二重奏   作:haze

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今週忙しいはずなのに書いてる。書きたくなったんだからやっぱり仕方ないよね。
今日はベルギービール



「江夏君って将来の夢はある?」

 春とはいえまだまだ寒い日は多い。早朝の人気のないホームは閑散としていて寒々しい印象を与えてくる。電車が来るまでの間ホームのベンチで一人待つ。

 

 「おはよう。江夏君」

 

 不意に声を掛けられて声の方を向くと速水がいた。

 

 「本当にこの時間に来たんだな」

 

 「ええ、誰も好き好んで人の多い電車に乗りたいとは思わないわ。出来るならゆっくりしたいし」

 

 「それもそうだな」

 

 「それにしてもこの時間の駅は静かでいいわね。でも少し寒いわ」

 

 辺りを見回しつつそう呟く。速水は少し寒そうにマフラーを口元まで上げる。とはいえ、彼女の制服は第二ボタンまで開けられている。

 

 「寒いならその制服のボタンは閉めた方はいいんじゃないか?」

 

 「嫌よ。だって窮屈なのは嫌いなの」

 

 そう言って速水は俺の隣に腰を下ろす。

 

 「それはまた難儀な事で」

 

 「ねぇ、もしかして気になるのかしら?」

 

 そういって隣に座る俺に胸を見せつけるようにして見てくる。

 

 「まぁ、気にはなるな。寒そうにみえる」

 

 「……私が言いたいのはそうじゃないんだけど」

 

 「ほら、電車が来たぞ。中に入れば暖かいだろ」

 

 

 

 

 学校に向かうために乗る朝の電車は下校の時とは違って静かなものである。線路を走る電車の音をBGMに進んでいく。車窓から見ることのできる満開だった桜の花弁は今朝になり少しずつその身を宙へと躍らせていく。

 

 「今年の桜ももうおしまいね」

 

 散っていく桜を見ながら速水が呟く。

 

 「そうだな。また来年だな」

 

 「来年か。でも来年はこうやって見ていられるかしら?私たちも来年は三年生だから受験勉強で忙しいかもしれないわ。こうして落ち着いて見ていられるかしら。でも、成績優秀な江夏君には関係ないかしらね」

 

 「まぁ俺の事はいいとして速水も成績はいいんだろ?そう慌てるほどの事じゃないだろ」

 

 「そうね。私って真面目だから今のまましっかりしていればそれなりのところに行けるわ。それよりあなたってあまり学校で勉強している姿を見ないけれど優等生さんはどんな勉強方法をとってるの?」

 

 「そうだな。家で少しやってたり……高校生でやる範囲はもう全部終わってる」

 

 「優秀なのね。羨ましいわ」

 

 「……まぁ色々とあるからな」

 

 「?」

 

 「何でもない」

 

 優秀だった。前世では高校生の頃勉強しかしてこなかった。だから、今は全くしなくても問題ない。どの授業も過去の記憶を漁り、思い出す作業を繰り返すだけだ。

 

 「それじゃあ勉強で何か分からない事があったらあなたに聞くことにするわね」

 

 「まぁ答えられる範囲でならな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の学校は、新学期早々からグラウンドで朝練をしている生徒たちの掛け声が遠くに聞こえるだけで人気が少ない。下駄箱で靴を履き替えて廊下を速水と歩く。廊下には二人分の足音が響く。ここも後三十分もすれば登校してくる生徒たちで賑わうことになるだろう。

 教室に入り鞄を横に掛け座る。何時もは読書をしたりと時間を潰すのだが生憎と今日は持ってきていないので机に肘をついて朝からグラウンドで朝練に励む生徒たちの姿を眺める。

 

 「ねぇ江夏君」

 

 グラウンドを忙しなく動き回る生徒たちを眺めていると唐突に速水から声が掛けられる。視線をグラウンドから外し速水と目を合わせる。

 

 「なんだ?」

 

 「江夏君って将来の夢はある?」

 

 「将来の夢?」

 

 「そうよ」

 

 「まぁ親の会社を継ぐことかな」

 

 「親の会社?」

 

 「ああ、まぁそれなりのとこだよ」

 

 「そう。いいわね。夢があるって」

 

 「お前はどうなんだ?」

 

 そう言う俺の問いに速水は少し困ったような表情をする。

 

 「私にはないわ。というよりやりたい事もないの」

 

 そう言って憂いのある表情と共に窓の外を見る。

 

 「私って自分で言うのも変だけれど勉強も運動も人並み以上には出来るの。でもそれだけね。何でも出来るけど何もできないの。器用貧乏ってやつね。何かに特化しているわけじゃないの。何でも出来ちゃうから中途半端に終わってしまうのよ。だから今まで何か一つの事に熱中したこともなければ特定の何かなりたいとも思えないの。私は今グラウンドを走り回る彼らのようにはなれないわ。夢を持つのって難しいのね」

 

 俺はそういう彼女の視線を追って再びグラウンドに向ける。そこでは相変わらず部活動に熱中する生徒たちの姿がある。

 

 「夢か。まぁそう急くこともないんじゃないか?今はともかくその内見つかるかもしれない」

 

 「あら?あなたなら何かいい答えを出してくれるかと思ったのだけど」

 

