非科学的な世界で(略)追い詰められるが良い! 作:たたっきり測
十二月がやって来て、クリスマスが近づいてきた。
寒さはますます厳しくなり、すきま風が通る廊下を、生徒たちは身を寄せ合うようにして廊下を行き来した。が、面持ちはそれほどひどいものではなかった。もうすぐやって来るクリスマス休暇を、みんなが楽しみにしているからだった。
そんな何日かの吹雪の後、朝起きて、久々に晴れた外を見てみると、外は深い銀世界となっており、湖には厚い氷が張っていた。
『もしかしたらスケートができるかもしれない』というハリーとハーマイオニー、『スケートってなんだい?』と興味津々のロンと一緒に、湖まで向かうことになった。
「靴の下に刃がついていて、それで滑るのよ」
ハーマイオニーの説明に、ロンはわかったようなわからないような顔でうなずいた。
外に出ると、青空の下、見事な雪景色が広がっていた。どこもかしこも真っ白で、太陽を浴びて光輝いている。いい天気とは裏腹にと言っていいほどの、まさに凍てつく寒さだったが、むしろ清々しさすらあった。
正直、誘われたときは面倒だと思っていたが、そういえば、ここまでの銀世界は見たことがない。それに、ここしばらく、甘ったるい暖炉の暖かさの傍で、窓を揺らす吹雪の音を聴きながら勉強をしていたので、晴れ渡ったキリリと冷たい外の空気は、むしろいい気分転換かもしれない。
それに、都合が良いことに、どういうわけか道のようなものができている。管理人のフィルチが、雪掻きでもしたのだろうか……というか、規則やぶりの生徒を血眼で探す以外にも仕事をしていたか。
と、おそらく全員がそう思いながら歩いていた。すると、段々、ぶつぶつ何か言う声と、じゃこじゃこと何かが擦れる音が聞こえてきた。
「…全く、なんだってマグル式なんだ?こんなの、いつまでたっても終わる気がしないね」
「…全く、その通りだよ兄弟。まさかあのクィレルがあんなに怒るとは思わなかったよな」
進むにつれて見えてきたのは、ぶつくさ言いながら、シャベルを手に、えっほえっほと雪をどかす二人の赤毛。
「えーと、二人とも、何してるの?」
ハリーが声をかけると、彼らは同じタイミングで振り返った。まあ予想はついていた。フレッドとジョージだ。
「あれ、皆揃って、どうしたんだ?」
「こんなに寒いのに、なんで外に?」
「ちょっと湖を見に。もしかしたらスケートができるかもしれないし」
「「スケート?!」」
ハリーの言葉に、彼らはぐっと前のめった。
「何となくわかるぜ。それは…面白そうだ」
「僕らも、このシャベルさえなけりゃあな」
「でも雪が降る限り終わらないぞコレ。いっそのこと、湖に落としたことにでもしちまおうか」
「そのほうがいいかもしれないな。あの氷をブチ抜くのとここの雪掻き、正直大差はないよな」
二人は、シャベルを地面に突き刺してもたれかかると、空を仰ぎ、フイーと熱を逃がすようなため息をついた。どうやらこの様子、新考案のいたずらの準備をしているわけではないらしい。
聞けば、雪玉に魔法をかけ、クィレルに付きまとわせて、ターバンの後ろでポンポン跳ね返るように仕掛けたのだという。
「そのせいで雪掻き」
「しかも、マグル式」
「「全くもってツいてないぜ」」
