読心能力持ってるけどボクの無口無表情系幼馴染の心の中が不可思議すぎる件 作:水代
幼い子供にとって、実家とは世界の全てだ。
どれほど
周りと乖離していればしているほどにそのズレは致命的で。
小学校時代、自分、若竹虎直は孤独だった。
若竹会というのは地元で周辺では名の知れた存在であり、若竹虎直はその若竹会の会長の一人息子として生まれた。
稼業は……簡単に言えば極道だ。
自称は侠客であろうと、周りから見ればヤクザも極道も侠客も違いなんて分かるはずも無い。
生まれた場所からして虎直ははみ出し者だった。
けれど、残念ながら小学生に上がるまではみ出し者は自分が異端であることに気づけなかった。
当然ながらヤクザ者の息子など同級生からは煙たがられた。
謂れの無い誹謗中傷や明確な敬遠など、ともすれば虐めとも取れる言動の数々。
直接的な暴力こそ無かったがそれとて結局虎直の保護者たるヤクザ者たちを恐れてのことだろう。
普通の小学生ならば傷つき、怒るだろう。
けれど虎直は聡明だった。聡明だったからこそ、諦めた。
自分の生まれが他とは違うことにすぐに気付き。
そしてそれが決して好意的でないことも気付き。
自分の背後にいるだろう親たちの存在に周りが恐れを抱いていることも理解した。
だからわざと離れた。
怒るでもなく、傷つくでも無く。
若竹虎直は同級生と親交を深めることを諦めた。
孤独を好んだ/好きでも無いのに。
他人と交わることを良しとしなかった/本当はそれを何よりも羨ましがっていたのに。
それが皆のためだと思った/皆の中に自分は入っちゃいなかったが。
親を、そしてその仲間たちを恨むことはしなかった。
何よりも格好良くて、強い家族たちは虎直にとって自慢だったから。
決して他人に言えるようなことばかりでなくても。
それでも、何よりも一本筋が通ったその生き方をどうしようも無く格好良いと思ったから。
だから、我慢すれば良い。
我慢して。
諦めて。
孤独を享受すれば、それで良かった。
受け入れて。
諦めて。
諦めて。
いつからか、表情というものを忘れた。
いつからか、感情というものを忘れた。
何にも動じず、何にも心動かされない。
世界に色を感じず、ただ無機質に、無為な時間だけが虎直の中で過ぎ去っていき。
小学校を卒業し、中学校になってもそれは変わらなかった。
当然ながら同じ地区の中学校に通っているのならば、小学校からのクラスメートも多い。
そして一人が虎直のことを話せば噂話が好きな年代だ、あっという間に噂は広まり入学三日目にして虎直は孤立した。
むしろ歳を取りそれなりに現実というものが見えてきた分だけ、余計に恐れられた。
教師すら腫れ物のように扱い、触れようともしない虎直の存在は教室の中にあって一人だけ別の世界にいるかのような感覚すら覚えた。
* * *
中学校になるとクラブ活動というものが始まる。
と言っても、虎直はどこにも入るつもりは無かった。どうせ何をやろうと空気を悪くするだけだったし、そもそもスポーツに対して興味も無かったから。
希望を抱かない、興味を持たない、関わらない、徹底的に他人を避け続ける。
それがそれまでに培った経験から導き出した虎直なりの生き方だった。
中学一年、小学校を卒業したばかりの子供がそんな生き方をしていることに、虎直の両親も心を痛めたが、元を正せば自分たちの稼業が原因である、何と言えばいいのか分からず、次第に両親との距離も開いていく日々。
普通の子供ならば当に限界を迎えていただろうが、虎直は強かった。
単なる腕っぷしだけでなく、心までも強かった。
怪我を負おうが痛みに歯を食いしばり己が生き様を貫く漢たちの背中を見て育ってきた虎直だっただけに、孤独に、寂寥に、痛みに、耐えた、耐えてしまった。
一日毎に凍てついていく心が軋みをあげる。
もう限界だ、もううんざりだ、と叫びをあげる心を、けれど耐えた。やせ我慢染みてはいたが、それでも耐えた。耐えて、耐えて、耐えて。
そこに終わりが無いことに、いつか気づいてしまった時、それが虎直という人間の終わりだった。
―――まあ尤も。
そんな終わりは来なかったのだが。
* * *
一年が終わり、二年生になる。
そうするとクラス替えというものがあるわけで。
―――や、おはよ。
虎直と同じクラスになったクラスメートたちの引き攣ったような表情に、うんざりしながらも、無言で教師の到着を待つ虎直に
瞬間、教室内の空気が凍ったような錯覚すら覚えた。誰もがしん、と静まり返り、一言すら発せずただこちらを見ていた。
