紫苑に誓う   作:みーごれん

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元々二話に分けるつもりでしたが、繋げたため変に長いです。
すみません…


侵入者は

西方郛外区(せいほうふがいく)歪面(わいめん)反応! 三号から八号域に警戒令! 繰り返す! 西方―――》

 

 

 

けたたましい警戒音が瀞霊廷中に鳴り響いた。

旅禍の侵入とはまた、珍しいこともあるものだな、と昴は(ボウ)っとしながら思っていた。

 

昴が仕事に身を入れられないのは、今日がルキアが懺罪宮(せんざいきゅう)――極囚がその執行直前まで収容される牢――へと移送される日だからだ。ルキアの刑罰について完全に納得しているわけではない上にその護送を仰せつかったのが恋次だったというのは、昴が思考を空へ飛ばしてしまうには十分な理由だった。

 

(旅禍だからといって、すぐに敵だと決めてかかるのはいかがなものなのかねェ?)

 

欠伸(アクビ)をしながら昴がそう思っていると、瀞霊廷を囲うための門扉と壁が空から落ちてきた。どうやら、瀞霊廷に何者かが無許可で入ろうとしたらしい。恐らく先程侵入してきた旅禍だろう。偶々なのか故意なのかはともかく、仕事を増やしてくれた輩には一発拳骨をかましてやりたい気分だ。

 

「昴さん!何を呆っとしているんですか!早く守護配置について下さい!」

 

桃が部屋に駆け込んできた。入隊時より彼女も大分落ち着いてきてはいるが、まだまだそそっかしい。

 

「なに、防護壁がきちんと作動しているんだ。旅禍はこの外なんだろ?ならまだここいらへ来るには時間がかかるよ。そう急ぐことは無いって」

「駄目です!万全の状態で備えておかないと」

 

もうっ!、と頬を膨らませながら桃が怒っている。上司なんだけど、上司って感じがしないんだよな~。本人が頑張っているから口には出せないけど。

 

「分かったよ、雛森副隊長」

 

渋々動き出したら、森田にまで注意されてしまった。

 

(真面目だねえ…)

 

声に出さなかったはずなのに、昴の顔を一目見た森田から説教を食らってしまった。四席としての自覚を、とか言われても、こんな落ち込んだ気分の日に仕事をするっていうのがまず間違ってる。…というようなことを呟いたら、説教が追加されてしまった。地獄耳め…

 

 

勿論、五番隊で一番配置に着くのが遅れたのは森田と昴である。

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱり来なかったし)

 

市丸ギンによって旅禍が防護壁の外に押し出された、ということで一時的にではあるが厳戒態勢は解かれた。隊長格がそんなところに何故いたのかは分からないが、昴たちが無駄足を踏んだことはまず間違いない。

 

しかしまた、旅禍もギンと出くわすとは運の無い。今回の件のせいで、もう門からの侵入はほぼ不可能になった。ここに入ってくるつもりだったのなら、次はどういう手で来るだろうか?

…諦めることもありうるか。どちらにせよ、暫くこの騒ぎは起きないだろう。

 

「なあ、お前聞いたか?旅禍の情報!」

 

遠くで隊員たちが喋っている。

 

「数名いたらしいが、死神らしき装束の者が混ざってたらしいぞ。なんでも、身の丈ほどの大刀にオレンジ色の髪をしていたんだと」

 

その瞬間、昴は殴られたかのような衝撃を覚えた。

ルキアの処刑が日々刻々と迫っているこの時期とオレンジ色の髪の死神を結びつける思考は軽挙だろうか?

 

「オレンジぃ?そんな変わった頭の奴、見たことも聞いたこともねえな。しかもそんなバカでかい斬魄刀…瀞霊廷で見たことない死神って、よっぽど高位な人たちくらいだし…何者なんだろうな?」

「さあ?服装が似てただけって事もあるし、何とも言えねえよ」

「なあっ、君たち!」

 

思わず昴はその二人に声を掛けた。

 

「へぁっ、橘四席⁉何ですか⁉」

「その話、詳しく聞かせてくれないか?その死神の話だ」

「え?いえ。俺も、いえ、自分も伝え聞いただけでして、詳しくはわからないです」

「そうか…ありがとう」

 