兄達の、『だから、あのニンニク臭いターバンには関わるなよ!』というありがたい忠告を背に、ロンが呟くように言った。
「でも珍しいよな。クィレル先生がそこまで怒るなんてさ」
よっぽど嫌だったんだろうな、と彼は付け足した。
結局、スケート靴がないので、本格的なスケートはできなかった。みんなで氷の上を歩いたくらいだが、ロンなどはけっこう楽しんでいた。
わたしはというと、滑って転ぶ未来しか見えなかったので傍観しようと思っていたのだが、ハリーたちに引っ張られて氷の上に立つはめになってしまった。転んだ。
それからは特に大きな事件もなく、比較的穏やかに日々は進んでいった。
せいぜいあるとすれば、魔法薬学の授業で、マルフォイがハリーを孤児と嘲笑い、ついでにわたしも罵るくらいだ。恐らくクィディッチでグリフィンドールに負けたことを根に持っているのだろうが、そのマルフォイも、地下牢の寒さに震えていた。
ハリーはというと、まるでマルフォイなどいないかのように、鍋を掻き回すことに専念していた。マルフォイは、そんなハリーが気にくわなかったのか、今度は、『次のシーカーは大きな口の“木登り蛙”だ』と、クィディッチでの彼の様子を皮肉った。
しかし、今度のは、先程までマルフォイに同調して密かに笑っていたスリザリン生の反応すら芳しくなかった。制御を失った箒にしがみつき続けたハリーは勇敢だ、と誰しもが称賛していた。スリザリンも犬猿の仲とはいえ、その勇敢な行動を嫌味に囃し立てるのは、何か思うところがあるらしかった。
マルフォイはというと、ハリーにそんな手心を加えるつもりはないらしい。しかし、場の妙な雰囲気にはすぐに気がつき、再び親がいないことでハリーをなじった。
そんな授業が終わり、地下牢からの階段を上ると、大きな木を運ぶハグリッドと出くわした。
「やあ、ハグリッド。手伝おうか」
「いや、大丈夫だロン。ありがとうよ」
しかし、ハグリッドの息はかなり荒い。手伝ったほうがよいのではないか。
「いや、ハグリッド、やはり――」
「すみませんが、そこどいてもらえませんか」
後ろからの気取った声に、わたしの申し出は遮られた。
振り返って見てみれば、マルフォイが、クラッブとゴイルを引き連れて、つかつかと歩いてくるところだった。
「やあ、ウィーズリー、デグレチャフ。掃き溜め出身どうし、仲良く小遣い稼ぎかい。卑しいものだね」
ロンはピクリと身じろぎして、マルフォイを睨み付けた。
「そう見えるか?」
「ああ、デグレチャフ。見えるとも。…そうだ、ホグワーツを出たら、森の番人にでもなったらどうだい?君たちの家に比べれば、ハグリッドの小屋だって宮殿みたいなものなんだろうからさ」
マルフォイの言葉に、彼が従えた仲間たちも、同意を示すようにクスクス笑った。
別に放置しておいてもよかったが、卑しいと思われたままというのも気分が悪い。ハグリッドも、この場をどう収めればよいかと困ったような顔をしているし、ここはなんとか事実を伝えねば。
わたしは、『ハグリッドの手伝いしようとしていただけだよ!でも見解の違いってあるよね!しょうがないよね!』と伝えることにした。
「そうか。わたしたちはハグリッドの手伝いをしようとしただけだが、貴方には卑しく見えるのだな。まあ…」
「全く、卑しいのはどっちなんだか」
ん?なんだ、その余計すぎる一言は?
