24. Whose?
夏休みも終わり、文化祭に向けての準備で神高の校内は随分とあわただしくなってはいるけれど、それでも学生の本分は勉強というのが一般の考え方な訳でいつも通り授業は行われているし、当番や委員会も普通に回ってくるわけで、今日の僕は掃除当番だった。流石の娯楽至上主義者の僕でも掃除という行為は娯楽とは正反対に位置しているため、真面目にやらざるを得ない。まったく、つまらないことこの上ないね。つまらないけど当番表には今日の掃除当番の欄に僕の名前が書いてあるから仕方ない。さっさと終わらせて部室で里志や千反田さんの面白い話を聞きたいところだよ。
「夏目~ゴミ出し行ってくれよ」
そう言って僕に掃除当番で一番面倒な役割を押し付けてくるのはクラスメイトの……山くん?じゃなくて峰くんだったか。よく覚えていない。仕方ない、名前を思い出せないお詫びにゴミ出しに行ってあげようか。
ゴミ箱を受け取り、教室を出る。神高では教室で出たゴミを下駄箱の近くの大きなゴミ箱にまとめることになっている。僕の所属する1年D組は1年生の教室のなかでも一番下駄箱に遠いわけでなおさらゴミ出しの役は人気がない。そもそも掃除当番で人気の役職なんて知らないけどね。歩きながら何か暇つぶしになる娯楽は無いかと辺りを見ていると、ちょうどA組の教室から千反田さんがゴミ箱を持って出てくるのを見つけた。
「やあ、千反田さん」
「あ、夏目さん。今日は始めましてですね。こんにちは」
「奇遇だね。千反田さんもゴミ出し係かい?」
「じゃんけんに負けてしまいまして」
「千反田さんでも運が悪いことがあるんだね」
「そうなんですよ!私今日までじゃんけんで負けたことないのにどうしてでしょう?私、気になります!」
それは多分、誰かがずるしたんじゃないかな……というかじゃんけんで負けたことのない人って本当にいるんだ。そっちのギミックの方が気になるんだけど。
「そういえば、入須さんが映画の完成の打ち上げ会に夏目さんと折木さんを誘ってほしいと言っていましたよ?確か今週末に」
「へえ、いいね打ち上げ。僕も行こうかな……あ」
「どうかしましたか?」
「いや、その日は平塚先輩に実家の児童養護施設に来てほしいって言われててさ」
「そうですか。では入須さんに伝えておきます」
「うん。悪いね」
多分ホータローも打ち上げには行かないだろうし、ちょっと申し訳ないな。今度謝っておかないと。
そんな話をしているうちに僕たちは下駄箱までやってきた。一端ゴミ箱を地面に置き、大きなゴミ箱のふたを開ける。
「千反田さん。お先にどうぞ」
「ありがとうございます。では、失礼して……ん?」
ゴミを入れようとした千反田さんの手が止まる。
「どうしたの?」
そう尋ねた矢先、千反田さんは何を血迷ったかゴミ箱に手を突っ込んだ。
「ちょ、ちょっと千反田さん?何してんのさ!」
「夏目さん!これ見てください!」
ゴミ箱から出てきたその手には四角い物体が握られていた。じっと見てみると、それはゲーム機だった。折りたたみ式で、開くと画面と操作ボタンの二面に分かれるタイプの結構新しいタイプのやつだ。
「これ、見るからに新品だね」
「私はよくわからないのですがこういうゲーム機って結構高価なものなんですよね?」
「そうだね。一万円くらいするんじゃないかな」
