氷菓 ~もう一人の探偵~   作:たけぽん

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「氷菓」事件は完結です


12. 終わりの始まり

 

 糸魚川先生との話も終わり、古典部の面々は、図書室を後にした。

ただ一人、僕を残して。

 

 

「貴方は一緒にいかないの?夏目君」

「ええ、実はもう一つ、個人的に訊きたいことがありまして」

 

そう、僕はもう一つ訊きたいことがある。いや、訊かなくてはならない。英雄の、その仲間の事を。

 

「……瀬戸直行とは、どんな人物だったんですか」

 

僕からその名が出たことが意外だったのか、それとも予見していたのか、そんな曖昧な表情を先生はしていた。そして、ゆっくりと話しだした。

 

「瀬戸さんは、33年前の古典部の副部長で、関谷さんの……古くからの友人だったわ」

 

やっぱり、僕の思った通り、というかあの写真の通り、瀬戸直行は関谷純と親交があったようだ。だからこそ、僕はひとつ、とても気になることがあった。それは、瀬戸直行と関谷純、この二人のバラ色への疑問だ。

 

「関谷純が学校を去ったあと、瀬戸直行はどうしたんですか」

「……」

 

糸魚川先生は、悲痛な表情を見せる。それもそうだ。さっきの関谷純の話も、この瀬戸直行の話も、きっと彼女にとっては辛いことだったはずだから。

僕は、言葉を続ける。

 

「神高写真集を見ていると、当然ですが途中から関谷純の姿は消えていました。

……そして瀬戸直行の姿も」

 

おそらくだけど。僕には答えがわかっている。問題は、その結果だ。

 

 

「瀬戸さんは、関谷さんの退学を心から悲しんでいたわ。自分は友達なのに何もできなかったって。文化祭の後の彼は、もはや抜け殻だったわ。古典部を退部して、学校にもあまり来なくなった。……そして、彼は関谷さんの後を追って、退学したわ」

 

先生の言葉は、その声は震え、かすれていた。

 

「……その後の彼の行方を知っていますか」

 

こんなに沈んだ声で他人に言葉をかけるのは生まれて初めてだ。それほどに僕は真剣で、そして投げやりだった。

 

「その後、彼と連絡を取れた人はいなかったわ。今も、消息がわからないそうよ」

 

関谷純は、文集『氷菓』に、叫べ、強くあれといった意味を、思いを込めて学校を去った。だが、彼の一番の友人にはそれは伝わらなかった。友は、叫ぶことができなかった。

それが、『氷菓』の真実。カンヤ祭という名には、英雄と、その友の犠牲が刻み込まれていたのだ。

 

「そうですか」

 

そう言って僕は沈黙した。

すると先生は僕に語りだした。

 

「最初貴方を見た時は驚いたわ。目元や、笑った時のえくぼが、瀬戸さんによく似ていたから。ひょっとしたら、彼の息子さんなのかとまで思ったわ。」

「そんなに、似ていましたか」

「ええ、顔だけじゃなく、本を読んでいるときの姿勢や、本の扱いなんかもね。でも、あなたの名前は夏目だものね。」

 

 

僕は、何と答えればいいのだろうか。それは、僕自身にもわからないことだ。

だから、精一杯の笑顔で、

 

「ええ、僕は夏目龍之介です」

 

と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

図書室を出ると、ホータロー君が壁によしかかっていた。

 

「なにしてるんだい?」

「お前を待ってた」

 

女子だったらこういうセリフにバラ色を感じるんだろうか。生憎僕は男子なのでわからない。

冗談はさておき、僕たちは玄関を出て、帰路に就いた。

 

「千反田が、ありがとうだと」

「それは、僕だけに向けた言葉じゃないんじゃないの?」

「違いないな」

 

ホータロー君は笑みを浮かべる。彼のこんなに純粋な笑みは初めて見たかもしれない。おそらく本人もそんな表情をしているとは思っていないだろう。

だが、その笑みはすぐに消え、真面目な顔で僕を見つめてきた。

 

「なんだい?」

「お前は、俺の姉貴を知っているんじゃないのか」

「なんのことかな」

 

なんてとぼけてみたけど、僕は忘れていた。僕はポーカーフェイスが苦手なのだ。

 

「最初におかしいと思ったのは、お前と初めて会った日だ。里志が言ってたが、廃部寸前の古典部について知っていたのは、一部の上級生だけらしい。それなのに、お前は、古典部を尋ね、入部した。まるで『誰か』に教えてもらったように」

 

僕は無言で続きを促す。

 

「次におかしいと思ったのは、里志とお前の距離感だ。最初お前たちは互いに名字で呼び合うような仲だった。なのに、翌日からは、ファーストネームの呼び捨てだ。里志はああみえて、友人は選ぶ方だ。だから、お前らはなにか秘密を共有しているんだと思った。『誰か』についての秘密を」

 

僕はもうお手上げと言わんばかりに両手を上げたが、ホータロー君は言葉を続ける。

 

「最後に、これは俺だけの勘違いかもしれないが、……俺とお前が似ているからだ。性格とかではなく、考え方が。まるで同じ『誰か』に育てられたように」

 

ホータロー君はは一息ついてから、結論を述べた。

 

「全てに該当するとしたら、姉貴、折木供恵しかいない」

 

 

僕は笑い声をあげた。それ程にこの状況は面白い。

 

「どうなんだ」

「うん、そうだよ。僕は君のお姉さん、供恵さんと知り合いだ。」

「やっぱりか。まったく、あのくそ姉貴……」

「ごめんよ、供恵さんから、君には伏せておくように言われていたから」

 

ホータロー君はげんなりした表情で、僕に尋ねてきた。

 

「それで、お前は姉貴とどこで知り合ったんだ?」

「……」

 

僕は少し沈黙した。いや、別に話しても良いんだけど、言われた方が反応に困る内容なのが問題だ。すると、ホータロー君はそれを察したのか、

 

「いや、別にいいんだが」

 

と言ってくれた。

 

 

 

 

 

供恵さん。あなたの弟と一緒にいるのは、心から『楽しい』と思えますよ。

 

 

 

―――ベナレスからの手紙―――

 

夏目龍之介殿

 

前略

 私は今ベナレスにいます。

久しぶりね龍之介。先生から聞いたけど、高校合格おめでとう。神山高校とは、なかなかにあんたらしい選択ね。

さて、無事高校生になったあんたに、ひとつ指令をくだすわ。なに、楽しいこと好きのあんたにも利得がある話よ。

 

古典部に入りなさい。

 

伝統ある部活よ。そして私が所属していた部活でもある。

訊いた話だと古典部は現在部員ゼロで、廃部寸前らしいの。だから、あんたに古典部を守ってほしいの。

え?あんたの利得がないじゃないって?

そんなことないわよ。古典部には、訪れるであろう先客がいるわ。しかも、私の弟。どう?楽しそうでしょ?

 

ちなみに、弟には私のことは伏せておくこと。あいつが自分で気付くまではね。

それじゃあ、またね。

 

 

 

 

かしこ

 

                               折木供恵

 

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