「だから、見ていてね」
朝の駅のホームで二日ぶりに速水の姿を見た。速水もベンチに座る俺を見つけたのかこちらに向かって歩いてくる。肩に掛けた鞄を下ろして速水は俺のとなりに座る。二日ぶりと言うのもあるかもしれないが今日の速水の雰囲気はなんとなく何時もと違うように感じる。どことなく楽しそうな雰囲気を感じる。
「おはよう」
「ええ、おはよう」
「二日ぶりだな」
「そうね。まさか私も休むことになるとはおもわなかったわ」
「何かあったのか?」
「ふふ、知りたい?」
「まぁ電車来るまで暇だし」
「……やっぱり言うのやめたわ」
頬を心なしか膨らませているように見える。怒ってらっしゃる?
「あー、何で休んだか気になるなー」
「……」
じとっとした目で見てくる。
「なんだよ?」
「はぁあなたって本当によくわからないわ。こんな雰囲気でいうつもりじゃなかったんだけど。まぁきっかけはあなただし。一昨日に貴方のアドバイスを聞いてちょっと散歩してみたのよ」
「ほう、それで?」
「貴方の言うとおり色んな人がたくさんいたわ。それから、帰ろうと思って駅に向かったら男の人に声を掛けられたの」
「なんだ、ナンパか?」
「それは何時もの事だからどうでもいいの」
「何時ものことなのか」
「ええ、何時ものことよ。さてここからが本題よ。私は誰、というより何をしている人に声をかけられたでしょうか?」
速水は俺に向かって楽しそうに質問を出してくる。
「まぁそうだな。速水は美人だし。モデルとか?」
「それは先週あったけど、不正解ね」
「あったのか」
「まぁね。ほら他には?」
「警察官から職務質問」
「ちょっと、私をなんだと思ってるのよ」
速水は俺の肩にぐりぐりと拳を押し付けてくる。
「はぁ本当に聞いた私が間違っていたようね。私、アイドルになることにしたわ」
「?」
「ねぇ、聞いてる?」
「アイドル?」
「アイドル」
「誰が?」
「私」
「速水が?」
「そうよ」
そう言って俺と速水は目を見合わせる。彼女の目は嘘や冗談を言っているような感じではない。ということは本当か。
驚いた。
「あら、あなたってそんな顔出来るのね」
驚く俺に速水は珍しいものを見たような関心深そうな顔をする。
「そりゃ俺だって驚いたりすることもあるさ」
「そう?まぁ普段表情に乏しい貴方の面白い顔が見れたわ」
「そうか。アイドルか。速水がねぇ」
速水から視線を外して空を仰ぐ。先ほどの雰囲気の違いは俺の勘違いではなかったようだ。どことなく楽しそうに見えたのはこれが原因だったようだ。何時もの落ち着いた雰囲気もいいが、この楽しそうな雰囲気の速水も魅力的だと思う。俺は思わず
「良かったな。速水楽しそうで」
と彼女に微笑んだ。
「ちょっと何よその顔、あなたってそんなに表情豊かだったかしら?」
彼女はそれに驚いた表情をした後、俺に向かって大変失礼な言葉を投げ掛けてくる。
「おい、それって結構失礼な言葉じゃないか?主に俺にとって。というか、何時もと違って速水が何だか楽しそうに話してるからな。今やりたいこと見つかったのかと思ってな」
「なによそれ。まぁ、まだデビューもしてないし始まったばかりだからよくわからないけど面白そうとは思うわ」
「そうか。楽しみだな」
「ねぇ、一つお願いがあるのだけど聞いてくれるかしら?」
「なんだ?」
「私のファンになってくれない?」
「俺がか?」
「ええ。駄目かしら?」
「いや。わかった。応援する。具体的になにかできる訳じゃないと思うがな」
「それでいいわ。ファンになったからって今までとの関係が変わるわけでもないから」
そこまでは言葉を続けた速水は一拍呼吸を置いて
「だから、見ていてね」
そう微笑んだ。
場所は駅から移り変わり教室に到着した。速水のアイドル宣言ですっかり忘れていた昨日休んでいた理由を聞いてみた。
「そういえば何で昨日休んだんだ?」
「ああ、それね。父がアイドルになるのを反対したのよ。それで昨日はプロデューサーを呼んで話し合ってたの。まぁ結局は母が父を黙らせてくれたからよかったけど。母は私がやりたいっていったら直ぐに賛同してくれたわ。それに父も本心では私が自分から何かをしたいって言い出したことは嬉しかったみたいで最後には応援してくれたわ」
「そうか。いいご両親だな」
親の話をするときの速水の雰囲気はとても柔らかい。家族仲がとてもいい様子が分かる。速水のご両親も彼女がやりたいと言えることを見つけたことを嬉しく思っているということがよく分かった。
「そうね。いい親だわ」
そういう速水の姿は、速水は他のクラスメイト達からも違って見えたようで何時も以上に視線を集めていた様に見える。
