非科学的な世界で(略)追い詰められるが良い! 作:たたっきり測
朝の大広間で、マルフォイと目が合う。まあ、わりかしよくあることだ。
彼は、青白い顔に、いつものように、小馬鹿にしたような笑みを浮かべかけた。浮かべかけて、それから、あり得ないといったふうに目を見開いた。
ああ、マルフォイ。その気持ち、よくわかるぞ。
いつものトーストを、いつものこの席で食べられる幸運に感謝しつつ、ブルーベリーのジャムをたっぷりと塗った。
ハリーたちは、そんなマルフォイを見てクスクス笑ってから、小さな声で会議をしだした。議題は、『あの三頭犬は、何を守っているのか』だった。
昨日の夜考えてたことなんだけど、と、ハリーが心当たりを話したのだ。夏休み、ハグリッドと一緒に学用品を買いにいったこと。グリンゴッツで、ハグリッドが金庫から包みを取り出したこと。それからすぐ、その日じゅうに、グリンゴッツに金庫荒らしが入ったが、荒らされた金庫は、既に空にされていたということ。そのことをハグリッドに話したら、わざとらしく話を逸らされたこと……。
「ものすごく大事なものか、危険なものか、どっちかかな」
「もしかしたら、両方かも」
「まあ、あんな怪物が守ってるんだ。おまけに、ホグワーツは部外者が易々と侵入できる環境ではないだろうし、おそらく、無事だろうよ」
とりあえず、わたしはそう言って、三頭犬についての議論の決着をつけた。二人もうなずいて、各々朝食を口に運ぶ。やれやれ、後悔は後の祭りだが、なにやら面倒なことを知ってしまった気がする。正直、これ以上首を突っ込みたくない。
それからは、ハリーとロンが、どうやってマルフォイに仕返しするかを話し出した。
この場に座って朝食を食べていることが一番の仕返しだと思うのだが、二人はそれでも足りないらしい。徹底的にマルフォイをこてんぱんにしたくてしかたがないようだった。まあ、それはマルフォイも同じだろうが。
ハリーとロンにとっての『チャンス』は、意外とすぐにやって来た。
いつもの朝、ふくろうたちが、異色の贈り物を運んできたのだ。六羽のオオコノハズクが協力して運んできた細長い包みは、大広間じゅうの目を奪った。ハリーやロンも、あれは誰宛なんだろうと包みの行方を目で追っている。
しかし、ふくろうたちは、ハリーの前に降り立った。
ハリーは驚きのあまり、特大のベーコンを、フォークごとテーブルに落としてしまった。ふくろうたちは、そのベーコンを各々かじって、満足したように飛び去った。
ハリーは、震える手で小包に添えられていた封筒に手を伸ばすと、素早く手紙を封筒から抜き去った。それから、急いで手紙に目を通すと、興奮したようにロンに手紙を押し付けた。
ロンは、わたしにも手紙が見えるように、わたしの方に身を寄せてくれた。どれどれ……
『包みをここで開けないように。
中身は新品のニンバス2000です。』
「ニンバス2000!?」
ロンが小さい声で叫んだ。
「僕、触ったことすらないよ…」
わたしは、さらに手紙を読む。
『貴方が箒を持ったと分かると、みんなが欲しがるので、気がつかれないように。
今夜、七時、クィディッチ競技場に集合です。
ウッドと最初の練習があります。
M・マクゴナガル教授』
マクゴナガル先生から、直々のプレゼントというわけか。
そういえば、先生はわたしにもトランクを買ってくれたっけ。厳しそうに見えて、案外そういうことをしてしまう先生なのだろうか。
一時間目が始まる前に、こっそり箒を見よう、ということになった。わたしにも見せるつもりらしく、ハリーは、片手に小包を抱え、もう片方の手で、まだトーストが少し残っているわたしをぐいぐいと引っ張る。
トーストをなんとか口におさめ、モゴモゴ言いながら大広間を出た。
しかし、玄関ホールから各寮へ昇る階段の前に、見慣れた三つの影が立ちふさがっていた。マルフォイとクラッブ&ゴイルだ。
マルフォイは、ハリーの包みをひったくった。それから、中身が何かを確かめると、ハリーに包みを投げ返す。
