読心能力持ってるけどボクの無口無表情系幼馴染の心の中が不可思議すぎる件 作:水代
熱されたホットプレートの上でじゅうじゅうと焼ける生地の上からささっと手早くキャベツを乗せていく。
二本のヘラでキャベツを抑えながら平たくしていくと、さらにモヤシ、ネギ。
その横で豚肉に焼き色を付けながら何度と無くヘラで焦げないようにひっくり返しながら全体的に焼き色がついてくると生地の上へと乗せる。
「…………」
じーと見つめるまどかの視線に、苦笑しながらマナがさらにビニールで包装されたソバを出して肉の油の残る鉄板で軽く炒めてさらに乗せる。
「もうちょっとですからねー、まどかちゃん」
「ん……」
こくり、と頷くまどかに笑みを浮かべながら、今度は生卵を割って鉄板に落とす。
じゅわ、と熱が通り一気に白くなる卵へさらにヘラを加えて黄身を潰し底をこそげば潰れて歪な目玉焼きが出来上がり。
「よいしょっと」
両のヘラを生地の下に差し込んでくるんとひっくり返して卵の上に落とす。
因みにまどかが前にやって全部崩れたように意外とこの作業難しい。
さらにもう一つ、隣で作っていた全く同じ物を重ね。
「最後にソースを塗ってー」
わざわざカップに取り置きされたソースにハケまで用意されている辺り中々手が込んでいる。
ささっと表面にソースを塗って鰹節と青のりを振れば。
「できました!」
「ん!」
マナの完成の声にまどかががたりと椅子を揺らす。
待ってましたとばかりに大皿を差し出せばマナがヘラを使って器用に持ち上げたそれを皿に乗せる。
見事に真ん丸な生地に暴力的なまでに空腹を刺激するソースの香り、そして生地の上で熱に煽られ踊る鰹節と黒に染まる表面を彩った鮮やかな青のりの緑。
お好み焼きである。
お好み焼きである。
大事なことなので二度言いました。
* * *
「今日ゆーくん家にお邪魔しても良いですか?」
朝からマナがそんなこと言ってきた。
楽しい休日も過ぎて翌日月曜。
学校に行かなければならない学生の悲哀を感じながらも一緒に登校してきた幼馴染の少女の心境は『春の海』だった。
今もう六月も終わりなんだけど、と言った感じだが多分単純に眠かっただけだろうと思う。
ボクの家とマナの家は結構近い。
まあ小学校の時同じ学校に通っている時点で同じ地区にあるのは察せられるのだろうが。
小学生の足では少し遠出、になるレベルでも高校生となった今ではご近所と言ってしまえるレベルである。
なので登校中、偶に時間が合ったりするとマナと会うことも時々ある。
今日もそんな感じで、偶然マナと出会い、挨拶を交わし。
そして二言目に飛び出たのがそんな言葉だった。
「……今日? 遊びに来るの? まあ良いけど」
首を傾げながらも頷くが、マナが違う違うと首を振って。
「今日ちょっとお父さんもお母さんも居ないから、ゆーくんのお家に泊めて欲しいんです」
「病院……は先週行ったよね?」
「お父さん今日と明日はお休みらしいんですけど、お母さん連れておじーちゃん家に行くらしいんです」
「……おじいちゃん。ああ、お父さんのほうの」
何でも結構良いとこの家系らしい。そのせいで昔はごたごたしていたが。
「マナは行かないの? 今もう仲直りしたんだよね?」
「泊まりがけらしいので……私は明日も学校ですし」
「あーそっか……じゃあ仕方ないね。こっちは大丈夫だよ。まどかも良いよね?」
「……ん」
こくり、と頷くまどかにマナがぱぁ、と笑みを浮かべて抱き着く。
「ありがとうゆーくん、まどかちゃん」
「んー……んー!」
サイズ的な問題でマナの胸元に押さえつけられたまどかが逃れようと暴れるのだが、全く気にした様子を見せず頬擦りするマナの表情は幸せそうだった。
―――ああ、まどかちゃん、可愛い、尊い、良いにほい……。
ダメだこいつ、と聞こえてくる内心の声に呆れながらその頭をぽんと叩く。
「ほら、学校行こう?」
「あ。そうですね……えへへ」
「んー」
解放された瞬間、さっとボクの後ろにまどかが隠れる。
そんなまどかの態度に、ああ……と残念そうに手を伸ばすマナだった。
* * *
「食材買って行きたいので、ちょっとスーパーに寄ってもいいですか?」
学校からの帰り道、マナがそんなことを言い出す。
「マナ一人分増えても大丈夫だけど?」
マナはけっこう……いや、かなりの大食いではあるが、それでも元から家族四人分の夕飯を作っているのだ、そこに一人二人増えたからと言っていきなり買い置き全てが無くなるわけでも無い。
「それでも突然のことでしたし、泊めてもらうだけでも悪いですから私も一品作らせてもらいますよ」
