二重奏   作:haze

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朝っぱらからパンを炭に変えてしまった。


「アタシ?アタシここでアイドルやってんだ」

「私は、アイドル事業部統括をしている美城です。本日はようこそお越しくださいました」

 

 エレベーターから降りて事務員の千川さんの案内の元、アイドル部門を統括している美城常務の元に向かった。

 

 「NISIKIで広報をしております江夏です。本日はお時間を取っていただきありがとうございます」

 

 まずは、相手と名刺交換を行う。名刺を渡しつつ相手の様子を観察する。美城常務は、身長175センチという女性にすれば高身長で気の強そうな女性である。身だしなみについても気を使っているのか嫌味にならない程度に華やかなアクセサリーを着用している。

 

 「江夏悟さんですか。もしや、NISIKIの江夏社長の御子息ですか?」

 

 名刺を見て、俺の名前を確認した美城氏は視線を上げて問いかけてくる。相手もこちらの大まかな情報は把握済みという事だろう。

 

 「はい。社長は父になります。とはいえ、今の私はただの広報ですのでお気になさらないでください」

 

 そう言って久しぶりに営業でよく使う微笑を浮かべる。

 

 「NISIKIの会長の御子息といえばまだ高校生ではなかったかな?クライアントに対して言いたくはないが我々の仕事は遊びではないのだがな」

 

 そう言うと美城氏は俺に視線を合わせて、まるでこちらを見定めるかのような視線を向ける。

 彼女は、親の七光りで今の役職についていないという事がよく分かる。相手を見定めるような視線は、そこに至るまでに何度も経験を必要とする。その上に一歩間違えばここでわが社との話はなくなるだろう。というのにその限界ギリギリまで踏み込んできている。

 そして、おそらく本当の目的は、今回のこの話し合いに関してうちの会社がどの程度の本気度かを知りたいのだろう。ここで俺が帰れば、その程度。そして、残れば話し合いをする気がNISIKIとして高いと見ることが出来る。

 

 「ええ。私はまだ高校生ですが私も遊びでここにきている訳ではありませんよ。使える人間は使う、それがわが社の方針ですから」

 

 俺は、視線を逸らさずにそう答える。俺は、言外に自分はその使える人間だという意味を含めて言う。そして、ここがレッドラインだということを示唆する。

 美城氏の事だ。おそらく俺の言いたいことも理解してくれるだろう。

 

 「ほう。なかなか頭も回るようですね。先ほどの言葉は撤回させて頂きます。申し訳ありません。江夏さんについては業界は違いますが、高校生という立場にありながら辣腕をふるっている傑物と耳に入っています。実際お会いして噂以上の方という事がよくわかりました。本当にどの業界にも傑物はいるものですね」

 

 「美城常務の御眼鏡に適いましたか?」

 

 「ええ。改めて話をさせていただいてもよろしいか?」

 

 美城常務との名刺交換が終わる。中々パンチの強い挨拶(・・)だったが久しぶりに楽しめた。

 

 

 

 「ええ。では、まず先の御送りした資料についてはお目を通していただけているかと思います。それを踏まえた上で美城プロダクションとしての考えを頂きたいと思います。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美城プロダクションのアイドル部門統括をしている美城常務との話は非常に有意義な時間を過ごせた。美城常務についての資料と実際に会って話した印象から非常に優秀な経営者であることが分かる。これは美城プロダクションのアイドル部門が本格的始動する前に手を回しておいた方が後々の広報活動を行う上で得策だろう。

 

 それから、美城常務にはアイドル部門の活動について今後の為(・・・・)に見学をさせてもらいたいと申し出た。美城常務は、シャープな顎に手を添えて少し考えてから事務の人間を呼んで案内を付けてくれた。

 

 

 「本日はお時間を取って頂きありがとうございました。本契約については、一度本社に上申してからとなりますがご了承ください」

 

 「分かりました。吉報をお待ちしております」

 

 「ええ。お互いの今後の為にもよろしくお願い致します」

 

 そう言って互いに握手をしてから離れる。

 

 

 

 

 「またお会いしましたね。それではご案内させていただきますね」

 

 案内はエレベーターで迎えてくれた千川さんである。彼女の案内の元美城プロダクションの施設内を回る。

 

 「ではまずレッスンルームに御案内致します。現在、アイドル部門では、スカウトしてきた子たちをアイドル部門専属のトレーナーさんの元でレッスンをしています」

 

 エレベーターでレッスンルームのある階に降りて廊下を歩く。ある程度の間隔で配置されている観葉植物はしっかりと手入れが成されている様子が分かる。すれ違う社員たちも千川さんやその後ろを歩く俺たちに挨拶をしながらすれ違っていく。美城プロダクションの社内の雰囲気というものは決して悪くない様子が伺える。しばらくすると千川さんが扉の前で立ち止まる。

 

 「こちらがレッスンルームになります。今レッスンをされてるみたいですね。どうぞ中へ」

 

 千川さんの案内でレッスンルームに入らせてもらう。室内には一人の少女が振り付けの練習をしているようだ。センターで踊るのは、所属アイドルの資料で確認したことのある城ヶ崎美嘉という人物のようだ。最近になってよくテレビで見るようになった気がする。

 

 「今は、城ヶ崎美嘉さんの次のライブの練習をしています」

 

 城ヶ崎美嘉という人物は、見た目はいかにも派手見た目をしているがレッスンをしている様子からは真剣さが伝わってくる。表舞に出ている姿の裏で努力は怠っていない様子が分かった。気が付けば曲が終わっていた。城ケ崎さんは額に浮かんだ汗を拭きながら、途中から入ってきた千川さんと俺の方に歩いてくる。

