読心能力持ってるけどボクの無口無表情系幼馴染の心の中が不可思議すぎる件 作:水代
ボクの家には現在四人の人間が住んでいる。
一人はボク、一人はまどか、一人はボクの母、一人はボクの父。
両親は共働きで、特に夜は割と遅くなることが多く、早くても七時、遅い時は九時を回っても帰ってこないこともある。
反面、朝は遅く出るので、この家では朝食と昼食は母さんが作ってくれる。
だが夕食まで母さんを待つとなると、どうしても時間が遅くなるので、夕飯の支度はボクとまどかがやっていたりする。
「まどか、取って」
「ん」
手渡された醤油をお玉に少しだけ注ぎ、鍋の中に少しずつ落としていく。
湯立つ鍋の中で菜箸でジャガイモやニンジン、玉ねぎに牛肉を焦げ付かないように混ぜていく。
「まどか」
「ん」
まどかが渡してくれるコップに入った水と料理酒のボトルを受け取る。
煮汁が若干少ないかな、と思いながら水と、後は料理酒などを足していく。
そろそろいいかな、と菜箸の先にちょっとだけつけた煮汁をまどかのほうへと差し出して。
「まどか」
「ん……」
滴る雫をまどかが舌先で僅かに舐め取る。一瞬考えこむように首を傾げ。
「ん」
ぐーと上に向かって親指を立てる。不評の時は下に向かって親指を立てるのでどうやらお気に召したらしい。
火を中火から弱火にして、蓋を閉めるとぐつぐつと蓋が揺れ動く。
「まどか」
「ん」
じーと鍋を見つめるまどかに苦笑しながら声をかければ、一つ頷いて次へと動き出す。
物欲しそうに鍋を見つめている時はだいたいお腹が空いた時だ。うっかり鍋番をさせると知らぬ間につまみ食いで中身が減っているので目を離せない。
……まあ一日の中で彼女から目を離している時間のほうが少ない気もするが。
「まどかー」
「ん」
冷蔵庫から取り出したもやしのパックを受け取りながら、袋を開いて水で軽く洗っていく。
それから水をたっぷり張った鍋をコンロの火にかけながらもやしを全て入れていく。
「ゆーくん」
「ん? あ、ありがとう」
まどかが渡してくれた顆粒だしを鍋の中へと流し込んでいく。
「まどかーしばらく大丈夫だし、テレビ見ててもいいよ?」
「ん」
後は煮えるまで待って豆腐とわかめと味噌を入れるだけの簡単な作業なのでそう声をかけるが、一旦居間に行って椅子を持ってくるとそこに座り込んでしまう。
何が楽しいのか分からないが、まあいつものことだし、心の中では……。
「あー……なんだっけなあ」
「ん?」
「いや、何でもないよ」
この曲なんだったかなあ、なんて考えながら。
無意識の内に鼻歌でそのメロディーを口ずさむ。
聞いたような覚えのあるだけのうろ覚えの曲だが、現在進行形で聞こえているのだから間違えるはずも無い。
「~♪」
「…………」
そんなボクの姿を後ろでまどかがじっと見ていることに気づく。
「どうかした?」
「ん……」
別に、と言わんばかりに素っ気無い返答にはてさて、と首を傾げる。
沸騰する鍋の中身をかき混ぜながら、手のひらの上で豆腐を賽の目状に切っていき、鍋の中へと入れて火を小さくする。
「まどかー、そろそろ」
「ん」
声をかけるといつの間にかすぐ傍まで来ていたまどかが冷蔵庫から出したらしい味噌を渡してくる。
いつの間に、とかそろそろだけで良く分かったな、とか今更な気もして、言葉を飲み込む。
「ありがと、あとお茶碗用意しといてね」
「ん」
お玉で軽く掬った味噌を菜箸で溶かしていきながら声をかけると、すぐに返事が返ってくる。
ことん、とすぐ傍に置かれたお椀を受け取り、お玉で軽く鍋の中をかき混ぜて中身を掬う。
三つ分のお椀に作ったばかりの味噌汁を注ぐと、最後に仕上げとばかりにまどかがいつの間にか刻んでいたらしいネギを散らす。
「じゃ、これお願い」
「ん」
こくり、とまどかが頷いてお盆に乗せた味噌汁のお椀を運んでいくのを見ながら先ほどから煮立たせていたもう一つの鍋の蓋を取る。
「んー……」
ほくほくに煮えた野菜と肉が鼻腔をくすぐり、少しだけ頬が緩む。
スタンドタイプの箸入れに入れていた調理用の木串を一本取り出しジャガイモに突き刺してみる。
「うん、良い感じ」
「……ん」
直後に視線を感じふとそちらへと顔を向ければ、そこにじーと鍋を見つめるまどかの姿。
「食べたい?」
「ん!」
すごく、とでも言わんばかりにいつもより心なしか強調された、ん、の一言。
「じゃあ、あーん」
「あー」
開かれたまどかの口の中へとジャガイモを突き刺した串を差し出すと、まどかがぱくり、とそれを一飲みに口に含み。
「あ、でも」
「ん……んっ?!」
「熱いの苦手じゃなかったっけ?」
「ん~~~~!!!」
普段ならまず聞くことの無いような声量でまどかが口を押えて悶える。
「あーあー……ほら、お水」
先ほどまどかが注いでくれたコップの水がまだあったので差し出すと、常時ならば考えられないほどの素早さでコップを受け取り、中身を
「ひー……」
「あーもう、急いで食べるから。ほら、舌大丈夫?」
「ゆーふん……ひたひたい」
べー、と舌を出したままこちらを見つめる瞳に何となく哀愁を感じるのはボクだけだろうか。
「よしよし、ほら……もう一杯水。これで舌冷ましてなよ?」
コップを片手に台所を出ていくまどかに嘆息しながら、大皿に三人分ほどの鍋の中身を盛りつけていく。
「んー、マナけっこう食べるけどまどかは全然食べないし、多分これくらいかな?」
片隅に置かれた炊飯器のご飯が炊かれていることを確認し、最後に時計を見る。
午後七時。
そろそろマナの来る時間かな?
