氷菓 ~もう一人の探偵~   作:たけぽん

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16. ヴァンダインの二十則

 

 

試写会が終わり、僕たちは校門をくぐり帰路についていた。

 

「前に言ったけど、入須先輩はかなり有名だよ、ほら、あそこ」

 

五人で並んで歩いていると、一番端の里志がそういって遠くに見える病院を指差す。

 

「彼女の家はあの病院の経営者なんだ、それに平塚先輩の家と一緒に福祉施設、特に児童福祉施設の運営にも力を入れていてね」

「そりゃすごい」

 

ホータロー君が気のない返事をする。

が、里志は構わず話を続ける。

 

「けど、入須冬実が有名なのはそれだけじゃない、あの人にはあだ名があるんだ。なんだと思う?」

「知らん」

 

が、里志は構わず話を続ける。

 

「女帝だよ!」

「へえ」

 

が、里志は構わず……ってこれ以上はかわいそうだね。ホータロー君にかわりに僕が返答する。

 

「なんで、女帝なの?」

「美貌もさることながら、人使いが荒くて、それでいて上手いんだよ。周りの人間は彼女の手駒になるって噂さ」

 

そらりゃあ凄い。ホータロー君なんかは上手く使われちゃいそうだね。いや、僕にも資質あるよねきっと。

 

「それにしても、せっかく女帝が登場したんだから僕らもシンボルの一つぐらい欲しいもんだよね」

 

「シンボルって?」

 

里志は宙を眺め、少しして切りだす。

 

「まず、麻耶花は正義だね。審判と迷ったけど。正義は苛烈って言うしね」

 

女帝に正義となると、なるほどタロットカードか。それにしても苛烈な正義とは、ぴったり伊原さんそのものだね。思わず笑ってしまう。

 

「夏目君、何笑ってるのよ」

「ごめんなさい」

 

やっぱり伊原さん怖いよ。いや、これは僕が悪いか。

 

「それじゃあふくちゃんは?」

「僕は、そうだね愚者……いや、魔術師かな?愚者は千反田さんに譲るよ」

 

たしかに、千反田さんは愚者って感じだね。あくまでタロットの愚者ね。

 

「たしかに、私も愚者だと思います。それでは折木さんは?」

 

里志は即答した。

 

「それはもちろん、力さ」

「ホータロー君が力?星とかじゃなくて?」

「うん。断然力だね」

 

確か力の意味は強固とかエネルギッシュだったような……。

ははあなるほど。そういう見方もできるかもね。里志らしい。

 

「ふん。どうやら褒めているわけじゃ無さそうだな」

「そうでもないさ!」

「さいで。それで、夏目は何になるんだ?」

 

僕か。僕はなんだろう。星?それとも戦車とかかな?

 

「そうだねえ、龍之介は……ジョーカー?」

「いやいや里志、それトランプじゃないか」

 

せっかくいろいろ考えたのに、まさか別ジャンルから例えられるとは。

 

「でも確かに、夏目さんはなんとも例えがたい感じですよね。なんというか、白紙というか……」

 

白紙って、そりゃあ無いよ千反田さん。僕の16年はなんだったんだ……。

 

「ま、まあ、龍之介。白紙ってことはこれからなんにでもなれるってことだよ、うん」

 

なんでいい話みたいにまとめてるんだよ。これも福部リアンジョークか……。

 

 

 

 

***

 

千反田さんたちと別れ、僕は家の近い里志と二人で歩いていた。

もう夕方だと言うのにお日様はまだまだ月に出番を譲ろうとしない。

 

「いやあ、それにしても暑いね。どうだい、そこの駄菓子屋で飲み物でも買わないかい?」

 

家はもうすぐなのだから我慢すればよさそうだが、僕も冷えた飲み物が欲しくなったので、里志の提案に乗ることにした。

駄菓子屋の扉は開放されており、僕らは店主のおじさんに軽く挨拶して、飲み物コーナーを探す。

 

「お、あったよ龍之介。ってなんだこれ」

 

里志のほうを見ると、氷のぎっしり入ったクーラーボックスの中からペットボトルのふたが見えている。どこかで聞いた売り方だ。

 

「おじさん。一本ください」

「はいよ。120円ね」

 

お金を渡し、里志は一本引きぬく。出てきたのは炭酸飲料だった。ペットボトルからカランと音がした。どうやら氷が4つ入っているようだ。

 

「当たりだね」

「当たり?」

 

里志はぽかんとしている。僕も少し驚いた。どうやら入須先輩が訪れた駄菓子屋とはここのようだ。病院の近くに大きな家があるって里志が言ってたからここまではかなり遠いと思うけど、こっちに何か用事でもあったのかな。

 

「おお、お兄ちゃん運が良いね。当たりだよ。ほらこれおまけのもう一本」

 

そう言っておじさんはレジの奥のクーラーボックスからペットボトルを取り出す。なるほど、これで当たりの連鎖は起きないってことか。

 

「じゃあ、龍之介にあげるよ」

「ああ、ありがとう、じゃあ半分出すよ」

 

そう言って里志に60円渡し、店の外のベンチに向かう。

ベンチに座り、飲み物でのどを潤していると、唐突に里志が話しかけてきた。

 

「なんだか、今日の龍之介はいつもと違ったね」

「そうかい?どのへんが?」

「上手く言えないんだけどね、なんだか事件への興味が薄いって言うか」

「そんなことないよ。ただ、今回は本郷さんの脚本への挑戦ってことになるでしょ?」

 

里志が、それが?といった顔続きを促す。

 

「ヴァン・ダインの二十則に、複数人の探偵の共同捜査はタブーってあるでしょ?だから、今回はこっそりホータロー君と勝負しようかと思ってね」

「なるほど。それなら二十則にはぎりぎり触れないかもね。なんだい龍之介、粋じゃないか」

「そうでしょ」

 

どうやら里志は納得してくれたらしく、いつの間にか飲みおえたペットボトルをゴミ箱に投げる。それは見事な放物線を描き……ゴミ箱の隣に落ちた。

 

「何してんのさもう」

「あはは、上手くいかないもんだね」

 

里志はペットボトルを拾い、しっかりゴミ箱に入れる。

 

「それじゃあ、龍之介、また明日。二人の推理対決、楽しみにしてるよ」

 

そう言って里志は鞄を持って走り去っていく。僕は、ベンチに深く座りなおし、鞄から今朝の手紙をとりだす。いつの間にか切手が外れていた。全く、しっかりつけとけばいいものを。手紙を再び読んだあと、僕は空を仰いでひと言つぶやく。

 

 

 

 

 

 

「まったく。つまらないなあ」

 

 

 

 

 

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