非科学的な世界で(略)追い詰められるが良い!   作:たたっきり測

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〇6.ファーストゲーム

 ……知らない、天井だ。

 

 わたしはベッドに横たわっている。孤児院のベッドとも寮のベッドとも違う。

 周りの様子を伺おうとするが、見る限りではわたしはカーテンに囲まれている。なので、確認できるのは、見知らぬ天井だけだ。

 

「ようやく目が覚めたかね!」

 

 寝起きにとってはうるさい声に目をやると、一人の男性が嬉々とした様子で立っていた。なにやら奇妙な片眼鏡が特徴的な、研究者のような見た目の男だ。

 

「ええと、わたしは……」

「デクレチャフ少尉、我々は遂にやったんだ。覚えているか?実験は成功したんだ!」

 

 そう言って、男はわたしに演算宝珠を手渡した。

 銀に輝く羽の装飾。完璧な対称で噛み合う四つの機構。他の演算宝珠とはまるで違う。これが……

 

 

「エレニウム九五式。神が我らに与えたもうた『奇跡 』だ」

 

 

 

 

「あら、目が覚めましたか。デグレチャフさん」

 

 カーテンが開かれた音で目を覚ました。音の方に目をやると、女性が立っていた。ホグワーツ校医の、マダム・ポンフリーだ。

 

「…おはようございます。ここは…」

 

 わたしは挨拶もそこそこに辺りを見渡す。おや、わたしが横になっていたのは、こんな部屋だったか?

 はて、なにやら既視感というか、これは違和感?わたしは夢でも見ていたのだろうか。しかし、一体なんの……

 

「ホグワーツの医務室ですよ。覚えている?昨日、あなたは酷い魔力枯渇で運ばれてきたのよ」

 

 あと軽い骨折もね、彼女がそう言って杖をひと振りすると、わたしの腕に巻かれた包帯がひとりでにほどけていった。ねちょお、と緑色の軟膏が糸を引いて、腕にベットリとついている。それも、マダム・ポンフリーが杖を振ると、一瞬で取り除かれた。

 

「もう大丈夫でしょう。これから一週間は、魔法の使用は極力控えること。枯渇なんて、もっての他ですからね」

「……わかりました」

「それと、マクゴナガル先生がお呼びですよ。職員室で待っているそうです。はい、これに着替えて、行ってらっしゃい」

 

 マダム・ポンフリーは、わたしに制服を手渡すと、カーテンから出ていった。

 

 退院、ということで良いのだろうか。

 

 魔力枯渇か。そんなに酷いものだろうか、と思ったが、ベッドから立ち上がると、すぐに身体が怠さを訴えた。なるほど、一晩休んでこれか。

 魔力枯渇と、腕の骨折。骨折に関しては覚えている。トロールに吹き飛ばされて折ったのだ。しかし、魔力枯渇に関してはわからない。わたしは、そんなふうになることをしただろうか?

 病衣から制服に着替え、髪を結ぶ。それから、制服のポケットに入っていたエレニウム九五式を、いつものように首から提げようとして、わたしは思い出した。

 

 確か、耳鳴りがしていた。耳鳴りの原因はもちろんエレニウム九五式(こいつ)だ。

 そして、どうやらわたしには、トロールを倒した記憶が無い。

 気がついたらここにいた。トロールがわたしに向けて拳を振りかぶったあのとき、わたしは死んだと思った。エレニウムの耳鳴りを聞きながら、これで終わりだと悟ったのだ。しかし、わたしは生きている。なぜ。

 

 考えながら、身支度を終えた。

 さて、マクゴナガル先生に会いに行くんだったか。歯抜けの記憶も埋まるかもしれない。

 わたしはマダム・ポンフリーに一言挨拶して、医務室を後にした。

 

 

 

「失礼します」

 

 職員室の扉を開ける。朝だからか、先生たちはいない。

 

「…おはようございます、ミス・デグレチャフ」

「おはようございます、マクゴナガル先生」

 

 しかし、たった一人、いつもにまして厳しい表情のマクゴナガル先生がいた。

 

「…話はおおかたミス・グレンジャーから聞きました。あなたは、彼女の無謀な試みに気がついて、助けに行ったそうですね」

「え?あ、はい」

 

 無謀な試み?助けに行った?

 何がなんだかわからないが、とりあえずうなずいておく。

 

「仲間のために、一人でトロールに立ち向かう勇気、素晴らしいです。グリフィンドールに十点」

「……ありがとうございます」

 

 どうやら、わたしを誉めているらしい。が、マクゴナガル先生の顔は険しいままだ。

 

「しかし、とても無謀なことです。こどもが一人でトロールに立ち向かい、あげく、魔力を枯渇させるなど……。あなたは、どうやってトロールを打ち倒したのですか?」

 

 マクゴナガル先生の視線から、わたしは思わず目をそらした。

 だって、どうやってもなにもない。医務室から職員室までの道のりで思い出そうとしたが、やはり、記憶がない。腕を折って、それから、トロールにぶん殴られそうになって、思わず目を瞑って開けたらもう医務室で天井を見上げていたのだ。

 

「…わかりません」

「わからない、とは?」

「どうやってトロールを倒したのか、覚えていないのです。…しかし、コレが音を発していたのは覚えています。その、先生に、最初に会ったときみたいに」

 

 わたしは、制服から九五式を引っ張り出した。窓からの朝日を受けて、羽を思わせる装飾と、ガラスの向こうの細やかな機構が、きらきらと銀色に反射している。

 

「そうですか、それが……」

 

 マクゴナガル先生は、眉間に皺をつくって九五式を見つめた。

 

「……以降、しばらくは、校内でのそれの発動は禁止です」

「え、なぜ…」

禁止です。それから、あなたの杖です。トイレに落ちていましたよ」

 

 マクゴナガル先生はわたしの手をとり、杖を握らせると、もうよろしい、と肩を叩いた。

 話は終わりらしい。はよ出ていけと、マクゴナガル先生の目がそう語っている。わたしはすばやく廊下に出て、職員室の扉を閉めた。

 

 

「…あー」

 

 

 

 

 一方的に理由も告げずに禁止ってどういうことだ?

