図書室に入ってきたのは我らが古典部部長千反田えるさんとそれに連れられてきたホータロー君だ。ずいぶん面白いタイミングで入ってきたなあ。しかもこれで古典部員はフルコンプリートだ。偶然ってのもすごいもんだ。
「あれ、折木じゃない。久しぶりね、会いたく無かったわ」
唐突に伊原さんがさっきまでとは打って変わってテンションの低い表情と声でホータロー君に挨拶した。いや、これははたして挨拶なんだろうか。
「よお。会いに来てやったぜ」
確か二人と里志は同じ中学だったんだっけ。伊原さんのこの態度は中学の時に何かあったからなのだろうか。まあ、あんまりおもしろくなさそうだからいいや。
その後も二人は一言二言交わし、黙り込んでしまった。
「相変わらず仲がいいじゃないか。さすがは鏑矢中ベストカップル」
見かねた里志がフォローを入れるのかと思ったら、なにをいってるんだこいつは。火に油を注ぐとはまさにこのことだ。まあ、いつもの里志ジョークだろうけどさあ。
「ふざけるな」
「こんな陰気な男、なめくじの方がまだましよ」
ほらね。もうやめようよ。伊原さん怖いよ。
「大体ふくちゃん、私の気持ち知っててよくもそんなことが言えるわね」
あらまびっくり。どうやら伊原さんは里志に惚れているらしい。この感じだと中学の時からみたいだね。里志ははぐらかしてるみたいだけど。
「そういえば、夏目さんはどうしてここに?今日は読書研究会の方へいくと伺ってましたが……」
おっと。そういえばいたね、千反田さん。
「いや、平塚先輩に頼まれて本を返却しにきたんだよ。千反田さんたちは?」
「文化祭で文集を作ることにしたので、バックナンバーがないかと思いまして」
「へえ、カンヤ祭に出品するんだ。よくホータローが承諾したね」
確かに。まあホータロー君は押しに弱そうだし、僕だって千反田さんにどうしてもと頼まれたら思わず承諾してしまいそうだ。
「里志、カンヤ祭って言ったか?」
「知らないのかいホータロー。カンヤ祭。神高文化祭の俗称だよ」
「またお前の付けた俗称じゃないだろうな」
確かに、そう思うのも仕方ない。だって里志だし。
「いや、ホータロー君。平塚先輩もカンヤ祭って言ってたよ。結構メジャーな俗称なんじゃないかな」
一応助け船を出しておく。まあ、里志とちがってジョークでも何でもなく、単なる事実だ。
「夏目が言うなら本当のようだな」
「それで、図書委員さん。古典部の文集のバックナンバーはありますか?」
「えっと……見たこと無いかな。書庫にはあるかもしれないけど今、司書の先生が会議でまだ来てないの。後30分くらいで来ると思うけど、待つ?」
千反田さんはホータロー君に確認をとり、ホータロー君は窓の外を見てから待つことを承諾した。外の雨が強くなってきてるから、雨宿りも兼ねているのだろう。
「そうだ、龍之介。さっきの話の続きをしようか」
「どういうお話ですか?」
千反田さんは興味深しんのようだ。まあ、僕も話の続きには大いに興味がある。
「この図書室で奇妙なことが二つあってね。ひとつはさっき、龍之介が解決したんだけどね」
「本当ですか夏目さん!どんな話ですかっ!」
千反田さんは僕に詰め寄ってくる。相変わらずパーソナルスペース狭いなあ。
「ま、まあ、それは今度話すよ。それより僕としては二つ目を聞きたいんだけど」
「そうですか……。分かりました。でも、絶対今度教えてくださいね!」
千反田さんは引きさがってくれた。さて、二つ目の謎はなんだろうか。一つ目が時空をこえた落し物なんだからきっとそれを超えるものすごいものなんだろう。期待に心が躍るとは今の状況を言うのだろう。
「愛なき愛読書さ」
へ?なに?愛なき愛読書?それはスケール的に一つ目よりちぢんでないか?里志。出す順番が逆でしょうよ。
「そんなにがっかりしないでよ龍之介。これも結構な謎だからさ」
そ、そうなのか。ここは里志の言葉を信じよう。どうか里志ジョークじゃありませんように……。
「私が当番で金曜の放課後にここに来ると、、毎週この本が返却されてるの。しかも5週連続。これだけでもかなりおかしいでしょ?」
伊原さんはそう言ってカウンターの端から大きな本を取り出した。
「人気のある本なんですか?」
いや、それは無いでしょ。確かに見事な装丁だけどタイトルは『神山高校五十年の歩み』所謂学校誌だ。価値的には朝礼の校長先生のお話くらいなもんだ。つまり、高校生にとっては全くの無価値。
「ちょっと見てもいいですか」
千反田さんはそれを開き近くの席に座っていたホータロー君の本の上にかぶせた。ホータロー君はげんなりしつつも本に目を通す。
「別にこれを毎週借りる奴がいても不思議じゃないな」
まあ、確かに。変わった人なんてたくさんいるからねえ。里志や千反田さん。それに僕みたいに。
「あんたここで本借りたこと無いでしょ。ここの貸し出し期限は2週間もあるのよ?毎週借りる必要性が無いじゃない」
なるほど。そういえばそうだ。ということはこれはおかしな状況だ。
「伊原さん。誰が借りたかって確か貸し出しリストに書いてあったよね?」
「うん。裏表紙にリストがついてるわ」
千反田さんがリストを取り出し、
「あら?」
声を漏らす。
「どうしたんだい?」
リストを見ると、確かに奇妙なことが書かれていた。
今週の借主は、2年D組、町田京子。
先週は、2年F組、沢木口美崎。
先々週は、2年E組、山口亮子。
先々々週は2年C組、嶋さおり。
その前の週は2年F組、平塚愛梨。
「ようするに、毎週違う人間が借りているってことか」
しかもその中には平塚先輩の名前もあった。もう帰っちゃったし、そもそも答え聞いちゃったら面白くもないけどね。
「それに、毎週金曜日に貸し出されています」
「そうなの。全員その日の昼休みに借りて放課後に返すの。そんなんじゃ読む時間も無いじゃない?」
「どうだい、千反田さん、龍之介」
ここで僕と千反田さんに聞いたのはつまり、あの言葉を待っているのだろう。まあ実際これは……。
「ええ、私、気になります!」
「そうだね、これは楽しそうだ!」
里志はまた指をパチンと鳴らす。
「どうしてでしょう、折木さん」
「お、俺?」
ホータロー君は突然の指名に面喰っている。里志の方を見ると。からかうような笑みをホータロー君に向けている。なるほど、そういう狙いもあったわけだ。
「さあ、考えてみましょう!折木さん、夏目さん!」
ホータロー君は少し悩んだ後、承諾した。まあ、ここで言い逃れたほうが後あと『省エネ』を脅かしかねないだろうし、妥当な判断だ。
「ふくちゃん、夏目君はともかく折木って頭良かったっけ?」
「あんまり。でもこういう役に立たないときはたまに役に立つんだ。なにせ古典部の誇る名探偵のもう一人はホータローだからね!」
「勝手に探偵にするな」
まあそういうわけで僕とホータロー君の共同捜査が始まった。