わたしは振り返った。ロンが、フンと鼻を鳴らして、苛ついた目でマルフォイを見据えている。
わたしは向きを直した。と、同時に、先程の笑いを引っ込めたマルフォイが、青白い頬を怒りで若干赤くしながら、こちらに詰め寄ってきた。
「僕の方が卑しいとでも言いたいのか?」
「お、おい。ちょっとまて。わたしは…」
「ああ、全くその通りさ。君は本当に嫌なやつだよ……そんなところまで、父上に似たのかい?」
「黙れウィーズリー!」
ロンの一言で、マルフォイはびっくりするくらい激昂した。
彼がらしからぬ叫びをあげ、ロンに掴みかかった瞬間、スネイプが階段を上ってきた。
「……これは、一体なんの騒ぎだ?」
マルフォイは即座に手を引っ込めた。
「すみません、先生。彼らに、喧嘩を売られたもんですから」
「おい。そっちが先に売ってきたんだろ?卑しいとかなんとか言いやがって」
スネイプは、両者の言い分に苦い顔をすると、ロンとわたし、それから一応マルフォイ、あと、今回は一言もマルフォイと言葉を交わしていないハリーにも理不尽な注意をして、廊下を去っていった。
マルフォイはというと、舌打ちをかまして、乱暴にロンの横を通り抜けると、来たときと同じようにクラッブとゴイルを引き連れ歩いていった。
「まさか、スネイプが減点しないなんて、珍しいこともあるもんだな」
「ロン、あなたもよ。私てっきり、あなたの方から掴みかかると思ってたもの」
「ああ、ハハ……まあ、ね」
ロンは頭を掻くと、わたしを見て軽く肩をすくめた。
ハリーはというと、僕は今回はなにもしてないのに、と悲痛に呻いた。
ハグリッドを大広間間まで手伝い、別れたあとは、図書室で『ニコラス・フラメル』について調べることになった。
どういうわけか、わたしも調べなくてはならないらしい。正直、あの仕掛け扉の下にあるものがなんなのか、ましてや、スネイプがそれを盗もうがわたしの知ったことではない。
しかし、図書室には用があるのはわたしも同じ。適当に調べているふりをして、
図書室に足を踏み入れるなり、ハリーたちは散り散りになって、ニコラス・フラメルの捜索を始めた。
わたしはそんな彼らを横目に、リストをポケットから取り出し、目的の本棚へと歩いていく。…あった、これだ。
テーブルに戻ると、既に本の山がいくつか出来上がっていた。タイトルを見る限り、どうやら、関連していそうなものを、片っ端からしらみつぶしに捜すらしい。
わたしは椅子に座り、本を皿のような目で嘗めている三人に顔を近づけ、ごくごく小さな声で話しかけた。
「しらみつぶしに探さなくても、マダム・ピンスに頼んで、いくつか見繕ってもらえばいいじゃないか」
「何言ってるんだよ。彼女に頼んだら、僕たちが四階について嗅ぎ回っているのが、スネイプにばれるかもしれないだろ」
「ん゛っ」
……まて。その考えはなかった。
「ターニャ、どうしたの。大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だ、問題ない」
では、わたしがエレニウムについて調べ回っていることも、マクゴナガル先生に筒抜けということか?!
え、ええ、そんなことってあるか。だって読む本とかそういうのってプライバシーだよな。うん。ありえないったらない。これはハリーたちが勝手に深読みしているだけだそうに違いない。
そこまで考えて本を開こうとした瞬間、背中に嫌な気配を感じた。
思わずバッと振り返ってみれば、遠くの書架の隙間から、こちらをジッと見ているマダム・ピンスが!
家政婦は―――否、『女司書は見た!』!!
わたしが脳内でそんな下らない茶番をしてフリーズしている間に、マダム・ピンスは隙間から姿を消した。
いや、うん。恐らく、先程のわたしの奇声を聞き付けて様子を伺いに来ただけだろう。
もちろん、リストを先生に告げ口しているなどもありえない。大体、マクゴナガル先生だって使用禁止と言っただけで調べることに関しては規制していないし?そもそもわたしが何を調べようとわたしの勝手ではないか。おまけにエレニウムはわたしの所有物だし、所有者として物のことを知っておきたいというのは当たり前の心理というか義務というかなんというか、な?