 さてはあの教師ファシストか?

 この世界には個人の自由がないのか?

 そもそも発動のトリガーは正直こちらにもわからないのだが?

 せめてあのときのことを教えてはくれないのか?

 

 言いたかった、言いたかったさ。でも言えなかった。

 相手が教師だから?違う、そこではない。

 マクゴナガル先生が禁止だと再び言ってこちらを見つめたとき、わたしは口がきけなくなった。声の出し方を忘れてしまった。それと、以前味わった嫌な感じもした。わたしはただ口をつぐんで、目を逸らすしかなかったのだ。

 

 朝早くの薄暗い廊下をふらふらと歩き、グリフィンドールの談話室へと向かう。

 

 ああ、もやもやする。しかし、それ以上に身体が怠い。頭も働かない。マダム・ポンフリーの、無茶をしないように、という言いつけは、しっかり守った方が良さそうだ。

 

「あら、お帰りなさい。大丈夫なの?」

「大丈夫だ、心配ありがとう婦人。豚の鼻」

 

 婦人とそんな会話をして、談話室に入る。ああ、久しぶりのホームだ。といっても昨日の今日だが。

 今日は朝の予習はやめておこう。このままの怠さでは、授業に支障をきたしそうだ。朝食の時間まで眠ろう。

 そう考えて、女子寮への階段を目指す途中で、わたしは思いもよらない攻撃を受けた。

 

ターニャ!

「なっ…?」

 

 これは…忘れもしない、ロンのタックル!

 いやしかし、以前ほどのパワーがない。そのかわり俊敏性が向上している。これは…

 

「…ハリー?っぐぁ…」

 

 油断したところで、右脇腹に重い追撃を受ける。これはまさしくロンだ。

 それから、左横から優しく、しかし力強くハグされる。おお、これこそ、わたしが求めていた抱擁だ。見れば、栗色の髪が広がっている。ハーマイオニーか。

 

「ターニャ、無事でよかった……」

 

 ハリーが、絞り出したような声を出した。

 

「無事だよ。それにしても、ずいぶん朝早いな?」

「友達があんなことになったんだ、眠れるわけないだろ…」

「そうか」

 

 それからしばらく、わたしはそのままだった。

 やれやれ、ハグというのは、日本人にとっては慣れない文化だ。

 パーシーが談話室に降りてきて、わたしはやっと解放されたのだった。

 

 

 それからは、新しい交友関係を築き上げることに成功した。ハーマイオニーのわたしへの誤解が、どうやら完全に解けたようなのだ。

 ハリーとロンも、ハーマイオニーとすっかり仲良くなっていた。はて、なにか仲良くなるような出来事があったのだろうか。まあ、そこは別に重要ではないか。仲良きことは美しきかな、というやつだ。その方が、争いを好まないジャパニーズスピリットを持つわたしの胃にもやさしい。

 それに、ハーマイオニーなら、彼らの暴走を止めてくれるだろう。大変好ましいことだった。

 

 

 

 十一月に入ると、ハリーは、しばらく忙しくなった。試合目前で、クィディッチの練習が本格的に忙しいらしく、今日は休日ということもあって、一日中練習の予定だそうだ。

 ロンは、ハーマイオニーに手伝ってもらって宿題と格闘していた。宿題を終えたら、チェスをやるのだという。ハーマイオニーは負けないわよと息巻いて、図書館から借りてきた『チェス必勝』を激しく読み漁っていた。

 

 わたしはというと、図書室で、本を漁っている。調べたいことがある。もちろん、『エレニウム』について。

 書架の間を練り歩き、ようやく目的にかなった本を一冊見つけた。『エレニウムの変遷』と銘打たれた分厚いその本を両手で抱え、空いている席に座る。

 

 

 …第一章『エレニウム』……

 

 ……エレニウムとは、魔力を込めることによって一定の術式を発動させる魔道具。確認されている型は、七二式、七九式、八五式、九〇式。特に、八五式と九〇式が多く発掘され……

 

 わたしはそこで顔をあげた。発掘?

 視線を本に戻し、該当するであろう項に目星をつけた。さらに読みこんでいく。

 

 ……エレニウムは、ここ百年ほどで見つかるようになった魔道具である。製作法、製作者は不明。どれもドイツ語でそれぞれのナンバリングと型、『エレニウム工厰』と記されている。しかし、ドイツ魔法省は、『エレニウム工厰』について、三年にわたる調査の末、そのような組織は無いと発表した……

 

 わたしは再び顔をあげた。製作法も製作者も不明。製作の過程の痕跡すら見つからない、だと?