「箒だ……今度こそおしまいだな、ポッター。一年生は箒を持っちゃいけないんだ」
「箒?ただの箒じゃないぜ。聞いて驚けニンバス2000さ。君、なに持ってるって言ったっけ?コメット260?確かに見かけは派手だけど、ニンバスの足元にも及ばないぞ」
「黙れウィーズリー。柄の半分だって買えないくせに」
マルフォイのかみつきに、ロンが応戦しようとした。わたしは止めようとするが、その前に、下からキーキー声が聞こえてくる。
「君たち、言い争いじゃないだろうね?」
声の主は、『妖精の魔法』のフリットウィック先生だった。
「先生、ポッターのところに、箒が送られてきたんですよ」
マルフォイは、先生を認識すると、秒速で言いつけた。
しかし、フリットウィック先生は、ハリーににこりと笑いかけて、言った。
「いやあ、マクゴナガル先生から聞いたよ。特別措置だってね。そういえば、何型なの?」
マルフォイは、あり得ないといったふうに、そして怒りをこらえるように、顔をひきつらせた。
ロンはクスクスと笑ってハリーを小突いた。ハリーも、口もとに笑みを浮かべながら答えた。
「ニンバス2000です。実は、マルフォイのお陰で買っていただいたんですよ」
その言葉に、ロンは吹き出した。わずかだが、わたしも思わず口元を歪めてしまった。それから、ロンは咳払いをして、わたしは表情をもとに戻して、それぞれ笑いをごまかした。
マルフォイは、今度こそ怒りをむき出しにした。それと、嫉妬と、戸惑いも。それはもうすごい形相だった。あの真夜中の、ロンとネビル、もしかしたら、三頭犬にも匹敵するような。
ハリーたちは、大理石でできた階段を昇ったところで、ようやく声をあげて笑いはじめた。
「おい、見たか。さっきのマルフォイの顔!僕、ようやくターニャが言った言葉の意味がわかったかも。ほら、『馬鹿にはひとりでやらせておけ』ってやつ?」
「おお、そうだろうそうだろう」
ロンはにっこりとうなずくと、わたしの肩に腕を回して、るんるんと奇妙な躍りを始めた。
いやはや、ようやくわかってくれたか。これで、マルフォイにちょっかいを出されても、わざわざ仕返しをすることはなくなるだろう。
わたしは気分がよくなって、ロンの奇妙な躍りに加わった。
「本当にそうだね。ああ、もしもマルフォイがネビルの『思い出し玉』を取ってなかったら、僕はチームには入れなかったし、箒ももらえなかっただろうからね…」
「あら、それじゃあ、校則を破ってご褒美をもらったと思っているわけ?」
ハリーの声に覆い被さるように、背後から、怒りを含んだ声が昇ってきた。聞き覚えのある声に、ロンは大きくため息をついた。
振り向くと、ハーマイオニーが、怒りと共に一段一段踏みしめて、階段を登ってくるところだった。ハリーの小包を、じとっと見つめている。
「あれ、僕たちとは口を利かないんじゃないの?」
ハリーの言葉通り、あの真夜中の日から、ハーマイオニーは、ハリーたちに口出しをすることがなくなっていた。
それと、同類認定されたのか、彼女はわたしにも話しかけてこなくなった。前は、寝る前に授業について話したり、あの二人を止めてよなどと言われたりしたものだが。
「そうそう、今さら変えないでくれる?僕たちにとっては、君が話しかけてこないって言うのはとってもありがたいんだからさ」
ロンの言葉に、ハーマイオニーは、そっぽを向いてどこかへ行ってしまった。
「おい、ハリー、ロン。少し言い過ぎではないか?あと七年同じ寮で過ごすんだ、もう少し友好的に…」
「友好的じゃないのは向こうじゃないか」
ロンが声をあげて、ハリーがうなずく。
こういう争いは面倒だ。マルフォイの件もあるし、これ以上無駄に敵を作りたくはないし、とにかく無益で、くだらない。
しかし、友人としてどちらが優れているかなど、言うまでもないだろう。勤勉で、模範的で、友にも好敵手にもなる存在……前世でも、そういう人間とはわりと仲良くやっていた。
