陳寿著「呉書・徐盛伝」外伝補記―徐盛さんが頑張るそうですよ?― 作:八意 暮葉
目覚めると、私は虚空にいた。
周りには何もない。ただ、闇が広がっているだけ。
起き上がって周りを歩いてみる。
しかし、何も起きない。
自分の足音すら響かない。
目の前に自分の両腕を持ってくるが、右手は肘から先が消失している。
私はそれを虚ろな目で見ているのだろう。
いくら叫んでも、いくら泣いても・・・呂布を護るために失った右手は戻ってこない。
ならば、どうして私は呂布を護ったのだろか?
失いたくないから?―それはあるだろう。―
手柄を横取りされたくないから?―それもある。―
彼女に同情の気持ちが湧いたから?―それはきっと・・・違う。―
こうして少しずつ考えているうちに私は答えを見つけた。
私が呂布を護ったのは・・・身勝手な自己満足のためと、彼女に恋をしたからだろう。
彼女の武勇に純粋に惚れた。
喩えるなら、欲しいものを手に入れた子供のような気持ちだ。
そう、彼女を前にすると私の心は高鳴り、血肉は湧き踊るのだ!!
ああ、もう一度戦場で戦いたい!
できるなら、誰の邪魔も入らないところで!!
だが・・・それも叶わぬ夢となってしまった。
閻象に怒りはすれど、恨みはせぬ。
彼とて命を受けて呂布の命を討ちに来たのだ。
それを私が邪魔をしてこの右腕を失ったのだ。
自業自得といえばそうなのかもしれない。
だが、閻象の・・・袁術の本当の狙いは私であったかもしれない。
ならば、どうして袁術は私の命など狙うのだろうか?
いや・・・袁術はあくまで承認しただけであって誰かに吹き込まれたのかもしれない・・・
なら、誰がそれを企む?
張勲か?紀霊か?もしくは・・・他の第三者か?
曹操、公孫瓉、袁紹など数多の諸侯が参加しているこの戦。
その中で台頭著しい私や曹操などを邪険にしているものも少なからずいよう。
そういった奴らが袁術の側近を介して何かしらの策を吹き込んだとしてもおかしくはない。
古くからの権力に胡坐をかいているものほど、既得の権益を脅かされることに敏感だ。
そのようなものの大半は無能で、民の生活を顧みないものばかりだ。
秦の趙高や楚の項羽は彼らとは違えど生きた教本ではある。
趙高は有能ではあった。
しかし、彼は自分の権力を肥大化させようとして嘗ては協力者であった丞相の李斯を処刑したり、自らの傀儡であった皇帝の胡亥を自害に追い込んだ挙句・・・暗殺されている。
項羽は戦においては並外れた力を持っていた。
だが、自分の叔父である項伯を大切にしなかったり、軍師であった范増の献策を聞き入れず陳平お策に嵌まり彼を放逐した。
また、敖倉を確保せず兵糧を重視せずに咸陽、大梁を始めとした魏の国の守備を固めなかったため最後は前漢の高祖に敗れ去った。
それに比べれば・・・ここにいる諸侯はどうだ!!
呆れるほどに傲慢で、無能な奴らばかりだ!!
これならば、このような奴らばかりなら・・・雪蓮の蓮華の、小蓮の将来が心配で大人しく泉下から見守ることなどできない。
それにさっきから私を呼ぶ声がうるさいのだ。
きっと私が目覚めなければ、止むことはないだろう。
だから、私はゆっくりとだが目覚めよう。
大切な娘たちのために。
大切な家族たちのために。
こんばんは、お久しぶりです。八意です。
実に二か月ぶりの更新となりました。
待っている人には待たせてしまったと思います。
この話、書きながら不安になっていて難産でした。
はじめての地の文だけの話。視点はもちろん孫堅さんです。
そして、表題の「境界線」。
これは生と死の境目で、走馬灯として流れた時間を彼女が色々と試行錯誤している場面を表しています。
次回は、また虎牢関に戻ります。
そして、更新も相変わらず遅いです。
それでも、読んでいただける方はお茶か何かを飲みながらゆっくり待っていてください。