別に良いのに、と言うボクにけれどマナはふるふると首を振って。
「気持ちの問題ですよ、ゆーくん」
そう言って笑ったのでこちらとしても何も言えず。
まどかも特に何も言わなかったので促されるままに付いて行く。
鼻歌混じりに歩くマナを姿を見て……まあいいか、と息を吐いた。
そうして家から徒歩十分くらいのところにあるスーパーに寄ってみればちょうど夕飯に買い出しに近所の主婦たちが大勢押しかけているところだった。
ぎっちり、という形容がピッタリなほどひしめきあう客の数にまどかが無表情ながらげんなりとして、逆にマナはきっと目を細めた。
「これは……急がないと」
ちょっと待っててくださいね、とだけ告げて主婦の皆様の中に突撃していく幼馴染の背を追いながら、うわあと思わず呟く。
「マナ……凄い」
「そ、そうだね……パワフルだね」
買い物カゴ片手に売り場をひしめく主婦の群れを掻き分けながら進んでいくマナの姿に、ボクの横でぼそりとまどかが呟いた一言に同意する。
やがてその姿が店の奥へと消えていくのを見送りながらさてどうしたものか、と考える。
「まどか、今日何食べたい?」
「……なんでも」
「そっか」
「ん」
マナが一品作ってくれるらしいが、何を作ってくれるかに寄ってこちらも献立も多少変わったりもするわけだが。
「ちょっとだけ……」
「うん?」
「……楽しみ」
「……うん、そうだね」
マナの普段を見ていると食べてばっかりのようでもあるが、あれで料理の腕は良い。
別にプロ並み、とかそんな創作みたいな話は無いが、家庭料理なら大体なんでも作れるし、特に極一部の品に関しては創作じゃないが本当にプロ並みである。
ボクだって昔から料理はやっているのでだいたい同じくらいのものは作れる自信はあるが、本当に一部の品に関しては絶対に敵わないと思わされるほどだ。
「もしかしたら、久々に作ってくれるかもね」
「……ん!」
別に隠しているわけでも無いし、勿体ぶっているわけでも無いのだが、案外機会が無いのでマナが料理の腕を揮うことは少ないのだが、以前作ってもらったそれは本当に美味しかったのでまた食べれたら良いなと思う。
そうこうしている内にスーパーの中からマナが出てきて。
「……どんだけ買ったの?」
「え? 一食分ですけど?」
両手に抱えられたビニール袋を見て、これが一食……? と思わず首を傾げる。
まどかはいつものように無表情でそれを見ているが、心中で『マイムマイム』が鳴っている……どういう意味? と思ったが一昔前のテレビ番組の影響かな、と察する。と言っても正直古すぎて分かる人少ないだろうなあ。
「中身は……キャベツにもやし、それにネギってもしかして」
「っ!」
先ほどその話をしていたばかりなので、まどかが思わずと言った様子で反応し。
「はい、久々に作りましょうか!」
笑みを浮かべて、マナがそう告げた。
* * *
と言うわけで出来上がったのは厚さ10cm、直径にして40cmを超える巨大なお好み焼きである。
「……でかすぎじゃない?」
「三人で食べるならちょうどいいくらいじゃないですか?」
「これ三人で食べるの?!」
「……これだけ、もらう」
マナの素っ頓狂な台詞に思わずツッコミを入れていると、まどかが端のほうの生地を少し切って、小皿に全体の十分の一ほど確保していた。
「え、じゃあボクこんだけで……」
まどかより一回りか二回り大きい中皿に四分の一ほど取ってそう告げる。
「もう良いんですか? じゃあ後は私が食べますね?」
「……マナさん? え、マナさん? 本気で?」
良くあるコンビニのお好み焼き三枚くらいの重量があるわけだが、何ら気負う様子すら見せず食べきると宣言するマナに思わず目を剥く。
「あの、マナ? こっちで用意した分もあるんだよ?」
出来立てで熱々の鳥じゃがに蛸と胡瓜の酢の物、それと味噌汁。
正直全部食べるの? キミそんなに突き抜けて大食いだったっけ? というボクたちの疑問に喜色満面に頷いてマナが箸を掴み。
「みんなで食べましょう」
告げる言葉に躊躇うものはあるものの、まあ否定するほどのことでも無いかと納得し、頷く。
まどかはどうでも良いと目の前の小皿に視線が釘付けである。
キミも何気に食いしん坊だよね、と内心で思いつつも全員で手を合わせ。
「「「いただきます」」」
箸を取り、早速湯気立つお好み焼きに手を伸ばす。
一口サイズに切り分け、掴み、頬張る。
「あ、あつ……あつひ」
舌が火傷しそうなほどに熱い、だが口の中に広がる暴力的なまでの味がその全て忘れさせる。