うん、問題ない。……はずだが。
「あれ、その本戻しちゃうの?」
「……ああ」
今日のところはやめておこう。念のためだ。
わたしは、本を元の場所に戻した。
大量の分厚い本を一日で調べ終わるはずもなく、結局、休暇までの空き時間をほとんど図書室で過ごすことになったが、ニコラス・フラメルについてはわからなかった。
ハーマイオニーは、『休みの間、調べるのをお願いね。私も、あっちで調べてみるから』と、ハリーたちに念を押して、人間界の実家へと帰っていった。
そう、クリスマス休暇中は帰省が認められている。生徒たちが休みを待ち望んでいた理由の大半がそれだ。お陰でせっかくのクリスマスだというのに、ホグワーツはがらんどう。特に一年生は、はじめての寮生活でのホームシックを埋めるように、こぞって家に帰っていった。
グリフィンドールで残っている生徒もほとんどいない。しかし、良く見知った顔がいた。ハリーとウィーズリー兄弟だ。ハリーに関しては言わずもがな。ロンたちは、今年は両親が実家を留守にしているため、ホグワーツに残るのだとか。
まあ、お陰で、賑やかな休暇となった。
少なくとも、ウィーズリーの双子が企画した様々な遊びに、ハリーとロンは笑いっぱなしの遊び倒しだった。トランプやらチェスやら雪合戦やらといった遊びはもちろん、ハリーの話を参考にして、悪知恵……ではなく、経験知を駆使してスケート靴を作ったのには驚いた。面白そうなことへの執念恐ろしや。
当然というように、ハリーとロンはスケートに誘ってきたが、わたしは今度は丁重にお断りした。一年目のクリスマス休暇ということもあって宿題は控えめ(上級生談。実際に出されたのは変身術と魔法薬学のレポート。まあいつも通りだ)だが、それならばなおさら早く済ませた方がいいというものだ。
わたしの理由に、二人はウゲーという顔をした。彼らの後ろにいる双子もおんなじような表情になった。
「おいおい、今日はイブだぞ?」
「なのに勉強なんて、正気か?」
「イブでもなんでも、ターニャの言うとおりだよ、君たち。スケートだかなんだか知らないけど、ターニャと一緒に宿題をしたらどうだい?そうすれば、僕が見てあげられるよ…」
と、そこにパーシーまで加わったものだから、『イブに勉強なんかしたらバチが当たる』という意味不明な理論でわたしを説得していた双子は、ハリーとロンを引っ張って瞬く間に逃げ出した。曰く、遊び盛りの僕らに監督生さまのご高説を拝聴している暇はないのだとか。
「さすが僕らにP.P.P.と言われるだけあるな」
「ターニャ、そいつに石頭を移されるんじゃないぞ」
最後にそう言い残して、彼らは廊下へと消えた。
パーシーは、そんな彼らを見送ってから、ため息をついて椅子に腰かけた。それから、どうぞと向かいの椅子を手で示すので、お言葉に甘えて、そこにお邪魔する。
パーシーは勉強の教え方がうまい。だが、それ以上に、わたしと彼は気が合う。たぶん、似ているのだ。彼の考えやその向上心には、共感するところ、好感が持てる部分が多々ある。パーシーもそう感じているのかはわからないが、少なくとも、わたしが話しかけて嫌な顔をしたことはない。
まあ、勉強を教えてくれるとは言っても、わたしとて義務教育、高校を経て大学まで行った大人だ。一通りの勉強はしてきたし、大体のジャンルごとの勉強法については自分のスタイルを確立している。たとえば、今日は魔法薬学のレポートを仕上げる予定だが、内容がちょっと違うだけでレポートの書き方は承知しているからスムーズなものだ。そのため、言葉を交わす時間よりも、黙々と各々の作業を進める時間の方が遥かに多い。
そんな時間のお陰で、レポートは完成した。自分でパラパラと通して読んでみるが、特に問題はないように思える。
どうやら、パーシーも一息ついたらしく、羊皮紙から顔をあげて伸びをしている。
「あ、終わったのかい?」
「はい、一通りは」
パーシーが手を差し出すので、わたしは羊皮紙の束を渡す。