―――ボクの名前は……。
そしてそんな教室の異変にも気に留めた様子も無く、そいつは自らの名を名乗り、そして虎直自身にも名を問うてきた。何となし、素っ気無く答えを返し。
―――へえ、虎直……じゃあ、トラさんだね。
次いで返ってきた言葉に、絶句した。
おかしなやつだった。誰もが近づこうとしない虎直に平然と近づいてきて、声をかけ、会話をして、笑っていた。
学校で誰かと会話をしたのなんて、いつ以来だろうと思う。
誰もかれもが虎直を避け、虎直もまたいつからか彼らを避けるようになり。
一言も発さず、口を閉ざし、毎日行って帰るだけの日々が、一体どれだけ続いたのだろう。
その後、教師がやってきてそいつは席に戻ったが、休憩時間になるとまたやってくる。
そいつの友人らしいクラスメートたちがそいつを引き留め、何やら吹き込んでいる様子だったが、それも気にした様子も無くそいつはまた虎直の元にやってきて、適当に駄弁ってはまた席に戻っていく。
一体何がしたいのか分からず、無意識の内に苛立っていた虎直だったが、自分では気づいていなかった。
他人の言動に対して心を動かされているという事実に。
次の日も、また次の日も、そいつは虎直の元にやってきては取り留めのない話をしては戻って行った。
何度も、何度も、繰り返し、繰り返し、その度に虎直は少しずつ、少しずつ、心が乱されていく。
そうしてある時、そいつが言った。
―――一緒に帰ろうよ。
と。
* * *
いい加減にして欲しかった。
どうして虎直に話かけてくるのか、苛立たしさが止まらない。
よく考えれば何故話しかけてはいけないのか、そんな理由すら考えず、虎直は静かな怒りを漂わせる。
それでもそいつは飄々としていた。まるで虎直の怒りなど考慮に値しないとでも言うかのように、歯牙にもかけなかった。
初めて誰かと共に学校の帰り道を歩き、虎直は終始無言だった。
けれど虎直の様子を気にした風も無く、そいつは楽しそうに中身の無いお喋りを繰り返す。
それが余計に虎直を苛立たせた。
そうして二人の帰路の分かれ道まで来て。
―――それじゃ、また明日ね?
そう告げるそいつに、愕然とする。
また明日? また明日もこんな苛々を抱えて帰らなければならないのか。
そう考えれば、ぷつん、と今までずっと堪えてた何かがいともたやすく切れ落ち。
いい加減にしろ、と気づけば声をあげていた。
お前は何がしたいんだ、何で俺に近づいてくる。放っておいてくれ、迷惑なんだ。
恐らくその時、虎直はそんなことを言ったんだと思う。
感情が昂って、いまいち明瞭に思い出せないが、その時の思いを考えれば多分間違ってはいないだろう。
それに対して、そいつの答えは簡潔だった。
―――え? 分かんない? 簡単だよ。
何故分からないのか、心底疑問であると言いたげなそいつの表情に苛立ちが増し。
―――ボクはトラさんと友達になりたいんだ。
一瞬、告げられた言葉の意味が理解できなかった。
理解した瞬間、謀られているのだと思った。
―――嘘じゃないよ? 本当の本当に、友達になりたいんだ。
馬鹿にしてるのか、なんて言ってはみたが、声が震えていたのは自覚していた。
―――何で?
言っていることがまるで理解できない、どうして自分何かと。
―――
告げられたその言葉は虎直の急所を的確に突いた。
―――優しいよね、トラさん。自分より他人を思うなんて普通できないよ?
まるで自分のことなどお見通しだ、なんて言われている気がして。
―――そんなトラさんだから友達になりたいって思ったんだ。
我慢の限界は当に来ていることに、その時になってようやく気付き……泣き崩れた。
* * *
信じたかった。
初めて自分に友達になりたいと言ってくれたクラスメートを。
自分を理解し、許容し、そして接してくれた少年を。
それでも、やはり心のどこかで引っかかりがある。
本当に? どこかそう疑ってしまう。
今まで誰も彼も、虎直の家のことで虎直を避けてきた。
本当に、初めてだったのだ。
若竹という家で無く、虎直という個人を見てくれたのは。
だから信じたい。それでも信じ切れない。
どこか複雑な心境の虎直に、彼があっけからんと言った。
―――今度トラさんの家に遊びに行っても良い?
正気か? と言ってしまったのは、その当時の状況では当然の反応だったと思う。
だからこそ、屈託なく笑って。
―――トラさんが育った場所でしょ? 大丈夫じゃない?
