『王女の軍師』【完結】   作:OKAMEPON

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第二話『記憶の彼方の遠い貴方に』

◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「ルキナさん、この街の防衛線はこの様に布陣しては如何でしょうか?」

 

 

 各所に印や詳細な説明が記入された街とその周辺の見取図を手に、ロビンがそう提言する。

 その見取図を受け取り、その布陣に不備が何処にも無い事を確認したルキナは内心感嘆した。

 何時も何の事も無い様にロビンが献じる策は、犠牲となる者を一人も出させまいと言う意志が見てとれるもので。

 実際、その策によって救われた命はもう数えきれない程だ。

 

 

「ええ、これで問題ないでしょう。

 此度の屍兵の大規模な襲撃も、これならば凌げる筈です」

 

 

 早速ルキナはロビンの提言通りに布陣を敷く様に兵達に命じた。

 それに応じる兵達の士気も、かつてとは見違える程に活力に漲っている。

 兵達の心情としても、無辜の民の骸ばかりを目にし己の無力を嘆くしか無かった今までと違い、確かにその手で人々を救えるとなれば、気力も漲ろうというものだ。

 

 本能的に群れて散発的に人々を襲うが故にその襲撃の予測を立て辛い屍兵達の動きを、ロビンは様々な情報から予測し、襲撃を受ける可能性が高い街や村へ迅速に救援に向かう事すらも可能とさせていた。

 初動が早ければ早い程、救える命は増える。

 この手を零れ落ちるばかりであった命を掬い上げる事が出来る。

 最初の内こそ小さな変化であったが、その事実は次第にこの絶望ばかりが蔓延る世界に生きる人々の心に光をもたらしていた。

 

 それもこれも、ロビンのお陰である。

 ルキナだけでは手が届かなかったものを、ロビンは確かにあの誓いの言葉通りに、この手が届くようにしてくれていた。

 

 ロビンのお陰で、救える命が目に見えて増えた。

 ロビンが献じた策で、屍兵との戦いで犠牲となる兵や民が、殆ど居なくなったと言っても良い程に減った。

 悲哀と怨嗟と慟哭よりも、感謝の言葉をよく聞く様になった。

 どれもこれも全て、ロビンのお陰だ。

 

 ロビンのお陰で、人々の心に新たな『希望』の種が蒔かれていく。

 今この瞬間を生きるだけで精一杯であった人々に、『明日』を考える余裕が生まれつつあった。

 絶望しか知らぬ子供達すらも、笑顔を浮かべられる様になったのだ。

 

 空は今も暗い雲に覆われ、荒れ果てた大地に命が戻った訳ではない。

 

 だけれどもそれらは、ロビンに出会う前のルキナが幾ら手を尽くしても人々に与えられなかった、偉大な変化なのだ。

 だからこそルキナは、ロビンには幾ら感謝してもし足りない。

 

 だけど、そうルキナがロビンに言う度に。

 ロビンは少し苦笑しつつルキナを見詰めて。

 

 

「そんな事はありませんよ、ルキナさん。

 僕に出来る事は、貴女を支える事だけです。

 僕一人だけなら、出来る事などそう多くはない……。

 貴女が僕を信頼してくれるからこその結果ですよ」

 

 

 そう言って、「僕と貴女の二人で掴んだ結果ですね」と微笑むのだ。

 ……あんなに優しい微笑みを向けられたのは、父と母に見守られていた在りし日以来なのでは無いだろうか。

 そして、ロビンの何処か懐かしさを感じるその微笑みは、 何時もルキナの胸を強く締め付けるのだった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 あの日、あの廃墟と化した村で出会ったロビンを、ルキナは彼の申し出の通りに彼女の軍師とした。

 

 …………勿論、迷いが無かった訳では無い。

 ロビンの素性を怪しまなかった訳でも無い。

 だけれども。

 