だが、魔法界には、純血主義をはじめとする序列制度やらコネやらなんやら、そういう古くさいものがのさばっている。持てる繋がりは最大限に、がモットーだ。
おまけに、ハリーとハーマイオニーは、端的に言えば対立状態にある。メリットもないのにわざわざ彼女の方によっていく必要はない。
ああ、しかし、ハリーがハーマイオニーだったら良いのに……とまでは言わないが、彼らには、せめて彼女ともう少し仲良くしてほしい。さらに欲を言うならば、彼女やわたしの忠告を素直に聞きいれ、模範的な生徒になってほしい。わたしに飛び火がないように。
…まあ、三人が仲むつまじく歩いているようすなど、想像もできないのだが。
「それとも、君までハリーから箒を取り上げたりするつもり?」
「まさか」
ロンの追撃に、わたしは肩をすくめるしかなかった。
結局、それらのいざこざがあって、あのあと箒を見る時間はなくなった。ハリーは、一日中、寮のベッドの下に隠してきた箒のことが気になって、授業に集中できていないようだった。
夕食を食べ終わると、わたしはまた手を引かれて、談話室へと戻り、それから男子寮へと続く階段を引きずられるように駆け登った。
ハリーが包みをほどき、ベッドカバーの上に転がったニンバス2000は、窓からの夕陽の残滓にキラキラと輝いていた。すらりと傷ひとつない艶やかな柄。スッキリと束ねられた小枝。そして、柄の先端近く、金色に輝く『ニンバス2000』の文字。使い古された学校の備品とは訳が違う。
わたしは箒のことなど一ミリもわからないが、それでも逸品だということがわかった。ロンなどは、次の休みに少しだけ乗せてくれと頼み込んでいた。ハリーは、笑顔で了承して、ターニャも乗りなよ、と言った。
それから、三人で箒について話した――いや、ロンがニンバス型がいかに優れているかをひたすらに語った。ハリーは目を輝かせて聞いていたが、わたしにとっては、それはもはや講義といっても過言ではなかった。七時からのハリーの練習で中断されていなければ、無様に眠りこけていたことだろう。
ハロウィーンの朝、大広間に向かう途中、パンプキンパイの甘い香りがした。見れば、どの生徒もその香りに頬を緩ませている。わたしも、恐らくそうなのだろう。この身体になってから、どういうわけか、甘味がとても愛しいのだ。
生徒を喜ばせたのはそれだけではなかった。ついに『妖精の魔法』で、実技授業が始まったのだ。複雑でつまらない基礎を頭に詰め込むのに飽き飽きしていた生徒たちは、顔を輝かせ、手を取り合って喜んだ。
しかし、授業を終えた生徒の表情は沈んでいた。
それもそのはず、ほとんどの生徒は羽を浮かせるどころか、ころりと転がすことすらできなかったのだ。
わたしはこの呪文を防衛用に使ったことがあるので当然できる。フリットウィック先生が、素晴らしい!と大声でわたしを名指しで呼んだところまでは良かったのだ。しかし、周りの席の生徒からやり方を教えてくれとせがまれてからは最悪だ。わたしが成功したのは毎朝こつこつ練習していたからであって、要するに、一朝一夕のものではない。みんな、予習もなしに、フリットウィック先生がネビルのひきがえるをぶんぶん飛び回らせたみたいにできると期待していたのだろうか。
とはいえ、そこでイライラしても大人気ない。寮生の中ではもしかしたら一番チビだが、一応、わたしの精神年齢は彼らより上である。なので、懇切丁寧に教えてやった。しかし、当然すぐにはできない。教える前はできなくて当然と分かっていたのだが、いざ教えてみると、一生懸命やったにも関わらず成果がでないというのは……。
というわけで、わたしも手放しにいい気分という訳ではない。ハリーも顔色が悪い。彼の机ではなぜかボヤ騒ぎが起きていたし、色々疲れたのだろう。
だが、それ以上にロンの機嫌は最悪だった。鼻息荒く、マルフォイが十人に分裂した翌日にでもしそうな表情をしている。それもそのはず、なんと、ロンはハーマイオニーとペアを組んでいたのだ。
