送迎をしてくれる予定だった斎木さんは、つかさとの話が入ったので帰ってもらった。本来なら美城プロダクションについての報告書作成のみだったので自宅でやろうと思っていたのだが、つかさとの商談の上申書も追加となったので一度本社でアパレル部門の人間と役員に会って根回しをしておいた方がいいだろう。
幸い、美城プロダクションから歩いての距離にNISIKIの本社があるのでそのまま歩いて向かう。
NISIKI本社に向かった俺は、丁度本社に残っていたアパレル部門の部長と執行理事がいたので先ほどのつかさとの話をする。どちらも商談の内容については概ね賛成の様でスタートは好調のようだ。早めに俺の方から上申書をあげ会社の方針を決め、つかさには提携会社の社長として来てもらう話まで漕ぎつけたい。
それが済めば、詳細をつかさと話しながら詰め、契約に持ち込めればいいだろう。
思わぬ商機により予想より本社で過ごすことになっていた。気が付くと夕日はとっぷりと水平線の向こう側に落ち、外は暗くなっていた。本社のオフィスの窓から外を見る。外が暗くなったのでガラスに映る自分の姿がよく見える。そこには、スーツを着こなした俺がいる。昔同じようにガラスに映る自分を見たことがある。前世での自分の姿である。
今は高校生だがまさかこんなに早く同じ姿を目にするとは思わなかった。
「おや、江夏君。まだいたのかい?」
オフィスに立ったままの俺に後ろから声が掛かる。ガラスに映る人物を見れば、いつも会議前に声を掛けてくれる執行役員の飯田さんだ。夕方も過ぎたというのに相変わらず渋い雰囲気のいで立ちに髭が似合っている。
「ああ、飯田さんですか。お疲れ様です」
「いやいや、江夏君こそお疲れ様だ。今日の桐生さんとの提案は実によかった。アパレル部門もまだまだ情報収集が進んでいなくてね。これからのいい起爆剤になってくれるはずだ。それに相手の桐生つかさについても今後花開きそうな有望さだ」
「そうですね。お互いにとっていい話になるかと思います」
「そうだね。それにしても最近は君くらいの歳で色々やってる子が多いね。江夏君は、もううちの主戦力になってくれているし、さっきの桐生さんについてもそうだ。それに実はうちの娘もアイドルにスカウトされてね。初めは私も反対していたんだが、妻も賛成するし娘も初めて自分からやりたいって言ってくれたから応援することにしたんだ。最近はレッスンが忙しいのか帰りも少し遅くなってきているみたいでね。応援してやりたいがやはり親としては心配だ」
「そうなんですか。娘さんも頑張っているみたいですね。とはいえ、親ともなると心配にもなりますね」
「そうなんだ。おっと済まない。歳を取るとどうも話が長くなるみたいだ。江夏君も今日は疲れているだろうからそろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
そう言って飯田さんは、腕時計で時間を確認する。俺も釣られたかのように時計をする。
「はい。丁度今作業も終わったのでこれから帰ります。お疲れさまでした」
飯田さんに見送られて退勤する。本社から駅はそう離れていないので駅まで歩く。ICカードを改札にかざしてプラットフォームに向かう。他社の退勤時間とも被っているのでホームには多くのサラリーマンが並んでいた。そんな中見覚えのある後姿と深い蒼みがかったショートヘアの髪が見えた。俺が目を凝らすと同時に、丁度彼女が振り返る。電光掲示板で次の電車を確認しているようだ。すると、視線に気が付いたのか掲示板を見ていた目がこちらを向く。
俺と目が会った速水は、少し驚いた表情をした。それもすぐに笑顔に変わると胸の前に手を上げて小さく手を振る。
速水は最近よく笑うようになったと思う。環境の変化や心境の変化もあるだろうが、何より本人がその変化を自覚し今を楽しんでいるのだろう。
俺は、手を振る彼女の方に向かって歩く。
「また会ったな」
「そうね。何だか熱い視線が向けられていると思ったらあなただったのね」
「熱い視線なんて向けてねぇ」
「そうかしら?でも私は気付いたわ」
「たまたまだ」
「ふーん。そうかしら?それより、私お腹がすいたの。どこか食べに行かない?ああ、朝までホテルでもいいわ」
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ。まぁ飯くらいならいいぞ」
「もう少しノってくれてもいいのに。仕方ないわね。それじゃあ、家の最寄り駅の周りで店を探しましょ」
「そうだな」