 

 「どうしたの?ちひろさん。私に何か用でもあった?」

 

 「お疲れ様です。城ヶ崎さん。今丁度お客様の案内をしているんです」

 

 「お客様?」

 

 そう言って訝し気な表情をしつつ俺を見てくる。

 

 「初めまして。NISIKI広報部の江夏悟と言います」

 

 「NISIKI?えっ?あのNISIKIですか?私、あなたの所の化粧水使ってるんですよ!」

 

 「おや。そうなんですか。それはありがとうございます。有名な城ヶ崎さんにも使っているとなればうちの化粧品部門も喜ぶと思います。今度うちの商品をお送りいたします」

 

 「えぇ!いいんですか!ありがとうございます!」

 

 城ヶ崎美嘉はうちの商品を使っているのか。これは後で会社に連絡しておこう。最近どんどん人気の出ている城ヶ崎美嘉が使っているとなると彼女のファン層を新たに顧客にできるかもしれない。城ヶ崎美嘉のファンの中には男性以外にも女子高生を中心とした世代にも人気だ。確か前の会議の議題の中で化粧品部門の夏季の広報人材の紀要はまだだった気がする。これも報告書の中に書き足しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 城ヶ崎さんと少し雑談をした後、彼女の休憩時間も丁度終わったのでこちらも退室させてもらう。

 

 「先ほどはデビューが済んでいる城ヶ崎美嘉さんのレッスンですが次はデビュー前の子たちのレッスンルームになります。今は何人かプロデューサーと宣材写真を撮るために出ていますが」

 

 そういって案内された部屋に入ると、いくつもの視線がこちらを向く。

 

 「あっ、ちひろさん。こんにちは!プロデューサーさん見ませんでしたか?」

 

 「お疲れ様です。島村さん。プロデューサーさんなら今宣材写真の撮影で出かけています」

 

 「そうなんですか。分かりました。それじゃあプロデューサーさんが戻ってくるまで凛ちゃんと未央ちゃんとレッスン頑張ります!」

 

 俺と共に入室した千川さんに対して部屋にいた女の子が声を掛けてきた。千川さんは島村さんという子と話した後に俺に声を掛ける。

 

 「ああ、江夏さん彼女は今度うちからデビューの決まっている島村さんです。あそこにいる渋谷凛さんと本田未央さんの三人でユニットを組んでデビューすることになっています」

 

 そういわれて視線をそちらに向けると

 

 「島村卯月です。よろしくお願いします!」

 

 「渋谷凛です。どうも」

 

 「本田未央です!よろしく~」

 

 と三者三様の挨拶をしてくれた。デビュー前の子たちの資料はまだないのでいい情報収集になる。他にもデビュー予定の子たちがいるようだ。

 そんな事を考えながら、こちらも挨拶を返そうとすると話を遠めに見ていた他の人たちも寄ってきた。

 

 「なになに~?みりあも自己紹介する~」

 

 そう言って小さな女の子が走ってきたのを皮切りに他の子たちも騒ぎ出す。収拾がつかなくなる前に千川さんが手を叩いて静かにさせる。

 

 「はい!皆さん少し落ち着いてくださいね。今回来られたこちらの方はクライアントさんです。皆さん失礼のないようにお願いしますね」

 

 千川さんがそう言うと、周りの目が俺に集まった。

 

 「どうも皆さん初めまして。NISIKIっていう会社は御存知かな?そこで広報をしています江夏悟と言います。今回は少し皆さんの様子を見学させてもらってます。よろしくお願いします」

 

 小さい子もいるようなので出来るだけ分かりやすいように自己紹介をする。自己紹介をしつつ集まっているアイドル(卵)たちを観察する。年齢層も幅広くあるように思える。ここにいる彼女らはこれからデビューすることを踏まえて考えてみるとファン層も相当広くカバーするのではないだろうか?

 美城プロダクションという大きな経営母体があるからこそこうして大規模に展開できるのだろう。まだアイドル部門を立ち上げたばかりという事で今後にも期待することが出来るだろう。

 

 

 それから、千川さんに連れられてレッスンルームを後にして他の施設も見て回る。資料の通り会社内に多くの福利厚生施設を備えているようだ。また、施設内の手入れもこまめにされているようである。

 

 「以上で案内を終了させていただきますが何かご質問はございますか?」

 

 「いえ大丈夫です。ありがとうございました」

 

 案内のお礼を言いつつ千川さんとロビーに向かう。受付前まで戻ってきたので見送りはここまででいいと伝えて別れる。

 

 今日はなかなか濃い一日だった。そんな事を考えながら出口に向かう。今から斎木さんに連絡をして迎えを呼ばなくてはならない。それから今日の報告書を作成して広報部長と役員への上申書作成をする必要がある。時計を見ながら今日の時間を確認する。今から始まれば日付が変わる前には出来るだろう。

 そんな事を考えながら携帯を取り出す。

 

 「あれ?悟じゃん?どうしたんこんなとこで?」

 

 斎木さんに連絡を取ろうとした矢先に丁度美城プロダクションの入り口に向かってきた女性に声を掛けられた。声の主を確認する。

 

 「お前、つかさか。どうしたってお前こそどうしたんだ?」

 

 「アタシ?アタシここでアイドルやってんだ」

 

 そう言うと桐生つかさは得意げな顔をして笑う。

 

 

 

 

 

 




まさかの唐突に新キャラ登場。
初期の構成の段階で出そうと思ってた桐生つかさです。
丁度いいのでここで登場してもらいました。
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