13. オープニングクレジット
夏。それは一年に一度必ず回ってくる四季の一つである。
仮に春をバラ色の「予選」とするなら夏はバラ色の「本戦」とでもいうべきだろうか。それくらい、バラ色にとって夏は重要だ。スポーツの試合がもっとも盛り上がるのは夏だ。目立つ所では甲子園、小さいところでも多くの大会が開かれ、スポーツマンたちが青春をかけて戦いに挑む。夏祭りなんかじゃ、春にできたカップルがお互いの仲を深めたり、はたまた些細な行き違いで破局したりする。
それくらい、夏、それも高校生の夏とは重要な戦いなのだ。それが、バラ色への道なのだ。
そして、バラ色を志す『娯楽至上主義者』、この僕夏目龍之介は、高校生活初の夏休みの真っただ中だ。しかし、残念ながら運動部の所属では無い僕には大会もないし、夏祭りに一緒に行く恋人もいない。それでも、高校生活といえばバラ色なのだから、なにかしていたい。そういうわけで僕の夏休みは部活動にささげることにした。
その一環として、夏休みの初めには僕の所属する古典部についての謎解きをした。とはいっても、それは楽しいだけではなく、僕にバラ色について深く考えさせるものでもあった。それでも、みんなで集まって行った検討会は、僕の人生ではトップクラスの楽しさだった。
しかし、夏休みはまだ半分以上ある。古典部での一件だけでは僕は不完全燃焼だ。なにせ『娯楽至上主義者』だからね。そういうわけで、次の僕の活動は、兼部している読書研究会の文集作りになった。読書研究会でだす文集は、その年に発売された新刊をメインに、他に部員のお勧めの本を紹介するもので、今年は30部作られるそうだ。……そんなに売れるんだろうか。
そういうわけで、その文集についての話し合いのため、僕は読書研究会部長の平塚先輩に呼ばれ、学校に向かっている。そもそも、部員は僕たち二人しかいないんだからわざわざ学校に集まらなくてもいいような気がするんだけど。
「あれ、龍之介じゃないか」
名前を呼ばれたので振り向くと、そこには我が古典部の部員にして自称データベースのエセ粋人……と、言いすぎたね。僕の友達の福部里志がいた。里志と会うのは、こないだ糸魚川先生を尋ねたのが最後だから実に一週間振りだろうか。
「やあ、里志。今日は手芸部かい?」
「いや、今日は総務委員会さ。文化祭に向けて準備だよ」
「そりゃ、お勤め御苦労さま」
里志は古典部の他にも部活を掛け持ちしており、さらに総務委員会にも所属している。総務委員会が具体的に何をしているかは知らないけど、総務というのだから大事な仕事なんだろうね。
「龍之介は?補習かい?」
「里志じゃあるまいし……それに補習はまだ先だろ?」
里志が昼間にのんきに歩いてる時点で明らかな事実だ。
「しつれいだなあ。今回は数学だけだよ」
「ひとつでもあるなら問題じゃないか」
まあ、里志にとって高等教育というのはそこまで重要じゃない。彼は自分の興味があることをとことん調べえ知識を蓄える、データベースなのだから。それでも、赤点はまずいだろうけどね。
「それで、龍之介は?」
そういえばまだ質問に答えていなかった。
「今日は読書研究会の文集についての話し合いさ」
「へえ、部員が二人なのにわざわざ学校でやるんだ。すごい気合いの入りようだね」
里志も僕と同じこと思ったみたいだね。まあ、文集作りは楽しそうだから全然良いんだけど。
「文集といえば、里志は原稿できたかい?」
原稿というのは古典部の文集の原稿だ。伊原さんが大割をつくり、古典部員たちにはそれぞれ原稿作りという仕事が与えられた。僕はホータロー君と一緒に33年前の出来事について書くことになっていて、今週の始めに、役割分担をきめ、書き始めている。
「い、いやあ、まだ構成の段階でね、あはは」
里志の反応からして全く手つかずのようだ。伊原さんが聞いたら雷が落ちるだろうね。僕は期日しっかり守ろう……。
そうこう言っている間に、学校に到着し、玄関で里志と別れる。読書研究会の部室は特別棟四階の端。最辺境である。これだけ暑いと階段を上るだけで汗が止まらない。ハンカチで汗を拭き、部室に入る。
「やあ、時間通りだな夏目君」
平塚先輩は椅子に座り読んでいた本を机に置き、僕を迎えてくれた。うん、本当に小学生と見間違いそうになるくらいの小柄だ。
「こんにちは、平塚先輩」
そう言って僕も椅子に座る。鞄から文集に使う本を何冊かだす。
「ほう、ミステリー系かね」
「ええ、本屋で面白そうなのを何冊か見つけまして」
「私は最近はやりだしたライトノベルをもってきた」
平塚先輩の読んでいたのは最近人気のライトノベル。たしか主人公がヒロインの作った部活にはいって、そこに宇宙人未来人超能力者が入部してくる非日常的日常ストーリー、だったかな。作家の発想って本当にすごいなと舌を巻く。
「じゃあ、始めますか?」
「いや、まってくれ。もう一人来るから」
もう一人?新入部員だろうか。もしくはオブザーバー?
