読心能力持ってるけどボクの無口無表情系幼馴染の心の中が不可思議すぎる件 作:水代
午前八時十五分。朝のホームルーム前の教室ではすでにクラスメートたちが席に着き、教師が来るまで近くの席の友人たちを会話を楽しんでいる。
それはボクたちも例外でなく、ボクの後ろの席では机に突っ伏したまどかとそれにちょっかいをかけているマナがいて、そんな二人に苦笑しながら隣の席の男子に声をかける。
「おはよう、トラさん」
「む……お前か、おはよう」
スポーツ刈りの頭を撫でながら機嫌の悪そうな鋭い目つきの男子、トラがぶっきらぼうにボクへと返事を返した。
と言っても、別に機嫌が悪いわけではなく、ただ人見知りで他人と会話する時、緊張して目つきが怖くなって声も強張ってしまうだけだ、ということをボクは知っているのでそんなトラの態度も気にしない。
「今日も朝から精が出るね」
「大会も近い……精進あるのみ、だ」
トラとの話題、となると真っ先に出るのは野球部の話だ。
「お前は……今日は?」
「あー、ごめん、今日はマナが家に来るから色々準備必要なんだ」
「……そうか」
と言うのも、トラが今の野球部のキャプテンであるのが一つ。
「好きな時と言ったのは俺だ……謝る必要は、無い」
「それでも、ね。みんな頑張ってるのに、悪いなとは思うんだよ」
そして、部活に入るつもりの無かったボクを、好きな時にだけ練習に出る、なんてふざけた条件で野球部に誘ったのも目の前の彼だったのが一つ、だ。
正直な話、ボクは部活というものにそれほど興味が無い。全く無い、というわけではないのだが、とある事情から、登下校の際は、なるべくまどかの傍にいるように気を付けているので、そのまどかが部活に入っていない以上、ボクもそれ以上に優先するほどのことでも無かった。
そんなボクに、練習に来なくても良い、試合だけでも助っ人に来てくれ、などと言ったのは目の前の友人であり、友人の頼みということでそれを引き受けたのだが。
「空気悪くしてない? 大丈夫なの?」
正直失敗だったんじゃないだろうか、と思ったりすることもある。
何せ普段から必死になって練習している部員から見れば自分など、練習にも参加せずに試合で出場枠を食ってるほぼ部外者、と言った立ち位置なのだ。
それはもう反発もあるだろうし、けれどそれを抑えているのは目の前の友人である。
「……問題無い。うちは代々、実力主義、だ」
それもまた事実ではある。
別に野球に力を入れた高校、というわけではないのだが、過去に何度も『甲子園』に出場している。
と言っても優勝したことはさすがに無いようだが、それでも『甲子園』の常連校として地区の強豪と認識されている。
そのためいつからか、野球部もお遊びのようなクラブ活動が本格的になってきており、今では部員数は百名を超える校内でも最大規模のクラブとなっている。
通常のクラブにあるような年功序列も無く、完全な実力のみでスタメンも決定されており、例えその一枠にボクが入っていたとして、それは『ボクより実力が無いのが悪い』という話になるのだ。
正直、体育会系とか通り越してガチ過ぎる思考についていけない時もある。
そして二年目にしてその百名のトップたる部長の座についているのが目の前の友人、トラなわけだが。
「トラさんが言うと説得力あり過ぎじゃないかなあ?」
苦笑しながらの答えに、トラが首を傾げるが。
―――この男、はっきり言って怪物である。
トラが運動しているとこを見たまどかの心の中で『ターミ〇ーター』のBGMが流れ出す程度には
「高校野球で
「……一番上手く投げ、一番上手く守り、一番良く打てる、それが俺だっただけの話だろう」
「それ普通できないから」
投げれば三振、打てばホームラン、走ればランニングホームラン、守ればピッチャー返しも余裕で処理、時にはホームランすらフェンスまで走って跳んでアウトにするとかいう意味の分からないことをしている、もう完全にお前一人でいいじゃん的なチート生物である。