速水の雰囲気が少し変わりクラスメイト達もどことなく興味深そうにしていたが、まだ話しかけにくいと思うのか直接速水に話しかける奴はいない。そして当人である速水は何時もに増して俺に話しかけていた様に思う。
それから授業は何時も通りに進みチャイムの音を聴く。
部活動のある生徒達が慌ただしく準備を初め教室から飛び出していく。帰宅部の俺はそれを見送ったあとにゆっくりと立ち上がる。
駅へと向かう道を速水と歩く。なんだか速水と帰り道を一緒に歩くのが当たり前のようになっている。直接話をするようになったのはつい最近だと言うのに人間関係とは実に面白いと思う。
丁度電車が来たので二人で乗る。今日は生憎と席には座れないようだ。車両の扉の前に二人で立つ。速水は車窓に近い位置に立ち外を見つめる。その姿は非常に絵になる。綺麗だと思う。
速水は俺が見ているのに気がついたのか
「どうかしたの?」
と尋ねてくる。そんな様子も綺麗だと思う。速水がアイドルか。本当に驚いたな。ただ、とても楽しみだと思う。
「何でもない」
「そう?今ならファンサービスしてあげるわよ」
そう言って上目遣いで見上げてくる。ボタンの開いた胸元に目が行きそうになるのをサッとずらし速水をみる。
最近分かったがこいつは自分の魅力というものがよく分かっている。だから、自分が相手にとってどうすればより魅力的に映るかも知っているのだろう。だからこそ質が悪い。コロッと落とされそうになる。
「いらね」
そう言って速水の髪をくしゃくしゃにしてやる。
「きゃ。ちょっと乱れちゃったじゃない」
俺の手を押さえながら速水は抗議する。それから髪を整え俺を見る
「もう。あなたって話を逸らすときはこうするのね。ちょっと分かったわ。ねぇ、何処を見そうになってたの?」
ばれてる。
二人でそんな事をしていたらいつの間にか家の最寄り駅に到着する。
「今日からレッスンがあるから」
そう言って速水は何時も降りる駅で降りない。
とはいえ、俺も今日は用事があるので乗ったままである。
「あら?あなたも降りないの?」
「ああ、ちょっと行くところがあってな」
そう答えた俺に向かって速水は悪戯気な目をして尋ねる。
「本当かしら?私ファンになってとは言ったけどストーカーになってほしいとは言ってないわよ」
「馬鹿なこと言ってんじゃねーぞ。たまたまだ」
「本当に?」
「本当に」
「なぁんだ。つまらないわ」
速水、段々お前の事が分かってきた気がするよ。
段々と目的地が近づくに従って乗客の数が増えてくる。立ったままの俺達は段々と奥に押し込まれていく。
これだから電車に乗るのはあまり好きじゃない。隣を見ると速水もげんなりとした表情で立っている。
ようやく俺の目的地の最寄り駅に到着する。
「それじゃあ、俺はここで降りるから」
俺は人混みを掻き分けながら降りようとする。
「待って、私もここよ」
速水は俺に続いて降りようとするが他の乗客に阻まれなかなか前に進めていない。俺は咄嗟に速水の手を握り引き寄せる。右手を俺と繋ぎ空いた手で鞄を抱えた速水を電車から引っ張り出す。弾き出されるようにして出てきた速水は勢い余って俺にぶつかってくるのをどうにか受け止めてホームには降り立つ。
「今度からこんな日常になるって考えると気が重くなるわ」
速水は駅に降り立つや早々に疲れた表情でそう呟く。
「それよりもさっきはありがとう。助かったわ」
「気にするな。それより行くが大丈夫か?」
「ええ、もう大丈夫よ。行きましょう」
疲れた表情をした速水は、俺が声を描けると深呼吸一つして気持ちを切り替えたのか何時もの落ち着いた表情に戻り歩き出す。
改札を過ぎてここで別れる。
「それじゃあまた明日ね」
「ああ、人並みなことしか言えないががんばれよ」
自分でももっと他に言うことがあるんじゃないかと思うが口から出たのはこの言葉だけだった。
「ええ分かったわ」
微笑みながら速水は答え別れる。
速水と別れた後は俺も自分の目的地へ向かう。
俺は駅から五分ほどの距離にある病院に向かう。
とはいえ、自分の体はいたって健康体であるので普段は全く来ることはない。
ここには母が入院している。
それも俺が生まれてからずっとだ。
だから、俺は子供の頃から定期的にここに来ることにしている。
リノリウムの床が蛍光灯の明かりをぼんやりと反射している廊下を慣れた足取りで進み、顔馴染みになった職員の方に挨拶をした後部屋に向かう。
扉の横にある母の名前を確認して部屋にはいる。中には背もたれを起こした母が音に気付いてこちらを見ていた。
「あら今日も来てくれたのね。今日はどんな話をしてくれるのかしら?」
もう毎日スーツの方が楽でいいや