あとビール美味しい。
気が付けば高校生活一年目が終わり今日からは二年生としての新たな日々が始まる。
とはいえ、このつまらない日常の何かが変わるかと言われればそんな事もないだろう。
登校中に元気な声をあげている彼らは何が楽しいのだろうか?この高校を卒業してしまえばそこまでの関係になるかもしれないというのに。一体何にそんなに夢中になれるのだろうか?
生憎と熱中出来るような事がない私にはよく分からない。味気ない日々に飽き飽きしている。楽しそうに話す彼らの姿が私には遠い存在に感じる。
学校に到着した貼り出された新しいクラス割りから自分の名前を探す。速水奏。それが私の名前。
すぐに自分の名前を見つけて下駄箱で靴を履き替える。新学期になり新入生が上級生に混ざって登校してくる。最近は少し減ったかと思っていた視線がまた増えた。自分の容姿が相手から見てどの様に映っているのか自覚はあるけれど、あまり普段からジロジロと視線を向けられるのは余り気持ちの良いものでないわね。
そして視線を振り切るようにして歩き出す。
教室に着くと新しいクラスメイト達の視線が集まる。もうこんなの慣れている。ふふっ今で自分がこの場所を支配しているようですらあるわね。私は周りの視線を気にせずに黒板の座席表を確認する。真ん中の列の後ろ側のようね。席に座ると隣の席に何人かの生徒達が集まっている。そこには一人の生徒が座っていた。
私は少し驚いた。今年は彼と同じクラスのようね。
私の隣にの席はこの学校ではかなりの有名人である江夏悟君がいた。彼は私が唯一目を引かれた生徒ね。
去年の入学式早々に新入生代表の挨拶では、中学を卒業したてとは思えない堂々とした立ち振舞いに朗々とした口振りで私を含めて周りを圧倒していた。
彼は余り表情が豊かとは言えない。無表情というわけではないけれど表情が乏しい。でも、普段の生活の中で垣間見る気遣いから男女問わず高い人気を誇っている。
とはいえ、彼が人気者だからと言って私が興味を持ったわけではない。私が彼を気に止めた理由は他にあるわ。
私が気になったのは彼の周りを見つめる目。
彼は私と同じように少し引いた立ち位置で周りを見ている。でも、その瞳は私の少し冷めたような目とは違う。表情は乏しいけれど、その瞳は何時も周りの事を暖かい目で見ている。そうね、分かりやすく言うならばまるで親が子供を見守っている様な目で私達を見ている。私には理解できない。どうして歳も変わらないのにそんな目をすることができるのか私はすこし興味が湧いた。
「あら?誰かと思えば江夏君じゃない。学校の有名人と同じクラスになったのね。よろしくね」
「学校の有名人はむしろ速水の方だと思うのだが。今年からよろしく」
相変わらずの乏しい表情言葉と共に目が合う。彼の澄んだ目と合った瞬間、私の冷めた考えまで見透かされた様な気がした。
二年生になって初めて江夏君と通学路が同じことに気がついた。彼が何時もは私の乗る電車より幾分か早い電車に乗っているという事でそれなら会わないわね。そういえば彼って自分のことについて周りには全然話さない。何時もと周りの話の聞き役に徹している気がするわ。
待つ間に彼と少し話をしてみる。彼は私の事を高校生には見えないというけれど、その言葉をそのまま返してあげたい。
私は自分が相手にどのように見られているか理解している。私は耳にかかった髪を手でかきあげる。大抵の男性はこうすると顔を赤くしたり釘付けになる。さて、彼はどうかしら?
気になって彼を見るといつもと変わらない欲求を感じさせない澄んだ瞳でこちらを見ているだけだった。面白くない。
電車が来てしまったので乗り込む。彼は空いている二席シートに目を付けて座ろうとする。私は彼の視線を辿り脇をすり抜けるようにしてシートに座る。座ってから彼の方を向きシートのもう片方をポンポンと叩く。私のそんな姿を見た彼は、いかにも仕方がないといった様な表情で苦笑し座った。
彼は走りだした電車の車窓から外を見ている。その視線には桜がその花に淡く色を付けている。
「桜が綺麗に咲いてるわね」
私は気が付いたらそう呟いていた。
「そうだな。去年は、寒くて余り咲かなかったが今年は綺麗だ」
彼はふとした私の呟きにそう答える。そう呟く彼はどこか懐かしそうな目をしている。見れば見るほど彼の事が分からないわ。でも、それがさらに面白いと思う。
それから家の最寄り駅で降りると彼も同じ駅だったようで私と一緒に降りる。
彼と同じ道は駅までのようでここで別れる。今日初めて直接彼と話をしたけれど話せば話すほどよく分からない。このまま何もせずに別れるのも何だか癪ね。
そう思った私は駅の構内の私とは違う出口に向かう彼を呼び止める。
「待って」
一度別れた私に再び声を掛けられて彼は不思議そうに振り返る。立ち止まった彼に私は駆け寄って一度息を整える。さぁて、彼は一体どんな表情を見せてくれるのかしら?
息を整えた私は彼の顔を見上げて一番魅力的に見えるように気にしつつ
「ねぇキスしてもいいかしら?」
私は彼にチョップされた頭を押さえながら彼を見送る。少しは彼の表情を引き出せるかと思ったのだけれどダメね。予想以上の強敵だったみたいね。それに実際話してみて彼に対する興味がもっと湧いたわ。
『もっと自分を大事にしろまだまだ若いんだから。そういうのは軽々しく言うんじゃない。それじゃあまた明日』か。本当に親みたいなことを言うのね。でも、また明日か。ふふ、明日からは少し早く家を出ようかしら。
本文より前書きと後書きに何か書こうかと悩むんでとりあえずビール美味しいって言っておく