「あつ……」
こっそりと視線を向ければ隣でまどかもまたふうふうと息を吹きかけながらちびちびと食べている。
そして正面では箸程度じゃ足りないとヘラを使って食べていた……それで良いのか女の子、って感じではあるが、美味しそうに笑みを浮かべて食べるそんなマナの姿は酷く
「それにしても、珍しいよね、二段重ねのお好み焼きって」
単純に一段だけなら普通のお好み焼きなのだが、マナが作るそれは同じ物を2枚焼いて重ねて作る。
単純に2枚食べてるのと違うの? と言われるとそうなのだが、食べた時の厚みが意外と癖になるのだ。
「おばーちゃんの家だと、これが普通なんですけどね」
マナの母方の祖母は遠い県の田舎街に住んでいるのだが、そこでお好み焼き屋を経営しているらしい。
この通常サイズの3,4倍はありそうなお好み焼きは普通ってどういう事なんだろう。
まあとは言え。
「美味しい……ホント、これだけは絶対にマナに敵わないや」
いつも自分たちで利用するスーパーで買った材料で作ったとは思えない、まさにプロの味わいと言った感じ。ホットプレートで何故ここまで美味しく仕上げることができるのか不思議でならない。
「美味しいですか? まどかちゃん」
「ん」
楽しそうに尋ねるマナに、まどかが心なし強く頷く。
以前食べた時から大分気に入ったようで、久々に食べれた嬉しさに心なしテンションも上がっているらしい。
「じゃあ、じゃあ、今日一緒に寝てくれますか?」
「ん……ん?」
テンポ良く頷き、あれ? と言わんばかりに首を傾げるまどか。
だが正面で目を輝かせるマナを見つめ。
「……あっ」
気づいた時にはすでに遅かった。
* * *
「じゃーまどかちゃん、一緒に寝ましょうねー?」
「……ん」
諦めたような、楽しんでいるような、良く分からない雰囲気を醸し出しながらまどかがマナに連れられて部屋を出ていく。
二人のそんな様子に苦笑しながらボクもまた自室に戻り、ベッドの上に横になる。
「あー……疲れた」
マナがいるといつも以上に家の中が騒がしい。まどかがあの通りなので余計にだ。
それは決して嫌いでは無いが、少し疲れもする。
「……ま、それを楽しいと思ってる自分がいるのも事実、か」
正確に言えば、本音を隠したがる。
他人を気遣って、気遣い過ぎて自分を押し殺す。
だからまどかを相手にはしゃいでいる姿を見ると、その内心を見ると、少しだけほっとする。
―――初めて出会った時、酷く子供らしくない子供だと思った。
当時のマナの事情を考えれば当然だったのかもしれないが、まだ十にもならない子供が内心を押し殺すことに慣れ切ってしまっているというのは今考えても異常としか言いようが無い。
人の心とは常に他者に対して開かれているものではないとボクが知ったのはまだ小学生にもならないほど小さな子供の頃だった。
薄々気づいてたそれをはっきりとした形でボクに教えてくれたのはマナだった。
今は……どうだろう?
昔よりは随分とマシになった、マナの両親は再びマナと共に暮らし始めたし、仲の悪かった実家との復縁もできた。
環境は改善されている……それでも一度作り上げられた根本は最早変わらない。
三つ子の魂百までと言うが、間愛という少女はきっとこの先百まで生きたって嘘つきなのだろう。
だからせめて、気づいてあげなければいけない……心を読めるボクだからこそ、嘘つきな彼女の本心を拾ってあげないといけない。
それはきっと。
「ボクがマナにしてあげれる数少ないことだろうしね」
呟き。
「……私がどうしました?」
後ろから聞こえた声に思わずベッドから起き上がる。
慌てて振り返ればそこに何故かマナ……とまどかがいて。
「……何しに来たの?」
「まどかちゃんが三人で寝ようと」
「……ゆーくんも、みちづれ」
何気に酷いことを言う幼馴染である。
「……いや、そこはほら。もう良い歳なんだし」
「……ん」
「まあ良いじゃないですか……それ!」
呟きながらマナとまどかがベッドの上に転がり。
「ちょ、狭い、狭いって」
基本一人用のベッドなので三人も転がれば定員オーバーである。
「大丈夫ですよ、まどかちゃんをこうしてー」
ベッドに横たわったまどかをマナが胸の内に抱き留め。
「そしてゆーくんが私を抱きしめてくれればオールオッケーです!」
「全然良くない!?」
かも~ん、と腕を広げるマナとこちらを見つめるまどかの視線から目を逸らしつつ。
「……何だかなあ」
やっぱりそんなに心配する必要も無いかな、なんて。
そんなことを思った。
最近夕飯に作ったお好み焼きが美味しくて……つい……ね?