まったく。こんな高いものを捨てるくらいなら僕にくれればいいのに。どこの誰だか知らないけど罰あたりな事するね。
「夏目さん!」
千反田さんがぐいぐいと近づいてくる。これは、いつものあれだね。まあ、僕も少し、いやかなり……。
「私、気になります!」
「うん。これは楽しそうだね!」
僕たちは取りあえずゴミを捨て、急いで教室に戻り掃除当番を終え、古典部の部室に急ぐ。
多分里志とホータロー辺りは部室にいるはず。出来れば伊原さんもいると助かるんだけど。
地学講義室の扉に手をかけ、勢いよく開く。
「あれ?」
「だれもいませんね」
古典部の部室には誰もいなかった。鍵が空いてたから誰かいたのは確実なんだけど……。そう思っていると、机の上に一枚のメモと鍵が置いてあった。それは里志の字だった。
『委員会総会の緊急招集があったので一端失礼します。机の上のお菓子はお詫びなんで適当につまんどいてください』
委員会総会とは生徒会を中心に神高の全委員会が大会議室に集まってする会議のことで、当然里志の所属する総務委員会も参加する。となると伊原さんも不在か。後はホータローだけどこの時間にいないのを見るにさっさと帰ってしまったようだ。
「仕方ない。僕らだけで何とかしようよ」
「そうですね。折木さんがいないのは残念ですが、夏目さんがいるし問題ないですね!」
「それじゃあ、考えてみようか」
放課後、下駄箱近くのゴミ箱に捨ててあった最新ゲーム機。普通に考えて、そんな高価なものを学校のゴミ箱に捨てるなんておかしい。そもそも神高はゲーム機の持ち込みは禁止されている。違反のものを隠し持ってくるなら分かるけど、ゴミ箱なんかに捨てて、もし教師に見つかったら問題になるだろうしね。
「つまりは学校で捨てることに意味があったってことかな?」
「じゃあもしかして、家でゲームが禁止されていて、それが親御さんにばれそうになったから捨てた、とかでしょうか?」
「いや、それなら家以外のゴミ箱ならどこでもいいことになっちゃうよ」
「たしかにそうですね……」
「そもそもこれ、誰のゲーム機なんだろう?」
ゲーム機をいろいろな角度から見ても名前すら書いていない。ささっているソフトを起動してみたけど、中身を見ても有益な情報は一つも無かった。
「千反田さん。今日学校内でなにか変わったことってあったかな?」
「そうですね……あ!」
「なに?」
「私のクラスに山口さんという方がいるんですが……」
「うんうん」
「いままで一度も休んだことのない山口さんが学校を休んだんです!」
ズコー。
「い、いや、そういうことじゃなくて……」
「でも、ゲーム機をすてた山口さんが自責の念で休んだという事は……」
「ううん。神高のゴミ箱は毎日当番がゴミを出すし、下駄箱のゴミ箱だって毎週水曜、つまり昨日業者が回収していったばかりなんだ」
「なるほど……それじゃあゲーム機が捨てられていたのは今日、と言うことですね」
「そうなるね」
「あ、そう言えばもう一つ」
「うん?」
「今朝、持ち物検査がありました!」
「そうなの?D組は無かったけど……」
「今日は全学年A組だけだったみたいです」
「へえ。それじゃあ明日はB組かな?」
「それは分からないです。抜き打ちらしいので」
「ふーん。じゃあ里志に忠告しておかないとだね」
里志はいろいろ変なものをもってくるからなあ。急に持ち物検査なんてきたら大変だ。
……ん?待てよ?
