読心能力持ってるけどボクの無口無表情系幼馴染の心の中が不可思議すぎる件 作:水代
「あの夫婦はいつ見ても仲いいねえ」
「ですねー、ちょっと羨ましい気もします」
「……ん」
会計を済ませ、ファミレスから出る。
先輩方との昼食はそれなりに楽しく、途中マナがミックスし過ぎのゲテモノドリンクを飲んで吐き出しそうになったワンシーンもあったが、それもまた笑い話の一つである。
「というかなんで全員でドリンクバー頼んでゲテモノドリンク作り出すの?」
「先輩方が乗って来たのが意外でしたね」
「……流れ?」
カフェインと炭酸とトマトジュースは組み合わせてはならない。
そんな人生できっと一度たりとも役に立つことは無いだろうことを学んだのだった。
飲み切った先輩は心底尊敬する……同時に馬鹿だとも思うが。
そして内心で内から込み上げる吐き気を抑えるのに必死だったことは見て見ぬ振りをする。
あれだけ恰好つけたのだ……せめてもの情けである。
まあとにもかくにも、ファミレスを出れば後は一直線に帰宅するだけだ。
「ところでマナも来るの?」
「はい? そうですけど?」
何を当然のことを、と言った顔だが。
「夕飯どうする? 二人とも今日出てるんでしょ? うちで食べてく?」
結婚から十数年以上経つ今尚熱々夫婦の間夫妻はだいたい二週間に一回くらい夫婦揃ってデートに出かけている。
昔はマナも小さかったため連れて行かれていたのだが、両親が娘ほったらかしでバカップルしてるのを間近で見続けるという羞恥心をくすぐり続ける拷問にマナが耐えかねて一人家に残るようになったのが中学生の頃。
とは言え残るなら残るで昼食と夕飯どうするんだ、という話であり、そんな折マナの両親と仲の良いうちの両親がじゃあ我が家で食べてしまえばいいじゃない、となった。
それは良いのだが、平日休日関係無く仕事に出ている多忙な両親が食事の用意なんて殊勝なことするはずも無く。
じゃあゆーくん、お願いね?
という一言でボクが作らされている。まあ一人増えたくらいなら問題無いし、マナのためならば構わないのだが。
「来るなら来るで作る量変わるけど、どうする?」
「んー是非! と言いたいところなんですけど、今日は遠慮しますね」
「そうなの?」
「ん?」
「はい、夜からちょっと用事があるので」
「そっか……じゃあ冷蔵庫に昨日作ったゼリーあるから持って帰ると良いよ」
珍しくまどかがいなかったので父さんと母さんの家族三人だったのだが、まどかがいることを前提に考えすぎていてうっかり作り過ぎたのだ。
帰ってまどかにあげようと思っていたのだが、どうせ今日からまたまどかはうちにいるのだし、また今度作るとして今日はマナにあげても良いだろう。
「わあ! ありがとうございます、ゆーくん。帰ってから食べさせてもらいますね」
「ん……」
ぱぁ、と笑みを浮かべるマナとボクの袖を引くまどか。
「どしたの?」
「……ん」
「まどかも食べたいの?」
「ん」
こくり、と頷くまどかにそっか、と呟きながら。
「帰ったら作るから、夕飯の後でね」
「……ん」
相変わらず表情は変わらないが、けれど少しだけ機嫌が良さそうに。
そして相変わらず心の中で軽快に『ウィリアム・テル序曲』を鳴らしている。
訂正。
すっごく機嫌が良いようだった。
* * *
帰宅して荷物を片付ける。
特に朝から野球で着たユニフォーム等は早々に洗濯機に洗剤と共に放り込んで回しておく。
土などの汚れが酷い上に汗を大量に吸っているので他のと一緒に回せないのだ。
まどかも女の子なのだからそういう身だしなみには気を付けるようにしている……ボクが。
汗臭いのは嫌らしく、近づくと逃げ出すのだが、洗濯物とか平然と一緒に洗うのはどうなのだろう。
一応母さんに教わりながらまどかの分は別で洗ってはいるのだが、もう今更まどかの下着見たくらいで何か思うようなことも無い。ボクの情緒大丈夫? と思ったりもするが、そもそも布団の中まで潜り込まれているような相手になんだその程度か、とも言える……言っちゃダメな気もするが。
というか何故本人はあれほど無頓着なのだろうかと言いたい。
まあその分マナが色々と世話を焼いているようだが。