ロンは、いつものようにハーマイオニーに色々言われ、そんなに言うならやってみろと言ったところ、彼女は易々と羽を舞い上がらせてみせた。
ロンは先程から、誰に言うでもなくぶつぶつと呟いている。
「あいつ――これ見よがしにやりやがった。結局、自分がすごいってひけらかしたい
ロンがそう言い終わるか終わらないかのうちに、人混みを掻き分けて、飛び出していく者がいた。ふわふわはねる栗色の髪、ハーマイオニーだった。
わたしは、ロンを小突いて、小さく言った。
「おいロン、いまの聞こえたんじゃないか」
「だからなんだっていうのさ?」
「いや、聞こえてた……その、泣いてた、みたい」
ロンは、ハリーの言葉に、少し驚いたようだった。しかし、すぐにふてくされた表情に戻って、
「…それがどうした?誰も友達がいないってことくらい、気がついてるだろうさ」
と、吐き捨てるように言った。
そのあとの授業で、ハーマイオニーの顔を見ることはなかった。
噂では、地下の女子トイレで泣いていて、心配して様子を見に言ったラベンダーとパーバティに、一人にしてくれと言ったらしい。
それを聞いたロンは、一瞬ばつの悪そうな顔をしたが、夕食時になって、ハロウィーンの飾りつけがなされた大広間を見ると、そんなことは忘れたようだった。
さて、わたしはどうする。
ハーマイオニーには、色々と誤解されている。これから七年間一緒にやっていく文字通りの同寮、おまけに同じ部屋、隣のベッドだ。それでずっとこのままというのはよろしくない。
わたしは、そんな考えに基づき、ハロウィーンのコウモリたちの間を抜けて、そっと大広間から抜け出した。
地下室の女子トイレから、嗚咽が聞こえてくる。
わたしは、トイレに入り、たったひとつだけ閉められた扉をノックした。
それから気がついた。まずい、そういえば、泣いている女子を慰める経験はしたことがない。
「ハーマイオニー…、そのー…大丈夫か?」
どうしようもなく、とりあえず、当たり障りのない言葉を述べる。
個室は静かになったが、しばらくして、ハーマイオニーの震える声が聞こえてきた。
「……あっちに行ってよ…」
「いやあ、しかし、せっかくのハロウィーンに、泣いている級友を放っておくわけには……」
わたしが、しどろもどろそう言うと、突然、個室のドアが勢いよく開けられた。
涙でぐちゃぐちゃの顔で、ハーマイオニーがわたしをキッと睨んだ。
「あっちに行ってって言ってるのよ、わからないの?あなた、私のことからかいに来たんでしょう、私が泣いてるから!あなたのお友だちも、どうせ、廊下で聞き耳たてて、笑っているんでしょう…!」
最初は威勢のよかった声が、どんどん涙で湿っていく。
ハーマイオニーは、倒れこむように個室から飛び出し、床に座って、とうとう声をあげて本格的に泣き出してしまった。
「ち、違う。それは違うぞハーマイオニー。大丈夫だ。ね、だから、ええと、泣き止んでくれ、頼む……」
わたしはおろおろした。どうしたらいいのか全くわからない。泣きたいのはこっちもだ。多分、端から見れば、今のわたしは魔法薬学の時のネビルのようになっているだろう。
とりあえず、わたしは、ハーマイオニーのとなりにしゃがんで、彼女の背中をさすった。
すると、いきなりハーマイオニーが抱きついてきた。わたしは支えきれずに尻餅をついたが、そのまま彼女の背中をさすり続けた。
ええと、なにか言葉をかけなければ。しかし、何を言えば良いものか……
「……貴方は……あなたは、周りよりも少し大人なのだろうな。良い子でいないとダメだって、我慢ができる大人。だから、周りと話が合わなくて、これからもっと、辛い思いをするかもしれない。だけど…」
ふと、どこかで聞いた言葉が自然と口からこぼれた。
「でも、それでも、大丈夫だ……だって貴方は、あなたは、私の、自慢の――」
……私の自慢の、息子だもの。
わたしの言葉に、ハーマイオニーは強くわたしを抱き締めた。
いや、違う。これはわたしの言葉ではない。
では、誰の言葉だ?
