氷菓 ~もう一人の探偵~   作:たけぽん

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11. 歴史ある古典部の真実

 

 

日が暮れて、田園が夕日で橙色に染まる中、自転車を押すホータロー君と里志。その後を僕は歩いていた。伊原さんは急ぎの用ができたとかで、バスで帰ったけど、僕は何となく歩いて帰りたい気分だった。まあ、途中までだけど。

 

「しかし、驚いたね。二人の言う通りなら、僕たちのカンヤ祭は関谷純という高校生の青春を代償に成り立っているわけだ。それはそうと、僕は二人が謎解きをしたことにも驚いたよ」

「俺たちの能力を疑っていたのか?」

「入学以来、二人はいくつか謎解きをしてきた。時には二人で協力して。愛なき愛読書や、聞くところだと辛みそラーメンや壁新聞部部長の謎とかもね」

 

辛みそラーメンの一件については、平塚先輩から聞いたんだろうか。

 

「まあ、そうだね」

「たまたまだ」

「重要なのは結果じゃないよ。問題は二人が今日謎解きをしようとしたことさ。ホータローにとっては『やらなくてもいいこと』の範疇だし、龍之介にとってはあまり『楽しい』ことでもない。なんでかは分かってる。千反田さんのためだろ」

 

まあ、千反田さんのためってのは半分正解だ。困っている千反田さんを放っておくことができなかった。それは僕のモットーからは外れているように感じた。でも、平塚先輩のおかげで僕は『娯楽至上主義』の新たな境地を開こうと思えた。いってみれば半分は僕自身のためだ。ホータロー君はどうだろうか。

 

「だけど、今日は引くこともできた。今日、謎解きの責任は僕たちの中で5分割されてた。それこそ、誰かに押し付けて逃げてもよかったんだ。でも、二人は協力してまで回答を見つけようとした。なんでだい?」

 

それは僕というよりホータロー君に向けられた言葉のようだった。

 

「いい加減、灰色にも飽きたからな」

 

灰色とはおそらく、『省エネ主義』のホータロー君の生活への比喩だろうか。バラ色の対義語が灰色かは分からないけど。

 

「隣の芝生は青く見えるもんだ」

「……」

「お前ら、夏目も含めてだが、お前らを見ているとたまに落ち着かない。だが、俺は落ち着きたい。だから、推理でもしてお前らに一枚噛みたかったのさ」

 

里志は少し沈黙した。里志が沈黙するなんて珍しい。

 

「ホータローは、バラ色が羨ましかったのかい」

「かもな」

 

 

 

 

 

***

 

それから、帰宅した僕はシャワーを浴びて、適当に晩御飯を作り、テレビをみながら食べていた。今日の推理はおそらく間違っていない。でも、帰ってから思い返すと何か違和感を感じる。

バラ色。それが何かは分からないけど、僕はバラ色を目標にしている。きっとそれは『楽しい』から。では、関谷純は。彼はどうだったのだろう。今日の推理を思い返すと、彼はバラ色だ。友のために、みんなのために立ち上がり、英雄となり、伝説となった。

 

……では、神高を去った後の彼は?

ふと、そんな疑問を感じた。高校生活といえばバラ色。でも彼はそれを途中で打ち切った。

鞄から今日使った写真を取り出す。この人物、瀬戸直行は親友である関谷純の退学をどう受け止めたのか。例えば里志やホータロー君が退学になったら僕はどう思うだろうか。イメージしにくいけど、嬉しくはないだろう。瀬戸直行にとって、ひいては全校生徒にとって、英雄の退学はどう捉えられたのだろう。

 

 

しばらく考えていると唐突に電話がなった。いや、前触れのある電話なんてないか。

 

「もしもし。夏目です」

「もしもし、俺だ、折木だ」

 

ホータロー君から電話とは珍しい。なんだろうか。

 

「今日の推理についてなんだが、どうにも納得できないことがある」

「奇遇だね。僕もそう思ってたところさ」

 

 

 

 

***

 

 

翌日、僕は私服で学校へ向かった。ホータローくんと合流し、いくつかの確認をとると、千反田さんたちに、部室に来るように連絡した。

しばらくして、三人はやってきた。伊原さんは他に用事があるらしく、ムッとしていたし、里志はほほ笑みつつも、僕らに対して訝しげな表情を浮かべている。千反田さんは僕らの顔を見てすぐに

 

「私、まだ知らないといけないことがあるようです」

「大丈夫だよ、大抵は今日補足できると思う」

「補足って何よ」

「補足は補足だ。不完全なものを完全体にするための作業だ」

 

そう言ってホータロー君は『氷菓』の序文のコピーを取り出した。

 

「不完全って、二人の推理がかい?」

「わからん。方向が違ったか、踏み込みが甘かったのか」

「わからんって、あんたねえ」

「ま、まあ伊原さん。とりあえず聞いてよ」

 

僕はホータロー君からコピーを受け取り机に置く。

 

 