 わたしは席を立って、ドイツ語に関する本を持ってきた。それから、エレニウムを制服から引っ張り出し、裏返す。

 そこには、確かにドイツ語らしき言語で、エレニウム九五式、エレニウム工厰と記されていた。それは、夏休みにもマクゴナガル先生と確認したことだ。

 しかし、注意深く観察してみて、側面に文字が刻まれていることに気がついた。……『GOTT IMMER MIT DIR. A.S .』……?どれどれ。

 調べてみると、神はいつもあなたと一緒!という意味だった。なんとも頼もしい言葉だ。存在Xとかいうヤブ神さえいなければの話だが!

 この文章は、正しい神を信仰する、正しい信徒のASさんが、自分の持っていたエレニウムに彫った文字なのだろうか。

 わたしはさらにページをペラペラとめくる。記されているのは、エレニウムの歴史、出所についての考察、多数の魔法使いや錬金術師の見解などなど。特に役に立たなさそうな情報ばかりで、わたしは目次名だけ見て流していく。……お、『第六章・魔法とエレニウム』?ここは読んでみるか。

 その章は、エレニウムの使い方が記されているようだった。

 つらつらと長ったらしい文章で何が書いてあるかというと、『エレニウムに魔力を込めると、なんかよくわかんない術式が発動する。ヤバい』第六章、完!

 

 まてまてまてまて。困る、なんだその投げやりな文章は!

 

 わたしは、藁にもすがる思いで、先程は流した前章の『著名人による見解』を読む。有名な魔法使いたちが、自身の著書やインタビューなどで言及したエレニウムについての見解が集められている章のようだ。誰か、コレの使い方について書いている人がいるはず!

 

 彼らの項もまた長かったので、要約すると、

 

 ・『魔法史上で最も異色を放つ魔法具』…バチルダ・バグショット

 ・『素晴らしく、しかし恐ろしい、謎が多い凶器』…ニコラス・フラメル

 ・『芸術品。歯抜けになっている型の発見が待ち遠しい』…ヘプジバ・スミス

 ・『箒に取り付けてブースターのように扱うことができれば、かなりのスピードが出るかもな。しかしそれをクィディッチに適用すべきではない。それはもはやクィディッチではないからだ、わかるだろう?クィディッチの良さが失われてしまう』…ケニルワージー・ウィスプ

 ・『すごい』…アルバス・ダンブルドア

 

 わたしは本を閉じた。

 

 

 夕食の時間ギリギリまで粘ったが、結局、収穫無く図書室をあとにすることになった。

 使用禁止とは言われたが、おそらくこれのお陰で命が助かったようなものだし、それに、なににおいても、持ち物の使い方もわからないというのはよくないだろう。特に、これの場合は。暴発したらクレーター、だ。

 しかし、クレーターといっても、対トロール戦で、わたしがこれを使ったのは確かだ。ということは、暴発しない程度には制御ができるはずなんだが。でも先生は教えてくれそうにないしな。

 

 わたしは思わずうーんと唸った。これは、根気よく調べる必要がありそうだ。

 

 

 大広間で夕食をとって、グリフィンドール寮に帰ってくると、談話室の窓際の席で、ハーマイオニーがハリーとロンの呪文の宿題をチェックしていた。

 

「ターニャ、どこ行ってたの?探したのよ」

「そうか?それはすまなかった。少し、図書室にいたんだ」

 

 手招かれるまま、わたしが窓際の席につくと、ハリーが立ち上がった。

 

「僕、本を返してもらってくる」

 

 ずいぶん勇ましい顔でそう言って、彼は談話室から出ていった。

 聞けば、図書室で借りていた『クィディッチ今昔』を、スネイプに没収されたらしい。――図書室の本は校外に持ち出してはいけないという規則がある、とスネイプは言っていたけど、きっと規則をでっち上げたんだ、とロンは苛立った口調でぶつぶつ言った。

 それにしても、なんで今?考えて、ひとつ思い当たった。

 

「そういえば、明日はハリーの初試合か」

「わあ、忘れてたみたいな言い方だね」

「…ロン、わたしは忘れていたのではないぞ。思い出しただけだ。調べものが忙しくてな、うっかりだ」

 

 嘘だ。そんなこときっちりばっちり忘れていた。とはいえ、半分は本当だ。今日は図書室で朝から晩までエレニウムについて調べることに没頭していたし。

 ロンの宿題を確認し終わったハーマイオニーが、羊皮紙から顔をあげた。

 

「何について調べてるの?」

「ああ、少しエレニウムについてな。……そうだ」

 

 ハーマイオニーは、わたしと女子トイレにいた。ならば、エレニウムがどうやってトロールを倒したのか、彼女は見ているのではないか?

 

「ハーマイオニー。これが発動してどうなったか、覚えているか?」

 

 わたしがハーマイオニーに九五式を掲げて見せると、彼女はびくりと体を震わせて、インク瓶をひっくり返してしまった。

 

「あ、ご、ごめんなさい、私ったら…」

 

 ハーマイオニーはひどく慌てている。それから、どういうわけか、ハンカチでインクの汚れを拭こうとした。

 

「おいまて。スコージファイ、清めよ……どうしたんだハーマイオニー、貴方は魔女だろう」

「え、あ、ああ。そっか……」

「それで…」

「ターニャ」

 

 尋ね直そうとすると、ロンに軽く足を蹴飛ばされた。何だ、と目で問うと、いいから黙ってろ、と視線で制された。

 ハーマイオニーも、採点に戻ってしまった。どういうわけか、話をしてくれそうにない。仕方がないので、わたしは黙った。

 

 突如、静寂を壊すように、ハリーが談話室へと転がり込んできた。

 彼は、肩で息をしながら席について、自身の呼吸が落ち着くのを待たずに言った。

 