こうして上級生に勉強を見てもらえるのは良い。構成は問題ないはずだが、内容が間違っている可能性もゼロではないし。それに、もっとよくなる部分もあるかもしれない。わたしは最大のベストを尽くすつもりだ。ベストの積み重ねで、監督生(そしてあわよくば首席)になり、品行方正という箔付きの好成績で学校を卒業、ゆくゆくは前世よろしく安定した職場に勤めて安泰の生活を送るのだ。
…問題は、その安定した職場が見つからなさそうということか。この魔法界、どうやら企業よりも個人単位での経営形態が主だし、他に仕事といったらドラゴン研究者とかクィディッチ選手とか、なにかと奇妙で危険な仕事が多い。安定してそうなのは、教師や魔法省(闇払い等除く)か。
まあ、言ってしまえば、まだ先の話だ。考えるに越したことはないが、今切羽詰まることでもないだろう。
「うん、よく書けていると思うよ。やっぱり、三のところの文章はこっちにして正解だったね」
「ありがとうございます」
わたしは顔をあげて、パーシーから羊皮紙を受け取った。これで宿題はひとまず片付いた。あとは復習と予習に励むとしよう。
「すみません、忙しいのに勉強を見てもらって」
「いいんだよ。むしろ勉強しながらですまないね。なんせ、今年はふくろう試験があるから…」
「え」
…しまった、すっかり失念していた。パーシーは五年生。五年生といえば、あの悪名高いふくろう試験がある年だ。
「すみません。わたしの勉強を見ている場合ではないというのに」
「平気だよ。まだ時間はあるし、計画だってきちんと立ててるし、それに、僕は監督生だしね。
…そろそろ昼時かな。お互いキリが良いみたいだし、よければ一緒に大広間へ行かないか」
「そうしましょう」
立ち上がるパーシーを見上げ、わたしはふと浮かんだ疑問をぶつけた。
「そういえば、P.P.P.って、何のことですか?」
「…………」
「
ああなるほど、とわたしも席を立った。
翌朝、寒さのわりに心地よい目覚めでひとり起床すると、枕元にはいくつかのクリスマス・プレゼントがあった。
ひとつは、クリスマスカードとささやかなお菓子、それから、兄弟たちが思い思いにメッセージを書きあった寄せ書きみたいな手紙。孤児院からのものだった。いやはや、みんな元気そうで何よりだ。
ひとつはハーマイオニーから。蛙チョコのボックスだ。クリスマスカードには、微笑んだサンタの吹き出しに、『ニコラス・フラメルについて全く進捗がないの』という落胆のメッセージが綴られていた。
そして、もうひとつは、まるまるもっこりとした包みだった。何やら見慣れない字で『ターニャへ』と記されている。差し出し人名は……『モリー・ウィーズリー』?
ウィーズリーということは、ロンの家からのプレゼントか。今度なにか返さないといけないなぁと考えながら包みを開けると、厚い手編みの深い青のセーターと、大きな箱に入った手作りと思われるファッジが出てきた。
ファッジはメチャクチャに甘かったが、勉強しながらちびちび食べるにはちょうど良さそうだ。セーターも、ここ最近、談話室から一歩でも出たら凍死しそうな寒さなので助かる。せっかくなので早速着ることにした。
「おや、ターニャもウィーズリー家特製セーターを着てるじゃないか」
「やっぱ、ママは身内以外だと張り切るよな。僕らのより良い出来だ」
談話室に降りると、黄色いセーターを着た双子が、早速声をかけてきた。二人のセーターは特別製なのか、イニシャル付きだ。
「ああ、ありがたく着させてもらった……フレッド、ジョージ、メリークリスマス」
「「メリークリスマス、ターニャ」」
ハリーとロンもすでに談話室に降りていて、やはり二人ともセーターを着ていた。
「メリークリスマス。ハリー、ロン」
「メリークリスマス」
ハリーはにこにこ嬉しそうに、クリスマス
「め、メリー、クリスマス……ああ、ママってば、君にまでセーターを送るなんて。もっと、こう、失せ物とか…」