そう思っていると、部室のドアが開いた。
そこに立っていたのは、凛とした雰囲気でとても高校生とは思えない程の貫禄のある女子生徒だった。
「遅いぞ、冬実」
「すまない。すこし問題があってな」
その生徒は平塚先輩と親しげに言葉をかわすと僕の隣の席に座った。
「ええと、平塚先輩。この人は?」
「なんだ夏目君、彼女を知らないのかね」
その言い方からするとさも知っているのが当然って感じだけれど、僕はまったく分からない。生徒会長?は男だったきがするし、どこかの部長さんかな?でもそうすると読書研究会の部室にいる意味がわからない。しかし、これは多分知らないと失礼に値するのだろう。
「もちろん知ってますよ」
「いや、その顔は絶対知らないだろう」
僕の虚勢は数秒で看破された。やっぱり表情は誤魔化せないか。
すると、来客は僕たちのそんなやり取りを見て微笑んでいた。なんだかすごく恥ずかしいうえに申し訳ない。
「すまない。愛梨の言っていた通り、面白いなとおもってな」
平塚先輩、なに吹き込んだんですか……。
「私は2年F組入須冬実。この読書研究会の部員だ」
どうやら平塚先輩と同じクラスの人だったらしい。それに思い出した。入須とはあの病院長入須家のことだ。前に里志が言っていた。平塚先輩の家とも親交が深い家だったはずだ。
というかそれよりも驚きの事実を聞いたぞ……。
「読書研究会の……部員?」
「そうだが」
いや、そうだがって。僕はてっきりここの部員は平塚先輩と4月に入部した僕だけだと思っていた。でも、思い返してみると平塚先輩はそんなことは言っていなかった。ということは実は他にも部員はいるのだろうか。
「いや、部員は私と冬実と君だけだぞ」
そうなのか。いや、それより最近の僕の思考筒抜けすぎじゃない?ポーカーフェイス云々以前の問題かもしれないなこれは。
「まあ、それより文集作りの会議を始めようではないか。冬実、本を出してくれ」
「ああ」
入須先輩が出したのは夏目漱石と芥川龍之介の著書が数冊。純文学が好きなのかな。
「そういえば、君の名前は夏目龍之介、だったな」
「はい、そうですけど」
「まるでこの本の著者たちの名前をくっつけたようだな」
入須先輩の言葉に僕はどう答えていか分からなかった。そもそも、適当な言い訳が通用するような人にも思えない。
すると、平塚先輩が助け船を出してくれた。
「冬実、なに言っているんだ。名前はともかく名字まで他人から付けられるわけないだろう」
「それもそうだな。すまない。それでは始めようか」
そういうわけで、会議が始まった。
今年発売された本は大体人気なものが分かり切っているので、会議の主題は自由枠についてとなった。僕は本屋で見つけた『春季限定いちごタルト事件』を強く推した。なにせこの本はミステリーにして主役は僕らと同じ高校生。しかも殺人とか物騒な事件はほとんど起きない。全国の高校生に読んでほしいくらいだ。続編もあるが、人気だったのか本屋では買えなかった。
なんて熱中して話しあっていると、のどが渇いてきた。鞄を探ると、なんと飲み物を忘れてきてしまったようだ。仕方ない、水飲み場まで行くか……。
「すみません。水飲んできます」
そう言って席を立とうとすると、入須先輩が鞄を探り出す。
「実は、学校に来る途中に駄菓子屋で飲み物を買ってきてな。ちょうど三本あるからみんなで分けよう」
名家の娘が駄菓子屋なんて行くのか。いや、それは偏見だね。誰だって駄菓子屋に行きたくなることぐらいあるよね。
そう思いながらペットボトルを受け取る。中身は普通のスポーツドリンク。ペットボトルにしては口が大きいけど、そういうタイプのもあるよね。
「きゃっ!」
なんとも可愛らしい声がしたと思ったら、その主は平塚先輩だった。どうやらふたを開けた時に中身が少しこぼれてしまったようだ。
「大丈夫ですか先輩。これ使ってください」
僕はポケットティッシュを差し出す。
「す、すまないな夏目君」
いつも落ち着いている平塚先輩でもこぼすことなんてあるんだな。珍しいところを見れたのは運が良かったのかな。
僕もふたを開け、のどを潤す。
