氷菓 ~もう一人の探偵~   作:たけぽん

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7. 始まりはどこだ

 

 僕らの通う神山高校は一応進学校を名乗っているけど、実際のところそれに値するとは到底思えない。どちらかと言うと勉学よりも部活動に重きを置いているように感じる。

 でも、高校生活と言えばバラ色と方程式が完成しているように、高校生活と言えば試験というのも式として成立している。そして現在、1学期期末試験が行われており、部活動禁止命令により古典部も読書研究会も活動を休止している。まあ、そもそもほとんど活動らしい活動をしていないのだから普段通りにしても良いように思えるけど。残念ながら鍵が貸し出されていないのだから仕方ない。

 

 

 そんな退屈な定期試験も今日で終わり。僕は最後の科目のテスト用紙を提出して、帰路についていた。試験といえば、古典部の面々の学力はなかなかに興味深い。

 まずは里志。彼はデータベースを自称しているだけあって雑学に秀でている。だから僕も最初は里志は勉強もできるタイプだと思っていた。が、その考えは中間テストで破壊された。点数は知らないけど、赤点があったということは本人から聞いた。要は里志にとって重要なのは彼が知りたい事だけなのだ。

 

そして、そんな里志を追いかけて古典部に入部した伊原摩耶花さんは、かなりの努力型と言えるだろう。伊原さんは、人の間違いに厳しいのと同時に自分の間違いにも厳しい。要はストイックといったところだろう。ただ、学業を究めるために努力するのとは少しずれている。それでもやれることはやっているので点数は高い方だ。

 

そして部長の千反田えるさんはトップクラスの成績をたたき出している。掲示によると中間は学年6位。それだけではなく千反田さんにとって高等教育というのは物足りないらしく、それが彼女の好奇心の源なのかもしれない。

 

最後に、『省エ主義者』折木ホータロー君と『娯楽至上主義者』であるこの僕、夏目龍之介は俗に言う普通だ。順位を言うと僕は350人中176位。ホータロー君もそのへんだと言っていた。ホータロー君としてはテストは手短に済ませたい『やらなくてはいけないこと』だし、僕にとっては『楽しくないこと』だ。まあ、だからといって、僕も常識が無いわけじゃない。勉強の重要性は理解はしている。ようはダブルスタンダードと言う奴だ。

そういうわけで、期末試験の結果も大体予想はつく。

 

 さて、試験も終わったわけだし、封印していたあれを見てみるか。そう思って僕が取り出したのは春に家に届いたのと同じカラーの便箋。『あの人』からの連絡は随分久しぶりだ。

中身を取り出し、内容を確認する。

……まったく。『あの人』はエスパーか何かなんだろうか。読み終えた後、僕はそれを鞄にしまう。まあ、僕が動かなくても『彼』が動くのだろうし、僕は別の方面からしらべて見ようかな。

 

 

 

 

翌日の放課後、僕は部室……ではなく図書室へ向かった。

 

「あら、あなたは……」

「1年の夏目です。こんにちは、糸魚川先生」

 

平塚先輩の借りた本を返すために、図書室には頻繁に来ている。糸魚川先生とも結構会うことがある。

 

「今日は古典部の活動はお休み?」

「いえ、後で部室に行く予定です。今日は昔の神高の写真集を見に来たんですけど」

「そう……。その本なら向こうの棚にあるわ。ゆっくり見て行きなさい」

「ありがとうございます」

 

言われた通りの本棚に向かうと、写真集はいつかの学校誌の隣にあった。結構大きいんだなあ。

本を持ち、適当な席に座りそれを広げる。今日の目的は関谷純について調べることだ。まあ、とりあえず人物像を明確にするために写真で容姿を確認しようと思ったわけだ。

33年前のページにたどり着くのは至難の道だった。なにせこの本、ページが多い。

しばらくして、関谷純の写真を見つけた。どうやら古典部で撮った写真らしい。白黒で分かりづらいが、関谷純と言う人物は普通の身長で普通の体系。そんでもって普通の顔だ。つまり、なんとも平均的な容姿ということだ。別の写真を見てみる。これは、体育祭の写真かな、どうやら関谷純はそんなに目立つ訳ではないが、探せば見つかるという感じらしい。

また、ほとんどの写真で、関谷純と一緒に写っている男子生徒がいた。名前の欄をみると、どうやら『瀬戸直行』という人物らしい。関谷純と同じクラスで、古典部の副部長だったようだ。写真を見る限り彼らは仲が良かったようだ。

 

 

 

30分くらい写真集を見た後、それを棚にもどし、部室へ向かうことにした。

と思ったら図書室のドアの付近に、千反田さんと、伊原さん。そしてホータロー君がたたずんでいた。

 

「みんな、何してんの?」

「省エネ中」

 

意味が分からない。伊原さんの方を見て説明を求める。

 

「折木のお姉さんからの手紙に、文集は生物講義室室の薬品金庫にあるって書いてて、行ってみたんだけど……」

 

伊原さんの話によると、生物講義室には壁新聞部の遠垣内先輩がいて、なかなか室内を見せてくれなかったようだ。なんとか交渉して、見つかったら持っていくという話に落ち着いたようだ。

 

「それは、十中八九文集は見つかるだろうね」

「どうしてですか!?遠垣内さんは無いと言っていましたよ!?」

「まあ、ホータロー君には分かってるみたいだけど」

 

ホータロー君は、僕を睨む。いや、ごめんね。千反田さんが口を開こうとしたとき、ホータロー君はそれをさえぎり僕に話しかけてきた。

 

「夏目、お前は何しに図書室に?」

「ああ、少し昔の写真を見にね」

 

伊原さんもいるのでこれ以上は言えない。ホータロー君も千反田さんも察してくれたようで、それ以上は何も言ってこなかった。

 