「今――職員室で、スネイプが――やっぱり、足を怪我してて、フィルチが治療してて――三つの頭に同時に注意なんてできるか、って――」

「おい、落ち着けよ」

「本は返してもらえなかったの?」

「――見ればわかるだろ?」

 

 ハリーは一旦呼吸を落ち着けてから、さらに続けた。

 

「…ハロウィーンの日、スネイプは三頭犬の裏をかこうとしたんだ。ロン、あの日、僕たちが見たのはそこへ行く途中だったんだよ。あいつは、あの犬が守ってるものを狙ってる。トロールはあいつが入れたんだ……みんなの注意をそらすために。箒を賭けてもいい」

「ねえ、ちょっと待ってよ。確かに意地悪な先生だけど、ダンブルドアが守っているものを盗もうとする人ではないわ」

「おめでたいやつだな、先生は全員聖人かなにかだと思ってるんだろ、君は。スネイプならやりかねないよ。でも、何を狙ってるんだ?あの犬が、守っているもの…」

「待ってくれないか、話がよく見えないのだが…」

 

 六つの目玉が、こちらを一斉に見た。

 

「もしかして、わたし抜きの話か?それは悪かった」

「違う違う、そんなんじゃないって」

「ああ、そっか。ターニャは、お昼の時いなかったから…」

 

 三人は、口々に説明してくれた。

 まず、ロンいわく、ハロウィーンの日、ハリーと一緒にハーマイオニーを探して女子トイレに向かう途中、他の先生がみんな地下室に向かっているにも関わらず、ひとり違う場所に行くスネイプ先生を見た、とのこと。

 そして、ハーマイオニーいわく、昼、スネイプ先生がハリーの本を没収したとき、彼は足を引きずっていた。きっと誤魔化せないくらい酷い怪我よ、とのこと。

 最後に、ハリーいわく、先程職員室で、片方の足がズタズタになったスネイプ先生と、その治療を手伝うフィルチ先生を見た。職員室にはその二人しかおらず、スネイプは、確かに『いまいましい奴め。三つの頭に同時に注意なんてできると思うか?』と言った。それから、ハリーに気がつくと、物凄い剣幕でハリーを職員室から追い出した、とのこと。

 

「どうもありがとう」

 

 ふむ、守っているものか。この前ハリーに聞いた話の通りなら、財宝Xは小さな包みだ。金銀財宝の類いではなさそう…いや、まてよ。仮に財宝Xが大きくてかさばるものであっても、それを魔法で縮めているという可能性もある。

 

 結局、議論の末結論には至らず、お開きになった。

 明日のクィディッチ、たしか、対戦カードはグリフィンドールとスリザリン。お互いに因縁の相手だ。一発目からヘビーな試合になりそうだな、とわたしはベッドに潜り込んだ。

 

 

 しかし、翌日になると、試合前のグリフィンドール生とスリザリン生の間の空気よりもヘビーなのがいた。

 ハリーだ。

 昨晩は三頭犬のことがあったせいか、緊張したようすはあまり見受けられなかった。しかし、今朝は、ハーマイオニーに朝食を勧められても口にせず、ロンが励ましてもろくに反応せず、彼は顔面蒼白でふらふらとしていて、まるで幽鬼のようだった。

 

「それじゃあ、ハリー、頑張ってね」

「今まで練習してきたろ?」

 

 大広間から出てすぐの分かれ道で、ハーマイオニーとロンがそう言って励ますので、わたしも続ける。

 

「いつも通りで大丈夫さ」

 

 ハリーはゆらりとうなずくと、選手控え室に向かうため、ずるずると歩いていった。

 それを見送ってから、ロンが呟いた。

 

「大丈夫かな?」

「きっと平気よ」

「今まで練習してきたんだしなあ」

「飛行訓練でも一発で飛んで見せたしね」

 

 しかし、彼の様子を見ると、そんなことは忘れてしまう。ロンとハーマイオニーもそのようだった。それほどに彼はふらふらで、今にも死にそうで、とにかく顔色がクィディッチどころではないのだ。

 

 

 談話室に向かう途中、大勢の生徒たちとすれ違った。試合開始まであと数十分ほどあるのだが、気の早い生徒たちは待ちきれないらしく、今から競技場に向かうようだ。

 談話室に入ると、生徒の姿はまばらだった。どうやら、今回のゲームにおいては、グリフィンドール生のほとんどが前述した『気の早い生徒』にあたるらしい。

 まあ、無理もないだろう。なんせ、因縁の対戦カードに加え、シーカーがあのハリー・ポッターなのだ(ハリーやグリフィンドール・チームのみんなは、ハリーがシーカーだということを隠していたのだが、どういうわけか学校中に噂が広まっていた)。

 しかし、同級生たちはまだ談話室に残っていた。クィディッチの試合に備えて準備しているようだ。

 

「あ、ロン。ちょうど良いところに…そっちの端っこ、持ってくれないか?」

 

 ディーン・トーマスに言われるまま、ロンは大きな布のはしっこを持ち上げた。

 深紅の布地に、『ハリー・ポッターを大統領に』の字、それから、見事なライオンの絵が描いてある旗が持ち上がった。

 

「どうかな、ライオンに見える?」

「完璧だよ。なあ?」

 