さすがにそういう部分でボクは力にはなれないのでそのまま年頃の女の子としての意識を教えてやって欲しいものである。
見た目相応、という言葉がふと浮かび上がってくるがきっと気のせいだ、そうに違いない。
一旦自室に戻り制服を脱いで片づけると私服に着替える。
今更ながら制服でファミレス行ったのはまずかったかな、と思うが……まあ本当に今更過ぎる。
私服に着換えて階段を降りる。
そのまま一旦台所へ向かい、適当な紙袋に冷蔵庫の中に入れた昨日作ったばかりのゼリーを取り出す。
百均で売ってそうな半透明のカップにラップをかけて輪ゴムで止めただけの手作り感溢れるやつだがまあ汁気は無いのでこれで零れることは無いだろうとそのまま保冷剤と一緒に紙袋に入れる。
「マナ、お待たせ」
そのまま居間のソファにまどかと並んで寛いでいるマナに紙袋を渡すとマナが受け取ったと同時にその中身を見て感嘆の声を漏らす。
「うわ、なにこれ……すっごい豪華」
シンプルな寒天をベースに、中に煮崩したリンゴ、桃、メロン、桜桃などいくつかのフルーツを詰め込んだ、ゼリーというかフルーツの塊と言った様相のそれを見てマナが目を丸くする。
「マナの両親の分もあるし、まどかのはこれから作るから全部持って帰ってもいいよ」
「わあ……ありがとう、ゆーくん!」
甘味を前に嬉しそうに微笑みマナに、女の子だなあ、なんて馬鹿なことを考える。
まあ実のところつい先日母親が仕事先でもらったとか言って持って帰ってきた大量の果物を消費するためだけに作った物なので遠慮せずにもらって行って欲しい。
正直余り過ぎててこのままでは腐る。
「それじゃあゆーくん。ゼリーもらっていきますね」
「うん、気を付けてね」
「はい、ありがとうございます。それに、まどかちゃんもさようならです」
「ん……また明日」
「はい!」
笑みを浮かべながら手を振って玄関を出ていくマナを見送る。
その姿が玄関の扉の向こうに消えていくと、隣に立つまどかを見やる。
「じゃ、ボクたちも作ろっか」
「ん」
冷蔵庫を開ければまだまだ余った果物は大量にある。
昨日ゼリーで使ったにもかかわらずまだまだあるリンゴ、桃、メロン、桜桃。
それにバナナにイチゴ、キウイ、パイナップルにライチに変わったものではピタヤにマンゴーまで。
季節感というものが無くなりそうなラインナップだが、まあ食べれるのならば問題無い。
その中から日持ちしなさそうなものを適当に選んでいき、台所に並べると下処理の難しい物と簡単な物に分ける。
「まどか、こっちよろしく」
「ん」
バナナやイチゴに桜桃など比較的手軽に下処理できるものはまどかに任せる。
代わりに下処理に手間取るだろうパイナップルや桃はこちらでやることにする。
桃の皮は非常に薄い上に桃自体が柔らかいので普通にやると手間取るのだが、熱湯にほんの少し晒すと皮が浮き上がって剥きやすかったりする。
というわけでコンロで水を入れた鍋を火にかけながら、桃を後回しにしてパイナップルのほうを処理する。
パイナップルは一見すると皮を剥くのが大変そうに見えるが、実のところ割と簡単だ。
上から1センチ、下からも1センチほどずつ切り落とし、あとはまな板に縦にして形にそって皮を切り落としていけば良い。
ただ棘のあった部分が穴のようなものが開いているので、これを切り落とす必要がある。
とは言え縦一列に並んでいるので両サイドから斜めに包丁を入れⅤの字に切り落とせばそれで終わりだ。
パイナップルは中心に種など無いのでゼリー用に一口大にカットしていけば終了だ。
そうこうしている内に鍋が沸騰し始めたので、桃をさっと茹でて水で冷やす。
急激な温度差で皮が浮き上がるので後は手で剥がしていく。
桃は中心に種があるので、包丁で切って種を刳り貫いて同じく一口大にカット。
「まどかー?」
「ん……できてる」
隣で作業していたまどかに声をかければすでに終わっていたらしい、ヘタを取ったイチゴや皮を剥いたバナナ、ヘタと種を抜いた桜桃を受け取り、それをさらに一口大にカットしていく。
「ゆーくん」
「んー?」
「これ、使うの?」
珍しく二つ以上の単語を喋ったと思ったら、どうやらバナナとゼリーという組み合わせが今一想像できなかったらしい。
