氷菓 ~もう一人の探偵~   作:たけぽん

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15. 古典部と試写会

 

千反田さんの言う試写会とは、2年F組が文化祭に向けて作ったビデオ映画の試写会の事で、千反田さんの知人がF組で、感想を聞かせてほしいとのことらしい。

とは言っても、F組で映画ということはいよいよその時が来たということだ。どうせなら何も知らない立場で楽しみたかったけど、まあどうせ古典部のみんなも巻き込まれるのだろうし我慢しようかな。

 

 

「それで、ちーちゃん。どんな映画なの?」

「たしかミステリーだと言っていました」

「へえ、それは面白そうだね」

 

前方を歩く里志たちの後ろで僕はホータロー君に話しかけた。

 

「ミステリーだって。ホータロー君はミステリー好きかい?」

「まあ、普通だ。そもそも自主制作なんだろ?あまり期待するべきじゃないと思うが」

 

まあ、ごもっともな言葉だね。とはいっても僕を含めみんな初見なんだから、あまりマイナスな先入観を持つのもいただけないかな。

 

 

試写会の会場である視聴覚室にはすでに暗幕が下りていた。外のまぶしい光をすっぱりカットして、室内は暗い。その暗がりの奥から、女子生徒が現れた。一瞬びっくりしたけど、すぐに正体は分かった。

 

千反田さんが呼びかける。

 

「お言葉に甘えて来ちゃいました」

 

隣を見るとホータロー君が何とも言えないような表情をしていた。

 

「ああ、よく来た」

 

その相手……入須先輩はそう言って僕たち一人一人を見る。

 

「ようこそ。今日は来てくれてありがとう」

 

千反田さんが僕たちを紹介する。

 

「こちらが伊原摩耶花さん。こちらが福部里志さん。。そしてこちらが夏目龍之介さんと折木奉太郎さん。私が入っている古典部の方々です」

 

紹介の途中、入須先輩の表情が微妙に変わった。笑った、のだろう。

 

「今日はよろしく。私は入須冬実」

 

その自己紹介のすぐ後、里志が大きく反応した。

 

「ああ、やっぱり入須先輩でしたか!見たことあると思ったんです」

「君は、福部里志君といったか。すまないが、見覚えが無い」

「そうですか、いや、でも6月末の文化祭実行委員での音楽部と演劇部の争いの調停、あれは本当に見事でした!」

 

里志がジョーク以外でこんなに褒めるなんて事があるんだね。珍しいワンシーンを見れた。

 

「そうだったかな」

 

しかし、とうの本人は全く覚えていないようだ。里志、無念。

 

「ちーちゃんとどういう関係なの?」

 

伊原さんがその脇で小声で聞く。

 

「私たちの家同士でお付き合いがありまして」

 

まあ、平塚先輩ともそうらしいし、千反田さんと家ぐるみの付き合いでもなんら不思議じゃないね。

 

「それはともかく」

 

入須先輩が話をもとに戻す。手に持っていたビデオテープを掲げる。

 

「今日、君たちに来てもらったのは、このビデオテープを見てもらうため。これを見て、ぜひとも率直な意見を聞かせてほしい」

 

随分と端折った言い方だけど、まあ先に見たほうが分かりやすいのかな。

だが、ホータロー君は疑問に思ったらしい。

 

「それだけでいいんですか?見て、感想を言うだけで?」

「それではおかしいかな」

「つまり、ホータロー君が言いたいのは、見た後に僕たちがそれを批判しても撮り直しが聞くわけでもないのに見せてくれる理由がわからないってことだね」

 

ホータロー君は頷く。が、入須先輩は満足したように頷き答えた。

 

「もっともな疑問ね。確かにただ見てもらうだけでは意味がない。だが、まずは見てもらった方が効率的だと思う」

 

ホータロー君はしぶしぶ承諾する。それをみて入須先輩は続けた。

 

「このビデオ映画にはタイトルがまだない。仮称は『ミステリー』。ビデオが終わったらひとつ聞きたいことがあるから、そのつもりで見てくれるとありがたい」

 

 

そう言われ、僕たちは適当に席に着く。

 

「では、健闘を」

 

