氷菓 ~もう一人の探偵~   作:たけぽん

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20. 力と女帝

沢木口との会見終了後、江波が来るものだと思っていたが待っても彼女は来なかった。沢木口案の結果を伝えなくては先方も困るだろうに、どういうつもりだろうか。しかし、日も落ち始め、そろそろ学校も閉まってしまうので俺たちも教室を後にした。

千反田は伊原が連絡をとり、なんとか家から迎えを手配できた。伊原も心配なのでついて行くそうだ。俺は夏目と里志の二人とともに昇降口へと向かう。

 

「結局全部却下しちゃったけど、あのビデオ映画、どうなるんだろう」

 

里志は解りきった事を聞いてくる。なので俺もわかりきった答えを返す。

 

「未完成、だろうな」

「わびしいねえ。兵どもが夢のあとか」

「他人事か」

「他人事だよ。僕もこれで結構忙しいからね、これ以上はやってられないよ」

 

そういって里志は大きく伸びをする。

 

「それじゃあ、僕はこっちに用があるから」

 

そう言って昇降口をでて校門を過ぎるといつもとは違う方向へ里志は歩いて行った。

 

「……」

「夏目、お前はどう思う?」

「……」

「おい、夏目?」

「え?な、なに?」

 

いつもの夏目とはどこか違うような反応だ。いつもなら里志に便乗してよくわからない事を言ったりするはずだが。最近のこいつは何か違和感がある。

 

「だから、あのビデオ映画、どうなるかって話だ」

「さあ、どうだろうね」

「意外だな。お前なら自分一人でも答えを見つけようとするのかと思ったが」

 

現にこいつは『娯楽至上主義』なんぞを公言しているのだから。

 

「まあ、僕も読書研究会の文集とかあるし」

「……そうか」

「ねえ、ホータロー君」

「なんだ?」

「君にとって里志はなんだい」

 

なんだ、急に気持の悪いことを聞いてきたぞ。

 

「中学からの……悪友ってところか」

「それじゃあ千反田さんや伊原さん。古典部そのものはどう?」

 

なんなんだ、なぜそんなことを聞いてくるんだ。これも夏目言うところの娯楽なのか?

 

「……まあ、居心地はいいな。千反田も伊原も悪い奴ではないしな」

「そっか」

「お前、自分のことは聞かないんだな」

 

まあそもそも他人に自分のことをどう思っているかなんて事は聞かないのが普通だ。仮に俺がそんな事を聞けば里志は大爆笑するだろう。だが、なんとなく俺は、夏目がその答えを求めているように感じたのだ。

 

「俺は、正直お前のことはよくわからない。千反田たちと違ってお前は自分の事をあまり喋らないしな。わかっているのはお前が『娯楽至上主義者』で姉貴と関わりがあること。それくらいなもんだ。だが……」

 

だが、入学してから夏目と出会い、古典部に入り、愛なき愛読書や『氷菓』について謎解きをしてきた。その時間は俺にとって、悪くは無かった。だが、俺たちの関係は、俺にとって夏目龍之介とはなんなのか、その答えは掴めそうで掴めない。俺とこいつは一体なんなのだろうか。

 

「すまん。何でもない。結局お前は謎だらけだ」

 

すると夏目は薄く笑う。

 

「そっか。ごめんね、変なこと聞いて」

「まったくだ」

 

 

 

 

しばらく歩き、俺は交差点で夏目と別れ、道端の石ころを蹴りながら歩いていた。そもそも、他クラスのビデオ映画なんぞに俺たちがあれこれ悩む義務なんてないんだ。気の毒だがスタッフたちの無計画性が問題なのだ。そう思い石ころを大きく蹴ると車道へととんでしまった。ゲーム終了。そう思い視線を前にもどすと、前方に俺を待つ入須冬実の姿があった。入須は俺が自分に気付いたことを確認し俺の方へ歩み寄ってきた。

 

「少し、茶を飲むだけの時間を貰えないだろうか?」

 

不思議と、素直に首を縦に振れた。

 

 

 

 

 

***

 

入須に連れて行かれたところはあずき色の暖簾に電気仕掛けの行灯が灯る、見るからに瀟洒な佇まいでとてもじゃないが高校生が学校帰りに立ち寄るような店には見えなかった。暖簾のすみに小さく『一二三』と店名が書かれていた。中に入ると何と全席がボックス、無論畳敷き。入須は上品に正座してやってきたウエイトレスに抹茶を注文した。

 

「君はどうする」

「……えっと」

「安心したまえ、払いは持つよ」

「じゃあ、水出し玉露を」

 

