今年もどうぞよろしくお願い致します
病室のベッドにもたれ掛かる母に高校二年になってからの話をする。他愛もない日常の様子は俺からすると代わり映えしないものだが、毎日同じ病室から同じ風景を見ている母にとっては新鮮に映るようで微笑ましい表情を浮かべている。
俺にとってここはあまり居心地のいい場所ではない。
何の因果か俺は転生して産まれてきた。そして、その結果、俺を産んだ後に体調を崩した母はもう再び外を自分の足で歩けないようになった。俺が産まれるまでの母の様子は周囲の人間に聞いたことがある。健康だった頃の母は父と共に会社を立ち上げ今でこそ大手といわれるようになった会社の基礎を築いた。父の経営手腕も然ることながら、それを支え続けていた母もかなりの能力だったといわれている。
それが俺の誕生により変わる。経営者として第一線で働いていた母は、その立場を失い、病院暮らしである。
もし、俺が産まれていなければ今の様に母は病院でその生を過ごすことはなかったのではないだろうか?
それに体を傷めてまで産んだ息子が実は転生者であり、彼らの本当の息子ではないと分かったら果たして彼らはどう思うのだろうか?
これは、結果論でしかないし、俺にはどうしようもできないことだ。どうしようもできないことくらいは分かってはいるがこの胸の内に燻るしこりは消えることはないだろう。
俺は、何時まで彼らの息子を演じられるだろうか?
それから、居心地の悪さから逃げるかのようにして病院に背を向けて外に出る。春先とはいえまだまだ日が落ちるのは早い。薄暗くなってきた空を見上げて今晩の事を考える。どのみち家に帰っても自炊をするかインスタントの飯しかないのだ。せっかく外出しているのだし今日は外食でもいいだろう。
母の元を訪れてから気が付けば二週間ほどが経つ。そろそろまた母のもとに行く頃だろう。そんな事を通学途中の駅のプラットフォームでぼんやりと考える。
「おはよう。今日はいつにもましてぼーっとしてるのね」
プラットフォームのベンチに座ってぼーっうとしていた俺に、最近よく一緒に行くようになった速水が声をかけてくる。
速水奏。二年になってからよく話すようになった彼女だが、最近彼女の雰囲気が変わってきたように思う。
「おはよう。速水。今日も元気そうだな」
「そうかしら?ふふっ、あなたがそう言うのなら、そうかもしれないわ」
そう言って速水は俺の隣に座る。
二年の初めに席が隣になってからよく話す速水だったが、最近は男女問わず学校の生徒たちとよく話す姿を見かけるようになった。ふとした休み時間も今までならどこか遠くを見ているような目で一人で過ごすか、たまに俺と話をするくらいだったが最近は、速水の周りに人が集まるようになった。今の速水は他の人間から見ても話しかけやすい、親しみやすさを感じさせるようになった。
速水の中で何かが変わったのだろう。といっても変わったと思うのは俺の主観に過ぎないし、はっきりと分かるものじゃない。ただ何となくそう感じるだけだ。
それに速水自身もどこか楽しそうだ。
ベンチに大きく背を預けながらそんな事を考えていると速水と目が合う。
「……」
速水と目が合ったのもつかの間、雲の合間から朝日が覗く。その光はベンチに座っていた眼を照らし出す。俺は、その眩しさから目をそらすようにして顔を背ける。
「最近は日常が楽しいわ」
顔を背けた俺の耳に速水の声が響く。
「貴方が散歩でもしてきたらどう、って言ったのをきっかけにアイドルを始めて、色んな人にあったわ。まだ、アイドルとしてデビューもまだだし始まったばかりだけど楽しいって感じるの」
俺は、眩しさに目を逸らしたまま速水の声を聞く。
「最近は、今まで何の面白みも感じなかった学校も楽しいって感じるようになったわ。色んな人に会って、体験させてもらえるようになって分かったの。今までと何かが大きく変わったわけじゃないけど少し視点を変えるだけでも楽しいものね。あなたには感謝してるわ」
そう言うと速水はの手を掴む。眩しさに目を細めつつ速水の方を向く。
「感謝されるようなことはしていない」
「そうかしら?でも、あなたの言葉のおかげで私は今楽しいの」
「別に俺じゃなくても誰かがアドバイスやらなんなりしてくれたはずだ」