「氷菓をもっと大事にするべきだったんだよ。あれは英雄譚などではなかったって書いてあるんだ」

「そこは昨日話したじゃないか」

「まあ、そうなんだけど。あとこの『犠牲』ってところ。これは『ギセイ』なのかな。調べたんだけど、『イケニエ』とも読めるよ」

 

ため息混じりに里志が言った。

 

「読み方に別解があったとして、どっちが本当かなんてそれこそ書いた本人にしかわからないじゃないか」

 

もちろんその通り。昨日の読み方が間違っていたかなんてのは正確な解はない。なにせ国語なのだから。数学とは違う。

でも、知る方法はある。

 

「本人に聞けばいい」

「いや、本人って言っても……」

「この序文の筆者。郡山養子さん。33年前に高校一年生なら、現在は48か49歳」

 

千反田さんが驚いた表情で尋ねる。

 

「探したんですか?その人を?」

「そんなことするわけないだろ、すぐそばにいたさ」

 

その言葉に反応したのは、やはり伊原さんだった。

 

「そっか!司書の糸魚川養子先生ね。旧姓が郡山なのね」

「あの養子って字は珍しいからね、うん。なるほど」

 

伊原さんは一声うなると毒づいた。

 

「やっぱり二人ともヘンだよ。私だって気付かなかったのに」

「まあ、閃きには運が絡むからな」

 

また、運か。まあ、それは今はいいや。

 

「とにかく、糸魚川先生に聞けば33年前のことはわかると思うよ。『氷菓』のタイトルの意味とかもね」

「でも、証拠はあるの?」

「ぬかりはない。実はもう確認をとった。2年の頃は部長だったとさ。さて、そろそろ図書室へ行こう」

 

 

 

 

 

 

 

夏休みの図書室ってのもなかなかに乙なものだ。全てのブラインドが下ろされ、冷房も一応きいていて、カンヤ祭の準備や勉強をしている生徒であふれかえっている。糸魚川先生はカウンターの内側で書類にペンを走らせている。

 

「糸魚川先生」

「ああ、夏目君。……古典部ね」

 

それから図書室を見まわし、

 

「混んでいるし、司書室へ行きましょうか」

 

と司書室へ案内された。

司書室はこぢんまりとしており、僕らは来客用のソファに詰めて座った。しかし、それでもホータロー君が余ってしまい、先生が出してくれたパイプ椅子に座った。

 

「それで、何か私に聞きたいことがあるのよね」

「はい。そうです。その前にもう一度みんなの前で確認したいんですけど、糸魚川先生の旧姓は郡山で間違いありませんね」

 

先生は頷く。

 

「では、これは先生の書いたものですね」

 

ホータロー君がポケットから例のコピーを出して先生に渡した。先生はそれをみてやわらかい笑みを浮かべた。

 

「なつかしいわね。そう、これを書いたのは私よ」

 

そして、先生は僕らを見まわし言った。

 

「なるほど、あなたたち、33年前の運動について訊きたいのね。……でも、どうして?」

 

その問いに、千反田さんが短く答える。

 

「関谷純が、私の伯父なんです」

 

先生は、その名前が出た時、とても驚く……と思ったけど、あら。と声を漏らしただけだった。

 

「そうなの……。関谷純さん……。なつかしいわね。お元気なのかしら」

「わかりません。7年前から行方不明です」

 

しかし、先生は動じない。人間というのは長く生きてると物事に動じなくなるんだろうか。

 

「そう。いつかもう一度お会いしたいと思っていたのに。残念だわ」

 

関谷純って人はもう一度会いたいと思うような魅力的な人だったのかな。それとも先生にとっては相当特別な人なんだろうか。

 

「糸魚川先生、教えてください。33年前、なにがあったのか。どうしてあれは英雄譚じゃなかったのか。なんで伯父は文集に『氷菓』と名付けたのか。……折木さんと夏目さんの推測はどこまで正しかったのか。わたし、気になるんです」

「推測?なんのことかしら」

 

先生は僕たち二人の方を見る。

すると、里志が口を出した。

 

「先生。折木と夏目は、断片的な資料をつなぎ合わせて、33年前の事を推測したんです。ちょっとこいつらの話を聞いてください」

 

予想通り、もう一回話さないといけないようだね。でも、当事者に推測を話すっていうのはちょっとばかし覚悟がいるね。多分間違ってはないと思うけど。僕とホータロー君は昨日同様、5w1hで話し始めた。

 

 

 

「……というわけです」

 

先生は、僕たちが話している間、ずっと口を閉じていた。そして、里志が途中で渡した資料を確認すると顔をあげた。

 

「これだけで、今の話を組み立てたの?」

「いえ、こいつらの推論をかき集めて、二人でまとめただけです」

 

 

しばらく間をおいて、先生がふうっ、と息を吐いた。

 

「あきれたものね」

「見当違いですか?」

「いいえ、見てきたようだわ。二人の言ったことはほとんど事実よ。まるで見透かされているようだわ」

 

 

よかった。隣を見るとホータロー君も安堵の表情を見せている。

 