もう何か全盛期伝説ネタにすらなりそうな気配すらあるが、それでも甲子園優勝を決められなかった去年、同じ高校生にそれ以上がいるのかと世界の奥深さに恐怖したものである。
「それはそうと来週の日曜……覚えてるか?」
「うん、朝八時にここのグラウンド集合でしょ? 日曜なら父さんも母さんも家にいるから大丈夫だよ」
「……そうか」
なんて話をしている内に、時間は進み。
午前八時三十分。時間と同時に教室の扉が開き、担任の先生が入ってくる。
「おら、ホームルーム始めるぞー」
なんて、先生の声に教室内が静まっていき。
「それじゃ、出席を取るぞー」
とんとん、と先生が教卓の上で二度、出席簿を叩いた。
* * *
授業中に、教師が黒板に問題を書く。
そして生徒を一人指名し、問題を解かせる、なんてこと全国どこの高校でもあるだろうありふれた光景である。
ただ問題は。
「はい、じゃあこの問題を……戸辺さん」
数学教師の視線がボクの後ろの席のまどかへと向けられ。
向けられた視線がまどかの視線とぶつかる。
「……戸辺さん?」
じー、と感情の無い瞳が教師を見つめる。
見つめる。
「と、戸辺さん……?」
じー、と。
見つめる。
見つめる。
見つめる。
「と、戸辺さん……の隣の間さん、お願いします」
「えっ、あ、はい!」
またどうせ授業中にまどかの横顔を見てにやにやしていたのだろうマナが突然指名されて慌てて前に出ていく。
その後ろ姿を見ながら、振り返り。
「まどか」
「……ん」
つう、と視線を反らすまどかに嘆息する。
「ダメだよ?」
「ん……」
ジト目になりながら呟いた一言に、観念したかのようにまどかが返事を返す。
「はいそれじゃあこの問題は……こ、今度こそ、戸辺さん、お願いします」
「…………」
「…………」
「……はい」
瞬間、僅かなどよめき。
普段何気なく話しているが、まどかは割と人見知りの気があり、ボクやマナ以外とは滅多に会話しない。
クラスメートの中には声すら聞いたことが無いという人すらいるのではないだろうか、というレベルで学校で口を開くことは少ない。教師に当てられても先ほどのように無言かつ無感情に見つめ返すという荒業で乗り切っていることが多いので、多少溜めはあったものの、素直に返事をしたことに驚かれている。
「……いや、そんなことで驚かれても」
クラスメートのノリが良いのか、それとも普段のまどかの行動が酷過ぎるのか、さてボクはどっちに取ればいいのだろうか、なんて思いながら。
視線を上げれば黒板の前で直立不動のままのまどかの姿を見る。
「……あ、あの、戸辺さん? 分からないなら分からないで言ってくれていいのよ?」
微動だにしないまどかの姿に教師のほうが慌てだす。まあ数学の先生は今年入ったばかりの新任なので恐らく聞いてはいてもまだ知らなかったのだろうが。
「考えてるなあ、あれは」
心の中で『ピンク〇ンサーのテーマ』が流れているのはだいたい考えごとをしている時だ。
数十秒の思考の間、やがてBGMが鳴り終わり。
「ん」
カッカッカ、とチョークで答えを書いていく……のだが。
「…………」
「あ、あー、ご……ごめんなさい、この椅子使って?」
身長150cmにも満たないまどかでは黒板の上のほうに手が届かず、無感情な瞳で教師を見つめる。
すぐ様慌てた様子で教師が椅子を差し出すと、まどかが靴を脱いでそれに乗り、続きを書いていく。
そうして書き終え、椅子を降りると席へと戻っていく。
「は、はい正解ですね……それでは、ここの解説を」
微妙な空気を払拭するように数学教師が授業を進めていく。
まあ分かっていた話ではあるが、この日以降、数学教師がまどかを指名することは無かった。
* * *
昼休憩というのは、学生にとって憩いの時間だろう。
最近では中学校でも給食制というのが増えているらしいが、さすがに高校にまでくればそんなものはない。
代わりに高校でも一部の学校には『学食』というものが存在する。
大抵は早い安い多いの質より量を重視する傾向にある。
