

「彼女の言っていたことは正しかった。それに、ハリーが退学になるのは嫌だ」

 

 マルフォイとのコネ作りに失敗し、ウィーズリーの名は役に立たない。ここでハリーと魔法界の繋がりが切れたら、わたしは誰を頼ればいいのか。

 ハリーは意外と向こう見ずな行動が多く、危なっかしい。もういっそ、今のうちから、ダンブルドアと仲良くできるように頑張っておこうかな、とさえ思う。

 私の言葉に、ロンは、一瞬こちらをちらりと見た。しかし、上空からの鋭いハリーの声に、すぐに視線を戻した。

 

「こっちに『思い出し玉』を渡せ。さもないと箒から突き落としてやるぞ」

「へえ、そうかい」

 

 マルフォイはそう言った。が、顔がこわばっていた。

 すると、次の瞬間、ハリーが構えを変えると、箒はマルフォイに向かって勢い良く飛び出した。下の女子は悲鳴をあげ、ロン、シェーマス、ディーンは歓声をあげた。

 マルフォイは間一髪で避けた。しかし、ハリーは、鋭く一回転してまたマルフォイの方に向き直る。

 

「いいさ、取れるものなら取ってみろ、そら!」

 

 マルフォイはいよいよ怖じ気づいたか、思い出し玉を宙高く放り投げ、素早くこちらに戻ってきた。

 ハリーはというと、素早く前屈みになって、降りてくるかと思ったら、なんと、玉を追って、地面に向かってまっすぐに飛び出した。これには、ロンもヒッと短く叫んだ。わたしは、だんだん周りの悲鳴が聞こえなくなって、自分の鼓動がやけに大きく感じられた。

 おい、あいつは何をやっているんだ――――ハリーは風を切って急降下している――――地面まであと十メートル――――嘘だろう、まさか、あのまま――――ハリーは玉に手を伸ばしている――――あと八メートル――――まて、やめろ、そのままだと――――ハリーの手はもうすぐで玉に届きそうだ、しかし――――地面まで、あと五メートル――三メートル―――頼む、今すぐ姿勢を変えてくれ――――――あと一メートル、ああ、もう、駄目か!

 

 しかし、ハリーは地面すれすれで玉をキャッチし、箒を引き上げ、地面と平行にし、そして、柔らかい芝生に降り立った。

 

 わたしは、はあっと息をつく。

 まったく、やつは自分の価値がわかっていないのだろうか?もしくは、わたしの二年間のストレスの対価を。とにかく、無事でよかった。簡単に死なれては困る。

 

「ハリー・ポッター!!」

 

 すると、すさまじい勢いで、マクゴナガル先生がやって来た。

 途端に、ハリーは、顔を青くして、膝をブルブルと震わせ始めた。

 

「違うんです、先生――マルフォイが…」

「お黙りなさい、ミス・パチル」

「でも、先生、マルフォイが!」

「くどいですよ、ミスター・ウィーズリー!」

 

 マクゴナガル先生は、真っ青な顔のハリーをずるずると引っ張っていった。

 

 二人の姿が遠くなると、マルフォイのその取り巻きは、ネビルのとき以上に大笑いし出した。ロンが睨み付けるが、たいして効果はない。

 

「なんだい、ウィーズリーに、デグレチャフ?なにか言いたいことでも?」

「マルフォイ――お前――卑怯だぞ。この――クソッタレが!」

 

 ロンが怒鳴るが、マルフォイは恐るるに足らずと言った感じで、いつものようにせせら笑っている。

 とうとうロンが飛びかかったが、わたしはなんとかローブをつかんで止めた。

 

「ターニャ、なんで止めるの!」

「ロン、なぜ貴方は、いつもそうマルフォイに飛びかかろうとするんだ。かわいそうだろう」

「ハリーが退学になるかもしれないんだぞ!」

「まだそうと決まったわけではないし、そうだとしても、ここで争っても意味がない。落ち着け」

 

 マルフォイがまた笑った。

 

「デクレチャフ、マグルの掃きだめ(・・・・)で育ったわりに、なかなか立派な気遣いだね?」

 

 掃き溜めって、まさか、孤児院のことか?

 よくもまあそんな情報を調べあげたものだ。よっぽどマルフォイは暇らしい。

 わたしとしては、その間に勉強して立派になって偉くなって、口髭でも生やしながら、ああいいんだよデクレチャフ、あんな手紙に怒った私はまだ青臭い餓鬼だった、さああの朝のことは水に流して仲良くしようとでも言ってコネクションを提供してほしいものだが。

 まあ、まだ少年だ。縁を切るには早すぎる。これから変わり、伸びる可能性など十二分にあるのだから。

 

 

「マルフォイ!この…離してよ、ターニャ!」

 

 ロンが暴れるので、なんとか彼を押さえつけながら、わたしは言った。

 

「馬鹿には一人で言わせておけばいいんだ、ロン」

 

 わたしの言葉に、ロンは途端に暴れるのをやめて、目をぱちぱちとさせた。

 マルフォイは途端に顔を歪ませた。そして、こちらに歩み寄ってくる。

 

「お前――今、なんて言った?」

「何をやっているのですか、二人とも!」

 

 マルフォイが、わたしの服をつかもうとした時、マダム・フーチの声が響き渡って、私たちは全員飛び上がった。

 

「いいえ、先生。ちょっと、仲良くしていただけですよ。なあ、マルフォイ」

 

 マルフォイは、なにか言おうと口を開いたが、結局その口から言葉は出ず、舌打ちをしてわたしを睨み付けると、もといた場所に戻っていった。

 マダム・フーチは怪訝そうな顔でわたしとマルフォイを見た。しかし、なんでもないと判断して、再び生徒に指示を出す。

 

「さあ、それじゃあ、また最初からやってみましょう。はい、ボヤボヤしない!『上がれ』!」

 

 わたしは『上がれ』と唱えながら、ハリーのことを考えて、ホグワーツ城を見た。

 

 

 




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