読心能力持ってるけどボクの無口無表情系幼馴染の心の中が不可思議すぎる件 作:水代
人の心とは常に他者に対して開かれているものではないとボクが知ったのはまだ小学生にもならないほど小さな子供の頃だった。
超能力……と呼ばれているらしい、この力は、けれどボクの家系に代々持って生まれてくる力であり、他所の家から来た母さんはともかく、父さんも、そしてボクの兄さんも持っている。
それは一人一人、個性のように違う能力を持つらしいが、ボクのそれは
簡単に言えば『他人の心の声を聴く』力だ。
人の心の中は何とも摩訶不思議かつ複雑怪奇であり、並の人間は他者の心の声が常に聞こえる状況というのは想像もできないほどのことらしいが、ボクにとっては生まれた時から常に有るものであり、特に何ら特別な感情を抱かない、否、それが当たり前すぎて抱けないというべきか。
けれど実際のところ、読心術ができたところで何に役立つか、と言われれば人間関係、コミュニケーションで役立つくらいで、創作や何かで出てくるような超能力バトルに巻き込まれるわけでも無ければ、異世界に飛ばされ未知の状況に遭遇するわけでも無い。
超能力だって、持っている人間は非常に少ないが、それは全世界の人口割合で考えればの話であり、実際は四桁を超える人間が超能力と呼べる超常的な力を持ち、それらを秘匿するためのグループを組んでいる。つまり珍しくはあるが唯一と呼べるほどの特別さは無い。ぶっちゃけた話、アルビノで生まれてくる人間のほうが余程珍しいくらいだ。
というか自分の周囲、知る限りだけでも四人はそんな力を持った人間がいるのだ、自分だけが特別だなんてそんなことは思わなかった、というより生まれた時から持っているものなんて本人からすればあって当然であって、それを特別視することなどできなかった。
そんな特別なようでいて、普通なボクが彼女に会ったのは小学校に入ってからだ。
中高生になってからならともかく、小学生なんて親の都合に振り回されてしまうもので、親の転勤について今の街に引っ越してきた。
そして新居となる引っ越し先の家(以前いたアパートを引き払って父親が購入した一軒家)のお隣には大きなお屋敷があった。
周囲を鉄柵で囲まれた大きな敷地に立った大きな西洋風の御屋敷は、子供心に大層好奇心を煽られた。
そのお屋敷は当然ながら近所でもかなり有名で、住んでいたのは音楽家の一家だった。
とは言っても住人の大半はいつも忙しく世界中を飛び回っているらしく、屋敷を管理する使用人の姿以外、屋敷の住人の姿を当時のボクは見たことが無かった。
……ああ、いや、一人だけ例外がいるのだけれど。
彼女は不思議な子供だった。
彼女は無表情な子供だった。
彼女はお喋りな子供だった。
音楽家の屋敷、と言われているだけあり、偶に住人が帰ってくると屋敷の中で楽曲を弾いているらしい。
とは言え、だからこそ防音設備というのは万全であり、隣に住んでいるボクの家にまでその音が聞こえてくるようなことまず無かった。
だから当時のボクはそこが音楽家の家であるということを認識していなかったし、見たことも無い壮大で壮麗なお屋敷に興味津々だった。
いつか行ってみたい、中を探索してみたい。そんな風に思いながら、家から屋敷のほうを見ていた。
その日も同じだった、その日もボクは屋敷を見ていた。
だから真っ先に彼女に気づいた。
お屋敷のテラスから出てきた彼女に気づいた。
きょろきょろと庭を見渡し、さて彼女は何をしているのだろうと見ていれば。
びっくりした、びっくりしたし、慌てた。
だって見るからに小柄な彼女のその細腕でそんな真似できるようには見えなかった。
白くて、細い、触れれば折れてしまいそうな華奢な腕。
それは当然だろう、だって彼女はお屋敷のお嬢様だったのだから。