味は不味い、という話が多いが、どちらかというと大雑把というだけらしい。
まあそれも主な客層が高校生である以上仕方の無い面もあるのだろう。
大事なのは量、それから栄養価、そして値段。昼休憩という限られた時間でなるべく多くの学生が食べれるように配慮するなら調理時間だって減らさなければならない。
そんな理由からか、ファーストフード、というのか麺類やカレーライスなど作り置きできたり、作業時間の速いメニューが多い。
後は食券機を使って食券を購入する形式が多く採用されている。まあ学生一人一人の注文を聞いていたらいつまで経っても終わらないだろうからそれも当然の配慮なのだろうが。
ところによっては『日替わりメニュー』なるものもあるらしく、揚げ物などカロリーの高いメニューは男子学生から見れば人気のメニューと言えるのだろう。
と、散々語っておいてなんだが。
「そんな学食がうちにもあれば良かったのにね」
うちの学校に学食なんてものはない。
「何の話ですかー?」
「なんでもないよ、こっちの話」
机の上に広げたお弁当箱の蓋を開けばミニハンバーグに卵焼き、プチトマトにポテトサラダとカラフルな内容の具が入っている。
「わー、相変わらずゆーくんのお家のお弁当美味しそうですねー」
「こら、何さらっと取ろうとしてんのさ」
呟きと共に伸びてくる箸を阻止しながら、マナと軽い攻防を繰り広げる。
そんな行儀の悪いことをしながら、ふと視線をずらせば。
「……ん」
ぱくり、と。
小さく切り分けた卵焼きを口に運び、もぐもぐと咀嚼する。
ふんわりとした触感と甘い味付けのソレに得も言えぬ至福を感じ。
「……ん」
ぱくり、と。
もう一口、もう一口、と箸が止まらない。
「幸せそうですねー、まどかちゃん」
「見てるこっちが幸せになれるね」
ちびりちびりと小さく切り分けながら少しずつ食べていく小動物チックな幼馴染に、癒しを感じる。
心の中では『ジムノペディ』がゆったりとしたメロディーを奏でている。
聞いているこっちまで癒されていくような音楽に耳を澄ませながら。
ふと気づく。
「って、まどか、またトマト残してる」
お弁当箱の端に追いやられたプチトマトを見つけ、告げればまどかがぷいっ、と顔を背ける。
「食べなきゃダメだよ?」
「……や」
ん、ではなく、や、な辺りはっきりとした拒絶が見える。
嘆息しつつ、手元の箸を伸ばしプチトマトを掴み。
「はい……あーん」
「…………」
「あーん」
「…………」
「あーん」
「……あー」
凄まじく長い葛藤の末、まどかが口を開く。
プチトマトをその口の中へと押し込めていくと、まどかがもぐもぐと咀嚼する。
「……うぇ」
短く吐き出すような声だが、ぴくりとも表情は変わっていないのだから不思議でもある。
「あー、いいないいなー、ゆーくん。私もまどかちゃんにあーんしたい!」
そんなボクたちを見てマナが声をあげ、手元のお弁当箱に残ったソレを掴む。
「はい、まどかちゃん。あーん、です」
「……ん」
「あー! 私のは食べてくれないんですかー?」
ふい、と顔を逸らすまどかに、マナがショックを受けたように呟くが。
「いや、エビフライの尻尾だけ差し出されても普通に嫌だと思うよ?」
人によって食べたり、食べなかったりするけど、まどかもマナも普通に残す派だ。
ボクはまあ食べる派だが、そもそも人の食べ残しとか普通に嫌だ。
だからまどかの反応は当然であり。
「ゆーくんとの間接キスはオッケーなのに、私はダメなんですかー?」
「……間接、キス?」
呟くマナの言葉に、ふと箸を見つめる。
先ほどまでボクが使っていた箸だ。それで今、まどかに物を食べさせた。
なるほど、確かに間接キスと呼べるかもしれない。
「ふむ……確かにそれは衛生的じゃないね」
「そういう問題ですか?!」
「今度はちゃんと綺麗なのでやることにするよ」
「今度があるの確定なんですか!」
叫ぶマナの声が耳に響く。
因みにまどかは何食わぬ顔でお弁当を食べ終えていた。
恋愛タグつけといてなんだが…………この二人ちゃんと恋愛するの…………?