氷菓 ~もう一人の探偵~   作:たけぽん

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しばらく原作通りです。オリジナル要素が少なくなってしまいますが、話の流れ上必要なのでご了承ください。


9. 栄光ある古典部の謎解き

 

 

いよいよ始まった検討会、司会は千反田さんになった。まあ、部長だし、だれも異議は無いだろう。

 

 

「今日は集まっていただきありがとうございます。今回の会議の目的は33年前、私の伯父、ひいては古典部に起きた事件はなんだったかを推定することです。なお、何らかの事実が判明したら、今年の文集の記事としても取り上げる予定です」

 

 

おお、なかなかの名司会。流石千反田家息女。

 

 

 

「手順としては、資料の配布と報告、次に要約、次に33年前と繋ぎ合わせて仮説の発表、最後に仮説の検討。という流れで行きたいと思います。では、私から時計回りで行きたいと思います」

 

そういって千反田さんは印刷された資料を配り始める。

これは、事の発端、『氷菓』の序文か。原点から攻めていくってことだね。一度見た文章だけど、一応、僕は内容に目を通す。

 

 

   序

 

 

今年もまた文化祭がやってきた。

 

関谷先輩が去ってからもう一年になる。

この一年で、先輩は英雄から伝説になった。文化祭は今年も5日間盛大に行われる。

しかし、私は思うのだ。例えば10年後、誰があの静かな闘士、優しい英雄を覚えているのだろうと。

 

争いも犠牲も、先輩たちのあのほほ笑みさえも、全ては時の彼方へ流されていくのだろうか。

いや、そのほうがいい。覚えていてはならない。あれは英雄譚などではけして無かったのだから。

全ては主観性を失い、歴史的遠近法の彼方で古典になっていく。

いつの日か、私たちも、誰かの古典になっていくのだろう。

 

                         一九六八年 十月十三日

                                郡山 養子』

 

 

咳払いをして、千反田さんが話し始める。

 

「私の調べた資料は『氷菓』そのものです。毎年の文集の傾向を把握する必要もありましたし、序文以外でも33年前のことについて言及しているかもしれないと思ったからです。でも、やっぱり33年前の事について触れていたのはこの序文だけでした。創刊号があればよかったんですが……。とにかく、これから読みとれることをまとめたのが、こちらのプリントです」

 

二枚目のプリントが配られる。

 

1、 先輩は去った

2、 先輩は33年前の時点で英雄であり、翌年には伝説だった

3、 先輩は静かな闘士で優しい英雄だった

4、 先輩は『氷菓』を命名した

5、 争いと犠牲があった

6、 先輩には協力者がいた?

 

流石に成績上位者、要点をしっかり把握した完成度の高いプリントだ。これはみんなのハードルが上がっちゃったね。

 

全員がプリントを一読したのをみて、説明が再開された。

 

「まず1ですが、先輩、つまり伯父は神高を中退していて、最終学歴は中卒でした。つまり、去ったということでしょう」

 

まあ、「関谷先輩が去ってから」と序文に書かれているし、神高中退ってのは予想の範疇だよね。

「次に2ですが、これは時間の経過とともに誇張されていっただけだと思います。3は面白いですよね、先輩が優しかったりするのはともかくとして『闘士』で『英雄』だったことがわかります。これは5ともつながっていますね。争いによって先輩は闘志になって英雄になって犠牲になったんです。4と6は気になりますが、今回の件とはあまりつながりが無さそうなので飛ばします。以上が報告になります。質問はありますか?」

 

僕からは特にないかな。おかしいところは無かったし。

すると伊原さんが発言した。

 

「あのさ、『あれは英雄譚などではけしてなかった』ってとこをすっぱり無視したのと、それと、つながりはないって言ってたけど6はどこから読みとったの?それに結講重要だと思うんだけど」

 

里志が、それはわかると言いたげにしているが、妙なところで律義な里志は千反田さんのターンに割って入ったりはしない。

千反田さんは即答する。

 

「まず、英雄譚のくだりは書き手の心象ですから。見る人によって違います。6の協力者というのは『先輩たちのあのほほ笑みさえも』というくだりだけ、先輩たち、と複数になっているからです。ですが、単純に神高生全員を差すかもしれませんし、不確定なので今回は飛ばそうかと」

 

まあ、確かにそうだよね。単純にそこだけ誤植だったかもしれないし。

 

「私の仮説はこうです。伯父は何かと争って、その結果学校から去った。その原因ですが、先ほどの序文に『もう一年になる』とあるところから伯父が退学したのはカンヤ祭の一年前、やっぱりカンヤ祭の時期です。つまり、カンヤ祭で何かがあった。ところで、これは友人から聞いた話なのですが、皆さんは『文化祭荒らし』をご存知ですか?」

 

里志が待ってましたと言わんばかりに答える。

 

「知ってるよ。売り子を恐喝して、売り上げを強奪していくってやつだね。去年神山市の高校が何件か被害にあってるんだ。」

 

千反田さんは頷く。

 

「そこから考えられるのが、その年のカンヤ祭は文化祭荒らしの標的になり、伯父はそれに暴力で対抗した。その結果伯父は英雄になりましたが、暴力を振るったことで責任をとって学校を追われたんです。それを惜しんだ後輩がこの文を残した。と考えられないでしょうか」

 

ふうん。確かに矛盾はないかな。

僕はそう思ったが、ホータロー君と里志はそれにたいして同時に口を開いた。

 

「却下だ」

「却下だね」

 

却下とは、そんなにおかしいところがあったかな?