「それで、この上何を聞くのかしら?」

「わからないんですけど、二人はまだ不十分だっていうんです」

 

そう、僕たちの話は不十分だ。僕たちの疑問はただ一つ。関谷純は、彼の高校生活はバラ色に殉じたものだったのか。その意をこめて、僕は質問した。

 

「関谷純は、望んで全校生徒の盾になったんですか」

 

しばらくの沈黙の後、先生は話しだした。

 

「本当に見透かされているようだわ。そうね、随分昔の話だけど今でもよく覚えているわ」

 

そして、旧姓郡山養子は、33年前の事を話しだした。

 

「その頃の文化祭っていえば、みんなの生きる目標だったわ。日本中のうねったエネルギーが、神高では文化祭で形になってた、ってところかしらね。でも、その年の、いえ、その少し前から、それは暴動まがいのものになっていたわ。エネルギーの歯止めが利かなくなっていたの。そして、その年には校長先生の学業重視宣言がなされた。それを生徒たちは文化祭潰しだと思ったのね。文化祭の日程が5日間から2日になった時、生徒たちは大騒ぎしたわ。その後は、もう……。ひどかったわ。学校を誹謗中傷する、張り紙に始まって、デモ行進や演説会なんかもやってたわ。そして、学生側の統一意思を表明しようってところまで話しは進んだの。」

 

先生はそこでひとつ咳払いをすると、千反田さんのほうを向き、話を再開した。

 

「そこで結成された学生連合のリーダーにされたのが、あなたの伯父、関谷純さんよ。実際のリーダーは、表には名前を出さなかったの。結局、文化祭の縮小計画は潰れるんだけど、熱にうかされて、運動はエスカレートしていったの。それが一番盛り上がった時、生徒たちはキャンプファイアーで気勢をあげたわ。でも、それがきっかけで、格技場で火事が起きたの」

 

それは、いくらなんでもまずい。学校施設の破壊なんて、言い逃れできない犯罪行為だ。

ふと、格技場がやけに古かったのを思い出した。あれはその時再建されたからだったのか。

 

「そして、その火事にたいしての見せしめとして、関谷さんが、処罰されたの。夏目君。関谷さんが望んで盾になったかって聞いたわね。もう、わかるでしょう?」

 

僕たちは何も言えなかった。ひどいとかむごいとか、そんな単純なことすら言えなかった。

 

「あの表紙は、それを表現してたんだ……」

 

伊原さんの言葉に、僕ははっとする。そうか、あの相打ちになっている犬と兎、そしてそれを眺めるたくさんの兎。犬は学校。兎は生徒。そして、犬と相打ちになっている兎が関谷純。

そして、里志が神妙に言う。

 

「あの、先生はカンヤ祭って言わないんですね。ひょっとしてカンヤ祭のカンヤは『関谷』って書くんじゃないですか」

「ふくちゃん、どういうこと?」

「カンヤ祭の由来さ。英雄をたたえて『せきたに祭』、その読みを変えて『カンヤ祭』。でもそれは欺瞞だよ。彼は望んで英雄になったわけじゃなかった」

 

確かに、それを知っている人ならそんな言葉は使わない。

 

「先生、伯父が文集に『氷菓』と名付けた理由をご存知ですか」

 

千反田さんの言葉に先生は首を振る。それだけは僕にもわからなかった。里志も伊原さんも、わからないという表情だった。

だが、ホータロー君は違った。彼の表情は、なんだか苛立っているように見える。僕らに対してだろうか。

 

「わからないのか?今の話を聞けば答えはわかりきってるだろ。くだらない駄洒落だ」

「何言ってるんだいホータロー?」

「このタイトルは、俺たちのような古典部の末裔にまで思いを伝えるためのものだ、夏目、わからないのか。お前、英語はそこそこ得意だろうが」

 

 

英語?駄洒落……?いったい何を言っているんだホータロー君は。氷菓。英語だとアイスクリームとかアイスキャンディー。

 

……ん?まてよ?

 

「わかったみたいだな」

「ちょっと、二人だけでわかってないで説明してよ」

 

僕は近くにあった紙に持っていたボールペンである文章を書き、みんなに見せた

 

「お前の伯父が残した言葉はこれだ」

 

ホータロー君の言葉に、千反田さんは瞳を大きく見開いた。気付いているのかいないのか、その瞳からは涙が流れていた。

 

「思い出しました。私は伯父に『ひょうか』の意味を訊いたんです。そして、伯父は私に、強くなれと言ったんです。もし私が弱かったら、仲間を失い、最後にはひとり、悲鳴もあげられなくなるって。そしたら私は生きたまま死ぬと。」

 

千反田さんが僕たちを見る。それは曇りひとつない、真っすぐなまなざしだった。

 

「私は、生きたまま死ぬのが怖くて泣いたんです。……よかった。これで伯父を送れます……」

 

 

 

 

僕の持った紙には、関谷純の思いが、33年越しに書かれていた。

 

 

I scream.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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