礼を言うと、すぐさま白道(はくとう)門――旅禍の侵入をギンが止めた場所――へ向かった。

 

 

そこには、門番である兕丹坊(じだんぼう)が門を開けた形跡だけが残されており、彼自身の姿は見えなかった。のみならず警備強化のために派遣されてきた死神たちがわらわらいて、こっそり外に出ようにも出られなさそうだ。今は厳戒態勢ではないとはいえ、依然警戒と緊張は続いている。下手なことはしないほうが良いと判断し、昴は五番隊へと引き返した。

 

(せめて、兕丹坊から話を聞けたら、()かどうかはっきりしたのに…)

 

柄にもなく眉間に皺を寄せながら昴は思った。

 

もし、彼が――黒崎一護が来ているのなら、引き返させなければ。ルキアは彼が、いや、彼らが彼女のために傷つくのを恐れるに決まっている。今更どうにもならない状況で、彼女に気をもませないでくれ―――

 

そう思ってから、はたと気が付いた。

黒崎一護は死神の力も霊圧も失っていたのではなかったか?そんな状態でここに来られるはずはないではないか。

ならなぜ、こんな思考になったのだろうか?

 

眉間に親指と人差し指を当て、軽く摘まんで指を上下に動かした。ずっと緊張していたそこの筋肉を無理やりほぐす。

 

(やはり、今日は調子が良くないようだ)

 

それでも昴には、黒崎一護がここに来ている気がしてならなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……一つ、未確認情報を教えてやる。尸魂界に旅禍が侵入した。数は五。内一人は、オレンジの髪に、身の丈程の大刀を背負っていたらしい」

 

護送を終えた恋次はルキアにそう伝えた。市丸隊長が対応したことは伏せておく。あのヒトが対応したなら、もう死んでしまった可能性が高いからだ。

 

恋次が伝え終わると、ルキアはこちらへ勢いよく振り返った。

こんな生きた目をした彼女はいつぶりに見ただろうか?

 

 

(やっぱ、伝えなくて良かったな。それに、仮に生きていてまたここに来るとしても、隊長格に黒崎一護(あいつ)が敵うはずもない。その時は、今度こそ俺が…)

 

まだ迷っている心に蓋をして、恋次は隊舎へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌々日、朝

 

「おはようございます、橘四席」

「うん、おはよう、森田」

 

昴が自分の仕事机に座ると、向かいの森田が声を掛けてきた。彼は連日緊張して働いてきているようで、流石に眠そうだった。

 

「一応僕の方が席次は上なんですよ?実力は僕の方が下なのは分かってますけど、他の者に示しがつかないのでもうちょっと呼び方などを考えていただけませんか」

「いやあ、実力云々じゃなく、これは私の気性なんだよねェ。前から言ってるだろ?どうしてもな時はそうするからさ。というか、もう何年この会話をしてんだか」

 

森田は疲れも相まって普段の三割増しでため息を吐いた。真面目もここまで来ると大変だ。

 

「そういえば、今朝は桃だけでなく隊長もいないなんて、珍しいこともあるんだな」

 

桃は普段から副隊長会議などで朝からいないことは間々あるのだが、一緒に隊長もいないということはあまりない。あの人は誰よりも早く執務室に来て仕事をはじめ、一区切りつくまでは用がないと抜け出さない。どこかの鬚に羽織の隊長とは大違いだ。

 

「今日はなんでも、緊急の隊首会があるそうです。副隊長も副官章を着用の上、待機せよとのお達しで」

「副官章?そんなお飾り、なくしてる奴もいるんじゃないか?」

 

副官章とは、副隊長が正式な場で着用する印だ。腕に巻き付ける使用のため、普段は邪魔だとつけていない副隊長もいる。

 

「それは流石に無いと思いますけど…でも、こんな指示珍しいですよね。僕は聞いたことがありません」

「私は過去に一度だけあるが、ここ百年はめっきり聞いていないな」

 

一度、というのは、百一年前の隊長格が虚化された事件の時だ。あの時は結局あっという間に事件が解決して出撃には至らなかった。

 