「なんで?このセーター、とってもいいよ。ねえ、ターニャ?」
「そうだな。それに、失せ物もきちんと入っていたぞ」
「ああ、あのファッジ、美味しかったよね」
やっぱり嬉しそうに笑うハリーを眺めて、そういうことじゃないんだよなぁ、とロンはぼやいた。
その日のご馳走はすばらしかった。朝から、七面鳥のロースト、プディング(時々シックル銀貨入り)、ローストポテトにゆでポテト、チポラータ・ソーセージ、バター煮の豆、トライフルにクリスマスケーキ、それらがずらりとテーブルに並べられている様は壮観ですらあった。
朝食のあとは、『クリスマスに遊ばないなんてそれこそ本当にバチが当たるぞ!』という双子に引っ張られ、箒を使用した、猛烈な雪合戦をすることになった。
双子がかけた魔法により、雪は勝手に雪玉となって、雪玉がなくなった人のところへ飛んでいくため、こちらは投げることと飛ぶことに集中するだけなのだが、意外と神経を使う。フレッドとジョージは、クィディッチで似たようなことをやっているからか慣れたものだ。
やる前はたかが雪合戦と思っていたのだが、やると意外と熱くなってしまい、終わる頃には全員びしょ濡れだった。特に酷いのは、最初あまり乗り気でなかったがために、双子にさんざん狙われたパーシーだ。勝手にポコポコ出来上がっていく雪玉を見て、「全く、こんな魔法を習得するなら、もっと有用な魔法を習得すればいいのに――」と言った途端、顔に雪玉が四連続でクリーンヒットしたのはご愁傷さまだった。
そして、夕食は朝食よりも豪華さを増していた。さらに、朝食時には無かったクラッカーは大砲みたいな音がして、青い煙ハツカネズミと海軍少尉の帽子、それから何らかのおまけが飛び出すものだった。割れないしゃぼん玉キット、ドリア薬、チェスセット、地面と平行に伸びるヨーヨー……。
談話室に帰ったあとで、ハリーが新品のチェスセットを使ってロンに負けていた。どれそんなに強いならわたしもと挑んでみたが、負けた。ロンはかなりチェスが強かった。
そのあとは、フレッドがパーシーにイボつくりキットでイボを作ったり、ドリア薬の使い方がわからないわたしに、ロンが手本を見せようとして大惨事になりかけたりした。
しばらくして、みんな満腹で眠くなってきたのか、比較的早くにお開きとなった。わたしも、遊びまくったせいか疲れてしまい、あっという間に眠りについた。思えば、誰かと一日中、こんなに遊び倒すというのは、今まで経験したことがなかったかもしれない。
さて、クリスマスの余韻もほどほどに、わたしは課題が終わったのを良いことに、クリスマスの翌日から図書室にこもっていた。エレニウムの使い方を調べるためだ。この前は躊躇したが、やはり調べないことには始まらない。しかし、昨日の収穫はほぼゼロ。どれもこれも、あんまり役に立たない情報が書いてあった。
わたしは何となく『エレニウム変遷』をぱらぱらと見返していた。著名人の見解の章で、ふと手が止まった。
――ニコラス・フラメル。
わたしはあっと小さく叫んで、それから慌てて口を塞いだ。
ああ、そうだ!どこかで聞いたと思ったら、思い出した。この役に立たない歴史書に、まともなコメントを残していた数少ない人のうちの一人だ。
わたしはその場でページをめくった。曰く、ニコラス・フラメルは、『賢者の石』の製作に成功した、唯一の錬金術師。
『賢者の石』。それがハグリッドが言っていたものなのか?そうだとして、なぜホグワーツにあるのだろうか?
ハグリッドは、確かに『あれはダンブルドア先生とニコラス・フラメルの……』と言った。賢者の石は、ダンブルドアとフラメルの共同製作によって産み出されたものだ。ならば、賢者の石の製法か、あるいはそれそのものを保管しているのか。
いかなる金属をも黄金に変え、そして、飲めば不老不死になる『命の水』の源。スネイプはこんなものを欲しがっているのか。そんな浅はかな望みに走る人間には見えないが、人は見かけによらないというやつか?