力仕事なんてしたことも無ければ、文字通り、箸より重い物なんて持ったことも無いを地で行く箱入り娘だったのだから。
そんな彼女が二階のテラスにカーテンを結び、軽く引いて強度を確かめ、そのまま二階から降りようとしていたのだ。庭に誰もいないことを確かめていた辺り、確信犯だった。
そんな暴走お嬢様な彼女だったが、案の定というべきか、途中で力尽き、二階と一階の間にある屋根の上で動けなくなっていた。
降りることもできない、上がることもできない。
そんな状況で、けれど彼女の表情はぴくりとも変わっていない。
まるでなんて事のない、全て計算通りだ、と言わんばかりの不敵な無表情で佇むその姿はいっそ堂々としていた。
まあなんてこと言ったって、立ち尽くしていたのも事実であり。
だからボクも家から出てお屋敷へと向かった。
玄関のインターホンを押すと、使用人の人が出てきたので、屋根の上を指さして教えてあげると慌てて走っていったのが見えた。
その時、ふと彼女がこちらを見ていた。
まあ屋根の上からこちらの行動は丸見えだっただろうし、気になったのだろう。
おずおずと、手を振ってみれば、向こうも一瞬固まり、ゆっくりと手を振り返してきた。
なんだか嬉しくなって大きく振り返せば、戸惑うような気配が伝わってきながらも、それでもゆるゆると手を振ってきた。
まあその後すぐに彼女は使用人の人たちにレスキューされ、家族に散々怒られたらしいことを後程知ることになる。
それがボクと彼女の最初の出会いだった。
* * *
お隣さんと自分の両親が親友だったことを知るのはお嬢様レスキュー事件のその一週間後であった。
危ないところを助けてもらったと彼女の両親が彼女と一緒にうちに感謝を述べにやってき、そこでうちの両親とも知り合い、というか友人関係だったと教えられた。
お隣さん、戸辺一家の長女。両親と兄が一人いるらしい。
だけどボクはその時それどころじゃなかったから、そんな情報も後から改めて教えられた。
音が聞こえた。
ボクの読心能力は常時発動している。意識的にオンオフを使い分けることは、この頃のボクにはまだできていなかった。
だから、彼女の両親の心の声も聞こえた。娘を助けてくれた感謝の気持ちを心の中で何度も述べていた。
けれどそんな言葉も右から左へと流れていくほど、彼女の心は不可思議だった。
音が聞こえた。
文字通りの意味。人の心はボクの耳には『声』として届く。
そのはずなのに。
彼女の心は『音楽』だった。
心の中でゴ〇ラのテーマが流れていた。
何故心の声が音楽なのか、とか何故ゴジ〇? とか次々と湧き上がる疑問に思考がいっぱいいっぱいになっていたボクに。
―――とべ、まどか……たすけて、くれて、ありが、とう。
小さな声で彼女はボクにそう呟いた。
それから彼女とは十年以上の付き合いとなることをこの頃のボクはまだ知らない。
* * *
朝目が覚めると目覚ましの代わりにオーケストラの音楽が鳴り響いていた。
ヴィヴァルディの『春』か、なんて彼女と過ごすうちに自然と覚えた音楽の知識から聞こえてくる曲の名前が出てくる。
多分名前でピンとこない人も、実際に聞けば分かる、という場合も多いだろう。学校の入学式や卒業式、後はまあ結婚式なんかの場でも使われる場合もあるらしい。某カップ麺のCMなどでもアレンジが使われていたり、日本人なら聞くことも多い曲だ。
それにしてもオーケストラの音楽が目覚ましなんて、なんて優雅な生活だろうか。
問題はボクは特にそんな目覚ましセットした覚えも無い上に、そもそもオーケストラのCDや音楽データなんてうちには無いことだが。
目を開くと、視界の中にドアップで彼女が映っていた。
「……おはよう、まどか」
「おはよ……ゆーくん」
鳴り響く
他愛のない挨拶。お隣同士の幼馴染。まあそう考えれば朝起きたら目の前に彼女がいることも不思議でも……でも?