そう言って先輩は教室を出た。ほどなくして、前方にホワイトスクリーンが下りてきた。

さて、いよいよ幕開けか。

 

タイトルが決まっていないので、当然タイトル画面は存在せず、映像はいきなり始まった

そこには6人の生徒が写っており、どこかの山道を歩いている。ナレーションによると、文化祭に出す展示物の内容として、ナラクボ地区という廃村についての取材へ向かっているところらしい。

6人は全員2年F組の生徒で、

がっちりとした体形の『海藤武雄』。

細い体で眼鏡をかけている『杉村二郎。

肩までの栗色の髪をいじっている『山西みどり』。

背が低く、丸顔の『瀬之上真美子』

優しそうな顔をした『勝田竹男』。

地味な装いの『鴻巣友里』

というらしい。タケオって二人いるんだけど、まあ名字で呼べば区別可能だからいいか。

隣を見ると里志がいつの間にか用意した紙にペンで彼らの名前を書いている。ひょっとしてあのきんちゃくの中身だろうか。どこぞのネコ型ロボットのようだ。

 

「里志、ナラクボ地区ってのは?」

「昔鉱山があったところで、交通は不便だけど、鉱山の全盛期は隆盛を極めたってね」

 

さすがデータベース。これで本人は才能が無いなんて言っているんだから驚きだ。

そう言っているうちに、一同は目的地へ到着していた。

カメラが辺りの風景をなめるように映す。自主制作だから仕方ないけど、あまり上手いカメラワークじゃない。それでも、ナラクボ地区の風景はそれをカバーできるほどの迫力だった。

 

『なるほど、これは取材のしがいがありそうだ』

『とりあえず、今夜休める場所を探して、取材はその後だ』

 

海藤先輩と勝田先輩の会話はとてもぎこちないものだったけどなんとなく、その宿泊場所で事件が起こるんだろうなと感じはした。

 

『それなら、あそこが良いんじゃない』

 

鴻巣先輩が指差した方には、劇場のような建物があった。

 

『そうね、あれなら雨もしのげそうだし』

『よし、じゃあ行こう』

 

劇場前にシーンが移り、6人は劇場に入っていく。最後に鴻巣先輩がつぶやいた。

 

『嫌な予感がする』

 

「館ものか!」

「館ものなの?」

 

里志と伊原さんが同時に声を上げる。最も伊原さんの方は不満げだけど。あんまり好きじゃないのかな、館もの。

 

再びシーンは移り、劇所の中から再開。建物の中には当然明りは無く、外と比べて、映像は見づらくなった。

 

『どうやら、屋根はしっかりしているな』

『まあ、当時の鉱山にはお金があったみたいだし、山奥じゃこれくらいの娯楽が無いとやってられないよね』

 

そのやり取りに里志がほう、と感心している。里志としては気にいるセリフだったみたいだね。

その後、一同は各部屋の鍵を見つけ、手分けして泊まれそうな場所を探しだした。その間に見取り図も公開され、里志が書き写す。

 

「普通なら、みんなで行動すると思わないかい?」

 

里志がホータロー君に囁く。それが聞こえたのか、伊原さんがホータロー君を睨む。ホータロー君は解せないといった表情で、手短に返事する。

 

「それがどうした」

「つまり、この後誰かが事件に巻き込まれるんだ」

 

再び伊原さんがホータロー君を睨む。これぞダブルスタンダードだ。

そして、一同はそれぞれの部屋を探索しに行き、ロビーは無人になる。カメラはそれを最後まで写していた。

 

 

再びナレーション。

 

『事件はこの後に起こる』

「そうだろうとも」

 

うん、里志をミステリー映画に誘うのは絶対にやめよう。

 

 

その後、杉村先輩と海藤先輩を除いた面々がロビーにもどってくる。

 

『ガラスが散らばってて掃除しないと使えないわ』

『こっちもそんなもんだ』

『杉村君、そっちはどう?』

 

瀬之上先輩が呼びかけると、二階の窓から杉村先輩が顔を出す。

 

『割ときれいだから、使えそうだよ』

 