 出口の見えない何時明けるとも知れぬ絶望の中を、孤独に足掻き彷徨い続ける苦しさに限界を感じていたルキナは。

 

 世界を覆う絶望を打ち払わんとする強い意志と誠実さに満ちた、その眼差しを。

 優しくて何処か胸を締め付ける程に懐かしくも感じる、その声を。

 絶望に傷付き今にも砕けそうな程に皹割れたルキナの心をそっと包む様な、その穏やかな微笑みを。

 

 彼がルキナに向けるそれらを信じようと、そうルキナは決めたのだ。

 

 軍師としてルキナを支えると宣言した通りに、ロビンは数多の戦局でルキナの為に策を献じた。

 

 それだけでは無い。

 

 父より受け継がれし類い稀なる剣技を修めるルキナのそれと遜色無い程の技量の剣技と、比類無き魔導の力を以て、戦場を駆けるルキナの背中を護っていた。

 ロビンとルキナの息は驚く程にピッタリで、言葉を交わす必要すら無く、視線一つで相手にとって最善の動きがお互いに出来る。

 

 自然とお互いに背を預けて戦う様になったルキナとロビンを、王女とその軍師としてのその関係性もあってか、人々は何時しか、イーリスの英雄の再来だと讃える様になっていた。

 ……だが、最早伝聞の中でしかその姿を知らぬ父と軍師ルフレの在りし日の姿に準えられたルキナは、その賛辞を受け取る度に、居心地が悪くなる様な……内心複雑な想いを抱えていた。

 

 敬愛する今は亡き父と同じ様であると讃えられるのは、決して嫌なだけでは無い。

 ロビンを、父と阿吽の呼吸でお互いを理解し合い常に傍らに立ち続けて支え続けていたとされるルフレと重ねられるのも、嫌なだけでは無い。

 

 だがしかし。

 

 父と軍師ルフレは、確かに数多ある英雄譚に語られる英雄達とも引けを取る事が無い程の英雄である。

 だが、二人とも世界が絶望と滅びへと向かう事を止められず……。

 そして。

 まだ幼かったルキナを置いて逝ってしまった。

 必ず帰ってくると、二人ともルキナに約束したのに。

 その約束を果たせなかった。

 

 そして、残されたまだ幼かったルキナには、人々の『希望』を一手に課される事になったのだ。

 ……母や父の臣下達が生きていた頃はまだ彼等がルキナを護ってくれていたが、彼等は程無くしてその命を戦いの中で散らせ、それも長くは続かなかった。

 ルキナは人々の『希望』に期待に応えようと精一杯の事をしてきた。

 だが、まだ幼かったルキナには力が足りぬ事ばかりであり、その度に。

『クロム様が生きておられれば』と、『クロム様とルフレ様がここに生きておられれば』と。

 そう口さがない大人達の言葉がルキナの耳に届いていた。

 

 成る程、確かにそれは事実であったのだろう。

 ルキナも幾度父が生きていれば、父とその軍師がここに居れば、と思った事だろうか。

 だけれども既に父とルフレはその命を落とし、世界を救えなかったのだ。

 そして、人々の願いの重責を“今”課されているのはルキナなのだ。

 

 力不足を感じる度にルキナは奮起して、憧れだった父を目標に鍛練を続けた。

 父の様に皆を守れるようになりたい、と。

 あの背中に追い付きたくて、ずっとルキナは走り続けていた。

 だけれども、父への憧憬やそこに至れぬ己の力不足への呵責とはまた別の所で。

 鬱屈したモノが心の奥底に澱の様に溜まっていた。

 それにルキナは蓋をして、見ない様に気付かない様にとしていたのだけれども。

 終わりが見えない絶望の中で、何時しかその澱がルキナの心をゆっくりと呑み込もうとしていたのを…………ルキナは自覚してしまっていた。

 

 だからこそルキナは。

 終わりの無い絶望を独り彷徨っていた自分の手を取って導き支えてくれたロビンを、もう顔も思い出せない『ルフレおじさま』と同一視したくはなかったのだ。

 

