翌日。再び古典部メンバーは部室に集合した。目的は言うまでも無くビデオの殺人事件の検討だ。ホータロー君が来るかどうかわからなかったけど、なんと千反田さんが直々に迎えに行ったようだ。流石部長。
「それで、ちーちゃん。今日はどうするの?」
伊原さんの質問に千反田さんは答える。
「入須さんからの使いを待って、スタッフの方に話を聞きます」
まさかこの人生の中で『使い』なんて言葉を直に聞く機会が訪れるなんて思わなかった。
「いつの間に打ち合わせしたんだ?」
「チャットです。神高のサイトに生徒だけが使えるチャットルームがあるんです」
インターネットか。科学の力ってすごいね。僕も今度使ってみようかな。古典部でチャットとかしたら楽しそうだし。
「約束は一時ごろなのでそろそろですね」
それからほどなくしてドアが静かに開かれた。
そこに立っていたのは背の低い女子生徒とそれより背の低い女子生徒……というか平塚先輩だった。
「やあ、夏目君」
「やあって……、先輩も使いの一人ですか?」
「いや、古典部の部室の場所がわからないと言われてな。案内してきたところだ」
それはどうもお疲れ様です。なんて思っているともう一人の先輩が深々と頭を下げる。
「江波倉子といいます。よろしくお願いします」
僕たちが一年生だと知っているのに随分と礼儀正しい人だなあ。見習おう。
「入須から話は聞いていると思いますが、今日はこれからうちのクラスの探偵役志願者たちに皆さんを引き合わせます。……準備がよければ案内しますが」
準備といっても特に準備することも無い。僕たちは席を立ち、準備完了という意思表示をする。
「では行きましょう」
言葉に従い、地学講義室を出る。
廊下を歩いている間、千反田さんたちは江波先輩にいくつか質問していた。話によると、探偵役志願者は三人。撮影班の人と小道具班の人と広報班の人らしい。
「平塚先輩は何か役割あったんですか?」
列の後ろを歩く僕は同じく後ろを歩き何故かついてきた平塚先輩に尋ねる。
「いや、私は企画に参加していなかったんだ。読書研究会の準備もあったしな」
そういえば前に部室に入須先輩が来たとき、平塚先輩は『遅いぞ』と言っていた。企画が危機に直面していると知っていればそんなことは言わないだろうね。
「それにしても、なんだかうちのクラスの為に申し訳ないな、古典部も文集の制作があるだろうに」
まあ、文集に関してはこの進度でも問題ないはず。里志はどうかわからないけど。
「いえ、まあ大丈夫ですよ。これはこれで結構楽しそうですし」
すると先輩は少し僕の顔を見つめた後、静かにこう言った。
「あまりうるさくは言わないが、まあ、無難にやりたまえ」
「……そうですね」
しばらく歩いていると、江波先輩は一般棟の一つの教室の前で足を止める。この時期の一般棟は特別棟と違い文化祭への活気は少し落ち着いている。夏休みなのでほとんどの教室が無人だ。プレートを見ると2年C組と書いてある。たしかこのクラスはクラス展示をしないらしいから、長時間使うにはちょうどいいということだろう。
教室のドアを開けると教室の後ろの方に四角くくっつけられた机があり、三人の生徒が座っていた。彼らは僕らの入室に気付くと席を立ちこちらへやってきた。
僕らと三人が向かい合うと江波先輩が彼らを紹介してくれた。
「右から撮影班の中城順哉、小道具班の羽場智博、広報班の沢木口美崎です」
僕らも千反田さんから順に挨拶する。僕は特に何も変わらず、夏目龍之介です、よろしくお願いしますと挨拶したが、僕の名前を聞いたとき、羽場という先輩と沢木口という先輩が僕の方を興味深そうにみていた。なんだろう、初対面のはずだけど、僕の挨拶ヘンだったかな。
「それではまず、中城と話してください。私たちは隣の教室にいますので終わり次第呼んでください」
江波先輩たちはそう言って教室を出ていった。
「それでは夏目君。私もここで失礼するよ、古典部も大事だが、読書研究会の文集の原稿も頼むぞ」
「あ、はい。なるべく早く仕上げます。先輩もその、ありがとうございました」
平塚先輩は手をひらひらと振って教室を出ていった。
***
中城先輩と向かい合わせに机に座り、いよいよ検討会が始まった。
中城先輩は、僕たちが緊張していると思ったのか自分から話しだした。
「いやあすまんな、厄介な話を持ち込んで。ノリで始めた話でもオチがつかんと寒いからな」