 「そんな事言われてもな。自分の夢なんだ、誰かに言われてやるようじゃそれは本当の意味で夢とは言えないんじゃないか?誰かの言葉がきっかけにはなるかもしれない。だがどこまで行っても最終的に決めるのは自分だ」

 

 「それもそうね」

 

 「まぁいらん世話かもしれないが一つ言わせてもらうなら周りをもっと見てみるといいんじゃないか?」

 

 「どういうことかしら?」

 

 「世の中色んな職業や考えを持った人間がいる。街に出て周りを見てみろ。いろんな人間がいるだろ?ちょっと散歩がてら色んな人を見て参考にしてみたらどうだ?」

 

 「そうね。考えておくわ。とりあえずあなたの事を見て参考にしようかしら」

 

 「俺か?あまり参考になるような人間じゃないと思うが」

 

 「ふふっ、それを決めるのは私よ」

 

 それから速水とは何気ない会話をして過ごす。話すのは主に速水で俺に対する質問が多かった。そうしていると次第に時間も他のクラスメイト達が登校する時間となり段々騒がしくなってきた。速水はそんな周囲の変化を気にすることなく俺と話す。徐々に教室に人が増えて俺に話しかけている速水と俺をクラスメイトが珍しそうに見る。そういえば、俺と彼女はあまり話をしたことは無かったし、速水が学校で話をしている様子を殆ど見たことがなかった。

 朝の登校時間はこうしてつつがなく過ぎていく。誰かとこうして話すのはあまり好きではないが速水との会話は何処か気楽に話ができる気がする。それを速水に言うと

 

 「江夏君は他の人と違っているから穿った考えばかりする私と相性がいいのかもしれないわね」

 

 「なんだそれ」

 

 

 

 それから、午前の授業はその内容を記憶から呼び起こす作業に没頭した。隣では速水が真面目にノートを取り、時折、ペンを頬に当て考え込んだりしている。午前の授業はそうして終わり昼になる。俺は昼ご飯を買いに行くために席を立つ。売店でお茶とおにぎりを幾つか購入して教室に戻る。速水は隣で弁当をつついている。

 

 「あら、江夏くんはお弁当じゃないのね。毎日売店で買ってるの?」

 

 「ああ。そうだ。お前は弁当なのか」

 

 「そうよ。とはいえ最近は自分で作るようになったわね。江夏君のご両親は作ってくれないの?」

 

 「今体調崩しててな」

 

 「あらそうなの。それはご愁傷様ね」

 

 速水とは二言三言話してそれぞれ食事をする。速水の弁当は色彩豊かで栄養バランスが考えられているであろう様子がよく分かる。

 

 「何かしら?あげないわよ」

 

 そう言って速水は弁当を隠す。

 

 「いや、いらん」

 

 「本当に?女子高生が作ったお弁当よ?本当にいらないの?」

 

 「いらんからさっさと食べろ」

 

 「もう。からかい甲斐がないのね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食後は少し眠くなる。眠い頭を抱えながら午後の授業に臨む。今日の授業はすべて教室での座学でより一層眠くなる。それから授業は終わり帰宅部の俺は荷物をまとめて帰る準備をする。俺の隣では速水の同じように帰る準備をする。俺たちは二人そろって帰宅部のようだ。鞄を肩に掛けると速水が立っている。別に一緒に帰ろうとも言っていないがわざわざ別々に帰る意味もないので二人で駅まで向かう。二人並んで歩いている様子を他の生徒が珍しそうに見る。俺と速水の組み合わせは珍しいようだ。

 それから昨日のように速水と一緒に電車に乗る。しかし、俺たちの家の最寄り駅で降りた俺と違い速水は電車に乗ったままだった。

 

 「どうした?降りないのか?」

 

 「ええ。今日は少し散歩してみようかと思うの。誰かさんが言うには世の中色んな人がいるから参考にしようかと思って」

 

 「そうか。暗くなるまでには家に帰れよ」

 

 「ちょっと私のお父さんみたいなことを言わないでくれるかしら」

 

 そういった速水は眉根に皺を寄せる。

 

 「まぁ気を付けてな」

 

 「もう、それじゃあまたね」

 

 電車のドアが閉まりホームから電車が走り去る。それを見届けた後俺は改札から出る。駅から一人になりゆっくりと歩く。後ろから早足にサラリーマンが俺を追い抜いていく。急かされるように足を進めるサラリーマンの後姿に前世の俺の姿が重なる。段々とサラリーマンとの距離は空き角を曲がって視界から消える。前世ではこうやってゆっくりと歩くことがあっただろうか。何時も仕事に急かされ早足だった気がする。

 そんなことを思いながら自宅に着く。鍵を開けて家に入る。シンと静まり返った室内が俺を迎える。靴を脱いで鞄を置いてソファに身を沈み込ませる。大きく息を吐きながら背もたれに身を預ける。親は仕事でこの時間はいない。父は仕事の関係上あまり家には帰ってこない。母は体が弱いので家にいる時間よりも病院生活のほうが多い。その為時折俺は病院に見舞いに行く。こんな生活をしているのは最近ではないのでもう習慣になっている。

 

 

 

 

 次の日速水は学校を休んだ。

 彼女が再び学校に登校してきたのはそれから二日後であった。




やっぱりビールは美味しい。
予約投稿して寝るか。

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