前回の投稿から色々とありました。
国外に出ることは無かったんですが色々出張したりしてました。最近ようやく自分の仕事が普通じゃないって気が付いた。
喫茶店の窓超しに外を眺める。
ビルの間から除く太陽が忙しなく行き交う人々の足元に長い影を落としている。
カランッという音を立ててアイスコーヒーのグラスの氷が溶け、グラスの表面に結露した水滴が流れ落ちる。
窓の外から視線を戻しその様子を眺めた喫茶店の店内に目を配る。
平日とは違い、休日の夕方となれば時間帯に喫茶店に入り浸るような人間は多くない。
多くの人が行き交う外とは違い、控えめに流れるジャズと珈琲の香りが漂う店内にはゆっくりと時間が流れている。結露したグラスから珈琲を飲む。口腔を通り、鼻から抜けていく香りは味わいをより深くする。
香りを味わいながらグラスを置こうとしたときに不意に窓の外から影が差す。自分の座っている席は、窓の外で何かが日を遮らない限りは影が差すことはない。つまりは、誰かもしくは何かがいる。そんな当たり前のことをつらつらと考えながら視線を向ける。
日の光に目を窄めながら見上げると待ち人がいた。
その待ち人は、ガラス越しにスマホを少し弄って此方に掲げる。どうやら見ろという事らしい。掲げられると同時に着信を知らせる為にテーブルに置きっぱなしだった自分のスマホが震える。手に取って確認するとガラス越しの待ち人からである。
『着いた』
内容はその一言のみである。ガラス越しとはいえ目の前にいるのだからと思い、返信を打ちながら苦笑する。店内には入店を知らせるベルが鳴り響く。そのまま、新しく入ってきた客は止まることなくこちらに歩いてくる。そのまま俺の向かいに腰を下ろして一言告げる。
「またせたわね」
舞台を終えたアイドルがそう言った。
「まぁ、とりあえず。おつかれ様」
ガラスのグラスがチンッと控えめな音を立てて乾杯する。互いに未成年という事もありアイスコーヒーで乾杯という何とも珍妙な見た目となっているが仕方ない。
グラスで乾杯した速水もコーヒーで乾杯という格好に少し笑いつつもグラスをぶつけてそのまま口をつける。先ほどまで外にいたこともあり、うっすらと汗の浮かぶ喉がこくこくと動く。グラスを置いた速水は、ふぅと一息つくと視線を上げる。
「仕事終わりの一杯は最高ね」
そう冗談めかしながら速水は言う。
「ビールじゃないけどな」
「未成年だから仕方ないわ。さて、それはそれとして今日は見に来てくれてありがとう。それとこんな時間まで待ってくれてありがとう」
「ああ、気にするな。特に用事もなかったからな」
さて、速水のデビューライブの後にこうして会っているかというとライブ終了しさて帰ろうかと思っていた時に速水からこの後会えないかという連絡があったからだ。とはいえ、ライブは終わったとはいえ速水はライブが終わったから直ぐに解散というわけではなかったのでそれまで俺は喫茶店で時間をつぶしていたのだ。
「それで俺に連絡したのは感想を聞きたいとかでいいのか」
「ええ、そうなのだけれど、ごめんなさい。ここまで遅くなるとは思っていなかったわ」
彼女は申し訳なさそうな顔をする。
「いや、いいって。気にするな。遅くなるって途中で連絡してくれただろ。それにそれでもいいって言ったのは俺だ。気にするな」
速水からは、一時間ほど前に一度遅くなるからもう帰ってもいいという事と謝罪の連絡は来ていたのだ。
「ふふっそういってもらえると気が楽だわ」
彼女の表情が少し和らぐ。最近になって分かってきたことだが彼女は常に周囲に気を回して気配りを欠かしていない。アイドルになる前からも学校で彼女の人気が非常に高いのはその容姿とこういった性格が大きく関係してるのだろう。
「それで、教えてもらえるかしら?あなたの感想を」
そう言った速水の表情は普段よく見る魅惑的な表情だ。
「感想か。速水が来るまで考えていたんだが、生憎今までライブというもの自体行ったことがなかったからな。速水の期待に添えるような感想は言えないぞ」
速水が来るまでに考えていた感想はどれもありきたりで陳腐な言葉しか思い浮かばなかったのだ。俺は、苦笑しつつ頭を掻く。
「いいのよ。私が聞きたいのはあなたの感想だから」
速水を見ながら観念して俺は答える。
「…わかった。そうだな。舞台に立った速水を見てというより、速水が舞台から降りるまで目を離せなかったな。俺だけじゃない。速水の舞台を見ていた観客はみんな目を奪われていた。速水の目線に、その指先に、一挙一足に皆目を奪われていた。速水も聞いただろ?舞台から退場するときの拍手を。見ていた観客全員が速水の舞台を賞賛していた。初めての舞台でこれだけの観衆から注目されてるってのは今後の期待のアイドルとして見られるんじゃないか?」