そんなことを考えると同時に、ぴんぽーん、と玄関でインターホンが鳴った。
* * *
「お邪魔しまーす!」
「あー、いらっしゃーい」
「ん……」
もう夜だと言うのにテンションの高いマナを家へと招き入れると、居間でまどかがコップを片手に黄昏ていた。
「まどかちゃんどうしたんですか?」
「つまみ食いで舌を火傷して傷心中」
「へー!」
多分文句を言いたいのだろうが、舌をコップにつけているせいで言葉になっていない。
そんなまどかにマナが苦笑を零す。
「ありゃりゃ……まどかちゃん、大変でしたね」
なんて口では言ってるが。
―――涙目まどかちゃん可愛い! 可愛すぎる、ぺろぺろしたい!
とか心の中では考えてるのが分かるから、おいおい、と内心で思いつつ苦笑いするしかない。
「マナ、取り合えず部屋に荷物置いてきたら? その間に夕飯の支度しとくから」
「あ、了解です。それじゃあ、まどかちゃんのお部屋にお邪魔しますねー?」
―――ついでにまどかちゃんのベッドにダイブしましょう、そうしましょう!
「一応言っとくけど、荷物置いたらさっさと戻って来いよ? 折角作ったのが冷めるし」
「え、えーっと、あはは、モチロンデスヨー」
ぎくり、と言う擬音語が聞こえてきそうなほどあからさまに動揺を見せるマナを見送りながら。
「それで、まどか、舌大丈夫? 夕飯食べれそう?」
「ん」
尋ねてみればこくり、と頷くまどかになら大丈夫か、と安堵する。
どうやらすぐに飲み込んでいたらしい、そのせいで余計にお腹の中で熱が溜まって悶えていたようだが。吐き出せば済むだけの話なのに、さすがの食い意地と称賛すべきか、呆れるべきか迷うものである。
「じゃあマナも来たし、夕飯にしよっか」
「ん!」
まあくだらない思考はさておいて、時間も良い頃合いだし、そろそろ準備をする。
とは言ってもすでにほとんど支度は済んでいるので、後は炊飯器からご飯をよそうだけである。
「まどかー」
「ん」
あれして、これして、と言わずとも毎日のように一緒に夕飯を作っていればもうだいたい何が必要かというのが分かってくるもので、まどかに声をかけたその時には、すでに三人分の茶碗を持ってきていた。
「ボクはまあちょっと多めに、まどかは少なめだよね、食いしん坊の割に。マナは……」
「ん……山盛り」
「だよねー」
ぺたぺた、とまるで漫画か何かかと思うほどに高く積み上げられていくご飯の山に、自分でもうーん、と首を傾げるが。
「まあマナならいけるか」
なんて、あっさり納得してさらにぺたぺたとご飯の山を塗り固めていく。
そんなことをしていると、トタトタと階段を降りる音が聞こえてきて。
「戻りました!」
「はーい、じゃあご飯にしようか」
「ん」
居間のテーブルの上にはメインの肉じゃが、それから付け合わせにお味噌汁、冷蔵庫から出してきた漬物、あとはご飯。
「納豆いる?」
「あ、ください」
「ん」
もう少し栄養になりそうなものが欲しいと思ったので尋ねるが、マナが頷き、まどかはフルフルと首を振った。
「まどかー、食べないと大きくならないよ?」
ただでさえ、小学生と同レベルの体系なのに小食で好き嫌いも割と多いので中々育たない。
まどかのお母さんもそこまで大きいとは言わないが、それでも普通よりも小柄、というレベルだし、戸辺家の中で明らかにまどかだけ小さいのは好き嫌いのせいだと思う。
とは言え、嫌がっているものを無理矢理食べさせるのは嫌な印象を与えて嫌悪感を悪化させるだけなので、仕方ない。
「じゃあ代わりにこれ」
と言ってまどかに渡しのはパックの野菜ジュース。
「食べる前と食べた後に一杯ずつね」
「ん……」
少し悩む素振りを見せるまどかだが、まあ納豆よりはマシか、とでも思ったのかこくりと頷く。
そんなボクたちを見て、マナが目を丸くしながら。
「はー……ゆーくん、まどかちゃんのお母さんみたいですね」
なんてことを言ってくる。
ちびちびと野菜ジュースの入ったコップに口をつけては、余り美味しくなさそうに止める、と繰り返すまどかを一瞬だけ見やり。
「こんな大きな娘は勘弁してくれ」
呟きながら嘆息した。
* * *
―――歌は好きかい?