 ディーンの言葉に、シェーマスがうなずいて、それからみんなを見回した。みんなもうなずいた。

 確かに絵は素晴らしい。字もきれいだ。しかし、大統領って。わたしだったら恥ずかしい。あと、なんだか余計に緊張しそうだ。

 まあ、競技場は結構広いし、この程度の旗はつぶれて見えないだろう。それに、ハリーは案外喜びそうだが……。

 

「ターニャ、変だったりする?その、君の目から見て」

 

 ディーンが不安そうな声をあげた。しまった、色々考えていたことが顔に出ていたか。

 

「いや、素晴らしい出来だよ。しかし、さすがに競技場では目立たないかもと思うと、見事なだけに惜しくてな」

 

 真面目半分嘘半分で、適当に言っておく。その場の全員が、確かに、と言うように旗を見た。

 すると、それまで旗を眺めていたハーマイオニーが、ふいに声をあげた。

 

「…そうだ……確かに、このままだと少し目立たないかもね。でも、こうすれば…」

 

 

 

 

「おい見ろよあれ」

「大統領だって…」

 

 わたしの心配(建前)むなしく、旗は競技場で立派なものになった。

 はためく深紅の布地に、ライオンと『ポッターを大統領に』の文字が、黄金に輝いている。

 比喩などではない。本当に、発光しているのだ。

 ハーマイオニーは旗に魔法をかけた。少し複雑なものだったが、彼女にかかれば造作もない。出来は素晴らしい。

 それに、競技場はそういう目立つ仕掛けの応援旗やらなんやらでいっぱいだった。わたしの言葉通り、ハーマイオニーの仕掛けがないと目立たなかっただろう。

 しかし、どういうわけか目立っている。

 旗の見た目は悪くない。内容が目立つのだ。

 

 他寮の生徒たちはひそひそと連れと顔を寄せて、こちらをチラチラ見ている。

 スリザリン生を見てみろ。仲間同士クスクスと笑う者、軽蔑したような目を向ける者。

 そんな中、マルフォイと目があった。彼はいつもの三倍くらいせせら笑っている。

 目があったときの気まずさで、なんとなく視線をマルフォイの後ろにさ迷わせてみると、マルフォイの取り巻きどもがゲラゲラ大笑いしていた。

 まあ、そうなるよな。もしも、こんなアホみたいな旗を敵が掲げていたら、たいして面白くなくても、嘲るために笑う。わたしだってそうする。

 ああ、彼らの反応が予想どおりすぎて、むしろ笑えてきた。口元から乾いた笑みがむなしくこぼれる。

 

「ターニャ、なんか面白いものでもあったの?」

「いいや、なんでもない」

「ほら、二人とも!ハリーが入場したわよ」

 

 ハーマイオニーの言葉に目をやると、両チームの選手が、競技場に入場してくるところだった。

 ハリーの顔色は普通だった。緊張は解けたのだろうか……いや、違うな。よくよく見ると、膝がカタカタ震えている。顔色が普通に見えるのは、先程青かった顔が緊張で赤くなって中和されているだけか。

 ハリーはきょろきょろしている。ああ、気持ちはわかるが、そこはピシッと構えないと。わたしの思いが届いたのか、ハリーはこちらを見た。それから、ピカピカ光る旗に気がつくと、こわばった顔がほぐれ、にっこり笑ってこっちに小さく手を振った。

 

 

『――では、皆さん、正々堂々戦いましょう。箒に乗って、よーい――』

 

 審判のマダム・フーチの言葉に、選手全員が一斉に箒にまたがった。

 それから、銀の笛が高らかに鳴って、観客の歓声に引き上げられるように、十四本の箒が空に舞い上がった。遅れて、審判の箒も上がる。

 

『――さあ、いよいよ始まりました、寮対抗クィディッチ杯。実況はもはやお馴染み、グリフィンドールのリー・ジョーダンがお送りします』

 

 拡声魔法がかけられた声が、競技場中を駆け巡った。実況者がいるとは思わなかったので、驚いてキョロキョロしていると、

 

「リー・ジョーダンは、フレッドとジョージの仲間なんだ」

「ああ、タランチュラの?」

「そうそう」

 

『さて、グリフィンドールのアンジェリーナ・ジョンソン選手が、早速クアッフルを取りました。何て素晴らしいチェイサーでしょう――その上、かなり魅力的でもあります』

ジョーダン!

「ああ、失礼しました、先生」

 

 …なるほど、確かにあの二人の仲間だ。

 

『さぁ、ジョンソン選手突っ走って――アリシア・スピネット選手にパス、完璧ですね。キャプテン・オリバー・ウッド、彼が持つ、良い選手を見つける『目』には感心させられます――ジョンソンにクアッフルが返る、おっと、これは―――あー、ダメです。スリザリンがクアッフルを奪いました。キャプテン・マーカス・フリントが取って、走る、走る、速いな、ごぼう抜きです――あ、打った!このまま先取点となってしまうのか――さすがです!グリフィンドールのキーパー、ウッドが止めました』

 

 実況はすさまじいスピードだ。リー・ジョーダンは息継ぎをしているのだろうか?

 しかし、それ以上の速さで、ゲームはどんどん進行していく。

 

『グリフィンドールのチェイサー、ケイティ・ベル選手、素晴らしい急降下です。ゴールに向かって――あいたっ!これは痛い、ブラッジャーが後頭部直撃です。クアッフルはスリザリンへ――エイドリアン・ピューシー選手、走ります――おっと、ブラッジャーに阻まれてしまいました。フレッドかジョージか、どっちだ?ジョージかな?え、違う?失礼、グリフィンドールのビーター、フレッド・ウィーズリーのファインプレーでした――さあ、ジョンソンの手に再びクアッフルが――飛んで――ブラッジャーが迫ります――よし!華麗にかわしました――今だ、頑張れ、いけ、アンジェリーナ!――やった!グリフィンドール、先取点!

