読心能力持ってるけどボクの無口無表情系幼馴染の心の中が不可思議すぎる件 作:水代
自分の隣を歩く彼女の姿を少しだけ覗き見る。
特に気づいた様子も無く、彼女はいつもの何を考えているのか分からない無表情でぼんやりと前を見ている。
「……まどか、なんか機嫌がいい?」
「ん」
ボクの言葉に、まどかが視線をこちらへ向け、僅かに頷く。
基本的に家族でもまどかの表情の変化というのは分からない。ただ血の繋がりかそれとも愛かは知らないが、雰囲気で何となく表層的な感情くらいは分かるらしい。
でも血の繋がりでも無ければ、夫婦でも無いボクは表情や雰囲気なんて物分かりやしない。
じゃあ何故機嫌が良いか、なんてこと分かるのかと言えば。
~~~♪
心の中で流れている音楽を聴いて、だいたいの感情の機微を理解する術をこの十年で覚えたからだ。
因みに流れているのは『天国と地獄』だった。
これは割と機嫌が良い時の曲で、悪い時は『パリのアメリカ人』、別に良くも悪くも無い普通、と言うときは『ワルキューレの騎行』が多い。
別にこの時はこれ、とか決まっているわけではなく、それこそ彼女の機嫌次第でころころと曲も変わる。
同じ曲が必ずしも同じ感情を表しているとは限らないのが難しい話。
とは言ったって、人の心なんて最初から複雑怪奇なものだ。
ボクの超能力はそれを見ることができる。見たからと言って理解できるわけじゃない。
見たものは情報となり、ボクはそれを推測して理解しなければならない。
超能力なんて言ったって、なんでもできる便利な力ではないのだ。
ボクにとってこれは、他の人には無い六番目の感覚器官と言ったところだろうか。通常の第六感とは意味合いが違うが。
「何かあったの?」
家を出る直前まではトマト嫌いの余りに心の中で『運命』を鳴き散らしていたが、そんな鬱とした気分を払拭できることがあったらしい。
虚ろ気だった視線が色を取り戻す、と同時にまどかが何か言いたげにボクを見つめる。
「え、何?」
「……ん」
少しだけ不満そうに返答を貯めた、彼女にしては珍しい間のある返事に、目を瞬かせ。
くい、と袖を引っ張られる。
それが何の合図か分からず戸惑うボクに、ぷく、と頬を膨らませたまどかが口を開こうとして。
「まーどーかーちゃあああああああああああん!」
「むぎゅぅ」
十字路に差し掛かっていたボクたちから見て右の道から飛び出してきた人物にまどかが抱き留められる。
抱き留められるというか、抱き潰す勢いのハグにまどかが圧迫されている。
「ちょ、マナ、まどかが死ぬから止めろって」
「えへへ~、まどかちゃん今日も可愛いです~」
「む~! むう~~~!」
息苦しさにまどかがその人物……マナの腕をタップしている、というか本当に窒息してないかな、あれ。
仕方ないのでまどかに張り付いた
「あ~! ゆーくん、酷い、酷いです~!」
「スキンシップはいいけど、まどかが窒息するから加減しろって言ってるじゃん」
「ん~~!」
マナから解放された瞬間、即座にボクの後ろに隠れたまどかを見ながらマナが名残惜しそうに呟くが、さすがに嫌がっている相手にこれ以上する気はないのか、一瞬視線を送って、それからこちらを見て笑む。
「それはそれとして~、おはよーございます、ゆーくん、まどかちゃん」
「はあ……おはよ、マナ」
「ん、おはよ」
こちらの街に引っ越してきた時、近くの小学校に転校したのだが、その小学校でクラスメートだった少女だ。因みに彼女も同じ学校だった……当時余り登校していなかったらしいが。
色々あって、友達になって、ボクを通じて彼女とも友達になり、それ以来ずっとだ。
何だかんだ彼女と同じくらい長い付き合いの少女。
何かと活発的で、そのせいか彼女と違って髪を伸ばすことを好んでいないらしい。基本的に伸ばしてもセミショートと言ったところで、それを両側で結んだ短めのツインテールを好んでセットしているし、私服もティーシャツやらハーフパンツやら、動きやすいものばかり着ている。
身長もさすがに男のボクよりは小さいが、彼女と並ぶと凸凹になるくらいには高い。
ボーイッシュ、というほどではないのだが、自分に女の子らしさが足りないのは分かっているらしく、ただそれを直そうとも思ってはいないみたいだった。
ただそんなマナだからこそ、可愛らしい物が好きらしく、ぬいぐるみ集めが趣味など少女趣味な部分もある。
まあすでに分かっているだろうが、小さくて可愛らしい(?)まどかのことが大好きで、好きで好きで堪らないのだ。
どのくらい好きかって?