「いいえ、あの頃の私はあなたと以外話してなかったからあなたのおかげで今があるの。だから、大人しく感謝されてなさい」
「なんだそりゃ、感謝の押し売りなんて初めて聞いたぞ」
「私も初めてしたわ。良かったわね。私の初めてを貰えて」
「おい。誤解を招く言い方やめろよ」
「ふふっ、誤解を招く言い方させるのが悪いのよ。嫌ならキスでもして黙らせて」
そう言うと速水は、目を瞑って唇を差し出してくる。初めに手を掴まれているせいで逃げるに逃げられない。速水は俺の退路を予め塞いでいたようだ。
朝の駅は人が少ない。ホームの端のベンチに腰掛ける俺たちの姿は他の客から見えていない。キスをしても他の人に見られる心配もない。周りを見回して誰もいないのを確認する。
大きく背もたれにもたれていた背を起こして速水の方を向く。そっと速水の肩に手を添える。その感触に速水はビクリと震える。その様子を眺めつつ俺は腰を上げる。
日本の交通機関は優秀である。毎日決まった時間に電車やバスは到着する。駅のプラットフォームに通勤するサラリーマンや学生を乗せた電車が入ってくる。俺は速水の肩に手をかけたまま立ち上がり、空いた手で鞄を掴んで肩にかける。
「ほら、電車が来たぞ。何時までしてんだ?」
「もう。せっかくからかってる途中だったのに」
仕方なさそうに速水も立ち上がる。わきに置いた鞄を掴んで立ち上がる。手を放して、速水はもう一度鞄の位置を直して俺の後に続いて電車に乗り込む。
それから、俺の耳元に口を寄せて呟く。
「ねぇ、さっきはどうだった?ドキッとした?」
そう言って俺の正面に回り込んで目を合わせてくる。
「さぁな?というかお前さっき俺がしてたらどうすんだよ?」
「大丈夫よ。あなたって案外ヘタレだから」
「この野郎」
「野郎じゃないわ。失礼ね。でも、魅力的だったでしょ?」
「…まぁそれなりに」
「そう。あなたがそれなりっていうのなら結構いい線いってたみたいね」
「……」
学校について鞄を机に引っ掛けて腰を下ろす。俺に続いて入ってきた速水は、クラスメイト達と挨拶を交わして席に着く。最近では、学校で速水と話すことは少なくなった。というのも速水の周りに他の生徒たちが集まるようになったので自然とこうなった。
相変わらず学校の授業は暇である。どの科目も一度終えていると話を聞いているだけで思い出せる。とはいえ、ノートに何も書いていないのでは不自然なので時間潰しがてら板書する。
つつがなく授業が終わり放課後になる。早々に鞄に荷物を詰めで教室を出る。隣では、速水も
この後にレッスンがあるようなので同じように荷物をまとめている。
「江夏君は今日はどこまで乗るの?」
乗るというのは電車でどこまで行くかという事だろう。
「今日は、一度家に帰るから一緒なのは途中までだな」
「一度?どこかに出かけるの?」
「ああ、まぁちょっとした用事だ」
「そう。残念ね。朝の続きが出来ると思ったのに」
そう言うと速水はわざとらしく肩を落とす。
「しなくていいぞ」
俺はそう言いながら鞄を肩にかけて教室の出口に向かう。廊下に出て速水を待つ。
程なくして速水が教室から出てくる。小走りに教室から出てきた速水は俺の姿を認めると、ため息をついて俺の隣に並んで歩き出す。
「先に行かれたと思ったわ。待っててくれたのね」
「まぁ、用事があるって言っても急ぐほどじゃないしな」
「そう。あなたのそういう所好きだわ」
「そりゃどうも」
駅までの帰り道を速水と歩く。
「江夏君は今日は何の用事なのか聞いてもいいかしら?」
「まぁ親の会社の手伝いだ」
「ふーん。それって楽しい?」
「まぁ、それなりに」
「そう。まぁあなたって制服着ているよりもスーツ着ている方が似合うかもしれないわね」
そういって速水は俺の方を向きながら歩く。
「そういう速水も制服よりも…」
「制服よりも?」
「いや。何でもない」
同じように言い返そうと思ったが、こうやって速水の姿をまじまじと見ると制服姿もなかなかどうして似合っているので言葉が途中で詰まった。
ふははははは
サブタイみてキスするとでも思ったかぁ!甘いわぃ!
3500字前後でだいたい1話を目安に書いていたら6000超えてたので二話に分割しました。
次回は適当に予約投稿しておくぜぃ
というのも来週末まで色々と忙しくなるのでストックしておかないと…