そんな事を話しながら俺たちはサラリーマンでごった返すホームで電車を待つ。制服姿の速水はそんなホームで目立っている。それに速水自身が10人いれば10人が美人だと言い切るような容姿をしているのだ。殊更目立っている。チラチラと周囲からの視線を感じる。速水はそんな視線には慣れているのか気にした様子はない。
電車を待つ間、速水と時間潰しに話をする。
「そういえば今日、宣材写真を撮ってきたの」
「へぇ、宣材写真ってデビューの時にでも使うのか?」
「ええ。そうみたいね。他にも、アイドルになった後に受けるオーディションなんかにも使うってプロデューサーが言ってたわ」
「何だか本格的に速水もアイドルとして活動が始まるんだな」
「ええ。そうみたいね」
「そうみたいって、自分の事だろ?」
「そうなんだけど、何だかまだ実感がわかないのよ。多分デビューして、舞台に立てば実感がわくかもしれないわ」
速水は、考え込むような表情でそう言う。
「そんなもんか」
「そんなものよ。といってもそのデビューはまだ先だから私も明言は出来ないけど。
それにアイドルって案外難しいものね。今日の撮影で笑顔をしてくれ、ってカメラマンさんに言われたけど、やれって言われて笑顔をつくるのは案外難しい者なのね。自分で見てもどこかぎこちない風に写るし。カメラマンさんのアドバイスで最近の楽しかったことや嬉しかった事を思い出してって言われてやってみたらやっとOKを貰えたわ」
そう言って速水は嬉しそうに笑う。
「OK貰えた撮影の時には何考えてたんだ?」
「えっ?…それは…その…秘密よ」
俺の問いかけに速水は少し言葉に詰まる。ホームを照らす蛍光灯の明かりの元でわずかに頬を朱色に染めた速水は顔を逸らした。ショートカットの髪から覗く耳も少し朱が差しているようだ。
「ま、まぁ、これについては別にいいの。それより、あなたは何をしてたの?」
無理やり話題を変えて速水が俺に話を振ってくる。言いたくないようなので無理に聞こうと思わない。どうせ、電車が来るまでのただの雑談なのだ。
「俺か?仕事してきた」
「それはわかってるわ。ちゃんと答える気あるの?その内容よ、内容」
「とは言ってもな。外回りしてきた後に本社で書類作成したくらいだしなぁ。ああ、そういえば、今日久しぶりに会った…友人…いや、ビジネスパートナーか?がアイドルになってた」
「えっ?!江夏君に友人なんていたの?」
驚いた表情を隠すことなく速水が俺をまじまじと見る。
「おい。何だその意外そうな顔。やめろって」
「だって江夏君って学校で色んな生徒と話したりしているのは知ってるけど、プライベートではだいたい一人でいるような感じだし。誰かとつるむような感じでもないから」
「人のプライベートを偏見と憶測で語るんじゃない。いやまぁ、確かにその通りだが、友達くらいいるぞ。ほら、お前だって、その、友達だろ?」
ここで違うって言われたら俺は、今まで以上にプライベートで他人から距離を置くことになりそうだ。
「ふふっ、そうね。江夏君と私は友達よ。いいえ、むしろ、それ以上でもいいかもしれないわね」
そう言うと速水は、ペロリと唇をなめると一歩俺に近寄ってくる。高校生だというのにどうしてこうも色っぽさを感じさせる動きが出来るのだろうか。対応をどうしようかと考えていると不意に携帯に着信が来た。
「あら、折角いいところだったのに」
そう言いながらも速水は俺から一歩離れ元の位置に戻る。仕事用の携帯を開くと笹井さんのメールのようだ。内容は、飯田さんとアパレル部の部長から他の役員に対しても今回の桐生との提携の話の根回しが済んだとの連絡と桐生との提携の内容についての調整を俺と桐生つかさの間で済ませてくれとの事だ。内容を確認した後に飯田さんに了承のメールを送る。まさかここまで早い対応をしてくれるとは意外だ。まぁ、逆に言えば、それほどまでに今うちのアパレル部門は情報を欲しているのかもしれない。
それから、すぐにつかさにも進展のメールを送って日程調整の為に使える時間を聞いておく。
そんな事をしているうちに電車が到着して乗り込む。相変わらずの人の多さに嫌気がさすがこればかりは仕方がない。俺と速水も電車の中でどうにか自分の位置を確保して下車駅まで耐える。電車の中では先程までと打って変わって会話はない。
それから、しばらく耐えているとようやく下車駅に到着したので電車から吐き出されるかのようにして俺と速水はホームに降り立つ。
「何度乗っても満員電車は嫌ね」
「そうだな。もう少し車両を増やしてほしいと思うがそう簡単にはいかないだろうしな」
二人で未だに多くの乗客を乗せて走る電車を見送る。
駅の改札を抜けてロータリーに出る。
「はぁ、満員電車から解放されてこうやって広いところに出るとすっきりするわね。さて、それじゃあ、どこに行こうかしら?」
ロータリーで気持ちよさそうに伸びをしながら速水が言う。