 もうこの世に居ない『ルフレおじさま』とは違い、ロビンはルキナの傍に居て支えてくれる。

 約束を破った『ルフレおじさま』とは違い、ロビンはルキナへの誓いを守ってくれる。

 そして、“クロムの軍師”であった『ルフレおじさま』とは違い、ロビンは“ルキナの軍師”だ。

 

 ロビンは、『ルフレおじさま』ではない。

 だからこそ、ルキナとロビンを指して『クロムとルフレの再来』と言われるのは、ルキナにとって何処か我慢のならぬ事であったのだ。

 

 

 胸の内にそんな濁った部分を抱えながら、それでも。

 ルキナは人々の『希望』に応えるべく、ロビンと共に戦場を駆け抜け続けていた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 ルキナにとって、ロビンとは光であった。

 

 この絶望だけが全てを呑み込もうとする世界の中で、己の無力に苛まれながら彷徨うしかなかったルキナの元に射し込まれた、一条の光そのものだ。

 もしあの日ロビンに出逢えていなかったら、と時折ルキナは想像する。

 そしてその度に、その恐ろしい“もしも”に、心も身体も……己の何もかもが凍て付いてしまいそうな恐怖に襲われるのだ。

 

 きっと、きっと……。

 ロビンが居なければ、遠からずルキナの心は限界を迎えていただろう。

 独りで背負うには重過ぎる『希望』に、己の無力を責める自分の心その物に、終わりが見えない絶望に。

 何もかもを押し潰されていた。

 でも、ロビンがそれを変えてくれたのだ。

 

 ロビンは、ルキナが背負うモノを分かち合おうとしてくれた。

 ロビンは、ルキナに守るべきものを守る為の術を与えてくれた。

 ロビンは、絶望の中で迷い立ち止まりかけていたルキナの手を取って道を示してくれた。

 

 ……ロビンは、屍兵に脅かされる人々だけでなく、ルキナの心そのものも救い上げてくれていたのだ。

 そして、それだけでは無かった。

 

 ロビンの策を以てしても零れ落ちてしまった民の命を前にルキナが涙を溢す時には、何時だってロビンが寄り添ってその哀しみを分かち合ってくれる。

 救う事が出来た民に感謝の言葉を向けられた時には、慣れぬ言葉に戸惑うルキナにロビンはそっと微笑み掛けてくれる。

 

 哀しみも喜びも、共に分かち合ってくれるロビンは、何時の間にか共に戦う仲間と言う枠を越えた存在となっていったのだ。

 故にこそ、ルキナの心の大きな部分をロビンが占める様になったのは、自然の成り行きであったのだろう。

 

 ロビンの姿が見えないと、酷く不安を感じてその姿を探してしまう。

 ロビンの声が聞こえただけで、心が軽くなる。

 ロビンの姿を、何時も目で追いかけてしまう。

 その眼差しが自分を見詰めてくれるだけで、心が温かくなる。

 

 

 ……最早、ロビンが居ない世界を、ルキナには想像する事すら出来なくなってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「? ルキナさん、どうかしましたか?」

 

 

 指示を出しているロビンの後ろ姿を、何時もの様にルキナが視線で追い掛けていると。

 その視線に気が付いたロビンが振り返って、少しだけ首を傾げて訊ねてくる。

 

 

「あ、いえ……何でもないのですが……」

 

 

 用事などが何も無い時も、ふとした拍子にルキナはロビンを目で追い掛けてしまっていて。

 その視線に気付かれてしまった事が少し気恥ずかしくて、ルキナは思わず言い淀んでしまった。

 

 だが、そんなルキナの様子を見て、ロビンは「フフッ」と小さく笑みを溢し、そして。

 

 

「僕も、ルキナさんをつい目で追い掛けてしまってばかりですから、お互い様ですね」

 

 