 

「駄目ですか。どうしてですか?」

「千反田。お前は文集を作ろうって話の時言ったじゃないか。神高文化祭は模擬店禁止なんだろ?金がないんじゃ文化祭荒らしは寄ってこないだろ」

 

へえ、模擬店駄目なんだ。知らなかった。

でも、その意見には納得できない。

 

「でもさ、ホータロー君。それは可能性の問題であって、お金関係なしに動く人もそこそこいたんじゃないかな」

「うっ」

 

ホータロー君は言葉に詰まる。

 

「情けないなあホータロー」

 

里志が笑った。

 

「ほう。じゃあお前の説を聞かせてもらおうじゃないか」

 

その問いに対し、里志はわざとらしく咳払いをした。

 

「そもそも、千反田さんのあげた文化祭荒らしってのは33年前だと不思議も不思議、ほとんどあり得ないんだ」

「なんで?」

 

勿体ぶる里志を伊原さんが促した。

 

「33年前って言うより、1960年代って言った方が分かりやすいかな。ほら、考えてみてよ。国会議事堂、プラカード、デモ……」

「里志、何の話をしているんだ」

 

みんなは全く分からないようだ。でも、ここまでヒントが出れば分かる人には分かる。

 

「学生運動だね」

「その通り、なかなか勉強してるね、龍之介」

 

里志にそんな事を言われるとは。もはやジョークの域だ。

そんなことにはお構いなしに里志はことばを続ける。

 

「文化祭荒らしみたいな暴力行為は1960年代だとほとんど見られないんだ。なにせ喧嘩の相手が国家とかだったんだから。つまり、ブームじゃないのさ」

 

見てきたような事を言うね、まったく。

 

「なるほど。時代性と言うのは盲点でした」

 

これだと千反田説は風前の灯、というかもう消えてるね。

すると、あまり発言していなかった伊原さんが急に千反田さんに手を合わせた。

 

「ごめん、ちーちゃん」

「急にどうしたんですか?」

「私の説だと、ちーちゃんの説が成り立たないの……。次が私の番だけど……」

 

ホータロー君がムッとしている気もするが、このままでは検討会が進められない。

 

「それじゃあ、千反田さんの説は一時取り下げってことで、伊原さんの番にしようよ」

 

誰からも異議は上がらなかったので、伊原さんの番に回る。

伊原さんから配られた資料はものすごい量の文字が書いてあった。

 

「これ、図書室にあった『団結と祝砲1号』って本のコピーなの。2号以降は見つからなかったけど、これも33年前の事がかいてあったわ。」

 

伊原さんの説明を聞きながら資料に目を通す。特に大事なところはこの赤線が引いてあるところだろう。ええと、なになに……

 

『 すなわち、我々は往々にして大衆的であり、それゆえに反官僚的主義的な自主性を維持するのである。けして反動勢力の横暴に屈しはしない。

 

 昨年の六月斗争においても、古典部部長関谷純君の英雄的指導による果敢なる実行主義によって無様にも色を失った権力主義者たちの姿は記憶に新しいところであろう』

 

なにこれ、随分と過激で小難しい文語だね。これが時代性というものなんだろうか。

果敢なる実行主義ってところがもろにだ。

 

「まず、要約だけど、この反動勢力ってのが先生を指してるとして、前の年の6月に斗争があって、関谷純がそれを指導した。その実行主義っていうので、先生たちを困らせた。って感じかな」

 

へえ、これトソウじゃなくて斗争(トウソウ)って読むんだ。知らなかった。

 

「この団結と祝砲ってなんか胡散臭い感じがするね」

 

里志の発言に伊原さんがムッとする。

 

「どういうこと?」

「いや、なんか大学とかの華々しい運動にあこがれた人が書いたのかなってさ」

「それが何よ」

「いいや、独りごとさ。それじゃあ、麻耶花の仮説を聞こうか」

 

伊原さんは里志に文句でも言いたそうだが、話し始めた。

 

「まずはちーちゃん説の否定。6月と10月じゃ差が大きすぎるし。それで、関谷純は

果敢なる実行主義で先生たちに暴力をふるった。まあ、殴る蹴るだったかは定かじゃないけど、暴力に近いことをやっちゃった。理由としては、一行目の自主性がどうのってところから考えると、何らかの形で生徒の自主性が損なわれて、関谷純たちは反発して行為を起こしたってことじゃないかな」

 

伊原さんは全員を見まわす。何か意見はないかということだろうね。

 

「うーん……なんだかわかるようでわかりませんね……」

 

千反田さんがそう漏らす。

 