「そろそろ戻るか」

 

その言葉によって僕たちは部室へ戻った。

 

 

 

 

 

地学講義室に入ると、なんと、ではなくやはり教壇の上に薄いノート状のものがつまさっている。これが文集だろう。伊原さんと千反田さんは目を丸くしている。そりゃそうだ、僕だって『あの人』の手紙がなければ驚いていたさ。ホータロー君が「よし」とつぶやいているところからして、遠垣内何某先輩はなんらかの知恵試しによって敗れたのだろう。

 

「ちょっと折木、これ、どういうこと?」

 

伊原さんがホータロー君に詰め寄る。ホータロー君は小声で伊原さんに何かを話しだした。その間に僕は文集の方に目を向ける。結構量があるんだな。古典部の歴史を感じ……るのだろうか、よくわからないな。千反田さんがそのうちの一冊に手を伸ばし、黙々と読み始めた。その真剣な目つきは、「パイナップルサンド」での一件を彷彿とさせる。

 

「夏目さん、これ……」

 

千反田さんが、文集を僕に差し出してきた。

縦横の寸法はキャンパスノートくらいだろうか、そんなに厚くもない。仕上がりとしては結構立派なもので、表紙にはデフォルメされた犬と兎が描かれている。

たくさんの兎が輪になってその中で一匹の犬と兎が噛み合っている。なんとも不気味な感じがする。直感的に怖いとまで思った。なにが怖いって、その光景を見るまわりの兎が

妙に可愛らしいしぐさでそれを眺めているとろだ。

 絵の上には当然ながらタイトルが書かれている。「氷菓 第2号」発行は1968年。それにしても……

 

「ひょうか?」

 

文集の名前を口に出してみる。

 

「変な題名だな」

「うん。よく分からないわね」

 

いつのまにか話を終えたホータロー君と伊原さんが僕と同じ感想を口にする。

 カンヤ祭って名前もそうだけど、タイトルってのは何らかの意味を込められていてしかるべきだ。でも、「氷菓」ってタイトルにどういう意味が込められているかなんて全く分からない。アイスクリームがなんだというんだ。

 

「この表紙の絵は上手いのか?」

「上手いと思う……というか私は結構好きかな」

 

ホータロー君の疑問に伊原さんがそう答えたのは少し驚きだ。短い付き合いだけど、伊原さんが好き嫌いを率直に述べるなんて滅多になかったし。それだけ、この表紙にはインパクトがあるってことか。伊原さんはぶつぶつと考察を始めてしまい、こちらから意識を切り離してしまった。

 

「それで?これがどうかしたのかい?」

 

そう聞くと、千反田さんは僕ら二人を教室の隅へ連れていった。

 

「これです、私はこれを見つけたんです。これを伯父に聞いたんです。これは何かと」

「思い出したのか?」

 

千反田さんは僕の持つ氷菓を指差した。

 

「これには、伯父の事が載っていました。33年前、この古典部で何かがあったんです。最初のページを見てください」

 

表紙をめくると、そこには序文が載っていた。

 

   序

 

 

今年もまた文化祭がやってきた。

 

関谷先輩が去ってからもう一年になる。

この一年で、先輩は英雄から伝説になった。文化祭は今年も5日間盛大に行われる。

しかし、私は思うのだ。例えば10年後、誰があの静かな闘士、優しい英雄を覚えているのだろうと。

争いも犠牲も、先輩たちのあのほほ笑みさえも、全ては時の彼方へ流されていくのだろうか。

いや、そのほうがいい。覚えていてはならない。あれは英雄譚などではけして無かったのだから。

全ては主観性を失い、歴史的遠近法の彼方で古典になっていく。

いつの日か、私たちも、誰かの古典になっていくのだろう。

 

                         1968年 十月十三日

                                郡山 養子』

 

「これって……」

「この去年とは、33年前の事です。ならば、関谷先輩とは伯父の事でしょう。伯父にはなにかがあったんです。そして伯父の教えてくれた答えは、古典部に関することでした……」

 

僕は安堵した。つまり、これで解決だ。

 

「よかったな。これでもう大丈夫だろう」

 

そのホータロー君の言葉に対して、千反田さんは絞り出すような声で答えた。

 

「でも、もうちょっと、もうちょっと思い出せないんです!あの日、伯父は何を語ってくれたんでしょう?33年前、伯父になにがあったんでしょう?」

 

千反田さんは鼻声なのか涙声なのか判別できないような声を響かせる。

 

「調べてみたら?」

 

別に突き放した訳じゃない。これは好機なんだ。千反田さんの過去を取り戻せるなら機会はこれを措いてないはずだ。

 

「そうだな、調べてみればいいさ、33年前のことを」

「でも、憶えていてはならないって書いてあります……。調べたら不幸なことになるかもしれません。これは、忘れたほうがいい事実なのではないでしょうか……」

 

千反田さん、それは優しすぎるよ。

 

「でも、調べたいんでしょ?」

「もちろんです。でも……」

「千反田。これは33年も前のできごとだ。そこに書いてあるじゃないか。『全ては主観性を失い、歴史的遠近法の彼方で古典になっていく。』」

「……」

「時効ってことだね」

 

僕とホータロー君は笑いを作る。千反田さんもそれに頷く。

それにだ。これは第2号なのだから、関谷純に起きた事とは創刊号に書いてあるはずだ。

……と思っていたが、それは甘かった。文集の山を漁っていた伊原さんが、憤然とした声で言ったのだ。

 

「なによこれ、創刊号だけ抜けてるじゃない!」

 

ここまで来て、尚も僕らには試練が与えられるようだ。この時、僕は自分の口元が緩んでいることに気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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