 と言って、まるで慈しむ様な柔らかな眼差しで微笑んだ。

 

 その微笑みに、ルキナの胸の内でドクンと鼓動が跳ね上がる。

 その優しい眼差しに、胸の奥が疼く。

 カタン、と記憶の棚の鍵が音を立てる。

 

 ロビンの微笑みに、『誰か』の微笑む姿が僅かに幻影の様に重なって見えた。

 脳裏に、『誰か』の朧気な顔が一瞬だけ過るが、それはその影を掴まえるよりも前に霧散してしまう。

 思い出せない『誰か』のその姿に、何故だか胸を掻き毟られたかの様な苦しさを覚えて。

 制御出来ない感情の奔流がルキナを襲った。

 

 

「ルキナさん?

 あの、どうしたんですか?」

 

 

 少し慌てた様なロビンの言葉にルキナが我に返ると。

 ルキナの頬を涙が零れ落ちていた。

 戸惑いながらその涙を拭うも、後から後から頬を伝う雫は零れ落ちて行く。

 

 どうして泣いているのだろう。

 悲しい訳でも無い筈なのに、何故。

 

 そう困惑するルキナの頬に、ロビンがゆっくりと右手を伸ばした。

 そして──。

 

 そっと、まるで壊れ物に触れるかの様な優しく慎重な手付きで、ルキナの頬を流れる雫を拭う。

 

 その手の温もりに、その優しい手付きに。

 何故だかもっと泣きたくなってしまって。

 声を上げて縋り付きたくなる程の懐かしさと愛しさを感じて……。

 

 止めどなく溢れる涙の所為でボヤけてしまった視界の中で、ロビンが何時に無く狼狽えているのが見えた。

 慌てた様にルキナの頬から離れようとしたその右手を、ルキナは縋り付く様な必死さを抑えながら両手で捕まえる。

 

 

「あの、ルキナ、さん?」

 

「良いんです、このままで。

 どうか、このままで居て下さい……。

 もう、私を……置いていかないで……」

 

 

 戸惑い狼狽えるロビンを捕まえたルキナのその声には、何処か懇願するかの様な色が滲んでいた。

 

 ……ロビンの温かな手が頬から僅かに離れた瞬間にルキナの心に陰が落ちたのだ。

 “喪ってしまう”、と。

 今ここでこの手を離させてしまっては、私はこの温かな手を、喪ってしまう。

 《また》、“喪ってしまう”のだ、と。

 

 だからこそ、自分でも戸惑いを隠せないままに懇願したのだ。

 《置いていかないで》、と。

 

 《置いていかないで》……?

 何故、自分はそう思ったのだろう、何故そう懇願したのだろう。

 分からない。

 ルキナ自身にも、その激情の理由が解らない。

 だけど、その感情をルキナは自分でも制御出来なかった。

 

 

 そんなルキナの姿を見たロビンは、空いていた左手でルキナの身体を優しく抱き寄せる。

 そして、よしよし、と。

 まるで親が泣きじゃくる子供をあやす様な仕草で、優しく背を擦った。

 

 

「大丈夫、大丈夫ですよ、ルキナさん。

 僕は何処にも行きません。

 貴女の傍に居ます。

 貴女が望むなら、ずっと。

 僕は、貴女の軍師。貴女の為だけに、ここに居ますから。

 だから、ほら、もう泣かないで良いんですよ……」

 

 

 ロビンの手はあまりにも優しく、その声と言葉はルキナの心を温かく満たす。

 

 ロビンさん、と呼び掛けた声は震えていた。

 何処にも行かないで、私を置いていかないで、もう二度と、と。

 

 ルキナは感情のままにロビンに懇願する。

 その懇願に、ロビンは「はい、貴女が望むなら、僕はそう約束しましょう」と優しく答えたのだった…………。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

→第三話・A『星灯無き夜に誓う』

 

→第三話・B『夜闇に二人、誓う』

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