ノリでしたか。まあでも、僕たちがオブザーバーを務めることを不快に思っているわけでは無さそうで良かった。
隣で里志がきんちゃくからペンと手帳を取り出す。記録係を務めてくれるようだ。
すると千反田さんが思い出したように鞄からなにか取り出した。
「これ、知り合いのお店の試供品なんですが、皆さんでどうぞ」
「これは、ウイスキーボンボンだね」
そう言いつつ里志が手を伸ばす。ほかの面々も同じように。
「夏目さんもどうぞ」
「いや、僕チョコレート苦手なんだよね」
「お前、コーヒーには砂糖どっぷり入れるじゃないか」
「それとこれとは別なんだよ……」
なんて話をしていると里志が大きく咳をする。
「かはっ。これ、随分きついね」
伊原さんもホータロー君も同じ反応をする。食べようとしていた中城先輩はそれを見てポケットにしまった。ポケットがドロドロになりそうだ。千反田さんは特に変わった様子はない。こういうのは得意なんだろうか。
アイスブレイクも十分すんだが、そういえば僕たちは特に質問を整理していなかった。なので、時間稼ぎも兼ねて伊原さんが話しだす。
「それにしても大変でしたね先輩」
「全くだ、まさかこんなつまずき方をするなんてな」
「撮影はやっぱり大変でしたか」
「ああ、大変だったな、特に移動が。往復だけでも二時間だからな。まあ、そのほかは楽しくもあったがな」
僕も何か聞いてみるか。
「なんでナラクボにしたんですか?」
「ん?ああ、見た目が面白いって推した奴がいたんだよ」
ううん、これは入須先輩が人に助けを求めるのも無理ないくらい適当だね。
「本郷さんの容態はどうですか」
千反田さんも質問する。
「あんまりよくないみたいだな。まあ、あいつを責める訳にもいかんだろうがな」
「あまり丈夫な方では無かったんですか」
「そうだな、学校を休むこともあるし、撮影にも来なかったしな」
まあ、脚本家が撮影に参加する義理もないでしょうけどね。
「本郷先輩の脚本は、不評だったんですか」
今度は里志が質問する。結構ずばっと聞くね。まあ里志らしっちゃ里志らしいか。
「そんなことはないぜ、誰もケチ付けたりしなかったぞ」
「では、内心そうしたかったと?」
ホータロー君も意地が悪いなあ。中城先輩は憤慨したようで、少し声を荒げて抗議したが、千反田さんがたしなめてくれた。どうどう。
「それで、その脚本の人から誰が犯人かって聞いたりしませんでしたか」
伊原さんが一気に核心にせまる質問をする。
「うーん。俺が知る限りじゃそういうことはだれも聞いてないな、探偵役すらわからん」
これは……想像以上だな。
「ああでも、鴻巣に頑張れとか言ってた気がするな」
それくらいは誰にでもいいそうだけど
「それじゃあ、あのミステリーのトリックが物理的トリックだったのか心理的トリックだったのかは」
「どう違うんだ?」
伊原さんは失望したような顔つきだ。ここに僕たちしかいなかったら間違いなく悪態をついていただろう。
「こんなもんかな」
しかし中城先輩はどこか満足げだ。まあ、いろんな意味でこんなもんかもしれない。
「じゃあそろそろ俺の考えを聞いてもらおうか」
いよいよ中城探偵の推理が始まるようだ。これは、期待していいんだろうか。というか出来れば期待したかった。
「みんなミステリーの作法がどうとか言ってるが俺から言わせれば客はそんなの気にしないさ。犯人はお前だ!って決めつけて、犯人が涙ながらに事情を話す。これさえやっときゃいけるだだろ。本郷の仕事は俺には無理だが、あえて言うなら派手さが足りないな。その点海藤の死に方は派手でよかったな」
えーっと……。
「ようはドラマが撮れてればいいんだよ。タイトルも『古丘廃村殺人事件』とかにして客を呼べるようにしないとな」
要は二時間ドラマ的な展開をお望みな訳か。まあ確かに、このあいだの壁新聞によると神高生の大半はこの半年、あまり本をよんでいないらしいし、糸魚川先生も最近図書室がさびしい感じがするなんて言っていたし。それを考慮すればミステリーのトリックを気にする神高生なんて数えるほどしかいないかもしれない。
「それで、先輩は犯人がどうやって犯行を実行したとおもいますか」
里志が笑いの表情を崩さずに問いかける。
「あの事件はようするにあれだろ、密室ってやつだ。海藤が死んでた部屋には他に出口が無い。さて犯人はどうやって殺したんでしょうって問題だ。簡単だよ、窓を使ったんだ」
……窓?
