氷菓 ~もう一人の探偵~   作:たけぽん

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21. 白紙と星

ホータロー君と別れた後、僕は近所の公園のベンチに腰かけていた。それにしても今日は暑いね。もう日は落ちかけていると言うのに、流石夏だ。シャツのボタンを何個かはずし、制服の上着を脱ぐと暑さは多少誤魔化せた。

 

「どうしたらいいんだろうね。僕は」

 

物心ついたとき、僕には何もなかった。趣味も、好物も、友達も、そして家族も。そんな僕が今現在バラ色を目指す娯楽至上主義者なのは、折木供恵さんに出会ったからに他ならない。あの人が僕に世界をくれたのだ。鞄から取り出した封筒。試写会の日に届いたこの手紙にはただ一言、『Help is not needed』 と書かれている。『助けは要らない』。これが今回のあの人からの指令であり、僕はそれに従っている。あの人は変な人だけど意味のないことは言わない。あの人の言葉に従っていれば楽しいことに巡り合える。だから僕は古典部に入ってからの毎日を本当に楽しく過ごしていた。

 

でも、いま僕は何も楽しくない。こんなことは初めての事で、どうしたらいいかさっぱりわからない。

 

「はあ……」

「どうしたんだ、そんなに深いため息をついて」

 

急に聞こえた声にびっくりして手紙を落とす。拾い上げてから立ち上がり、声の方を見ると、そこには誰もいなかった。

 

「いや、いるぞ!下を見ろ下を!」

「ああ、平塚先輩でしたか」

「まったく。失礼な後輩だな」

 

そう言って頬を膨らませる様子は本当に小学生の様だ。思わず笑ってしまう。

 

「うむ。君にはやはり笑顔がにあっているよ」

「急に口説いてくるなんて、随分積極的ですね」

「なっ!何を言っているんだ君は!い、今のは別に口説いたとかそういうのでは無くてだな!」

 

はは、本当に面白い。やっぱり平塚先輩と一緒にいるのは楽しいなあ。

 

「そ、それはともかく。どうだいそこの駄菓子屋にいかないかい?」

「良いですけど、なんでまた急に?」

「私の家がやっている施設の子どもがどうしても食べたい駄菓子があるらしくてな。いろいろ回ったのだが、見つからなくてここまで来たんだ」

 

そう言えば平塚先輩の家は福祉業界では名の知れたグループで児童福祉施設に力を入れているって言ってたっけ。

 

「いいですよ。気分転換もしたかったし」

 

上着と鞄を持ち上げ、僕は了承の意を伝えた。

 

 

 

***

 

それにしても、ここ数日でこの駄菓子屋にはものすごく縁がある。入須先輩がジュースを買ってきたのも、里志とここでジュースを買ったのも、そして今日平塚先輩とここを訪れたのも。偶然なのか必然なのか。必然って考えると楽しいかもしれないけど今の僕はそんな気分にはなれなかった。

小さな暖簾をくぐり店内へと入る。こないだと同じく店主のおじさんが出迎えてくれる。

 

 

「いらっしゃい。あれ、お兄ちゃんこないだも来てたねえ。今日は友達じゃなくて彼女といっしょかい。青春だねえ」

 

確かに、男女二人で行動を共にするというのはそう見られる可能性も十分あるわけだ。あのラーメンカップルが過敏なわけではないと言うことだね。

 

「い、いえ!わ、私は彼女とかではなくて!夏目君は私の後輩であって……」

 

なにより、先輩がここまで慌てふためいて否定するのが一番誤解される理由なんだろうけど。でもなんだか、先輩のこういうところは見ていて安らぐ。供恵さんとは全く違う形だけど、先輩は僕に活力を与えてくれる。

 

「ん?お兄ちゃん夏目って言うのかい?」

 

店主のおじさんが唐突に尋ねてくる。

 

「そうですけど……どうかしましたか?」

「いや、こないだ綺麗なお姉さんが『このへんで夏目という家を知らないか』って聞いてきたんだよ。それも二人も。お兄ちゃんはモテモテなんだねえ」

 

僕の家を?いったい誰だろうか?