これがどんなお茶かは知らないがメニューの一番上なので俺はこれを選んだ。それにしても、茶というのが本当に茶とは思わなかった。

 

「中城は駄目だったのか」

 

俺は頷く。

 

「羽場も」

「はい」

「では沢木口は」

「無理だと思います」

 

しばらくの沈黙のあと入須は息をはいた。

 

「聞かせてほしい。中城の案を否定したのは誰だった」

「俺と夏目です」

「では、他の二人も」

「はい、俺達です」

「どこが拙かった」

 

問われるままに俺は今日の一部始終を話した。その間に玉露と抹茶が到着した。入須は抹茶をすすりながら俺の話を聞いていた。

 

 

「だから、沢木口先輩の案もとれないと考えました」

 

最後にそう言って、俺はようやく茶に手をつける。入須は湯呑にふれたまま、口を開いた。

 

「君は最初、私があの事件について頼んだ時、変な期待は困ると言った。だが君たちは、いや、『君は』中城たちの案をことごとく葬った。私がそうなるのではと思った通りに」

 

思った通り?誰も正解を出せないと?

 

「彼らは結局器じゃない。どれだけ頑張ってもあの事件を解決するのに必要な技術が彼らにないのは解っていた。無論、彼らが無能だとは言わない。得難い技能を持っている。だけどそれが今回の難局に役立つわけではない。『君』がいなければ私たちは彼らの案を採用し、あとでほころびに気付き、企画は最悪の形で終わっていただろう」

「待ってください。それだとあなたは最初から」

「そう、最初から私は中城たちにも、古典部にも用は無かった。最初から折木君、君だけが目当てだった」

 

入須のその言葉は冗談には聞こえなった。かといって真実だと信じていいかといわれるとはっきりとはわからない。それに……。

 

「俺だけと言いましたが、あなたは最初、俺と『夏目』に対して話を振ったんじゃないんですか。俺たちが『氷菓』についての謎を解いたから」

「確かに夏目龍之介は優れた推理力を持っている。だが、彼には大きな弱点がある」

「弱点?」

「一つは優しすぎる点。簡単に言うとお人好し。私がビデオの解決を求めた時、彼以外の古典部員は少しためらっていた。特に君は。だが夏目君は難色を示さなかった。おそらく彼だけにオブザーバーを頼めば遠慮して中城たちの案を強く否定できなかっただろう。そしてもう一つは、メンタルの弱さ。『氷菓』事件の時、彼は一度千反田の頼みを断った。自分の主義の崩壊を恐れて」

 

なぜそれを知っているのだろうか。だが、確かに夏目は一度千反田の頼みを断ったし、間違えて訪れた読書研究会に入部したのも平塚先輩への同情が無かったとは言えない。そう言う意味では入須の言うことは間違っていないかもしれない。

 

「ですが、俺一人では『氷菓』を解決に持っていくことはできなかったのは事実です。」

「それはどうだろうか。君は一人でも遠垣内を欺いたり様々な謎を解いてきたと聞くが」

 

つまり入須は、『氷菓』事件は俺一人でも解決できたのでは、と言いたいのだろう。その言葉に俺はよくわからない苛立ちを覚えた。だがそれと同時に少し優越感も感じていた

 

「それに、夏目君と君では大きな差がある。折木君。君が今まで謎を解いてこれたのは何故だと思う?」

「それは……ただ運が良かったからですよ」

「やはりな」

 

やはり?

 

「折木君。それは違う。君が謎を解けたのは技術があったからだ。何物にも代えられない技術が」

「そんなことは……」

「だが、君はそれを自覚していない。才能ある者の無自覚は才能のないものから見ると残酷だとは思わないかい?だれでも自分を自覚するべきだ。そうでないとみている側がばかばかしい」

「それなら、夏目にも技術はあるんじゃないんですか」

 

俺はなぜこんなにも夏目を擁護するのだろうか。だが入須はそれを考える余裕すら与えてくれない。

 

 

「確かに。夏目君にも技術はある。だが、彼はそれを自覚している。自覚していて尚、彼は君と二人でないと『氷菓』事件を解決できなかった。だが君は無自覚のままで事件を解決した。つまり、君が自覚さえすれば彼以上の力がある。君は、特別よ」

 

俺が……夏目より……。

 

 

 

別に俺は夏目に対して劣等感を抱いているわけではない。だが、客観的にみるとそうは見えないのかもしれない。それに、俺に技術があると言ったのは入須だけでは無い。千反田も、里志も、伊原だってそんな事を言っていた。俺自身、中城たちに比べれば自分の方ができると思っていたんじゃないか?

 

……信じてみよう

 

その価値はあるんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

 

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