「それにしても、よくちょうど三本もありましたね。一本いくらでした?」
そう言って僕が財布を出そうとすると入須先輩がそれを制止する。
「実はな、これの内一本は当たり、つまり無料で手に入ったものでな。だから、お金はいらんよ」
「いや、でも当たりは一本なんでしょ?それじゃあその分は平塚先輩に回して、後輩の僕が払うべきでしょう」
なんてカッコつけてみたけど、本当のところはジュース一本のお代でも少々痛い。なにせ今日の為に結構本を買ってるわけだから。
「いや、遠慮するな夏目君。私が払うから……ん?」
平塚先輩の顔に疑問符が浮かんでいるように見える。これは、なんだか面白そうな予感がする。
「どうかしたのか、愛梨?」
「いや、さっき一本は当たりだったと言っただろう?だが、これも、君たちのペットボトルも特に変わったところが無いように見える。はたしてこれは何をもってあたりで何をもってハズレなのだろうかと思ってな」
そう言われて手に持ったペットボトルを見てみると、確かに何の変哲もない。マークがついているわけでも、当たりやハズレと書いてある訳でもない。
ふと、入須先輩の方を見ると、一瞬だが彼女が笑みを浮かべたように見えた。
「そうか、では夏目君、ゲームをしよう。君が愛梨の疑問に答えられたら、お代に関しては君の言うとおりにしよう。どうだい?」
その言い方だと、入須先輩には答えが分かっているのだろう。つまり、これは僕への挑戦ということだ。これは……これは実に……。
「夏目君。その顔はいつものあれだね?」
「ええ。これは楽しそうです!やりましょう!」
そいうわけで、僕と入須先輩のゲームが始まった。
***
入須先輩が駄菓子屋で買った三本の飲み物の内、一本は当たり、すなわち一本買ったら無料でもう一本が手に入ったという奴だ。しかし、当のペットボトルにはどれも当たりハズレが分かるような目印が書いてあるわけでは無い。つまり、一見判断基準が分からないが、隠された目印があるのか、店の人のみにしか判断できない何かがあったのか。
「入須先輩。そもそもこのジュース、どのように売られていたんですか?」
「水と氷がぎっしり入ったクーラーボックスからふただけが見えていて、掴んでひきぬく方式だ」
どこにでもありそうな売り方だ。つまり、売りかたになにか細工があるわけでは無さそうだ。
「一応聞きますが、先輩はペットボトルになにかしていませんよね?」
「当然だ。そうでなければこのゲームはフェアじゃない」
まあ、当然だね。それにしても今日は暑いな。もう一度のどを潤す。
うーん。特に何の変哲もないスポーツドリンクだ。
「そもそもだが、店の人にしか判断できない基準があったんじゃないか?」
平塚先輩も僕と同じ事を思ったらしいけど、それはほとんどあり得ないだろう。
「でもですよ、店の人にしか判別できないものだったら、店の人がよっぽどの人格者で無い限り不正を疑われます。つまり商売にならないんですよ」
「なるほど……。確かにそうだな」
そもそも、店の人が人格者だったなんてオチではなにも楽しくない。入須先輩だってそんな話をゲームにしたりしないだろう。
「そうだ、夏目君」
「なんですか?」
「あまりこちらから情報を与えすぎるのはフェアじゃない。質問はあと一回にしてくれないか」
いきなりの条件追加。なかなかにひどい。いや、最初からこうするつもりだったのかもしれない。となると、最後の質問はしっかり考えないと。
しばらく考えてから、僕は入須先輩に再度話しかける。
「では、最後の質問です」
「何かな」
「その当たりのペットボトルを今持っているのは誰ですか?」
かなり危険な賭けだ。入須先輩が分からないと言えばそれまでだから。
だが、入須先輩は答えてくれた。
「……愛梨だ」
「え、私?」
平塚先輩のペットボトルを見る。僕たちのと変わったところは見られない。
「先輩、少し貸してくれませんか?」
「あ、ああ」
平塚先輩からペットボトルを受け取る。中身はどうやら僕のと同じスポーツドリンクのようだ。そして、どの角度から見ても変わった様子はない。
つまり、今現在当たりハズレを見分ける基準はどこにも存在しない。
……ん?……待てよ?