考えて、思い出した。いつしか、わたしがまだ幼い頃に聞いた、母の言葉だった。
だから、無理しなくていいのよ、と母は笑っていた。
わたしには、母の言うことがよくわからなかった。今も、わからない。わたしはやるべきことをやっていただけだ。それが、母には、無理をしているように見えたのだろうか。
まあ、それはそれだろう。青春を代償に、それなりの将来を約束されたのだから、結果はおおむね成功だ。大学合格、就職内定を知らせたとき、父も母も喜んでくれたではないか。
しかし、そういえば、明確な親孝行はできなかったように思う。稼いだ金で、時折節目にささやかなプレゼントを贈るくらいで、滅多に実家にも帰らなかったし、おそらく最大の孝行である、『孫を抱かせてやる』ということはできなかった。おまけに、死因が電車の人身事故だ。わたしが死んで、もしかしたら、むしろ迷惑をかけたかもしれない。
わたしは、久しぶりに両親を思い浮かべた。
しかし、ぼやけてうまく思い出せないことに気がついた。
「…ターニャ?」
ハーマイオニーが、泣いたまま、不思議そうな顔でわたしを見つめている。
「……どうした?」
わたしが尋ねると、ハーマイオニーは、泣きながら笑った。
「いえ、ごめんなさい。今あなた、なんだか変な顔だったから」
「そ、そうか?」
わたしは、思わず自分の頬に手をやった。その様子を見て、ハーマイオニーはまた笑った。
しばらくして、ハーマイオニーは落ち着いたようだった。
「さあ、大広間に戻ろう。ハロウィーンのキラキラした飾りと、カボチャのお菓子でいっぱいだぞ」
ハーマイオニーは、少しの間考えるようなそぶりを見せたが、わたしの手を取ってくれた。
「じゃあ、行こうか…」
とたんに、凄まじくドアを閉める音が入り口から聞こえた。
何事かなと思って入り口を見て、わたしは目を疑った。
そこでは、コンクリートを思わせる鈍い灰色をした、四メートルの巨体が、ぶぁーぶぁーという鼻息をたてていた。手には棍棒、ひどい悪臭―――トロールだ。
目が合ったので、こんにちは、と目で送る。彼からは、オマエ、シネ、と視線で返ってきた。
ハーマイオニーが悲鳴をあげた。それを合図にするように、トロールは、トイレを破壊しながらこちらに向かってきた。
「インペディメンタ、妨害せよ!」
わたしはとっさに呪文を唱えた。半分は叫んでいた。もう半分は泣きたくなった。
クソッタレ!なんだってこの学校は三頭犬だのトロールだの危険な怪物がうじゃうじゃいるんだ。まさか、校長は学校と動物園の意味を履き違えているのではあるまいな?!
ああ、もしこんなことになると知っていたなら、わたしは人間関係も何も気にせず、大広間でパンプキンパイをむさぼっていたさ!
わたしの呪文に呼応し、トロールが壊した便器や、壁のタイルの破片などが浮かび上がった。わたしが杖を振ると、それらはトロールに次々と向かっていって、やつの歩みを妨げる。
さて次はどうする。とりあえず棍棒でも取り上げるか?武装解除の呪文は練習不足だが、やらないよりはマシだろう!