「そうだな。駅裏に最近俺がよく行く洋食屋があるんだが、そこにするか?」
「そうね。江夏君のおすすめの店にしましょう」
そう言って俺たちは歩き出す。そして、その途中で電車に乗る前にマナーモードにした携帯が震えているのに気が付く。仕事用の携帯を一度取り出すが震えているのはこちらではない。それから、スーツの内ポケットに居れたままだったプライベート用の携帯を取り出すとこちらが震えていた。
「電話?」
携帯を取り出した俺を見て速水が尋ねる。
「ああ、そうみたいだ。すまん。ちょっと電話する」
「ええ、気にしないで」
携帯の画面を見ると桐生つかさと表示されている。あいつ俺の返信を見てからすぐに連絡してきやがったな。それも仕事用じゃメールアドレスしかなのでレスポンスがどうしても遅くなるからとすぐに繋がる電話してきたようだ。
「もしもし」
『アタシだよアタシ』
「アタシ様ですか?申し訳ありません。間違い電話か何かだと思うので切らせてもらいます」
『っておい、待てって。アタシだよ!桐生つかさ。っていうか着信の時に名前表示されてるっしょ?』
「なんだ。つかさか。んで何の用だ?」
『ちょっ、アタシの疑問にはスルーなのかよ。しゃーねぇな。用件は今度の打ち合わせについてに決まってるっしょ。流石、悟じゃん。仕事が早くて助かるわー。後は悟とアタシで契約内容詰めておけばオッケーみたいな感じっしょ?』
「ああ、そうだ。それで、時間はいつ取れる?」
『そうだなぁ。来週あたりには出来るように予定空けるからさ。それまでにお互いある程度案作っとかね?』
「分かった。来週末辺りで調整させてくれ」
『了解。それじゃーよろしくー』
そう言うとつかさはさっさと通話を切る。まるで嵐のような女である。電話を切りポケットに携帯をしまうと速水が呆気にとられたような表情をしている。
「どうした?」
俺が声を掛けると速水は意外そうな顔で俺に言う。
「いえ、何だかとても親しそうに江夏君が話をしていたから驚いただけよ」
「そうか?まぁ、今の相手とは知り合ってからそれなりに経つしな」
「そう。そういえば、江夏君って携帯二つ持ってるのね」
「え?ああ。仕事用とプライベート用だ。まぁプライベート用は殆ど使わないがな」
「それにしては今使ってたみたいだけど」
「あーまぁな。あいつは別だ」
「……そう。そういえば私、江夏君に友達って言ってもらったけど、連絡先知らないわ」
そう言うと速水はスカートのポケットから携帯を取り出す。
「ねぇ、連絡先。交換しない?」
速水と連絡先を交換してから洋食屋に入る。ここの洋食屋は、駅裏の路地を少し入ったところにあるので時間帯の割には店内は空いている。そのおかげでゆっくりと食事することが出来た。
会計を済ませて店から出る。速水とは駅まで戻るのは同じようなのでそこまで二人で戻ることにする。互いに会話をぽつりぽつりと交わしながら駅まで歩く。
不意に会話が途切れたので、不思議に思い速水の方を見る。街灯がまばらにある道で路地を照らす明かりが速水の顔に差す。
「ねぇ、江夏君」
「なんだ?」
「さっき電話してた『つかさ』って人は江夏君の事なんて呼んでいるの?」
「あいつか?あいつは俺の事を『悟』って呼んでる」
「ふーん。そうなんだ」
速水はそう答えるとそのまま黙りこむ。表情を窺うにも丁度街灯の明かりが途切れていて影が差す。
「ねぇ」
「ん?」
「悟君」
「え?」
「ねぇ、悟君。今度から私の事は奏って呼んでくれる?」
ふと歩いていた速水が立ち止まる。隣を歩いていた速水が急に止まったのを見て俺も一歩遅れて足を止める。それから振り返って速水の方を向く。
「急にどうしたんだ?速水?」
「奏って呼んで」
「……」
「ねぇ」
速水は止まったまま動かない。
「………奏」
「何かしら悟君?」
「いや、お前が呼べって言ったんだろ」
「あら、そうだったかしら?そんなこと忘れたわ。それより何時まで立ち止まってるの?早く行きましょう」
そう言って速水は俺を追い抜いて先に進む。すれ違い様に街灯に照らされた彼女の顔が赤く見えたのは俺の見間違いなのだろうか。
駅のロータリーまで戻ってきた俺たちはここで別れる。
「それじゃあ、また明日ね。
「あ、ああ。じゃあな速水」
そう言って別れようとするが速水は動かない。踵を返そうとした俺の服を掴んで帰してくれない。
「悟君?」
「……じゃあな。奏」
「よろしい」
そう言うと速水奏は、パッと掴んでいた手を放す。それから、振り返った俺に見惚れるような笑みを浮かべると踵を返してた。
#1のストーリーまでは、早めに投稿しておきたいと思います。
んで、そこまで出来れば、高嶺と更識の方も進めていこうかと思ってます。