以前授業中に確認した所、ハリーたちの言うとおり、スネイプは確かに足を負傷しているようだった。おそらく、医務室であっという間に治る傷だ。そうしないのは、ハーマイオニーの言うとおり、怪我を知られたくない、もしくは、原因がやましいから……という線が濃厚だ。
それに加え、クィディッチの件は不可解なままだ。やはり、あの場でハリーを墜とすメリットがわからない。
しかし、スネイプのマントが燃えたとき、彼はそれに気をとられ、ハリーから目を離していた。その途端に、ハリーは復活した。このことから、呪いをかけていたのはスネイプだと思われる。
そうなると、反呪文をかけていた者が誰なのか気になるが、今となっては確かめようもない。教師のうちの誰かだとは思うが…。
いやしかし、気がついているのならば、反呪文をかけるのではなく、その場でスネイプを止めるべきでは?ハーマイオニーが気がついたのだ、教師ならば誰が呪いをかけているかなど一目瞭然なのでは?別に、こっそりハリーを助ける意味はないように思える。
いや、意味はあるのか?ハリーを助ける、それがばれたらまずい教師、というと、ハリーを毛嫌いしているスネイプ?いや、彼が呪いをかけているのだ。ならば、大っぴらに生徒一人に入れ込んではいけない立場の者か?学校で大きな存在、校長――アルバス・ダンブルドア。
たしか、校長室がある塔は、競技場からも見えた。ならば、窓から反呪文をかけることは可能だ。
となると、ちょっと信じがたいが、あのダンブルドアの反呪文を受けて尚箒を暴れさせたスネイプは、相当な闇の魔術の使い手だということだ。
闇の魔術に、賢者の石。あまり良い組み合わせとは思えない。それこそ、『例のあの人』のような……
まて。まさか、やつが、戦争のキーなのか。ヴォルデモート卿に次ぐ災害となるのか?
もしもそうなら、まずい。それでは、何もかも、あの悪魔の思うままだ。
とはいえ、わたしにできることはない。
一応、確定的な証拠がないのだ。仮にあったとしても、話したところで……ハリーと仲のよいハグリッドでさえああだった。わたしが他の教師に話したところで、信じてもらえるかどうか。
そもそも、賢者の石はどうやら堅牢に守られているようだし、現にスネイプはそれを突破できていない。第一関門の三頭犬すらまだなのだ。
……ふむ、三頭犬。というと、発祥はギリシア神話のケルベロスか?たしか、孤児院に各地の古代神話関連の本がいくつか置いてあって、それに載っていた記憶がある。
ハデスが支配する冥界の番犬。ヘラクレスに捕まえられた話が有名…なのだろうか。
そうだ、琴の名手が死んだ恋人だかなんだかを追って冥界に向かう話にも出てきたっけか?たしか、音楽を聴くとたちまち眠ってしまうんだよな。
ん?
…いや、今のわたしは考えすぎている。ホグワーツだって馬鹿じゃないだろう。まさか、音楽を聴いて眠りこけるような番犬を配置するか。いやしない。
わたしは、とりあえずそういうことにして、本をもとに戻した。さあ、目的の本を探さなければ。
本棚をうろうろとさ迷って、参考になりそうな本をいくつか――ついでに、ニコラス・フラメル関連の本も――揃えたので、席に座ることにした。
今は休暇中で混むようなことはないだろうし、窓際の暖かな席にでも行ってみようか。
しかし、そこにはすでに先客がいた。ハリーとロンだ。
「ハリー、ロン。良いところにいた。ニコラス・フラメルの正体がわかったぞ」
「え、ウソ!」
ロンは『近代魔法研究』から顔をあげ、小さくそう叫んだ。
「正体は錬金術師だった。ほんとに良いタイミングだな。貴方たちに渡そうと思って、いくつか本を見繕ってきたんだ」
ロンは、わたしがテーブルに置いた本のいちばん上のものを取ると、素早く目を通した。
「ニコラス・フラメル、賢者の石……あっ!これ、蛙チョコの、ダンブルドアのカードに書かれてるやつだ!なあ、ハリー。ニコラス・フラメル、賢者の石だ!君がグリンゴッツで見たのはそれだったんだよ!」