「エクスペリアームス、武器よ去れ!」
ほとんどぶっつけ本番にも関わらず、トロールの棍棒は吹っ飛んだ。が、制御がうまくできずに天井に突き刺さった。ドオン、と凄まじい音がして、パラパラと破片が落ちてくる。
しかし、武装解除をしたからと言って、危険なのに変わりはない。トロールは、今度は素手で応戦してきた。
一度目はギリギリで避けた。しかし、反動で二発目への対処が遅れた。トロールの拳が寸前に迫る。
「プロテゴ、守れ!!」
これまた初見の防護呪文。
しかし、今度は、トロールに破られてしまった。まあ、練習もろくにしていないし当然だなと、なぜか頭の中は冷静だ。防護呪文である程度軽減されたのか、トロールから直接のダメージをもらうことはなかったが、わたしは衝撃で吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられてトイレの端までごろごろ転がった。腕の骨がボキリと音を立てたのを感じる。折れただろうか。
そこに、再び、灰色の拳が向かってくる。地面に転がっているわたしは避けようがない。杖を振ろうとしたが、先程の衝撃で取り落としてしまったことに気がついた。
どうしようもない。そんな状況で向かってくる鈍い色の塊に、わたしは自分の最期を思い出した。
と、いうことは。
ああ、ここで終わりか、存在X。
いや、それは違う。
ここでお前の思い通り、わたしは死んだりしない。
そうだ、前からわたしはそうしてきた。ずっとわたしは、わたしただ一人が生き残り、たとえ他の全てを血に染めてでも――
『魔力干渉、ドーピング!反応速度向上・瞬発力増大・痛覚遮断・魔力回路全開!!』
ああ、
わたしは覚えているぞ、この感覚。わたしは知っているぞ、その恐怖!
剣林弾雨の暗い日々、そこでわたしは死を競う。勝ちを取る。生き残る!
ああ、何たる、なんたる光栄だろうか!!
『最っ高に、愉快だ!!!』
そう思ったのか、それとも実際に叫んだのか。
目の前が瞬いて、わたしの頭から、すべての物事が抜け落ちた。ハーマイオニーのことも、ここがどこかも、自分が誰なのかも、すべては胸元の熱へと吸い込まれた。
まるで、上も下もない、ここではない
それでも、最後の瞬間、白く塗りつぶされる頭の片隅で、いやだ、と強く願う自分がいた。だが結局、それはどこにも反響せずに消えてしまった。
マクゴナガルは急いでいた。行き先は地下。トロールが暴れているようで、先程から激しい物音がやまないのだ。
ただトロールがやみくもに暴れ物を破壊するのならば良い。しかし、先程からする音は、魔法による轟音なのだ。誰かが応戦している。でも、一体誰が。
途中で、スネイプ、それからクィレルと合流し、地下へと急ぐ。
地下に下りた途端、ひときわ大きく、爆発を思わせる轟音が響き渡って、それから地下は静かになった。
それにより、その場の全員が、二つのことを連想した。
一つに、トロールが死んだ、もしくは、何者かに倒されたということ。
二つに、たった今、トロールが、その何者かを殺し終わったということ。
横たわる身体のそばに、顕在する灰色の巨体。
最悪の想像を振りきって、急いで音の方に向かうと、グリフィンドール生のハリー・ポッターとロナウド・ウィーズリーが、歪んだ女子トイレのドアをこじ開けようとしているところだった。
「あなたたち、こんなところで何を?!」
「先生――中にトロールと、ハーマイオニーが!」
マクゴナガルは、その言葉で一気状況を理解した。先程の想像がフラッシュバックし、次の瞬間には叫んでいた。
「どきなさい、はやく――レダクト!」
歪んで使い物にならないドアを粉砕し、マクゴナガルたちは、女子トイレに踏み入った。
「――これは、酷い…」
その部屋の原型は残されていなかった。むしろ、廊下へと貫通しなかったことに対して感心するレベルだ。
個室という個室は破壊され、木っ端が散らばっていた。流し台も全滅していて、剥き出しになった水道管が、床に水を放出し続けている。壁には大きな穴が開いて、隣の男子トイレも同じように壊れているのが見えた。