震える体を抑える自分を嘲笑うかのように、男が尋ねてくる。
答えに戸惑いながらもこくり、と頷いた自分に男がニィと口元を吊り上げ。
―――そうかいそうかい、ならそうだね。
そう呟きながら自分の首へと手を伸ばし。
そうして。
―――キミの××××を××××。
* * *
夜中、ふと目を覚ます。
「…………」
頬を伝う汗を拭うことも忘れ、視線を彷徨わせ。
そうしていつもの自分の部屋であることを確認して息を吐く。
嫌な夢を見た、とばかりに嘆息し、ベッドから抜け出そうとした直後、ぐっと何かに腕を掴まれて動けないことに気づく。
一体何が、と視線をやれば。
「…………」
「えへへ……まどかちゃぁん」
腕に抱き着いたまま眠る幼馴染の姿に、一瞬思考を巡らせ。
くい、と無理矢理に引っ張ってそのままベッドから落とした。
「ぐぇ」
顔から床に落ちたマナが潰されかけたカエルのようなうめき声をあげるのも無視して、とてとてと歩き部屋から出る。
「ん~……まどかちゃーん? どこ行くんですかぁ?」
さすがに衝撃で目を覚ましたマナが部屋を出ていく自分の姿に気づき、眠そうに目をこすりながら自分の後を追ってくる。
けれどそんなマナの言葉に返事を返すことも無く、廊下を歩き、突き当りの部屋の手前で立ち止まり。
「ん」
ドアノブを捻るが、鍵がかかっている……まあいつものことだ。
「鍵かかってますよー?」
まだ眠いのか、語尾が伸びているマナに答えず。
「ん……」
ポケットから銀色の鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込む。
回し込めばガチャリ、と音がして鍵が開き。
「……あの、なんでまどかちゃんがゆーくんの部屋の鍵を持っているんでしょうか?」
「もらった」
音を立てないようにゆっくりと、ドアノブを開くと暗い部屋の中に静かな寝息を聞こえる。
「ちょちょ、ま、マジですか?」
「マナ……うるさい」
「いやいやいやいや、え、マジで忍び込んじゃう感じですか?」
「ん」
「なんでそんな手慣れてるんですか? もしかして毎回こんなことやってたり?」
後ろで騒ぐマナを無視して、とてとてと部屋の奥のベッドまで歩き。
「ちょちょ、まどかちゃん、そこゆーくんのベッド、ていうかゆーくん寝てるんですけど」
すやすやと眠る幼馴染の姿を見ながら、こそり、とそのベッドの中へと潜り込み。
「ん……」
「すぅ……ん……すぅ……」
「ね、寝た? え、マジですか?」
幼馴染の少年の体温で暖められた布団に潜りながら、目を閉じる。
とくん、とくん、と少年の鼓動が聞こえてくる。
その規則正しいリズムに段々と瞼が落ちていき。
「こ、これ……私も行っちゃうべきですか? ま、まどかちゃーん? ゆーくーん?」
「……おやすみ……ゆーくん……マナ」
こそりと呟いた声は、けれど彼の寝息にかき消され。
段々と、意識が落ちていった。
* * *
「い、行くべきか……行かざるべきか。究極の選択が今、ここに!? いや、行っちゃうべきでしょうか? でもでも、そんなの恥ずかしい、っていうかやっぱ表情一つ変えずにやっちゃうまどかちゃん半端なさすぎですよ? うーん、でも三人で……そ、そうですよね、三人でならセーフですよね、幼馴染相手ですし、恥ずかしくない、恥ずかしくない……すーはーすーはー。よし、行けます! ってやっぱこれ凄い恥ずかしい、あ、でもゆーくんのお布団良い匂いがして……あー、なんだか、気持ちが……落ちつ……い……て……」