 

 途端に、周囲から大砲のような歓声が上がった。

 

「ターニャ、ちょっと詰めて」

 

 ロンの言葉に視線をやると、ハグリッドがいた。わたしは思い切り詰めたが、それでもハグリッドは狭そうに座った。

 

「スニッチはまだか、え?」

「まだだよ」

 

 では、ハリーはすることがないのでは?

 わたしは目を凝らした。下で試合が進むなか、ハリーはひとり上空をすいすい飛び回っている。

 

「多分、ああいう作戦なんだ……スニッチが目にはいるまで、みんなから離れて、ブラッジャーから余計な攻撃を受けないようにしてるんだよ」

 

 先取点の興奮冷めやらぬといったふうに、ロンが早口で言った。

 

『さて、今度はスリザリンの攻撃です。チェイサーのピューシーはブラッジャーをかわし、ウィーズリーをかわし、チェイサーのベルが止めにかかります。が、ダメです!相変わらずものすごい勢い――ちょっと待て、あれは――スニッチか?』

 

 ジョーダンの言葉に、観客がざわつく。

 確かに、今、金色の閃光が、エイドリアン・ピュシーの横を過ぎ去って、消えた。

 

 次の瞬間、ハリーが急降下した。その先を見れば、金色の羽が生えたボールがある――スニッチだ。

 一足遅れて、スリザリンのシーカー、テレンス・ヒッグズもスニッチを見つけた。どんどんスピードをあげていく。しかし、ハリーは最新型のニンバス2000。両者の間はかなり空いている。さらにハリーは一段とスパートをかけた。スニッチはもう目の前だ。

 そこに、マーカス・フリントの邪魔が入った。ハリーが箒から弾き出されて――

 

「ハリー!」

 

 ハーマイオニーが叫んだ。それを掻き消すように、隣のロンを含めたグリフィンドール席から怒りの声があがった。

 フリントに突き飛ばされたハリーは、ぐるぐると大きくコースを外れたが、かろうじて箒にしがみついていた。どうやら、無事のようだ。

 

「反則だ!」

「そうだ審判、レッドカードだ!」

「サッカーじゃないんだよディーン」

 

 わあわあと観客が騒ぐなか、マダム・フーチはフリントに厳重注意を、グリフィンドールにゴールポストに向けてのフリーシュートを与えた。

 

「ルールを変えるべきだわい。フリントは、もうちっとでハリーを地上に突き落とすところだった」

「同感だな……落下の対策は?」

「あー、まあ、先生方もおるしな。死にさえしなきゃあ大体の怪我はマダム・ポンフリーが治してくれる…」

 

 ハグリッドのどこか曖昧な言葉を聞いて、わたしは不安になった。

 実況者である前にいちグリフィンドール生であるリー・ジョーダンも、どうやら、公平を保つのが難しくなったようだ。

 

『えー、最低最悪の反則のあと――』

「ジョーダン!」

 

 マクゴナガル先生が言葉を遮るが、ジョーダンは止まらない。

 

『あー、では、スリザリン生特有の陰湿でいやらしいプレーのあと――』

ジョーダン、いい加減にしないと――

 

 マクゴナガル先生の声色が、いよいよ本格的に変わる。

 

『はいはい了解了解。フリントは危うくグリフィンドールのシーカーを殺しそうになりました。まあ、クィディッチではよくある事故ですよね』

 

 ジョーダンのその言葉に、グリフィンドール側からは、再び騎士道もへったくれもない罵声とブーイングが飛び出した。

 

 ハリーが体勢を持ち直した頃、既にスニッチはどこかに行ってしまった。 しかし、ハリーはすぐに切り替え、上空へ舞い上がると、そこから再びグラウンドを捜索しだす。上空からスニッチを探す作戦を続行するようだ。

 ハリーがもう二、三度フィールドを見まわした頃だろうか、彼はゆらゆらと不規則に揺れ出した。

 

『さあ、グリフィンドールのペナルティーシュート。スピネットが投げます、決まりました。ゲーム続行、クアッフルはグリフィンドールの手にあります――ああ、取られた!ピューシー選手をはじめとするスリザリン選手、今日は絶好調ですね。先程フリントがハリー・ポッターへと飛び出していってしまったのも、その元気(・・)のせいでしょうかね―――あっ、ブラッジャーがフリントの顔に直撃、見事なタイミングですね。おそらく、神が下した天罰でしょう。いやあこれはもう助かりませんね、ヴァルハラ直行……冗談。冗談ですよ、先生――おっとピューシー選手、速い、ああ、止めろ、今だケイティ!……あー……スリザリン得点です。あーあ……』

 

 空気が抜けたようなジョーダンの声とは真逆に、今度はスリザリン側から爆発のような歓声が沸き起こった。

 その頃、ハリーは揺れるどころでは収まらなくなっていた。わたしはずっと彼を見ていたが、どんどん揺れは激しくなり、遂には急降下してすぐに昇ったり、一回転してみたり、宙ぶらりんになってみたり、箒をぐるぐるさせたり。誰もその姿には気がついていないらしい。

 …ははーん。さては、スニッチがなかなか現れないから、暇をもてあまして遊んでいるんだな?