「里志、見取り図を」
ホータロー君も気になったのか、里志にそう告げる。
「イエスサー!ちょっと待って」
きんちゃくから昨日書いていた見取り図のコピーを出してきた。
それによれば海藤先輩が死んでいたのは上手袖。たしか劇中だと右側の通路からここに入ってたから、やっぱり密室なのは間違いない。舞台裏はガラクタでふさがれていたわけだし。
「あの、本郷さんは現場の下見にはいったんでしょうか」
たしかに、千反田さんの言うことは重要だ。下見なしで見取り図だけで脚本を書いたなら使えないルートを想定していたかもしれないよね。
「いや、本郷も6月……いや、5月の終わりごろに下見に行ったみたいだぞ」
「そうですか、ありがとうございます。話を続けてください」
中城先輩の話は続く。
「つまり犯人は上手袖の窓から入り、そして出た。こうすりゃドアなしで海藤を殺せるだろ」
しかし、伊原さんはそれに異を唱える。
「でもそれはミステリーとして出来が悪すぎます。それに、あの窓の外には夏草が生い茂っていて、足跡などはありませんでした」
それに、これでは犯人も特定できないよね。
「本郷が忘れてたのかもしれん」
「それを言ったらおしまいです」
中城先輩は少し考え込んだが、すぐに閃いたようで勢いよく話しだす。
「そうだ、夏草だ!本郷が下見に行った時には夏草は生えてなかったんだ。だから本郷は使えると勘違いしたんだよ!つまり次の撮影の時に夏草を刈り込んで途中から撮り直せばいいんだ!」
中城先輩はそう息巻いていてもはや取り付く島も無い。千反田さんが丁寧にお礼をしたが、それすらまともに聞いていないようだった。
数分後。江波先輩を呼ぶ前に僕らは少し話しあう時間を取ることにした。
「あれで良いの?通っちゃうの?」
伊原さんが唸る。
「まあ物理的には十分に可能だからねえ」
そう言う里志も不満そうだ。
「折木さんと夏目さんは、あれが本郷さんの真意だったと思いますか?」
「思わない」
「思わないね」
僕らは口をそろえてそう言う。
「どういうことだい?矛盾を見つけたってことかい?」
「そうなるな」
「え、矛盾あるの、どういうこと!?」
伊原さんがホータロー君に詰め寄る。
「落ち着いてよ伊原さん」
そう言ってたしなめると、ホータロー君が口を開いた。
「中城の案は物理的には可能だ。だが、ごく簡単な物理的解決はごく簡単な心理的側面から否定されるってことだ」
「随分と回りくどい言い方だねホータロー。実に探偵役らしい」
「やかましい」
千反田さんが僕に要約を求めるような視線を向けてくる。
「つまりね、物理的には可能だけど、犯人の心理を考えてみるととても実行できないってことだよ」
千反田さんは尚も頭上に?を浮かべている。
「中城の案だと、窓から侵入するには必然的に劇場の外を通らなきゃいけない。夜ならともかく、昼間だぞ?どこの部屋から向かっても必ず誰かの視界に入る」
「だね」
里志がふむ、と顎を撫でる。
「なるほどね。確かに僕が実際に殺人をするなら中城案はとてもとれないね」
「でも、本郷先輩がそれに気づいていたかは分からないわよね」
まあ、確かに。
「まあ、確かめる方法はあるけど」
僕がそう言うと同時に江波さんが扉を開いた。僕らが遅いから様子を見に来たのだろうか。
「どうでしたか」
「中城先輩の案は却下です」
里志が皮肉交じりに笑って里志が答える。
「そうですか。では次は……」
「あ、すみません。本郷先輩の書いた脚本が欲しいんですが、可能ですか?」
少々強引にお願いしてしまったけど、江波先輩は頷き、
「わかりました、用意しておきます。それまでの間、彼の話を聞いてください」
と答えてくれた。そしてその隣の羽場先輩が教室に入ってくる。また視線が僕に向いた気がするけど、本当になんなんだろうか。不安だ。
まあ、ともかく、第二ラウンド開幕だね。