 

「あの、それっていつの話ですか?」

「えーと、一人は昨日でもう一人は一昨日だね」

 

昨日と一昨日?随分最近だ。

 

「その二人、どんな人でした?」

「うーんと、昨日の人はは大人っぽくて、大学生ぐらいだったかな。一昨日の方は彼女さんと同じ制服を着ていたよ」

 

 

 

昨日一昨日で僕を尋ねた二人の女性。まさか……でも、それならつじつまが合う。

 

だとしたら……

 

「夏目君」

 

意識を現実にもどすと平塚先輩が僕を呼んでいた。

 

「なんですか、先輩?」

「私たちのクラスの為、古典部のみんなの為、そして折木くんの為。そんな考えは一度捨てるべきだと私は思う。君はもっと自分の為に行動してもいいんだ。それを周りが認めなくても、私は君の考えを尊重する」

「いや、僕は別に……」

「ここ最近は入須の指導もあって改善していたが、やっぱり君は」

 

そうか。たとえ入須先輩や里志たちにはわからなくても、この人にはわかっちゃうんだな。

 

「そうですね、僕は」

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はポーカーフェイスが苦手なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

家に帰ってから、俺はベッドに倒れこんだ。ぼーっとしていると先ほどの茶屋での入須との会話が脳裏をよぎる。

 

『君は、特別よ』

 

特別。今まで自分が特別だと思ったことは無い。どこにでもいる普通の、灰色の省エネ主義者、それが俺の自己評価だった。あの里志が自分に才能がないなんて言う世の中で、俺に才能があるなんて思いもしなかった。だが、神高に入ってから、俺は入須言うところの技術で謎を解いてきた。だがそれを自覚していなかった。

だが、それよりも俺が何度も脳内で反復するのは入須のこの言葉だった。

 

『君が自覚さえすれば彼以上の力がある』

 

なぜその言葉がこんなにも引っかかっているのだろうか。もしかしたら俺は無意識のうちに自分と夏目を比較していたのだろうか。夏目に勝ちたかったのだろうか。夏目には今回の件を解決できないと言われた時俺の中に生まれたふたつの気持ち。苛立ちと優越感。とても同時に湧いてくる感情だとは思えない。だが、確かにその二つは俺の中にあった。

 

「ああーくそ!」

 

考えていても何も浮かばない。俺はベッドから起き上がり本棚の前にかがむ。この部屋には以前使っていた姉貴の私物がいくつかあり、この本棚にもおかしな本が並んでいる。その中から手に取ったのは『神秘のタロット』。そう言えばこないだ里志たちが自分たちをタロットに例えていたっけか。たしか入須が『女帝』、伊原が『正義』、千反田が『愚者』で里志が『魔術師』、俺は……『力』だったか。目次から『力』のページを探し開く。

 

Xi .力

 

内面の強さ、闘志、絆を表す。

 

なんだこれは。ぜんぜん俺とちがうじゃないか。なぜ里志はこれを俺だと言ったんだ。そういえばあの時、あいつは冗談を言っているようだった。里志の冗談ならなにか筋が通っているはずだ。

 

しばらくして、唐突に俺は里志のジョークを理解した。説明文の一節にこうあるのを見つけたからだ。

 

『力は獰猛なライオンが優しい女性にコントロールされている絵に象徴されます』

 

おのれ、里志の奴。俺は別に入須や千反田にコントロールされている訳じゃない。何しろ俺はだな……。

いや、『力』かもしれない。なるほど、里志らしい。タロットの意味では無く絵から俺をイメージするとは。見方を変えたってことか。

……見方を変える?そう言えば千反田と里志は、夏目の事を白紙だと言っていた。俺にはその意味がいまいちピンとこなかった。この本を見ても、『戦車』なんかは夏目に該当すると思っていた。だが、白紙というのは見方を変えれば最初から白一色で塗られているということだ。あいつらがそういう意図で言ったのかは分からないが、そう考えると白一色の夏目に何か別の色を与えれば何かが変わるのかもしれない。

それと同じく、今回の事件も何か別の要素を加えれば……。

 

「だめだ、わからん」

 

こういう時、夏目ならどうするだろうか。入須に頼んで何度もビデオを吟味するのだろうか。それとも……。って、そんなことを考えてどうする。俺と夏目は違う人間だ。あいつがやることを俺がやっても何の意味もない。そもそも今回の夏目はいやに非協力的だ。千反田たちへ説明する時も俺を介してという形だった。

もしかして……。

さまざまな思考をいったん打ち切って俺は茶の間に足を運び電話を手にとる。

 

 

 

「もしもし、俺だ。少し話がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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