気負った様子も無くそう言い切った彼の言葉に、最早もろ手を上げて降参するしかなかった。
結果だけ言えば、その週の終わりの休日に本当に彼は虎直の家に遊びにやってきた。
と言っても、場所が場所だけにそう大した遊び道具があるわけでも無い、同じ世代の子供たちがやるようなゲームの類だって無いのだが。
広い屋敷の一室でお茶を飲んで、出されたお菓子を食べて、学校のことや自分たちのことを話したりして。そんな普通の友達同士がやるようなことをして。
その日の晩に久々に両親と三人だけで話をした。
ただでさえ稼業のことで苦しめているだろう息子のクラスメートが初めて遊びに来たのだ、それは両親だって気になっただろう。
どんな子なのか、とか、仲良くなれそうか、とか、そんな普通の親がするような心配をされて。
いつからか疎遠になっていたそんな会話が懐かしくて、どうしてか暖かくて。
灰色の世界にいつからか色が付いた。
凍り付いた心に熱が宿った。
そうして若竹虎直の人生が
* * *
人というのは現金なもので。
理解できないものを遠ざけ、畏れるが、それが自分たちに理解できる範囲の物だと気づけば途端に好奇心に押され近づこうとしてくる。
初めての友人と毎日とりとめの無い話をしている内に、クラスメートたちも危険物だと思っていた存在は普通に接する分には無害なのだと気づき始める。
そうすると少しずつ少しずつだが自分たちとは違う世界を知る存在に興味を持ち始め、手探りで少しずつ少しずつ接し始め。
虎直という未知が何ら自分たちと変わらないただの十代の子供なのだと気づいた時にはもうそこに畏れも未知も存在しなかった。
元より我慢強く、周りを気遣う性質の虎直だ、人付き合いも良く、気安く接しやすい。
偏見さえ剥がれてしまえばちらほらと友人だって増え始める。
学校において、学力や身体能力が高いというのはそれ自体が一種のステータスに成り得る。
クラスで上位の成績、だとかスポーツをすれば大活躍できる、だとか。
人付き合いを避けてきた虎直だったからこそそれまで知られては来なかったが、いざ一瞬でも耳目が集まればその能力の高さが広まるのは一瞬で。
これまでそれは畏れへと変換されてきたが、偏見の無い今となってはただただ尊敬へと変わるばかりで。
二年生の夏休み、友人の一人に誘われ野球部に顔を出した。
それが若竹虎直の野球との出会い、そして野球人生の始まりだった。
* * *
汗を拭うタオルは、けれどとっくに水分を吸って湿っていた。
すでに何度となく同じことをしているのだから、仕方ないのかもしれない。
それに濡れて少しだけ冷えたタオルは日射のきつい今の状況で僅かながらも熱を奪い去って心地よい。
練習の合間の十分間の休憩。
本当はその僅かな時間も練習に費やしたいほど時間が惜しいのだが、この猛暑の中で休憩も無く練習していてはトラはともかく他が持たないだろうことは自明の理だったので仕方がない。
「ふむ……」
とは言えキャプテンとして無為な時間は過ごしていられない、と今日の試合のスコアブックを借りて眺める。
前半は親友とピッチングの調整をしていたため奪われた得点は0だったが、後半からは打たせて取るの守備練習形式に切り替えての試合だったため後半から取られた得点ばかりだった。
言うほどエラーが多いわけではないのだが、要所要所でミスをしているのは緊張で体が縮こまっているからだろうか?
とは言え練習試合でそれほど緊張していては、夏の本番では普段の実力の半分も発揮できなくなる。
「もっと試合数を増やすか」
夏の本番に向けて、強豪校は怪我や手札を晒すことを嫌うため同じ実力同士で、とはいかないだろうが、それでもトラの学校のような甲子園出場の常連校ならば練習試合の相手にはこと欠かない。
甲子園にただ出るだけでは意味など無い。トラはそこで優勝したいのだ。
日本の高校野球界の頂点に立つ、それこそがトラの今の目標なのだから。
可能か、と聞かれれば可能だ、と即答するだろう。
トラ一人では無理だろうと。
親友たる少年とならば、そしてトラと共に同じ夢を持った野球部の仲間たちと共になら。
「今年こそは……」
ぴーぴーとホイッスルが鳴る。
休憩終了の合図が出て、トラたちが再びグラウンドに戻っていく。
そんな野球部の面々を真夏日がごとき太陽が照らす。
肌に感じる熱に、夏の到来を予感した。
夏が近づく。
トラにとって、戦いの夏が。
そら心が読めるなら危ないやつかどうかなんて一発で分かるよな。
ある意味ずるしてたゆーくんだが、そんなずるでも無ければヤクザの息子なんて怖くて近づけないというのも確かに理解はできる。
因みにここまで見るとゆーくんが一方的に助けたようにも見えるが、今のゆーくんにとってもトラさんは恩人である。まあどういうことか、というのはまた今後だが。
あと二、三話でだいたいのレギュラーキャラは出そろうし、そろそろ一章始めるかな。
過日無料10連で3%のSSR3枚抜き。
翌日アーカルムとシュバマグ相手にシュバ剣合計2本泥。
さらに翌日グリム君相手にグリム琴一発泥。
俺の運がそろそろ尽きそう。揺り戻しで今月死ぬんじゃないだろうか……。