そして、ど真ん中に倒れ付している傷だらけのトロール。そこから、辺りに異臭と血の臭いが充満していた。
見渡す限り、他に倒れている者はない。どうやら、最悪の事態は免れたらしい、マクゴナガルは息を吐く。
「と、ととと、とと、トロールが、こここ、ここ、ここここんな破壊活動を……?」
クィレルはいつも以上にどもると、ヒィェーと叫んで、ふらふらと腰を抜かし、へなへなと水浸しの床に座り込んでしまった。
「いいや、全てがトロールの仕業ではなかろうよ」
スネイプは、冷静にトロールに近づいて、顔をしかめた。近づくほどにひどい悪臭なのだ。血、臓物、そして、肉が焼ける、焦げた臭いが混じりあっていた。トロールの死体を見ると、腕や頭が欠損していた。
見回すと、男子トイレの方に、トロールの、身体のわりに小さい頭が転がっていた。近寄って、スネイプは、部屋の隅に、他のものを見つけた。
「グレンジャー、と……誰だ?」
スネイプは、部屋の隅でうずくまっていた生徒に見覚えがあった。ハーマイオニー・グレンジャーだ。その腕には、誰だろうか、小柄な女子生徒が抱かれている。ハーマイオニーは彼女に覆い被さるようにしていて、顔が見えない。
ハーマイオニーは、スネイプの呼び掛けに、ぱっと顔をあげた。それにより、女子生徒の顔を確認できた。
ハーマイオニーは、すっかり青い、震える唇から、か細い声を出す。
「スネイプ先生、私……」
「ハーマイオニー?」
二人の声を聞き付けて、ハリーとロン、少し遅れて、マクゴナガルがやって来た。
それから、その腕に抱かれている女生徒を見て、ロンは固まった。ハリーはヒュッと声にならない叫びをあげた。
「おい、それ…」
ロンは辛うじて声を出した。しかし、ハリーは、口を開くどころか、息をすることすらままならず、クィレルのように床に座りこんだ。
ハーマイオニーに抱えられ、目を瞑り、力無く死人のように沈黙している女生徒は、三人と同じグリフィンドール寮の一年生、ターニャ・デグレチャフだった。
「……死んでるのか?」
「バカ言うな!」
ハリーが叫ぶが、直後、彼はガタガタと身体を震わせ始めた。息も不規則になり、マクゴナガルに背中をさすられる。
見れば、ターニャの右の腕はあらぬ方向に曲がっている。いつも結われている金髪はほどけ、血塗れの制服はボロボロに焼け焦げて、所々肌が露出している。それだけ見れば、ロンが死体と言うのも仕方がなかった。
しかし、スネイプが見たところ、腕の骨折以外に大きな怪我はなさそうだ。制服などに付着している血液は、ほとんどトロールのもの。わずかなものだが、息もきちんとしている。
「死んではいない。恐らく、魔力の枯渇による一時的な気絶であろう」
スネイプは、ハーマイオニーから取り上げるようにターニャを抱えあげた。
「先生、私……ターニャは…いきなり……変になって、トロールを……それでそのまま倒れて…私…私…」
ハーマイオニーはやっとそう言うと、顔を覆ってわあっと泣き出した。
「命に別状はない。彼女は私が医務室に連れていこう」
「ええ、お願いします」
マクゴナガルは、ターニャとスネイプを見送ると、ハリーたちを抱き寄せた。
「とにかく、無事でよかった。話は後日聞きます。今日は、もう、疲れたでしょう。談話室に戻りなさい」
ロンはうなずいた。ハーマイオニーは、涙をぬぐってからそれに続いた。しかしハリーはぼんやりと宙を眺めているだけだった。
ロンとハーマイオニーが立ち上がっても、ハリーは座り込んだままだった。仕方ないので、彼らは顔を見合わせて、二人がかりで、ハリーを半ば抱き上げるように立たせる。
「ハリー、大丈夫?」
「……」
「おい、ハリー……」
「…大丈夫…、大丈夫だよ」
ロンの問いかけに、ハリーは震える声で、何とか絞り出すように言った。それから、ふらふらと女子トイレから出ていく。
ロンとハーマイオニーは、二人とも困惑したように、再び顔を見合わせて、それからハリーを追って出ていった。
幼女戦記映画化おめでとう(激遅)
あと今更なんですけど今回捏造設定が炸裂してるのと久しぶりなせいで文章がアレでヤバいかもしれません ゆるして