さて、これで被害者は決まったね。その後、海藤先輩の様子を見に一同は部屋の前までやってきた。勝田先輩がドアノブに手をかけるが、どうやら鍵がかかっているようで、鴻巣先輩ともう一人誰かが(映像が足元だけで判別できない)がマスターキーを取りに走る。

一瞬のカットの後、鍵は開きドアが開けられる。

 

 

 

 

 

 

 

室内は大きな窓から光が差し込んでおり、その前で海藤先輩が取れている。少し見づらいが海藤先輩の腹部は血糊がべっとり付いていて、その傍らには小道具と思われる腕が。あまりにリアルだったのでびっくりした。千反田さんはものすごく動揺している。作りものとはいえ、怖いものは怖いよね。

 

「海藤!ちくしょう、だれが!」

 

勝田先輩が窓に駆け寄り、窓を開けようとする。建てつけが悪いらしく多少時間がかかったが上開きの窓が開かれる。外には壁ぎりぎりまで夏草が茂っていた。

勝田先輩は素早い切り替えで他の経路を探し回りカメラがそれを追うが、部屋に通じる道は他には無かった。

 

 

そして。

映像はそこで消えた。

 

「え?おわりなの?」

 

伊原さんが気の抜けた声で呟く。

 

「みたいだね」

 

里志がそう返答している間にスクリーンは巻き上げられていく。

 

「え、だってまだ終わってませんよ?」

「いや待て、機材の故障かもしれん」

 

ホータロー君がそう言うと、背後から入須先輩が答える。

 

「それは違う、テープはここまでよ」

 

当然だけど入須先輩は全く動揺していない。それはテープがここまでということの裏付けでもある。

 

「それじゃあ、結末はあなたの胸に式なんですか?」

「それも違う」

 

みんなポカーンとした様子なので、僕は入須先輩に尋ねる。

 

「つまり、これは未完成ってことですね?一応説明はしてもらえますよね?」

「もちろん説明はするよ夏目君。でもその前に、このビデオ、技術的にどう思う?」

 

どう、といわれても正直に言っていいものなのだろうか。

しかし、やはり率直に伝えるべきだと思ったのか、伊原さんが答えた。

 

「正直に言うと、稚拙、だと思います」

「そうだな、私もそう思う。技術の無いものがいくら情熱を注いでも結果は知れたもの」

 

なんとも辛辣な真理だね。しかも表情一つ変えずに。

 

「だが、それはそれでいいと思う。結局は自己満足の世界よ。だから完成度が低いのは問題じゃない。なら、このビデオにとって致命的な事態とはなんだと思う?」

 

少し考えたのち、里志が答えた。

 

「完成しないことですね」

「そう。それでは自己満足にもならない。このビデオはロケ地が特殊で、夏休みの間にしかできない。そんな中、ミステリーの脚本は本郷真由という生徒に託された」

「そんな無茶な……」

「そう、そのせいで本郷は体調を崩してしまった」

 

素人から見ても、一時間のミステリーの脚本を一人で書きあげるのは至難の業だと思う。

 

「まさか、俺たちにその続きを書けと言うことでは……」

 

ホータロー君はなんとも不安そうにそう尋ねる。そりゃあ『省エネ』の彼からしたらそんなことやってられないだろうね。

 

「そんなことは頼まないさ。本郷は解決編を書くところで倒れてしまった。だから、見るものが見れば犯人を割り出せるはず。それを君たちにやってほしい」

 

つまりは映像から本郷先輩の作った謎を解き明かせということだ。

 

「でも、はたして映像の中にちゃんと手掛かりが撒かれているんですか?」

 

里志の問いももっともだが、入須先輩はすぐに答える。

 

「それは大丈夫。あの子はしっかりミステリーの勉強をしていた。十戒も九命題も二十則も守ったはずよ」

 

十戒とか九命題とかはたしか探偵小説のルールみたいなものだったはず。たとえばぽっと出の真犯人とか複数人の探偵とかはタブー、みたいな。

 

「つまりは問題は適切に提示されているから、そのうえで犯人を当てろって事ですね」

 

僕の言葉に入須先輩は頷く。

それを見て里志たちは顔を見合わせる。

 

「犯人を当てろっていわれてもなあ、データベースは結論を出せないんだ」

「そうね、私も自信ないわ」

「あの、海藤さんは亡くなっていたんでしょうか」

 

