3人目が来るまで、僕は脚本を読んでみることにした。結構細かく書いてあり、やはり中城案も羽場案も実行不可能はことは確定した。
「いいないいな。私も欲しいです」
気がつくと千反田さんが僕の背中に覆いかぶさり脚本を覗いている。
「ちょ、ちょっと千反田さん!近いって、離れてよ!」
「ふふふ、大丈夫ですよ。大丈夫♪」
「僕が大丈夫じゃないから!」
どうやらウイスキーボンボンが今になって効いてきたらしい。助けを求めるように里志たちを見ると、ものすごく意地の悪い笑みを浮かべている。
「はは、龍之介がそんなに慌てるなんてね。これは珍しいものを見た!」
「夏目君も女の子には弱いのね」
「この裏切り者―!」
「おい千反田。その辺にしとけよ」
いや、君が一番悪い顔してるよホータロー君。
「そのとおり!浮気はいけないぞ夏目君!」
声の方を見ると、江波先輩と最後の一人、確か沢木口先輩……が立っていた。江波先輩はお辞儀をすると教室を出ていき、沢木口先輩が椅子に座る。僕もなんとか千反田さんを引き離し、椅子に座らせる。酔っ払いめ。大人しくしていなさい。
「ちゃお!あたしは沢木口美崎、広報班ね、よろしく!」
先輩はだれにともなくウインクする。
「さて、君があの夏目君な訳ね」
さっそく推理を開陳するのかと思えば先輩は僕に視線を向ける。
「ええ、夏目ですけど……以前お会いしましたか?」
「ちっちっちー。夏目君。今の日本はどんどん情報化してるんだよ?会って無くても知られることもあるのよ!」
なにそれ怖い。ひょっとして僕はインターネットかなにかに晒されているのだろうか。悪趣味な人もいるもんだ。
「そんな顔しなくても、単に平塚から聞いただけだって!」
それなら今の脅しは必要だったんでしょうか。僕、気になります!
「それで、平塚先輩はなんて?特に問題になることはないと思いますけど」
「ふっふっふ。とぼけても無駄だよ。平塚は研究会の可愛い後輩だって言ってたけどあたしは知ってるんだよ、君たちがあつあつのカップルだって事を!」
「は?」
「は?」
「へ?」
「え?」
「ええ!?」
僕たちは間抜けな声を出す。唯一千反田さんだけが驚きを示した。
「そうだったんですか夏目さん!それなのに私なんのお祝いも出来ずに……式は?式はいつなんですか!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてよちーちゃん」
隣をみると里志が必死に笑いをこらえている。なんて奴だ。ホータロー君はというと、呆れた笑みで千反田さんの言葉を聞いている。
「ゴホン。沢木口先輩、それってどこ情報ですか?」
「ん?えーと、たしかうちのクラスの子がファミレスでデートしてるのを見たって言ってた」
あの時のラーメンカップルか。どうやら仲直りできたようだけど、代わりにとんでもない地雷を置いて行ってくれたもんだね。
「えっと、あれはデートではなく、テスト勉強に行っただけであって僕と平塚先輩は付き合ってはいないんですが……」
「えー!うっそー!?なんだそうなんだー」
里志以上のオーバーリアクションだね全く。だが、先輩は意外とあっさり信じてくれたようだった。
「そっかー。じゃあ羽場にもまだ可能性あるわけだ」
ああ、羽場先輩のあの敵意はそういうことだったのか。伊原さんの方に目を向けると里志同様笑いをこらえていた。羽場先輩にたいして少し思うところがあったのだろうか。
「ま、それはそれとして。推理のほういっちゃいますか!」
自分から始めた話題を軽々と放り投げ、先輩は本題へと移った。
「その前に何か質問がれあれば聞くわよ。といっても広報班としての情報くらいしかないけどね」
「それじゃあ、質問します」
口を開いたのは千反田さんだった。沢木口先輩は「どうぞ」と元気よく答える。
「どうして映画を撮ることになったんですか?」
「それは、多数決で」
「ミステリーになったのは?」
「それも多数決」
「本郷さんが脚本を書くことになったのは?」
「それは他薦だね」
つまりはほとんどまともな議論は行われず、本郷先輩も自らの意志では無く「できるから」という理由で脚本を書くことになったわけだ。なんというか、ずさんだ。
「気になるなら議事録あるよ。ほら」
そういって沢木口先輩は鞄からノートを取り出し千反田さんにわたす。なんだか千反田さんの表情に違和感を感じた。千反田さん、そして里志を介して僕のもとに回ってきた議事録には意外にも多くの事が書かれていた。
「
○月×日
議題 クラス展示について
・なにをするか
演劇 5
お化け屋敷 8
ビデオ映画 12○
・内容
大河ドラマ 1
ラブコメ 9
ミステリー 11○
ギャグ 3
白票 1
・凶器
ナイフ 12 ○
ハンマー10
ロープ 3
(本郷に一任)
死者数
1人 6
2人 7 ○
3人 2
全滅 5
百人ぐらい 4
無効票 1
(本郷に一任)