「夏目さん?」
「千反田さんのクラスの今日の掃除当番で掃除にいなかった人はいた?」
「?いえ、みなさんいらっしゃいましたけど」
「なるほど……。千反田さん。ちょっと運動しない?」
「運動、ですか?」
「うん。確かめたいことがあるんだ」
千反田さんの了承もえられたことで、僕たちは手分けして2年A組と3年A組の教室へ向かってあるものを確認した。
「どうだった?」
「ええ、該当しました!」
「そっか。それじゃあ僕はゲーム機を返してくるよ」
「はい!それじゃあ私は部室で待ってます!」
部室棟へ向かっていく千反田さんんを見送り、僕は大会議室へと向かった。
***
まつこと30分。どうやら委員会総会は終わったらしく、委員会の生徒たちが会議室から出てくる。その中には里志や伊原さんの姿もあったけど、今はそれより重要な人物がいる。
「はあーつかれた」
その人物は一番最後に出てきた……というか一番最後にでざるを得ない人物だった。
「生徒会長がそんな事言ってていいのか?」
「へーい。流石総務委員会委員長様は立派だよな~」
出てきたのはふたりのイケメン。片方はメガネをかけた真面目そうな人物。もうひとりは少しパーマらしきものがかかっている結構フランクそうな人物。前者は総務委員会委員長の田名辺治朗先輩。そしてもう一人は生徒会長の陸山宗芳先輩だ。二人とも朝礼や全校集会で良く前に立つので神高の生徒で知らない人はいないだろう。……多分。
「あの、すみません」
僕はその二人に声をかける。
「ん?君は……」
「こんにちは田名辺先輩、陸山先輩。僕は1年D組の夏目龍之介と言います」
「はあ……ムネ。知り合いかい?」
「いんや、知らん。治朗の知り合いじゃないの?」
「えーっと、どっちの知り合いでもないです」
「じゃあなにかな?さっきの総会でなにか意見があったかい?」
田名辺先輩がやさしい口調で尋ねてくる。
「実は、これを会長に返そうと思って」
そう言って僕はゲーム機を陸山会長に渡す。
「え!これ!え?なんで君が持ってんの?」
会長は心の底から驚いているようだった。
「おい、ムネ。生徒会長がこんなもの持ち込んでいいのか?」
「い、いやあこれはなんというか……あ、君夏目君だっけ?なんでこれが俺のだって分かったのかな?」
露骨に話をそらそうとする会長の為に、僕は事のいきさつを話した。
「これ、下駄箱のところのゴミ箱に入ってたんですよ。でもこのゲーム機は最新型。簡単に捨てるなんておかしいですよね?そして仮に捨てたいんだとしてもゴミ箱なんていくらでもあります。学校のゴミ箱に捨てたことがばれればそれだけで問題になります。つまり、このゲーム機の持ち主は学校でこのゲーム機を捨てなければいけない理由があった」
そこまで言うと、田名辺先輩は感心したように頷く。これだけで僕の言いたいことの大半を理解したって顔だ。このひと、やっぱり頭いいんだなあ。
「そして、今日、全学年のA組で持ち物検査があった。しかも抜き打ち。違反のものを持っていれば当然没収されます。このゲーム機も違反品の一つです。そこで持ち主は考えた。一端これを隠そうと。でも鞄や制服はチェックの対象。教室内で隠せる場所は限られている。そこでたどりついたのがゴミ箱だった。神高では下駄箱のゴミ箱に全てのゴミが集まるし、回収は来週の水曜日まで無い。つまり、最終的に下駄箱に行けばゲームは回収できる」
「ちょっと待ってもらえるかな。その理屈だと持ち主が発見する前に君の様に見つけてしまう生徒がいる可能性がある。そこはどう説明するんだい?」
田名辺先輩はとても楽しそうに質問してくる。試されている、と言うことだろうか。
ならば乗ってやろうじゃないか。
「はい。その通りです。だから持ち主も下駄箱は最終手段だった。もっと確実にゲームを回収する手段があったからです」
「それは?」
「それは、自分でごみ出し係をやることです。持ち主は掃除当番だった、だからゴミ出しに乗じてゲームを回収すればよかった。幸いゴミ出し係は一番人気の無い役職ですし。なら、何故ゲームは回収されなかったのか。それは、掃除当番より優先の事態が起きたから。それがこの委員会総会です。つまり持ち主は持ち物検査が行われたA組で何らかの委員会に所属しており、今日掃除当番の人物。それでさっき、各学年のA組の掃除当番表を確認したんですが、該当するのは2年A組で生徒会所属の陸山先輩だけだったというわけです」
そこまで言い切って二人の様子を伺うと。二人は拍手をした。
「いやあ、お見事!そして俺のゲームを拾ってくれてありがとう!」
「ムネの言うとおり。見事だったよ夏目君。まるで推理小説の中に入ったような気分だった」
「ありがとうございます。僕も放課後を有意義に使えてとても楽しかったです。それじゃあ、人を待たせているのでこれで失礼します」
「おーう。今度一緒にゲームしようなー」
「まったく、少しは反省しろよな?」
―――立ち去って行く夏目龍之介を見送る田名辺治朗は誰にも気付かれないように不敵に笑うのだった―――