ロンは小さく叫んで、大きくガッツポーズをした。
しかし、ハリーはぼんやりとうなずいただけで、特に反応を返さなかった。
「おい、ハリー。具合でも悪いのか?」
「別に…」
そっけない答えだが、別に何もない、という風には見えない。
「ハリー、あの鏡のことを考えてるんだろう。今夜は行かない方がいいと思うよ」
「なんで?」
「よくわかんないけど、あの鏡、なんだか悪い予感がするんだ。それに、夜はフィルチもミセス・ノリスもうろうろしてる。君がいくら見えないからと言って、安心はできないよ」
「ハーマイオニーみたいなこと言うんだね」
「君を心配してるんだハリー。行っちゃだめだ」
ロンの言葉に、ハリーはうんざりした顔をした。それから、無言で立ち上がって、ロンの方を見もせずに、図書室から出ていった。
ロンはそんなハリーを心配そうに見送ったが、追うことはしなかった。
「あいつはどうしたんだ?」
「あー、昨日の夜、外に出たんだけど」
「は?外に?」
おいおい、勘弁してくれよ……いや、
「…よくばれなかったな」
「うん。ハリーへのクリスマスプレゼントを使ったんだ。透明マント」
「透明マントだと?」
わたしはロンを見た。『シー!静かに!』と鋭く囁かれて、思わず両手で口を塞ぐ。
「嘘だろう」
「ところがどっこいホントの話さ。マーリンの髭も抜けるぜ、こりゃ」
「……ドラえもんにでも会ったのか?」
「…誰それ?」
「………。いや、なんでもない。続けてくれ」
ロンは戸惑いがちにうなずいて、今まで以上に声を潜めて話した。
「うん。それで、ハリーが見せたいものがあるっていったから、ついていったんだ。すごかったぜ、透明マント。ミセス・ノリスの目だって掻い潜れたんだ……」
ロンはその時のことを思い出したのか、顔を赤らめ拳を握ってそう語った。
「それで、ハリーが見せたいものっていうのは……鏡だった。ハリーのパパやママが映るって言うから、死んだ人を見せる鏡なんだと思ったけど、僕が見たら、僕が監督生兼クィディッチチームキャプテンで、最優秀寮杯とクィディッチ優勝カップを両手に抱えてるのが映ってたんだ」
「それはまた……夢みたいな話だな」
「まあ、うん。でも、やっぱり、あれはいいものじゃないと思うんだ。結局、あの鏡が何を
怪しい、なあ。この学校にはそういうよくわからんモノは溢れかえるほどあるし、ぶっちゃけ聞いただけでは、その鏡もそういう類いのモノのひとつとしか思えないのだが。
しかし、ロンは心配そうだ。
「ハリーのやつ、今日もきっとあの鏡のところに行くよ。もしかしたら、一晩中あの鏡の前にいるかも」
「まあ、透明マントがあるんだから、大丈夫だろ」
「でも、透明マントはハリーを透明にするだけだ。もしもフィルチやミセス・ノリスが、偶然鏡に夢中になっているハリーを蹴飛ばしたりしたら?」
「…まあ、あり得なくはないが、偶然の話だろ。確率は低い」
それになんだ、なぜその話をわたしにする?親友のロンですらハリーを止められないのに、わたしが彼を止められる確率は低いと思うのだが。
「なんだよ、それ。とにかく、ハリーがフィルチに見つかったらって考えてみろよ、それとも何、君はなんとも思わないわけ?」
「そういうわけではないが…」
「だろ?もしハリーが夜出歩いているのが見つかったら、下手すりゃ退学になるかもしれないんだぞ」
う、それは不味い。
「なんでわたしにそれを言うんだ。わたしに止められるとでも?」
「そりゃ、僕が行ければいいけど、僕がついていくって言っても、あの様子じゃ、ハリーが拒否するのは目に見えてるだろ?でも、誰かがついていって、キリの良いところでハリーを連れ返す役をやらなくちゃダメだと思うんだ」
「つまり…?」
「言わなくてもわかるだろう。僕がダメ、ハーマイオニーはいない。君が、いや、君しかいないんだよ」
わたしは、深く、長いため息をついて、目を閉じた。