」
「それともうひとついいですか?」
「なに?」
「沢木口さんは本郷さんとは親しかったんですか?」
「うーん。普通にクラスメートって感じかな」
「そうですか……」
どこか落ち込む千反田さんをよそに沢木口先輩は話を始めた。
「まず、ミステリーって言ったら普通どんなの想像する?じゃあ、君」
指名されたのはホータロー君。
「オリエント急行とかですかね」
「マニアックねえ。普通なら13日の金曜日とかエルム街の悪夢とかでしょ?」
「いや、それじゃあホラーでしょ」
「いや、ホータロー。よく考えてみてよ。ミステリーってのは広義ならホラーやサスペンスも含まれてるって考えも十分あるって」
確かに、里志の言うことにも一理あるね。問題はそれが今回の映画にも言えるかどうかってところだけど。
「あたしの考えはこう。海藤が死んでいた部屋にはだれも入れなかった。それなら簡単よ。7人目がいたに決まってるじゃない!だって本郷はあの6人のほかにもう一人ビデオに出る人を探していたんだし!」
「それ、初耳なんですけど」
伊原さんの呟きは沢木口先輩には聞こえなかったようだ。
「みんなの疑心暗鬼が高まったところで満を持して怪人の登場!そんでカップル一組だけ残して後は全滅。最後に二人が怪人を倒して朝日にキッスで決めね!タイトルは、そうね『ブラッディビースト』とか!」
みんなは唖然としている。そりゃそうだ。例えるならババ抜きで遊んでたところに急にロイヤルストレートフラッシュで私の勝ちねと言われたようなものなのだから。
「で、でもそれなら密室は?」
我に返った伊原さんがなんとか異議を唱える。
「別にいいじゃない。密室くらい。怪人よ?。壁抜けくらいできるでしょ」
そう言って沢木口先輩はるんるんと教室を出て行ってしまった。
「違います違います!絶対に違います!沢木口さんの案は絶対に本郷さんの真意とは違います!」
千反田さんが普段とは全く違うテンションでわめきたてる。これは、本当によっぱらっているんじゃなかろうか。
「でも、否定できる?論理的に」
里志が諭すように言う。
「違うったらちがうんです!……あ」
「どうしたのちーちゃん?」
なにか思いついたのかと思ったら、千反田さんはよろけ、とろんとした目であらぬ方向を見ている。
「万華鏡のようです」
万華鏡?あ、よく見ると千反田さんの顔がいつも以上に白い。色白ってレベルでは無く白い。これは……。
「千反田さん?だいじょう……」
里志が言い終わる前に千反田さんはばたりと机に突っ伏してしまった。ほどなくして小さな寝息が聞こえてくる。
「ちーちゃん?おーい」
「これは……」
里志は半笑いだ。
「潰れたね」
「潰れたな」
さっきから酔っぱらってはいると思ったけど、ウイスキーボンボンの数個でこんなことに……と思って机の上の箱に目を向けるとウイスキーボンボンは影も形もなく、代わりに丁寧に折られた包み紙がふたの上に並んでいる。
「全部食べたんだ……」
なんというか、大人になったら酒癖が悪くなりそうだ。悪酔いする千反田さん。想像すら怖くてできない。
「まあ、寝かせといてやろう。ところで、お前たちは沢木口案をどう思う?」
ホータロー君の目線が里志と合う。里志は肩をすくめほほ笑みつつも首を横に振る。
「あの大胆な発想は気に入ったけど、実際そうだったとは考えがたいね。まあ否定する根拠なんてものもないんだけど」
「それは残念だ。俺も結構気に入ってる」
確かに、今までの問題を一網打尽にできる名案といえば名案だ。でも……。
「夏目、お前はどうだ」
「面白いのは確かだけど、ここまでミステリー、というと駄目だね、推理物らしさを醸し出しているのにいきなり怪人登場!なんて事をやるほどこの本郷先輩って人がユーモアが効くとは思えない。それに……」
「それに?ひょっとしてまた何か矛盾があるのかい?」
僕はホータロー君に視線を向ける。ホータロー君は不思議そうに僕を見たけど、特に文句も言わずに話し始めた。
「確かに、沢木口の案には矛盾がある。そもそも本郷が最初から怪人による大量虐殺を考えていたなら、それに必要な小道具の手配くらいするだろう。ところが実際、一番必要なものが手配されていないじゃないか」
「一番必要なもの?」
伊原さんが訝しげに首をかしげる。
「ほら、羽場が愚痴ってたあれだよ」
「そうか、血糊ね?」
「そう、わんさか殺人シーンを作ろうってのに血糊が少ないんじゃホラーとしては成り立たない。」
「ホラーに死者一人じゃさびしすぎるしねえ」
ホータロー君は頷く。まあ、沢木口先輩がふざけていたわけではないのだろう。でも先輩は小道具班の仕事の状況なんて気にしなかったんだろう。なにせ噂だけで確信をもって人をカップルだと言えるくらいなんだから。
しかしこれで、僕たちは全ての案を却下してしまったわけだね。
でも、この事件はまだ終わらない。
僕は、どうしたらいいんだろう。