「夏目。その顔は何かわかったね」
「ええ、多分。でも最後にひとつやることがあります」
そういって僕は『平塚先輩の』スポーツドリンクでのどを潤す。
「え?ちょ、ちょちょちょっと!な、夏目君!何をしているのだろうかね!?」
平塚先輩の言語が崩壊しているけど、まあそれはいいや。取りあえず、確認は終わった。
「それで、答えはでたのかい?」
「ええ。多分あってると思います」
「では聞かせてもらおう」
僕は自分の考えを脳内でまとめ、話し始める。
「まず、この三本のペットボトル、平塚先輩の当たりのペットボトルにさえ、当たりハズレの基準となるような印は見られません。かといって客にわからないようでは商売にならない。ではやはり、なにかしらの基準があると考えるのが妥当でしょう」
入須先輩は黙ったまま続きを促す。
「そして、僕が今現在で手に入れた情報は三つ。ひとつはこのペットボトルの口が普通のものより大きく、小さいものなら簡単に入れることができるということ。ふたつめは平塚先輩がこぼすほど、当たりのペットボトルの中身は多かったこと。最後は当たりのスポーツドリンクはハズレのものより味が薄いこと」
僕は一息ついて結論を口にする。なんだかんだ言って、この瞬間の高揚感というのは計り知れないものだ。
「つまり、当たりの基準は確かにあったが、時間経過で消失し今現在では存在しておらず、ペットボトルの中身を増やし、味を薄くする要因であるもの。つまり、氷です。当たりのペットボトルには氷が入っていて、ハズレには入っていなかった。これが真相です」
部室が沈黙する。
が、しばらくして入須先輩が拍手した。
「いや、本当に凄いな。その通り。当たりのペットボトルには氷が4つ入っていた」
どうやら僕の推理は当たっていたようだ。よってゲームは僕の勝利となった。久しぶりにとても楽しい謎解きだった。
「凄いな夏目君。そ、その、私のペットボトルに口をつけた時は暑さでどうにかしてしまったのかと思ったが、相変わらず君の閃きには驚かされる」
「いやあ、そう言ってもらえるとうれしいです」
「それで、ゲームは君の勝ちだが、お代はどうする?」
「そうですね、楽しい時間を過ごさせてもらったお礼として僕が払いますよ」
「そうか、なら受け取っておこう。だが夏目君。君はポーカーフェイスが下手なようだな」
小銭を受け取りながら入須先輩が言う。
「ええ、まあ。結構困ってるんですよね、これ」
「目線や喋り方で随分変わるものだぞ。どれ、少し教えてあげよう」
それからしばらくは、入須先輩によるポーカーフェイス指導に時間を費やすことになった。
***
今日の活動は終わり、読書研究会の面々は帰宅することになった。平塚先輩は鍵を返しに行くついでに文集の経過報告をするようなので、僕と入須先輩は先に昇降口へ向かった。
「今日はありがとうございました、入須先輩。とても楽しかったです」
靴を履き替えながらお礼を言っておく。
「そうか、それはよかった」
外靴をはき、上靴を下駄箱にしまって振り向くと入須先輩がこちらを見つめていた。
「な、なんですか?」
「夏目君。君に頼みがあるんだ」