 ハリーと一瞬目があった気がしたので、遊ぶな真面目にやれしっかりしろ、とジェスチャーを送ってみる。

 すると、ハリーの飛行は一瞬ましになった。しかし、今度は、足で箒にぶら下がって逆さまになった。

 …なんというか、懲りないやつだな。

 

 わたしがそう考えながら、遊んでいるハリーを見つめていると、ロンが不安げな声で、誰に言うともなく呟いた。

 

「…なあ、ハリーの奴、変じゃないか?」

「え、遊んでるんだろ、あれ」

 

 ロンはぎょっとしたようにこちらを見た。

 

「あれが遊んでるように見えるのかよ?」

 

 ……どうやら、違うらしい。

 周りからヒソヒソ声が昇ってくる。ハリーについて話している。

 ハーマイオニーとハグリッドは空を見上げた。

 

「本当だわ。箒の故障かしら…」

「いーや、箒が壊れるなんざあ、滅多にねえ」

「ハグリッドの言うとおり。ハリーのはニンバスの最新型だ。『流れ星』とは訳が違う、ピカピカの新品だし、故障はしないと断言してもいい。可能性があるとすれば…」

「呪いだな」

「呪いですって?」

 

 ハーマイオニーがハリーに目を向けて、それから、向こう岸の観客席をぐるりと見回した。

 

「しかし、誰がかけているのか……」

「決まってるだろ?マルフォイたちスリザリンだ…」

「それはねえ。箒に魔法をかけるっちゅうんは、よっぽどの腕が無きゃあできん。スリザリンの悪餓鬼どもにゃあ無理だ」

 

 周囲はいよいよ本格的に騒ぎになりだした。ハリーが箒に振り回され、墜ちそうになる度に悲鳴が上がる。

 

「じゃあ、一体誰が…」

「ハグリッド、双眼鏡貸して!」

 

 それまで、身を乗り出す勢いスリザリン席に目を凝らしていたハーマイオニーが、突如ハグリッドから双眼鏡をひったくった。

 

「…見つけた」

「見つけたって、術者をか?」

 

 ハーマイオニーは一旦双眼鏡から顔を離して頷いて、それからまた双眼鏡に目を戻す。

 それから、信じがたい名前を口にした。

 

「スネイプだわ」

「…は?」

「私、行ってくる!」

 

 止める暇もなく、ハーマイオニーは、わたしに双眼鏡を押し付けながら勢いよく立ち上がり、駆け出した。彼女は、瞬く間に観客の間を縫うようにして消えた。

 

 スネイプ先生がハリーの箒に呪いを?そんな馬鹿な。今はなんとか持ちこたえているが、下手すればハリーは箒から振り落とされて死んでしまう。

 確かに、彼のハリーいびりは、なにか一個人で恨みがあるのではと思うくらいには粘着質だが、教師が生徒を殺すほどの恨みとは?ハリーは『わからない』と言っていた。二人の間にそれほど深い関係はないはず。

 それに、仮に殺そうとしていても、こんな人目のつく場所でやるか?わたしだったらやらない。

 

 たぶん、ハーマイオニーが見間違えたのだ。

 わたしは双眼鏡を覗きこんだ。

 

「スネイプが、本当にやってるのか?」

「はは、まさか。そんなわけは―――」

 

 

「あ」

 

 わたしは思わず声を出した。

 

「え、な、何?どうかした?」

 

 なにも言わず、ロンに双眼鏡を渡す。ロンはしばらく双眼鏡を目に当てたままきょろきょろしたが、一点でピタリと止まると、

 

「…スネイプのやつ……やりやがった……!」

 

 

 本当だよ!やりやがったよ!!

 見れば、スネイプはハリーを見据えて、何やらぶつぶつと口を動かしているではないか!

 あれは呪いをかける際の典型的な動きだ。対象を見つめ、目を離さず、詠唱し続けている。

 

「んな馬鹿な。なんだってスネイプ先生が、ハリーの箒に呪いをかける必要がある?」

 

 ハグリッドの言うとおりだ。しかし、彼は何らかの呪文を唱えている。

 

「あいつはハリーを恨んでるんだ!」

「そんなわけなかろう?」

「本当だよ!今までだって、何回もハリーに理不尽に当たってきた!」

「仮にそうだとしても、生徒を殺すような真似はせんだろう?!」

「じゃあ今どうしてハリーは振り落とされそうになってるんだよ、ほら!」

 

 いよいよ箒はハリーを振り落とさんと言わんばかりに暴れ始めた。

 しかし――

 

「スネイプは闇の魔術に詳しいって噂もあるじゃないか!あいつ以外誰がやるんだ!すぐそこでやってるんだ、その目で確かめてみてよ!」

「しかし、やっこさんはホグワーツの教師だぞ!」

「――そうだ!」

 

 半ば言い合いに発展していたロンとハグリッドは、当然あげられたわたしの声に言い合いをやめてこちらを見た。

 

「……そうだ。スネイプは闇の(・・)魔術(・・)に詳しいんだ、防衛術の教師(・・)を志願するくらいには」

「…え、えーと、つまり?」

「わからないか?確かに箒を墜とすのは難しいかもしれないが、相手はホグワーツで教鞭をとれるほどの人物だぞ」

 

 ロンとハグリッドは、はっとしたような表情をした。それから、ハリーの方を見た。ハリーは、いまだ箒に振り回されている。

 