じゃあ教えてあげよう。
まどか! まどか! まどか! まどかぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!! まどかまどかまどかぅううぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! まどかタンいい匂いだなぁ…くんくん
んはぁっ! まどかたんの長くて綺麗な黒髪をクンカクンカしたいお! クンカクンカ! あぁあ!!
間違えた! モフモフしたいお! モフモフ! モフモフ! 髪髪モフモフ! カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!
今日もまどかタンかわうぃよぅ!! あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!! ふぁぁあああんんっ!!
ふわっふわの抱き心地だよまどかタン! あぁあああああ! かわいい! まどかタン! かわいい! あっああぁああ!
今日もまどかタンは天使で嬉し…いやぁああああああ!!! にゃああああああああん!! ぎゃああああああああ!!
ぐあああああああああああ!!! 天使なんて現実じゃない!!!!
そんなまさか、ま ど か タ ン は 現 実 じ ゃ な い? にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!
そんなぁああああああ!! いやぁぁぁあああああああああ!! はぁああああああん!! ゆーくんうぁああああ!!
この! ちきしょー! 死んでやる!! まどかタンがいない現実なんか死んで…て…え!? 見…てる? 私の腕の中のまどかタンが私を見てる?
うわあぁぁぁぁ、良かった、良かったよお、まどかタンは現実だったんだ、現実に舞い降りた天使だったんだ、やったああああああああああああ!
うおおおおおおおお! うわあああ! うわあああああああああああ!
ううっうぅうう!! 私の想いよまどかタンへ届け!! 私の腕の中のまどかタンへ届け、ていうか届ける!
――――以上、マナの現在進行形の心の声(抜粋された一部)である。
付け加えるなら、この幼馴染、
――――あ~、まどかタンとゆータンと3Pしたいな~。
なんてことを頭の中で現在進行形で考えてるヤツは、
というかさり気に自分も対象に入っているのだが、それは恋愛感情とかそう難しいものでも無く、基本的には幼馴染二人(ボクとまどか)が好き過ぎるだけで(だけというのもおかしな話ではあるが)、こちらの嫌がるようなことは(基本的には)しない。愛と呼ぶのも誤解がある、言うなればマナなりに拗らせ過ぎた友情の結果のようなものだ、とボクは思っている。
だからこそ、今も友達を、幼馴染という関係を続けていられる。
「ほら、二人とも、そろそろ学校行こ?」
「ん」
「あ~、まどかちゃん待ってください、私も一緒に行きますから~」
声をかければまどかがボクのすぐ後ろをついてきて、それを追ってマナが小走りにやってくる。
少し歪さもありはするが、それでもボクたちは友達で、親友で、幼馴染だった。
そんな関係は十年前から変わっちゃいないのだ。
* * *
物心がついた時、すでにお父さんは居なかった。
良家の一人息子だった父は、学生時代に母と出会い、結婚し、私が生まれた。
それは父方の家族の反対を押し切り、勘当同然の結果の結婚だったらしい。
私が生まれてすぐ、お母さんが病気になった。
元より体の強い人ではなかったらしく、幼少の私の記憶の中の母は、いつも病室のベッドで寝ている姿だった。
若くして重い病に侵された母を助けるために、父は実家を頼り。
母の治療と引き換えに二人は離縁した。
それから母の病気が治るまでの数年、私は母方の祖父母の元で育った。