「そう。初めての舞台で緊張していたし不安もあったわ。でも、確かに見てくれた皆が拍手してくれたわ。緊張と不安を打ち払うくらい嬉しかったわ」
そういいつつも彼女の表情はどこか冴えない。
「私が聞きたかったのはそうじゃないんだけど」
速水にしては珍しくどこかすねたような表情で顔を背け、窓の外を見やる。
とはいえ、俺はライブを見るのなんて初めてなので他には思いつくような言葉はない。
「ふふっ、あなたが悪いわけじゃないわ。あなたに普通に聞いても普通の言葉が返ってくるとは思ってた私が悪いの」
「それって俺の事思いっきり貶してないか?」
「あら、ごめんなさいね。今あなたにしっかり答えてもらうために考えるから」
そう言いつつも速水は、喫茶店のメニューを開いてケーキを選び出す。
「すみません。このショートケーキ一つお願いします」
店員を呼びオーダーする。
「考えるんじゃなかったのか?」
「ええそうよ。でも、考える為には糖分が必要よ」
役目を終えたメニュー表が白魚のような手で元の場所に片づけられる。程なくして速水のご要望のケーキが到着する。
フォークでケーキを突きつつ速水が言葉を紡ぐ。
「さっき私はあなたに感想を言ってほしいっていったの」
綺麗に切り分けられて届いたケーキを器用にフォークで切り分けつつ速水が話す。
「ああ、そうだな」
「でも、あなたのは感想じゃなくて評価よ」
「……評価か」
速水にそう言われて考える。確かに先ほどの俺の答えは、感想というより舞台に立っていたアイドルが俺以外の観客から見た評価なのだ。あくまで俺の感想ではなく、それ以外の人間の反応を総括してまとめ上げた評価に過ぎないのだ。感想は評価ではなく個人の思いであり、主観的意見だ。
これでは、速水が俺に感想を聞きたいと言ったにもかかわらず、評価を述べられたのでは拗ねたようになるのも仕方がない。
「あなたって誰かを評価はするけれど感想は言わないのね。まるで私の父のようね」
「父?」
「ええ、私の父って勤めている会社ではそれなりの立場のようだから誰かを評価することが多いみたいでね。会社での社員の評価についての話を前に酔ってる時に話を聞かされて、評価はあくまで客観的に下すものでそこに主観が入ってはいけない。感想ではだめだって。酔ってるから何度も話を聞かされてね」
「…そうか」
速水の父が言っている事に間違いはない。確かに企業の中で社員評価を下す場合には、その人物の成績や実績を鑑み、その上で総合的に判断を下す。それが基本であり鉄則である。ここに個人の感情や主観的意見を挟むことは許されない。
ふと、前世を思い出す。確かに言われてみれば、俺の前世も部下を評価する側の人間にまで上り詰めた。そこに至るまでのに当時の上司には評価基準について散々教え込まれた。その上、仕事をしていく中で、どの案件に当たろうともクライアントや社内の人間に対しても評価を下し、その上で最も効率的な選択を選んでいた。
「感想か」
ぽつりと口に出す。周りから見た評価を鑑みたう上での言葉ではなく、自分が本心から思ったことを口に出したのは何時だろうか。何分評価ばかりを下す必要があったから、周りの反応を見たうえでの
改めて速水を見る。
「すまないな。それじゃあ改めて俺が思った感想言ってもいいか?」
「ええ。お願い」
啖呵を切ったはいいが、生憎自分の感想というのを考えて話すのが久しぶり過ぎてうまく言葉にできない。
「…俺は…そうだな。俺は、お前とこうして話すのも嫌いじゃない。今回舞台で見た速水の姿も嫌いじゃない」
「…ふふっ、嫌いじゃないって素直じゃないわね」
「普通じゃないんだろ?なら、感想が少しくらいひねくれた言い方でもおかしくないだろ」
「それもそうね。あなたらしいと言えばあなたらしいわ。それじゃ行きましょうか」
「はいよ」
そう言って俺たちは立ち上がる。速水より先にレジに進み支払いをしようとすると後ろから
「待って、待たせたのだから私が払うわ」
「いいって、ほら今日はお前のデビュー祝いだ」
そう言って出口の方に手で押しやる。
支払いを済ませて外で待つ速水のもとに歩み寄る。
「今日はありがとう」
「いや、こちらこそ貴重な体験をさせてもらった」
「ふふっ、何よそれ。これからもっと出来るわよ」
そう言って速水が真っすぐこちらを見る。
「これからもよろしくね。私のファン一号さん」
次回の投稿は未定です。
というのも来年もしかしたら三年間海外事務所勤務かもしれないってのがあったり、来年度行う国外での遺跡調査の現場の治安が非常にすんばらしいので…生きて帰ってこられるかっていうね…