「箒は確かに不安定になっている、ならばあれの中枢まで確かに術は届いているということだ。なのに墜ちない。確かに箒に入り込むのは非常に困難だが、一度入ってしまえば浮かすも墜とすも術者次第。今のスネイプにそれができずにいるということは、箒には反呪文がかけられているのだろう」

「反呪文だって?一体誰が?」

「それは今から探す。借りるぞ」

 

 わたしはロンから双眼鏡を奪う。

 と、そのとたん、ハリーはいきなり地面に向けて急降下し出した。周囲から悲鳴が上がった。

 

 あいつは、何をやっているんだ。

 いいや、ハリーはなにもしていない。箒だ。いよいよ地面に衝突でもするつもりか。

 

 

 ハリーは手で口を押さえた。それから、いままでの具合が嘘だったかのように、地面ギリギリで見事に箒を水平に引き上げて、四つん這いに着地した。

 それから、何か金色のものを口から吐き出した――スニッチだった。

 

 

 

『……やった――やりました!グリフィンドールのシーカー、ハリー・ポッターがやりました!スニッチです!ポッター選手、スニッチを捕りました―――一七〇対六〇で、グリフィンドールの……勝ォ――利ィ―――!!!』

 

 

 いままでで一番の、爆発的な歓声が、グリフィンドールから沸き上がった。

 

「ハーマイオニーが、やったんだ……よかった、間に合って……」

 

 ロンは安心したように呟いた。

 わたしも息をついて、背もたれにもたれ掛かった。それから、思い出して、あわてて双眼鏡を覗きこんだ。しかし、スネイプのマントが燃えていて、スリザリン席が大騒ぎになっているのしか見えなかった。

 

 

 そのあと、チームメイトに囲まれて、勝利の喜びを分かち合っていたハリーを、ロンとハーマイオニーは容赦なく引っ捕らえた。それからそのままずるずる引っ張っていって、丸太でできたハグリッドの小屋に引きずり込んだ。

 さっき会ったにも関わらず突然やって来たわたしたちに、ハグリッドは特にいやな顔ひとつせず(気のいい人間だ)、わたしたちを出迎えてくれた。にっこり笑って、ハリーをおめでとさんと祝った。

 それから、濃い紅茶をごちそうしてくれた。温かくてとても美味しい。外の風は冷たかったので、ありがたかった。

 ハリーも同じようにして暖まっている。しかし、ロンとハーマイオニーは紅茶など目に入っていないようだ。

 

「ねえ、君たちに、僕をあの場から引っ張ってくるほどの用事があるようには見えないんだけど…」

「あるよ!」

「あるわ!」

 

 二人が声を合わせるなか、ハグリッドは、お茶請けにパンのようなものも出してくれた。どれどれ……

 

 ……固ッ…。

 

 

「ていうかあなた、あんなことがあったのになにをのほほんとしてるのよ!?」

「ハーマイオニーがスネイプのマントに火をつけなかったら今頃落ちてたんだぞ!?」

「え?どういうこと?」

「だから、スネイプがやってたんだってば!」

「あなたの箒に呪いをかけていたのよ!」

 

 ロンのその言葉に、ハリーは驚いて目を見開いた。しかし、次には、いまいましそうに顔を歪めていた。

 

「だから、何かの間違いだろうて」

 

 ハグリッドは、今度はいい顔をしなかった。

 しかし、ハリーは友人たちの言葉を信じたようだった。

 

「……ハグリッド、僕、スネイプについて知っていることがあるんだ。あいつ、ハロウィーンの日に、三頭犬の裏をかこうとして噛まれたんだよ。あの犬が守っているものを、スネイプは盗もうとしたんだ」

 

 ハリーの口から三頭犬と言う単語が出ると、ハグリッドの手から、ごろりとティーポットが滑り落ちた。

 

「…なんで、なんでフラッフィーを知ってるんだ?」

フラッフィー?

「そうだ、フラッフィー……去年パブで、ギリシャのやつから買ったんだ。俺がダンブルドアに貸した――守るため……」

 

 ハグリッドは、落としたティーポット(幸いにも割れなかった)を拾いながら、ぶつぶつと呟いた。

 

「守る?守るって、何を?」

「いや、もう、聞かんでくれ。重大秘密なんだ、これは――」

「でも、スネイプが盗もうとしたんだよ」

「あいつはハリーも墜とそうとした」

「ええ、私も見たわ。スネイプは、確かにハリーに呪いをかけてた。瞬きひとつしなかったんだから!」

 

 ハグリッドはブンブンと首を振った。彼がそうするだけで、テーブルの上のカップは僅かにカチャカチャと揺れた。

 にしても、先程ポットからこぼれた紅茶の掃除は良いのただろうか。わたしは杖を振った。『スコージファイ』、いやはや、これは何かと便利な呪文だ。

 

「違う、お前さんらは間違っとる!そして、関係の無いことに首を突っ込んどる……危険だ。あの犬も、あいつが守ってるものも全部忘れろ。あれは、ダンブルドア先生と、ニコラス・フラメルの……」

「ニコラス・フラメル?」

 

 その言葉に、わたしは顔をあげた。

 ハグリッドは、しまったという顔をした。そして、これ以上ぼろを出すまいと、質問攻めにするハリーとロンにハーマイオニー、ついでにわたしも、まとめて小屋から追い出した。

 

 




一番最初に投稿した後に気がついたのに忘れてたことを今思い出したんですけどターニャって軍人転生だから面白くなってるのであって学校に転生させたらあれ???????????普通の子じゃね???????????????
おのれ存在X(もっと早く気づけ)

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