まあ自分で言ってて余りマッチする組み合わせとも思わないから仕方ないが。
「牛乳寒天にするんだよ」
「……ん?」
ぴん、と来ない模様。
不思議そうに首を傾げられた。
さてどうやって説明したものかと考えて。
「……まあ、作れば分かるよ」
「……ん」
実際に作ればいいや、という結論に至った。
* * *
「……ん!」
「……あ、あはは」
無表情ながら、どことなくドヤ、と言っているような気がする、心なしか自慢げに胸を張っているんだけどぶっちゃけ平た過ぎて良く分からないまどかの一言、というか一文字に、思わず苦笑する。
平たい皿の上でぷるん、と弾むゼリーにご満悦(無表情)なまどかだが、いくらなんでも、と言ったのが正直な感想。
「桃まるごと一個はさすがにどうかと……」
「ん……問題、ない」
半透明なゼリーの中に桃が丸々一個詰まっている光景は圧巻だった。
まあスプーンの先でゼリーを突いて震わせながらその姿を見ているまどかが楽しんでいるようなので別に構わないのだが。
「まあ楽しそうで何よりだよ」
思わず呟きながら台所のほうへと視線を移す。
流し場には底の深い丼茶碗が置いてあって、そこに桃丸ごと一個入れて作ったのだ。
まあプリンなどと違ってゼリーは溶かした寒天を冷やすだけなので、別に容器はなんでも良いのだが。
一番大変だったのは桃の形を崩さずに中の種だけ取り除く作業だった。
まあ上からどうにかこうにか刳り貫いたのだが、まどかにやらせたら絶対に崩れるのが分かっているので気を遣う作業だった。
「ん……」
でもまあ、うきうきとした気分で楽しそうにしているまどかを見れば、その甲斐はあったな、と思う。
聞こえてくる『交響曲第九番(ベートーヴェン)(ただし歌抜き)』が本当にご機嫌なんだなあという事実を教えてくれる。
「あー……美味しい」
すでに夕飯を食べ終え、テレビを見ながら多少こなれてきたお腹だが、それでもボクからすれば小さなゼリー1個で十分だった。まどかはボクより小食なはずなのだが……まあ甘いものは別腹、ということなのだろう、多分。
因みに寒天と牛乳とバナナでバナナ牛乳寒天を作ったのだが、まどかには不評だった。
どうせなら単品で食べたい、ということらしい。
でも普通に果物の入ったゼリーは良いらしい。良く分からない判断基準である。
ゼリーで遊ぶのに飽きたのかぱくぱくと食べ始めたまどかを横目に見ながら、夕飯の間流していたテレビのチャンネルを変える。
「何か良いのやってるかなあ」
正直テレビなんてニュースくらいしか見ないので、今時何をやっているのかなんてのも知らないのだが、そこはまあ暇を潰せれば何でも良いかと妥協する。
「まどかー何か見たいのある?」
「……ん」
ふるふる、と首を横に振るまどかもまたテレビ見るより、音楽でも聴いていたい人間なので、うちのテレビはもっぱら朝ニュースをかけるか夕飯時に音を流すだけの産物だ。
時折父親がDVDをレンタルしてきて見ていることもあるが、本当にそれくらいのものであり、わざわざ何で買ったの? と時々思う。
「……うーん、バラエティとか特になあ」
やっぱニュースでも見ようかな、とチャンネルを変えていると。
『はーい、ではお次のゲストは今話題沸騰中! 双子の美少女アイドルRENです!』
聞こえた声に、思わずチャンネルを変える手を止めた。
「レン?」
「……ん?」
思わず呟いた声にまどかが手を止めて、視線を向けてくる。
そうこうしている内にテレビの中に真っ白な髪をサイドで結んだ赤い衣装の少女が現れて。
『あ……えっと、RENです。よ、よろしくお願いします、ね?』
おどおどとした様子でマイクに話しかけている。
「……おやまあ」
「……ん」
ボクも、まどかも視線はテレビに釘付けである。
その後テレビの中で少女が歌を歌い、また司会の女性といくらか会話して去って行く。
ほんの十分ほどの出来事ではあったが、その間ずっとテレビから目が離せなかった。
「頑張ってたね」
「……うん」
頷くまどかにボクもまた笑みを浮かべる。
「ごちそさま」
食べ終えて空っぽになった皿を片手に台所へと向かう。
先ほどの少女が歌っていたメロディーを無意識に口ずさみながら。
REN……どこかで聞いたことあるような(すっ呆け