「百年!一体何を隊首会で取り扱っているのでしょうか?――やっぱり先日の旅禍の件ですかね」

「それ以外ないだろうな。何の問題が発生してるんだか。まァ、情報が降りてこない事には何とも言えない」

 

その時、再び警報が鳴り響いた。

 

《緊急警報、緊急警報。瀞霊廷(せいれいてい)内に侵入者在り。各隊守護配置に就いて下さい。繰り返します―――――》

 

「またですか⁉一体何が起きているのか…」

「森田!外を確認するぞ。窓を開けてくれ」

 

ただの侵入にしては、隊舎の外から聞こえてくる隊士のざわめきが大き過ぎる。

机を回りながら森田と窓の外を見ると、上空を何かが飛んでくるのが分かった。

 

「あんなところに落ちてきたら、遮魂膜(しゃこんまく)に当たって消滅するんじゃ――」

 

森田がそこまで言ったところで飛行体が遮魂膜にぶつかった。

 

瀞霊廷を囲む壁、瀞霊壁は殺気石(せっきせき)という、霊圧を遮断する尸魂界でも貴重な鉱石で作られている。それは霊力のみならず霊体の透過をも許さない結界のようなもの、遮魂膜をその断面からも生成している。そのため、瀞霊壁が下りて居る今はいかなるものも霊体であれば瀞霊廷に侵入することは出来ないはずだった。が――

 

 

「消滅…しない……?」

 

その物体は、遮魂膜を通過したように見えた瞬間、四方に弾けていった。

森田は信じられない、というように呆然としていたが、昴は冷静だった。

 

(全て、知っている霊圧だった)

 

二つは、最近黒崎一護の安否を確認しに行った時に直接会って感じた、茶渡君と石田君のものだ。もう二つは、その時の机の残存霊圧で知った、黒崎一護ともう一人の欠席者。そして最後の二人はどこか懐かしい、だが、どこで感じたか忘れてしまったものだった。

 

普通の隊員では感知できないほど微かにしか分からなかったが、多分それで全員だろう。

ソレを確認した昴は、眉間に皺を寄せた。

 

(たった六人か。この距離で分かるほど皆の霊圧が高いのは認めるが、隊長格にはまだまだ及ばないな)

 

ここまで派手に侵入してきたのだ。遅かれ早かれルキアにも伝わるし、総隊長も彼らを許しはしないだろう。困ったことになった。知ってしまった以上、彼らが死んでしまうのは気分の良いものじゃない。どう動いたものか……

 

「今隊長たちは会議中か。指揮は森田を中心に回そう。私が補佐に回る。私たちが担当の一班、二班は待機にして、三から三十九までの奇数の班を展開でどうかな、森田三席?」

「は、はい!それでいきます。橘四席は一、二班に連絡をお願いします」

「応!他の待機班にもそう伝えよう」

「お願いします!」

 

「いや、森田君たちも出てくれないか」

 

後ろを振り返ると藍染隊長が桃を連れて戻ってきていた。

隊長の方は息切れ一つしていないが、桃の方はやっとのことで抑えている感じだ。隊長は桃に合わせたうえで最速でここに戻ってくれたのだろう。

 

「今は状況を確認できる人材が動いてほしい。むやみに動いてもいざという時に戦力が分散しすぎるのも避けたいしね」

「「はい」」

 

どうやら警報が出た時点で隊首会は中止になったらしい。いずれにせよ、この状況は昴には都合が良かった。

 

(出来ることなら、この混乱に乗じて瀞霊廷から彼らを出さねば。彼らではここで生きていけない。とすれば、一番生き残れなさそうな者を探さなくては。流石に戦力がどうばらけたかまでは分からなかったから、いち早く状況を纏めるのが先か……難しいだろうが、出来れば隊長たちよりも早く)

 

 

 

 

 

情報収集を命じられた昴は、単独行動で駆けまわっていた。機動力がその方が良いというのが主な理由だが、この方が彼らを――侵入者一行を発見した時に都合がいいということもあった。

 

(さて、一番生き残れなさそうなパーティーメンバーは誰かな?)