「どういうこと?」

「摩耶化の説は、教師が生徒に不利益な何かをして、それに反発した生徒が暴力行為で訴えたってことだよね」

 

里志の言葉に伊原さんは頷く。

 

「お前の説は抽象的すぎるんだ。もっともこれ以上は読みとれんが」

 

ホータロー君が付け加える。僕もそれに頷く。

 

「でも、矛盾はあった?」

 

伊原さんはちょっといらいらしているんだろうか。まあ、でも気付いちゃった以上指摘しないと駄目だよね。

 

「伊原さんは千反田さんの説を時期的な理由で否定したけど、『氷菓』も『団結と祝砲』両方を信じるとすると騒動は6月で退学は10月になるよね。千反田説のその部分を否定できる要素はない。暴力による退学だとしたら、この4カ月のズレはおかしいと思うんだ」

「確かに、無視できない数字ですね」

「だね、文化祭をもってもう一年、っていってるし」

 

里志と千反田さんはそれを認めたようで、ホータロー君は黙ってうなずいた。

 

「むー、細かい性格してるねー」

 

伊原さんはくちびるをとがらせる。なんだい、可愛らしいね。同じような容姿だけど、平塚先輩はこんな仕草しないだろうね。

 

「方向性は悪くないけどね」

 

里志のフォローに、伊原さんも機嫌を直したようだ。まあ、確かになんとなく方向性は分かった気がする。

 

「じゃあ、私の番はこれで終わりかな。ふくちゃん、次お願い」

 

里志は頷き資料を配り始める。

 

「あ、そうだ。僕の資料で摩耶花の説は部分否定されるね。言い忘れてたよ」

 

絶対わざとだと思うけど、まあいいか。

配られた資料は『神高月報』。たしか壁新聞だね。掲示板で見たことがある。33年前にはすでに存在していたんだ、これ。ということは数百号はあるのかな。

 資料として有用なのはその一部だったけど、なるほどこれだと伊原さんの説は否定されるね。

 

 

『伝説的な一昨年の運動ではけして暴力は振るわれなかった。たとえ理不尽な弾圧だとしても、我々は非暴力不服従を貫いたのだ』

 

「僕が調べたのは壁新聞部の『神高月報』のバックナンバー。図書室に眠っていたよ。だけど、33年前の話に触れていたのはこの一節くらいだったよ。で、要約するけど、とりあえず暴力は振るわれなかったってあるから摩耶花の説は軌道修正。そして『我々』ってところから事件は全学影響するものだったと考えられるね」

 

この資料の事件ってのが僕らの調べてる事件と同じって保証はないけど、流石に同じ年に大きな事件が2連続で起きるとも思えない。あったとしても、何らかの差別化があってしかるべきだろうし。

 

「では、仮説をお願いします」

「うーん。千反田さん、悪いけど仮説は立たないよ。たったこれだけじゃあ伊原説を修正するのが関の山さ。それに、データベースは結論を出せないんだ」

 

言うと思ったよ。まあ、里志だし、いいか。

次は僕の番なので資料をみんなに回す。

 

「これは……写真ですか?」

「うん。これは図書室にある神高写真集、まあ活動記録用のものかな。」

 

流石に全部はコピーできなかったけど、必要そうなものは持ってきたつもりだ。

用意したのは、古典部の集合写真と、そのほかは関谷純の写っている写真を数枚。

 

「僕が調べたのは関谷純その人について。まず、もう分かり切ってるけど、彼は古典部の部長だった。一枚目の写真を見る限り、部員はそこそこいたみたいだね。そして、2枚目は体育祭の写真。彼の周りには結構たくさんの友人がいたことが伺えるね」

 

すると、千反田さんは僕の方をまじまじと見つめてくる。

 

「どうかしたの、ちーちゃん」

「いえ、この伯父の隣の人物なんですけど、夏目さんに似ていませんか?」

「千反田、話が逸れるだろ。似ている人間なんてごまんといるさ」

 

僕も写真を見てみる。似ているか、と言われても微妙なところだ。まあ、でもちょうど話そうとしていたことにつながるね。

 

「その人は瀬戸直行って人で、古典部の副部長をしていたらしいよ。関谷純とは仲が良かったらしく、ほかの写真でも一緒にうつってるよね」

 

みんなが一通り写真を見終わったところで、僕は話しを再開した。

 

「ここから考えると、関谷純はそこまで目立つ人ではなかったけど、交友関係は人並みにあったことが分かる。でも、彼はその関係をなくすことを覚悟で、事件を指導した。つまり、事件はそれほど大きなものだった。」

「なるほど……。人間関係は盲点でしたね。それじゃあ、仮説をお願いします」

 

ぐっ。ここまで来て仮説がないなんてのは流石に格好がつかないよね。なんとか誤魔化せないかな。あ、そうだ。

 

「実はまだ、仮説が固まりきってないんだ。だから、いったん保留にしてホータロー君の番にまわしてくれないかな」

 

ホータロー君は何故かためらいつつ資料を回す。

さて、今の内に何か考えないとね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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