「いや、何でいるのさ」
しかも部屋にとかじゃなくて、今彼女がいるのボクのベッドの中だからな。
つまり気づかないうちに一緒に寝ていたことになる、少なくとも昨日ボクが寝る前にはいなかったし。
「温かいから」
何かおかしい? とでも言いたげな彼女の心の内側でも『威風堂々』が流れている。
なんというか、BGMが無駄に壮大で何故だから全てを許容できる気分になってしまうから不思議だ。
「いや、もういいや」
そもそもこれが初犯でも無い。
同衾という行為(別に性的な意味じゃないけど)に一切の感慨も無くなっているのが何か嫌だった。
そして彼女が寝ている時、つまり何も考えていない時は音楽が流れない、つまり心の音が聞こえない、という無駄な事実も発見してしまったこともやるせない気分にさせた。
時計を見ればもうそろそろ起きる時間だった。
「まどか、学校行く準備しよ」
「ん」
そう声をかけながら振り返れば、パジャマを着替えようとボタンを外している彼女の姿があって。
「自分の部屋で着替えてきなよ、ここにキミの服無いでしょ」
「タンスの一番下の奥のほう」
「……なんであるのさ」
自分の部屋のタンスにいつの間にか紛れ込んでいた彼女の衣類に思わず嘆息する。
別に自分だって健全な男子だ。枯れているわけじゃないし、女子に興味が無いわけではない。
「……ただなあ」
「?」
ちらり、と後ろを見やればパジャマを脱ぎ、下着になった彼女の姿。
出会ったころから余り成長したようには見えないその姿、ぶっちゃけ高校生になった今でも小学生料金でバスに乗れるし、映画館にだって行ける、一緒に歩いてれば兄妹に間違われるし、酷い時はボクが風呂に入っている時に全裸で突撃してきた上でボクに髪や体を洗わせるし、止めにしょっちゅう布団に潜りこんできては朝抱き着いてきている。
そんな彼女の姿に欲情しろ、というのは無理だ。
なんかもう幼馴染という名の妹のような娘のような、そんな彼女と一緒にいることが嫌ではない自分に何よりもため息を吐きたい。
パジャマは着ない派の自分は軽く癖になった髪を整えるだけで支度を済ます。
振り返ればベッドの上に散乱したパジャマ、そしてもごもごと服にすっぽりと包まった彼女。
「あーもう、散らかして」
裏返ったパジャマを表に戻し、一つ一つ畳んでいく。
その間に首だけすぽん、と抜けたらしい彼女が困ったようにこちらを見てくる。
因みに心の音はベートーベンの『悲愴』第三楽章だった。
無駄に悲壮感漂う心の音に、こんなことで、と嘆息しながら。
「はいはい、分かったから」
袖を通し、裾を整え、その後くしゃくしゃになった腰まで届く長い髪を整えてやる。
「いつものでいい?」
「ん」
こくり、と短く頷いた彼女の髪を結っておさげにし、前に垂らすことにする。
一度簡単だったのでポニーテールにしたら、髪が重い、という理由で両側をおさげに結って前から垂らすスタイルになった。
因みに髪を切ればいいだろ、と言ったら彼女の母親がもったいないと言って切らせてくれないらしい。
まああの人も娘を大層猫かわいがりしているからな、と何か納得してしまった。
髪が引っかからないように丁寧に櫛を通し、おさげを結う。
元よりそう癖のある髪でも無いので、すっと櫛が通るし、結うのもほぼ毎日やっていれば慣れた作業である、そう時間もかからず彼女の身支度を整えると部屋を出て一階へと降りていく。
朝食はすでに母さんが作ってくれていたらしく、居間のテーブルの上にはトーストや目玉焼きにサラダなどが並んでいた。
それと共に置かれていたメモに、先に出かけるから鍵だけ閉めておいてね、という言葉に両親共にすでに仕事に向かったことを知る。
「じゃ、ボクたちもパパっと済ませて学校行こうか」
「ん」
隣同士席に座り、手を併せ、いただきます、と告げて朝食を取る。
「トマト、残しちゃダメだよ?」
「…………」
彼女が苦手なトマトを食べようとして、手と口が震えている。
心の音はベートーベンの『運命』だった。
そこまで嫌なのか……。
苦笑いしながら、バターとジャムを塗ったトーストを齧る。
そんなボクたちのいつもの朝だった。