田舎町であり、素朴と銘打てるそこは、けれど幼い私からすれば退屈な場所だった。
テレビすらない、唯一の娯楽と言えばラジオくらいだった今となっては考えられない田舎町。
だから自然と外に出かけるようになった。
四方を山に囲まれ、山と山の間には川が流れる、未だに河童の伝説が残るほどの大自然。
そんな自然の中を近所の子供たちと共に駆け回り、泥だらけになるまではしゃいだ。
家に帰ればそんな私を見て、祖父も祖母も笑って迎えてくれた。
数年後、母の病気が治った。
さすがは良家ということか、父の実家は約束通り、母を完治させた。
ただ、もう二度と父を父と呼ぶことはできなくなったが。
まあそれでもまだマシなのだろう。
世の中には夫婦で喧嘩別れする人もいれば浮気をして別れる人もいる。
そんな中、私の父も母も愛し合い、愛していたが故に別れた。
きっとそれは……マシな話なのだろう。
――――いや、そんなわけないじゃん。
あっけからん、と。
彼は私にそう言った。
――――そんな親の話、ボクたち子供に何の関係があるのさ。
呆れたようにそう告げて、それから。
――――子供なんだし、我が儘でいいじゃん。
それから。
――――キミは本当はどうしたいのさ?
それから。
――――私、は。
* * *
「あ、そうだ」
もうすぐ学校へと到着すると言った頃に、ふとまどかと雑談していたマナがこちらへと口を開く。
「ゆーくん、今日そっちに泊っていいですか?」
「ん? え、どうしたの?」
「お母さんの定期健診だよ」
「ああ、もうそんな時期か」
マナのお母さんは余り体が強い人ではないらしい。
何でも昔は大病にかかったこともあるらしく、そのために大変だったとも聞いている。
まあ今ではその病気も完治したのだが、それでも体質的に病弱だったのは間違いなく、今でも遠くの病院に定期健診へ行っている。
お母さんだけならともかく、それに付き添いでマナのお父さんも行ってしまうため、一日から二日くらいの間、マナが家に一人になることが昔から良くあった。
だからマナの両親に頼まれて、昔から健診の間はうちに泊めていた。
うちは基本的に夜には両親共にいるし、数年前からはまどかも一緒にいるし、マナと幼馴染のボクたちなら、両親も安心して頼めると割と以前からそんな風になっている。
「やった~。今日は一緒に寝ましょうね、まどかちゃん!」
「ん」
ジト目で視線を逸らすまどかに、抱き着いて頬擦りするマナ。
まどかも嫌がっているように見えるが、その実心の中では
なんて、そんなことをしている間に学校が見えてくる。
えーおー! えーおー!
校門を過ぎると、遠くから聞こえてくる掛け声に視線を向ければ朝のグラウンドでは野球部と陸上部が朝練をしていた。
「朝から元気だねー」
「ゆーくん、野球部行かなくて良いの?」
「ん」
マナの言葉に同意するように、まどかが頷く。
まあ言う通り、ボクも野球部の一員であるからして、本来はあそこで練習しているはずなんだが。
「ボクはまあ、仮入部みたいなもんだからね」
本来、入るつもりも無かった野球部に、親友の頼みでどうしても、という時だけ助っ人で参戦するだけなので練習は強制ではないのだ。
そんなボクの言葉に、ふーん、とマナが生返事を返し。
くいくい、とまどかがボクの袖を引く。
「どうしたの? まどか」
「次、いつ?」
「……あ、試合?」
「ん」
夏も近づく季節故に、もうすぐ大きな大会もある。
だから、野球部一同練習にも一層身が入っているのだろう、グラウンドを全力で駆ける姿が見える。
頑張っているなって素直に思う。
そしてだからこそ、視線を外し、歩き出す。
強いて言うならそれは。
「次の試合は来週の日曜だよ」
罪悪感、と言うのかもしれない。
「ま、ボクが出るかは分からないけどね」
だから、笑顔を取り繕って、嘘を吐いた。