 

生き残れない者の条件は、必ずしもその人の戦闘力に直結しない。うまく敵を避け続けさえすれば、その生存率は大幅に上がる。逆も然り。どんなに強くともすぐに敵に見つかって派手に暴れれば、雪だるま式に敵は増えるし其の質も上がっていく。物量はあちらが圧倒的に不利だから、生存率がどうしても低くなってしまうのだ。

 

そう思っていると、派手な霊圧のぶつかり合いが出現した。

 

(これは、班目三席と…黒崎一護か!遠すぎるな。間に合うか?)

 

思いっきり反対方向に走っていた昴は方向転換して再び走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

(なんじゃこりゃ!)

 

死屍累々、というのは将にこの事なのだろう。

続いていた霊圧のぶつかり合いのあった付近へ辿り着いた昴の目の前には既に()された大量の十一番隊員たちがそこら中に倒れていた。

 

「こっ、こちら五番隊所属、橘昴四席!廷内十一号にて十一番隊員が相当数気絶してます。殆どが無傷に近いですが、四番隊の要請を」

 

通信機にそれだけ言うと、辺りを見回した。霊圧の痕跡は跡形もなく消えてしまっていた。

ここに着く前に花火みたいなものの爆発も見た。どうやらもう一戦行われていたらしい。昴は走るのに必死で、誰が戦っているのかまでは分からなかったが…

 

 

 

 

気絶しているだけの十一番隊軍団から昴が少し離れると、目の端に人影を捉えた。

 

「班目三席…」

 

倒れていたのは一角だった。出血こそしていないが、かなり深手を負っている。

 

「伊江村三席!こっちを優先してもらえませんか!」

 

先程到着した四番隊上級救護班の、班長である伊江村八十千和に声を掛ける。彼は神経質そうに眼鏡を上げ、愚痴を言いながらもこちらへ駆け寄ってきてくれた。

 

「全く、こんな人数が気絶するなんて、猫の手も借りたいくらいだ…これを機に十一番隊員は四番隊に対する見識を改め――って、うわぁ!何です、この傷!全く、こんな忙しい時に山田七席はドコでナニをしているんだか!」

 

何だかんだで手際よく業務をこなす彼に、昴は思わず聞いた。

 

「花が、ああ、いや、山田七席がどうかしたんですか?」

「招集が掛かっていたのに来なかったんですよ。一体どこで油を売っているんだか…そういえば橘四席は山田七席とお知り合いでしたよね?何か知りませんか?全く、彼はあれでも七席なんて信じられん!」

「……すみません、私には分かりかねますね」

「そうですか。使えな、いえ、仕方ありません。後は我々の仕事です。貴女はご自分の仕事へ戻ってもらって構いませんよ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

(今、彼絶対‘‘使えない奴だな‘‘って思ってたよね。隠せてるつもりなんだろうか?正直というか何というか…実力は有るのに軽視されてしまいそうなタイプだな)

 

実を言うと、昴には何となく花太郎の居場所が分かっていた。さっきまで介抱していた隊員たちによると、‘‘旅禍二名に一人の四番隊員が人質(笑)にされていた‘‘らしい。勿論四番隊を馬鹿にした風だった奴らはもう一度キッチリ沈めてやったのだが、その人質の特徴はどう考えても花太郎なのだった。

 

旅禍だって、あんな隊員たちの反応を見たら花太郎に人質としての価値がないと思うだろう。他の隊に対してどうかをわざわざ検証する利点は彼らにはない。それでもなお花太郎がいないのなら、彼は自分の意志で付いて行っている、いや、協力している可能性が高い。その場合、使う可能性があるのは、あそこしかない。しかし、それが昴以外の隊士に分かると、花太郎が見つかった時に旅禍に協力した言い逃れができなくなってしまう。それは困る。

 

(あそこ、無駄に広いんだよなァ…探すのに骨が折れそうだ)

 

 

 

 

 

昴がそう思っていた頃、一護と恋次は因縁の再会を果たし、新たな戦いの火蓋が切って落とされていた。

 

 

 

 




UAが30,000を超え、お気に入りが700を超えていて驚きました。
作者のネガティブ思考が止まりません。
こんなに今評価が高いと、後は落ちるだけなんじゃ…みたいになってます。

人の欲とは恐ろしいものです。
これに惑わされずに書いていきたいです。

今回も最後まで読んでくださってありがとうございました!

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