毎週別の人間が同じ本を借りてその日の内に返す行為が5連続でおきても、それ自体はあり得ないことでも無い。でも、流石に出来すぎだよね。それに、それじゃあ千反田さんは納得しないだろうし、僕としてもそんな結論は楽しくもなんともない。
話を戻すと、これは偶然では無く何か意味があっての事だと考えるべきだろう。
「夏目、この本が読まれるために借りられたと思うか?」
「それはないね。昼休みに借りて放課後に返すんじゃとても読む暇なんてあったもんじゃない。授業中に隠れて読もうにもこの本はでかすぎる」
「とすればこの本は図書の本分を果たすためではなく、別の意味を持って貸し出されているということになるな」
ホータロー君の推理を目の前で見るのはこれが初めてだけど、彼の推理の仕方は僕と良く似ている気がする。まあ、理由は分かりきっているけどね。
「本を、読む以外に使うとしたらどう使う?」
ホータロー君にしては珍しく真剣に聞いたんだろうけど、返ってきた答えは浅漬けがつかるとか盾になるとか枕にいいとか、実用性の無いアイデアばかりだった。あ、でも漬物石はいいかもね。今度やってみようかな。
「もういい。視点を変えよう。なぜ毎週別の人間が借りるのか」
「偶然じゃないなら彼女らに共通点は無いけど、この本を金曜日に使うことが流行っている場合。まあ女子だし占いとかかな。でもそんなピンポイントな占いなんてあるの?」
そういって女性陣をみるが首を横に振る。里志もそんなのあるわけ無いだろといった表情だ。
「なら、彼女らが結託してこの本を使用し、当番制で返しているって可能性が濃厚だな」
ホータロー君はそう言って貸し出しリストをみる。
「おい、夏目。良く考えたら平塚先輩に聞けば一発じゃないか。携帯番号、知らないのか?」
そこに気付くとは、流石『省エネ』折木ホータローだ。実際先輩の電話番号は知っているけど、そんな簡単に回答にたどり着いてしまっては楽しくない。
「先輩は今日家の用事があるって言ってたし、迷惑じゃないかな」
よし、嘘は言って無いから、表情にも出てないはず。里志の方をみると『ナイス!』と言わんばかりに目配せしてきた。
「仕方ない。なら何かの合図とかはどうだ?本が表なら可、裏なら不可。とか」
「そんなわけ無いじゃない。ほら」
伊原さんは本の返却箱を指さす。なるほど、そこには本が乱雑に積み重なっている。これじゃあ裏も表も分かりはしない。
ううむ。僕もホータロー君もキーは揃えたが、あと一歩が足りない。なにかもう一つ、ヒントは無いだろうか。
そう思っていると急に千反田さんが本の表紙に顔を近づけた。
「な、なに、どうかしたの?」
「何か匂いがします」
伊原さんの問いに千反田さんはそう答える。
「そう?……何も匂わないけど」
「なにかの刺激臭です。シンナーのような」
千反田さんの言葉には驚いたが、彼女が嘘を言うような人じゃないのも分かっている。ということは本当にシンナーのような匂いが本からするのだ。
ん?待てよ……?
「ホータロー、龍之介、何かわかったね?」
「そうだね、多分分かった」
「だな、確定はできんが。千反田、少し運動する気はないか、行ってほしいところがあるんだ」
「え?あ、はい。どこでしょうか?」
「騙されちゃだめだよ千反田さん。ホータローに使われるなんてあっちゃいけない。ホータローは使ってこそなんだから。どこなんだい、ホータロー」
随分な言い方だが、ホータロー君は自分も行くことに決めたようだ、まあ、今日は雨で体育無かったしね。可処分エネルギーがあるんだろう。そして、伊原さん、千反田さん、そしてホータロー君は図書室を出た。僕と里志は留守番だ。
「それで、彼らはどこへ向かったんだい?」
留守番を任された、というか押し付けられた里志は少々不機嫌なようだ。仕方ないので僕はそれに答える。
「美術準備室だよ」
「へ?校舎の反対側じゃないか。ははん。それでホータローは渋った訳か。で、そこになにが?」
「あの本を使うとすれば、やっぱり五時間目か六時間目の授業中しかない。もしくはその両方だね。そして平塚先輩を含め本を借りたのは2年生。学年が同じでクラスが違う彼女らが関係する授業と言えば?」
「なるほど、選択科目、それも芸術科目だね!なるほど確かにあれなら絵のモチーフには申し分ない」
「そう、そしてあのでかい本の一番楽な管理法が毎週図書室に返すことだったんだ」
おそらくホータロー君たちは今頃2年生の書いた作品を見ているだろうね。まあ、多分肖像画かな。十中八九平塚先輩はモデルでは無いだろうけどね。そして千反田さんが嗅いだ匂いとやらは絵の具の匂いだったのだろう。まったく。凄い嗅覚だ。
しばらくして、ホータロー君御一行が戻ってきた。伊原さんはホータロー君が謎を解いたことにとても悔しそうにしていたけど、里志がなんとかするだろう。
「さて、帰るか」
「何言ってんだよホータロー。まだ文集が見つかってないじゃないか」
ホータロー君は結構抜けてるところあるからなあ。
「すみませんね伊原さん。御苦労さま。もう帰っていいわよ」
しばらくして入口から入ってきた教師が伊原さんに話しかける。どうやらこの人が司書のようだ。ネームプレートには『糸魚川養子』と書いてある。
「先生。古典部の福部里志です。僕たち、文集を作るためにバックナンバーを探しているんですけど、書庫をしらべてもいいでしょうか?」
里志が早速交渉を始める。
「古典部?文集?」
先生は少し驚いているようだ。まあ、こないだまで廃部寸前の部活だったからね。
「貴方達、古典部なの。そう……。残念だけど、文集のバックナンバーは書庫にもないわ」
ありゃりゃ残念。それにしても妙にはっきりと答えるね。まあでも無いと言っているし無いんだろう。
「……困りましたね」
「ねえ、千反田さん。古典部の部室は昔からあの地学講義室だったのかい?」
「え?」
僕の発言に、みんなが驚く。なんだい、そんなに変な事言ったかな?
「そうか!確かに、昔は違う場所にあって、そこに文集があるかも!ナイスだよ、龍之介!」
とはいっても、それがどこかは分からないんだけどね。まあ、地道に探すしかないかな。こればっかりは楽しくなくても仕方ない。ホータロー君流にいうなら『やらなければいけないこと』だ。
「あ、そうだ」
僕はポケットから、さっきのハンカチと校章を取り出す。
「糸魚川先生。これ、落し物ですよ」
「え?ああ、これ無くしたと思ってたのよ。良かった……」
どうやら大切なハンカチだったようだ。
「でもよく私のだってわかったわね」
「まあ、少し頭を働かせまして」
すると、先生は僕の方をまじまじと見つめる。なんだろう、顔に何かついてたっけ。
「あなた、名前は?」
「夏目龍之介ですけど……」
「……そう。ごめんなさい勘違いだったみたいだわ」
なにを勘違いしたんだろうか。まあいいか。
「さて、今度こそ帰るか」
「そうですね。……収穫もありましたし」
千反田さんってときどきよく分からないこと言うよね。
そう思いながら鞄をもちあげ、帰ろうとした僕の耳には、千反田さんの小さなつぶやきが聞こえたような気がした。
「お二人なら、もしかしたら……」