しばらくあれやこれや言った後、三人は同時に僕とホータロー君に視線を向けてきた。

 

「……なんだよ」

「いや。こういうのは二人の出番じゃないかなってさ」

 

ホータロー君はものすごく嫌そうな顔だ。

 

「それほど真剣にみてなかったんだ」

「僕も、あれ一回じゃ何とも言えないかな」

「じゃあ、もう一度見せてもらいましょう!」

 

埒が明かないと思ったのか入須先輩が諭してくる。

 

「あくまで意見でいい。気楽に言ってくれ」

 

そんなこと言ったらホータロー君は本当に気楽に答えかねないけど……。

 

「山西先輩だと思います。態度が悪かったし」

 

ほらね。

 

「折木さん、真面目に考えてください!」

「大体、なんで先輩はミステリーが題材になることを止めなかったんですか」

 

ホータロー君の言葉に入須先輩は目を伏せる。が、冷厳な口調のままそれに答える。

 

「私は最初企画に参加していなかった。三週間北海道にいてね。こっちに戻ってきて事態の収拾に乗り出したのが一昨日。最初からいたらこんな計画を進めはしない」

 

一昨日って言うと読書研究会で集まった日になる。たったこれだけの期間でこれだけ手をまわしてるんだから大したものだ。

だがホータロー君は納得していないようで、次の質問を投げかける。

 

「どうして俺たちなんですか。神高にはかなりの生徒がいる。それなのに何故古典部を?」

「まず、千反田と面識があったこと」

 

入須先輩は少し間をおいて言葉を続ける。

 

「そして『氷菓』の事を聞いたからだ」

 

先輩の視線が僕たち二人に向く。ホータロー君は誰がそれを伝えたのかわからないようだった。

 

「君たちの話は4人から聞いていた。一人は千反田。一人は学外の人間。そして平塚愛梨と遠垣内将司」

 

遠垣内ってのはたしか壁新聞部の部長さんだったっけ。文集のバックナンバーを探していた時にホータロー君がひと泡ふかせたっていう。学外の人間ってのは、まあ多分明らかだ。

 

「君たち二人ならこのビデオの探偵役を務められるかもしれないと思った」

「変な期待は困ります」

 

やれやれ、ホータロー君はどうやら乗り気じゃないようだ。

 

「そうか、なら残念だけど試写会はこれで終わり。ありがとう」

 

そうは言ってるけど入須先輩は僕の方を見ている。なんとかしろということだろうか。仕方ない。なんとかしよう。

 

「それじゃあ、ビデオは最悪未完成ってことになっちゃうね」

 

そう言いつつ僕は千反田さんを見る。千反田さんに話題をふれば恐らく……。

 

「それは困ります!そのビデオが完成しないのはとても悲しいです、私は嫌です!」

 

よし来た。あとはもうこのままでいける。

 

「それに、どうして本郷さんが信頼と体調を損ねてまで途中でやめてしまったのか、私、気になります!」

 

ホータロー君はなんとも渋い表情をしている。『省エネ主義』の彼でも、千反田さんの好奇心には勝てない。

さらに里志が追い打ちをかける。

 

「そうだよホータロー。それに事件解決にはちょっと情報が足りないよね」

 

つまり、情報があれば解決できると、そう言いたいのだろう。

 

「ここでそれを引き受けて駄目だったらどうする。先輩方の前で土下座でもするのか?」

「まあまあ、ホータロー君。それなら、オブザーバーってのはどうだい?」

「どういうことだ?」

「入須先輩の言う通りなら、F組の人たちも解決のために動いているはずだよ。だから、その人たちの意見を聞いて参考意見を述べるって感じでさ」

 

入須先輩の方を見て、返答を待つ。

 

「夏目君の言うとおり、私のクラスにも探偵役志願者はいるわ。それならオブザーバーでも構わない」

 

さあ、どうする?折木ホータロー。

 

「……それならまあ」

 

ここで断ればおそらく永遠に千反田さんに頼まれ続けるだろうし、妥当な判断だよね。

 

 

 

こうして、ホータロー君は解決に参加することに決めた。

 

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